55 / 105
緑
「私も入らない方がいいですか?」
一応琳玲さんに確認する私。
「本を求める者を、蔡家の人間が止めることはありません。どうぞ、自らのお覚悟で」
責任は一切取らないと。いい性格してるわー。
さて。
小さな部屋の中心にあるのは、閲覧の際に使うであろう長机。四人座ればもうキツいくらいの大きさだ。
そんな机の天板には、鮮やかな緑色をした線がいくつか残されていた。あの患者さんが本を天板の上に置いて写本していた際、表紙がこすれて塗料が移ってしまったのでしょう。
そう、鮮やかな緑色。大華国の染料にはない鮮やかさ。
いや、出所の怪しい骨董品を扱ったとき、ああいう色を見たことがあるから……何百年前とか何千年前には存在したのかもね。
一歩、部屋の中に入る。
「お、おい嬢ちゃん! 大丈夫なのか!?」
「大丈夫ですよ、私なら」
なぜなら私は神仙術士――仙人なのだ。
「……まぁ、嬢ちゃんが言うならそうだろうけどよぉ」
孫武さんが納得してくれたところで室内をズンズンと進み、本棚の前へ。机に残された塗料と同じ色をした本を見つめたので、視てみる。
「……ほほぉ」
これは珍しい。
そして危険な。
――何とも鮮やかな、緑色をした表紙の本。宝石の绿翠玉を思わせる美しさだ。
まぁ、この色を出すために使われているものがとんでもないのだけど。
「凜風殿。その本が『呪いの本』なのですか?」
維さんから質問されたので、振り向きつつ答える。
「えぇ、そうですね。この表紙――ヒ素を塗料として使っています」
◇
「欧羅ではシェーレ・グリーンとも呼ばれていまして」
「しぇえれぐりぃん?」
「はい。錬金術研究の副産物として生み出され、その鮮やかな緑色から壁紙やドレスの染料として広く用いられていたのです。もちろん、一部の好事家が本の表紙を染めるためにも使用していました」
「……しかし、『ヒ素』とは毒ではなかったのですか?」
「えぇ、毒です。けれど当初はその毒性が分かっていませんでしたので……大規模な中毒事件が起きてやっと危険性が知れ渡り、今では使用中止となっているはずです」
「そんなものがなぜ大華国に?」
「うーん、欧羅ではすでに製造中止になっていますし、この本もかなり古いものですから……過去、シューレ・グリーンによく似た塗料が作られた可能性はありますね。もちろんヒ素を原材料として」
まぁこの塗料ってすぐに黒ずんでしまうはずなのだけど……鮮やかさを保っているわね。保存状態が良かったのか、あるいはシューレ・グリーンとはまた違う塗料なのかもしれない。さすがに塗料の化学式を視ても違いを理解できないのだ。ヒ素が使われていることは分かるけど。
「あ、近づかないでくださいね。触れるのも危険ですし、周辺のホコリに付着したヒ素を吸い込んでしまう可能性もありますから」
「吸い込むとあの学者のようになってしまうと……。なるほど、まさしく『呪いの本』ですな。凜風殿、処分をお任せしてもよろしいでしょうか? 我々では触るだけでも危険でしょうし」
「えぇ、もちろん――」
「――なりません」
と、話に割り込んできたのは琳玲さん。『秘書監』という地位に相応しい姿勢と目力ね。やはりこちらが本質か。
そんな目力で見られている維さんは困り顔だ。いくら宰相とはいえ、秘書監であり蔡家の娘でもある琳玲さんに強く出られないのかしらね?
……あるいは、『秘書監』としての琳玲さんを初めて目にして面食らっている可能性も? さすがに宰相でも全部の官吏と深い親交があるわけじゃないでしょうし。
「し、しかし蔡殿。実際に被害が出ているのですから……」
「なりません。高祖(初代皇帝)との約定です。蔵書楼に収められた書籍の取り扱いは蔡家に一任されると」
まぁ、約束したならしょうがないわよね。
「それはそうですが……しかし実害が出る本というのは……」
維さんとしては宮中に危険な本があるのは見過ごせないのでしょう。こっちも気持ちはよく分かるわ。
そんな維さんに対し、琳玲さんはニッコリと微笑んでみせた。
「それとも、皇帝陛下は焚書坑儒をなさるおつもりですか?」
おー、ズバッと言ったわね。
ちなみに焚書坑儒とは始皇帝がやったとされる思想弾圧で、簡単に言うと反抗的な儒学者を生き埋めにしたり、儒学の経典を燃やしてしまったものだ。庶民の間でも始皇帝による愚行・暴政として伝えられている。
まぁつまり、琳玲さんは本を燃やそうとする維さんだけでなく、その主君である梓宸までも巻き込んだというわけだ。やっぱり神経図太すぎない?
