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しおりを挟む「――あれ? 私は確か……」
ベッドの上で意識を取り戻したシンシアはまず今の状況を再確認した。エリカの特訓によって散々酷い目に遭ったあと、おそらくは意識を失ったのだろうと。
周囲を見渡すシンシア。どうやら訓練場の治療室のようだが、エリカの姿はなかった。
「えーっと」
こういうときはメイドが一人くらい控えているはずなのだが、どうやらいないようだ。
というわけで、まず隣のベッドに寝かされているフレヤの元に歩み寄るシンシア。
「フレヤちゃん、無事ですか?」
「……う、ここは……?」
シンシアの声かけで目覚めたらしいフレヤが治療室を見渡す。
「私は確か、お姉様の特訓で……お姉様は?」
「いないみたいですね」
「……私たちが弱すぎたせいで失望させてしまったでしょうか?」
「いやぁ、たぶん大丈夫じゃないですか?」
不安そうなフレヤに対して、さほど心配していないシンシアだ。上手く言えないが、おねーさんなら見捨てないという確信があるからこそ。
フレヤが大丈夫そうならエリカを探しに行こうかとシンシアが考えていると、治療室のドアが開けられた。
「――お嬢様。お目覚めになりましたか」
部屋に入ってきたのは公爵家のメイド。お湯の入ったタライとタオルを手にしているので、シンシアたちが目覚めそうだから顔を拭くためのお湯を持ちにいったのだろう。
「メイさん。おねーさん――いえ、エリカフィアーネ様はどちらへ?」
シンシアが問いかけると、メイと呼ばれたメイドは深刻そうな表情を作り、深々と頭を下げた。
「エリカフィアーネ様は森へと向かわれました」
「森へ? なんでまた?」
「なんでも、緊急事態だそうでして」
「緊急事態!? じゃあ私たちも――」
「いえ、お待ちください。エリカフィアーネ様より御二方へ伝言がございます」
「伝言?」
「はい。――後は任せた、と」
「あとは、まかせた……? いったいどういうことでしょう?」
「自分程度にエリカフィアーネ様の深遠なるお考えを理解できるはずがありません。ですが、エリカフィアーネ様が後を任されたのですから、この場、あるいはこの街で『何か』があるのかと」
そんな推測をするメイであるが、もちろんエリカがそこまで考えているはずもない。ただ訓練場の穴ぼこや壁の焼け焦げた後を何とかして欲しいと頼んだだけだ。
しかしメイも、そしてシンシアもエリカの言葉を重く受け止めた。
「……とりあえず、装備の確認を。そのあとは騎士団長に相談ですね」
「すでに公爵閣下と騎士団長には報告を上げてあります」
「さすがの手際ですね。では――」
シンシアが部屋の隅に置かれていた愛用の剣を手にしたところで、建物内に破壊音が響いてきた。
エリカの言葉と、破壊音が一つに繋がるシンシア。
「フレアちゃん!」
「はい!」
まずはシンシアが部屋から飛び出し、フレヤもエリカから譲り受けた専用装備『大剣フレアグス』を握って後を追う。
破壊音は建物の地下から聞こえた。
騎士団本部の地下には取調室や牢獄があり――現在は、シンシアたちを襲った冒険者たちが収容され、取り調べを受けているはずだ。
まさか、とシンシアは思い至る。急に訓練をはじめると言い出したエリカ。それはこの展開を予測していたからではないのかと。騎士団本部に隣接した訓練場と、本部地下に収容された冒険者たち。そしてエリカの『後は任せた』という意味深な発言……。すべて、すべてエリカの思惑通りなのではないかと。
もちろんそんなはずはない。あのエリカがそこまで考えているわけがないし、そもそも騎士団の訓練場を使おうと提案したのはシンシアなのだから。
しかし、もはやエリカに対して一種の信仰心すら抱いているシンシアは疑うことなくその仮説を事実として受け入れたのだった。
もはやことあるごとに『おねーさん凄い!』という想いを強めていくシンシアはフレヤと共に地下への階段を目指すが、その足は途中で止まる。騎士たちが剣を抜いて警戒態勢を取っていたからだ。破壊音は途絶えているので緊迫した状況ではなさそうだが……。
と、足を止めたシンシアたちにヒゲ面の男が気づいた。公爵家の騎士団長を勤める男だ。
「お嬢様! 危険です! お下がりください!」
「構いません。エリカフィアーネ様案件です」
駆け寄ってきた騎士団長にシンシアが断言すると、騎士団長は驚きで目を見開いた。
「エリカフィアーネ様の!? では、もしや」
「えぇ、エリカフィアーネ様はこの状況を見越して私とフレヤちゃんを騎士団本部に連れてきたのでしょう。……地下で一体何が?」
「はっ、捕らえた男たちにウロボ――いえ、組織に関する尋問をしていたのですが……」
「組織? 一体何のことです?」
「それは……エリカフィアーネ様案件でして」
「またしてもおねーさんが……」
「はい。しかし賊の一人がケガを原因とした熱を出してしまいまして。競技の結果足を繋げてやることにしたのです」
いくら回復魔法がある世界とはいえ、時間が経ってしまっては足を繋げるのは難しくなるはずだ。が、それを実現できるのだから公爵家の回復術士は優秀なのだろう。
騎士団長の返答にシンシアが僅かに眉を動かした。
「いくら熱を出したからと言って、賊の足を繋げてやるとはずいぶんと優しいではないですか。治癒術士の負担も大きいでしょう?」
「それもそうなのですが……傷口は驚くほど綺麗に切断されておりまして。これは治癒術士にとっても足を繋げるいい訓練になると思ったのです」
「なるほど。賊の足を繋げて、その後はどうなったのです? 拘束はしたままだったのでしょう?」
「はい。物理的にも魔術的にも拘束をしていたのですが……なんと申しましょうか。賊の肉体が急激に盛り上がりまして。繋げたばかりの足を中心に、一回りも二回りも巨大化したのです」
「巨大化?」
魔法を使えば大抵のことは実現できそうなイメージがあるが、それはあくまで魔法のことをよく知らない一般庶民の認識だ。魔法のことを知れば知るほど、できることとできないことの差は明確に認識できるようになる。
そして、人の身体を一回りも二回りも大きくすることなど、魔法を使ってもできるはずが――
『――おぉおおぉおおおおっ!』
人のものとは思えない。
だが、人のものとしか思えない。そんな絶叫が建物内に響き渡った。
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