一応琳玲さんに確認する私。
「本を求める者を、蔡家の人間が止めることはありません。どうぞ、自らのお覚悟で」
責任は一切取らないと。いい性格してるわー。
さて。
小さな部屋の中心にあるのは、閲覧の際に使うであろう長机。四人座ればもうキツいくらいの大きさだ。
そんな机の天板には、鮮やかな緑色をした線がいくつか残されていた。あの患者さんが本を天板の上に置いて写本していた際、表紙がこすれて塗料が移ってしまったのでしょう。
そう、鮮やかな緑色。大華国の染料にはない鮮やかさ。
いや、出所の怪しい骨董品を扱ったとき、ああいう色を見たことがあるから……何百年前とか何千年前には存在したのかもね。
一歩、部屋の中に入る。
「お、おい嬢ちゃん! 大丈夫なのか!?」
「大丈夫ですよ、私なら」
なぜなら私は神仙術士――仙人なのだ。
「……まぁ、嬢ちゃんが言うならそうだろうけどよぉ」
孫武さんが納得してくれたところで室内をズンズンと進み、本棚の前へ。机に残された塗料と同じ色をした本を見つめたので、視てみる。
「……ほほぉ」
これは珍しい。
そして危険な。
――何とも鮮やかな、緑色をした表紙の本。宝石の绿翠玉を思わせる美しさだ。
まぁ、この色を出すために使われているものがとんでもないのだけど。
「凜風殿。その本が『呪いの本』なのですか?」
維さんから質問されたので、振り向きつつ答える。
「えぇ、そうですね。この表紙――ヒ素を塗料として使っています」
◇
「欧羅ではシェーレ・グリーンとも呼ばれていまして」
「しぇえれぐりぃん?」
「はい。錬金術研究の副産物として生み出され、その鮮やかな緑色から壁紙やドレスの染料として広く用いられていたのです。もちろん、一部の好事家が本の表紙を染めるためにも使用していました」
「……しかし、『ヒ素』とは毒ではなかったのですか?」
「えぇ、毒です。けれど当初はその毒性が分かっていませんでしたので……大規模な中毒事件が起きてやっと危険性が知れ渡り、今では使用中止となっているはずです」
「そんなものがなぜ大華国に?」
「うーん、欧羅ではすでに製造中止になっていますし、この本もかなり古いものですから……過去、シューレ・グリーンによく似た塗料が作られた可能性はありますね。もちろんヒ素を原材料として」
まぁこの塗料ってすぐに黒ずんでしまうはずなのだけど……鮮やかさを保っているわね。保存状態が良かったのか、あるいはシューレ・グリーンとはまた違う塗料なのかもしれない。さすがに塗料の化学式を視ても違いを理解できないのだ。ヒ素が使われていることは分かるけど。
「あ、近づかないでくださいね。触れるのも危険ですし、周辺のホコリに付着したヒ素を吸い込んでしまう可能性もありますから」
「吸い込むとあの学者のようになってしまうと……。なるほど、まさしく『呪いの本』ですな。凜風殿、処分をお任せしてもよろしいでしょうか? 我々では触るだけでも危険でしょうし」
「えぇ、もちろん――」
「――なりません」
と、話に割り込んできたのは琳玲さん。『秘書監』という地位に相応しい姿勢と目力ね。やはりこちらが本質か。
そんな目力で見られている維さんは困り顔だ。いくら宰相とはいえ、秘書監であり蔡家の娘でもある琳玲さんに強く出られないのかしらね?
……あるいは、『秘書監』としての琳玲さんを初めて目にして面食らっている可能性も? さすがに宰相でも全部の官吏と深い親交があるわけじゃないでしょうし。
「し、しかし蔡殿。実際に被害が出ているのですから……」
「なりません。高祖(初代皇帝)との約定です。蔵書楼に収められた書籍の取り扱いは蔡家に一任されると」
まぁ、約束したならしょうがないわよね。
「それはそうですが……しかし実害が出る本というのは……」
維さんとしては宮中に危険な本があるのは見過ごせないのでしょう。こっちも気持ちはよく分かるわ。
そんな維さんに対し、琳玲さんはニッコリと微笑んでみせた。
「それとも、皇帝陛下は焚書坑儒をなさるおつもりですか?」
おー、ズバッと言ったわね。
ちなみに焚書坑儒とは始皇帝がやったとされる思想弾圧で、簡単に言うと反抗的な儒学者を生き埋めにしたり、儒学の経典を燃やしてしまったものだ。庶民の間でも始皇帝による愚行・暴政として伝えられている。
まぁつまり、琳玲さんは本を燃やそうとする維さんだけでなく、その主君である梓宸までも巻き込んだというわけだ。やっぱり神経図太すぎない?
あなたにおすすめの小説
【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る
金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。
ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの?
お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。
ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。
少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。
どうしてくれるのよ。
ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ!
腹立つわ〜。
舞台は独自の世界です。
ご都合主義です。
緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。
【完】愛していますよ。だから幸せになってくださいね!
さこの
恋愛
「僕の事愛してる?」
「はい、愛しています」
「ごめん。僕は……婚約が決まりそうなんだ、何度も何度も説得しようと試みたけれど、本当にごめん」
「はい。その件はお聞きしました。どうかお幸せになってください」
「え……?」
「さようなら、どうかお元気で」
愛しているから身を引きます。
*全22話【執筆済み】です( .ˬ.)"
ホットランキング入りありがとうございます
2021/09/12
※頂いた感想欄にはネタバレが含まれていますので、ご覧の際にはお気をつけください!
2021/09/20
「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした
しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」
十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。
会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。
魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。
※小説家になろう様にも投稿しています※
厄介払いされてしまいました
たくわん
恋愛
侯爵家の次女エリアーナは、美人の姉ロザリンドと比べられ続け、十八年間冷遇されてきた。
十八歳の誕生日、父から告げられたのは「辺境の老伯爵に嫁げ」という厄介払いの命令。
しかし、絶望しながらも辺境へ向かったエリアーナを待っていたのは――。
婚約者が私のことをゴリラと言っていたので、距離を置くことにしました
相馬香子
恋愛
ある日、クローネは婚約者であるレアルと彼の友人たちの会話を盗み聞きしてしまう。
――男らしい? ゴリラ?
クローネに対するレアルの言葉にショックを受けた彼女は、レアルに絶交を突きつけるのだった。
デリカシーゼロ男と男装女子の織り成す、勘違い系ラブコメディです。
嫌われたと思って離れたのに
ラム猫
恋愛
私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。
距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。
【完結】旦那様!単身赴任だけは勘弁して下さい!
たまこ
恋愛
エミリーの大好きな夫、アランは王宮騎士団の副団長。ある日、栄転の為に辺境へ異動することになり、エミリーはてっきり夫婦で引っ越すものだと思い込み、いそいそと荷造りを始める。
だが、アランの部下に「副団長は単身赴任すると言っていた」と聞き、エミリーは呆然としてしまう。アランが大好きで離れたくないエミリーが取った行動とは。
【完結】ルイーズの献身~世話焼き令嬢は婚約者に見切りをつけて完璧侍女を目指します!~
青依香伽
恋愛
ルイーズは婚約者を幼少の頃から家族のように大切に思っていた
そこに男女の情はなかったが、将来的には伴侶になるのだからとルイーズなりに尽くしてきた
しかし彼にとってルイーズの献身は余計なお世話でしかなかったのだろう
婚約者の裏切りにより人生の転換期を迎えるルイーズ
婚約者との別れを選択したルイーズは完璧な侍女になることができるのか
この物語は様々な人たちとの出会いによって、成長していく女の子のお話
*更新は不定期です
*加筆修正中です