【完結】僕と聖と、繰り返した夏の日に

九條葉月

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03.神社と、謎の老人

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 伶桜とは同じ方向のバスに乗るし、幼なじみである秀一とは降りるバス停も一緒となる。

 朝は生徒会の仕事で秀一とは別行動だけど、帰り道は三人一緒になることが多い。

「そういえば、ししょー……先輩、聞きましたか?」

「何を?」

「材木町には『悪魔』が出る山があるらしいですよ?」

「あくまぁ?」

 普通の女子高生はそういう噂が好きなのかと心の中にメモを取っていると、伶桜が続きを喋り始めた。

「クラスの子が見たって言うんですよ! 黒いローブを纏った男が、魂を代償として願いを叶えてくれるのだとか!」

「魂を代償ってのはお約束だけど……黒いローブねぇ?」

 創作界隈であれば『魔法使いのローブ』的なもののイメージはすぐに思いつくけど、普通の女子高生はローブってものを知っているのだろうか? マントと表現するならともかく……。

 なんだか怪しいなぁとは思うものの、伶桜はどうやら信じてしまっているらしい。

「ちょっと材木町で降りて行ってみませんか!?」

「えぇ……」

 材木町は途中のバス停だし、小説家を目指す者が好奇心旺盛なのはいいとして……正直興味よりは面倒くささが勝ってしまう……。というか早く帰って小説を書きたいのに。

 何とか角の立たない断り方はないかなぁと頭を悩ませていると、

「伶桜ちゃん。うちの学校は基本的に寄り道禁止だよ? さすがに生徒会長として見逃せないかな」

 乗り気じゃない僕の様子を見た秀一がそう言ってくれた。さすがは親友。さすがは幼なじみ。こういうときにも頼りになる。

「では! 今度の休みに行ってみましょうよ! 休みの日ならじっくり探せますし!」

 対する伶桜はノリノリだった。キラキラした瞳を前にすると何とも断りにくい。

「…………」

「…………」

 どうしようかと横目で僕を見てくる秀一。
 僕は諦めたように肩をすくめるしかなかった。



                        ◇



 次の休日。
 僕と秀一、伶桜はバス停で待ち合わせをすることにした。

 カバンの中には投稿予定の小説を紙に印刷したものが入っている。待ち時間やバスでの移動時に読んで誤字脱字をチェックするためだ。

 PCの画面上では気づかなくても、印刷してみると意外と誤字脱字を発見できる。こればかりはアナログでやった方がいい。……と、僕の師匠が言っていた。

「ししょー!」

 手を振りながら待ち合わせ場所にやって来たのは伶桜と秀一。

 うっわ、美少女&美少年。
 制服のときでさえキラキラしていたというのに、私服を着ている今はもうすごい。とてもすごい。道行く人が振り返るというのはよく使われる表現だけど、まさか実際にこの目で見ることができようとは……。

 ……ふぅん、ひとくくりに通行人と言っても、意外とバリエーション豊富な反応。頬を緩める人もいるし、興味なさげにちらりと見る人も。ひどいヤツなんて許可も取らずに写真を撮っている。これは小説の参考になりそうな。

 ……というか、あんな美少女&美少年と一緒に出かけるの、僕? あまりにも不相応じゃないの僕? 服装なんて上下とも安売り品なんだけど? 6,000円の資料本は買っても3,000円の服すら躊躇しちゃうあるまじきファッションセンスなのに……。き、気分が悪くなったので帰りま――

 がっしりと。

 容赦のない後輩に手を捕まれた僕は、奇異の視線に耐えながらバスが来るのを待ったのだった。

「大丈夫! ししょーも素敵な私服ですよ!」

「お世辞はいいから……」


                        ◇


 伶桜と合流してすぐにバスが来たので乗り込む。

「やっぱり悠がいるとバスの待ち時間がなくていいなぁ」

 そんなオカルトを口にする秀一だった。確かにバスや電車で長時間待ったことはないけど、そもそもこの辺は本数も多いことを忘れてない? というか電車とバスの時間って接続しやすいようになっているんじゃないの?

 秀一って物書き二人に囲まれているせいか発想が突拍子もないというか、変なこともすぐ信じちゃうというか……。

 そんなことを考えていると目的地のバス停に着いたので降りる。
 悪魔が出るという山は、最寄りのバス停から降りて徒歩15分ほど。インドアな物書きとしては息が上がる長距離となる。

「ししょー! 頑張ってくださーい! もう少しですよー!」

 同じく物書きを趣味としているはずなのに、伶桜は元気いっぱいに50メートルほど先行していた。

「これが若さかぁ……」

「たった一年しか違わないのに、その言い方はどうかと思うな」

 結構な距離を歩かされているというのに秀一は涼しい顔。優しげな笑みすら浮かべている。人間が出来過ぎていてあな恐ろしや。

「疲れたなら『おんぶ』してあげようか?」

 冗談っぽくそんなことを聞いてくる秀一。普段の彼は完璧超人として周りから認識されているのだけど、幼なじみである僕に対してはこうして冗談も言ってくるのだ。

「やだよ、恥ずかしい」

 まったく秀一は冗談のセンスだけはない。他は完璧超人だというのに。……いや、少しくらい欠点がある方が魅力的なキャラになるというあれか?

 自分の冗談力のなさを突きつけられたせいか、力なくうなだれる秀一だった。

 そんなやり取りをしながら、伶桜に遅れること五分ほど。僕たちは住宅よりも田畑の方が多いような場所にある山の麓に到着した。山と言っても規模は小さく、子供の遊び場になるようなところだ。

 山の中腹くらいに鳥居っぽいものが見え、そこへと続くのは整備もされていない石段。この疲れ切った身体にトドメを刺す石段……。ふふふ、物語には強大なラスボスがつきものだけど、こんなんいらんわ……。

 しかも石段の高さがそれぞれ微妙に違うし、苔が生えているので気を抜くと足を滑らせそうだし、普通の階段より遥かに疲れる有様だった。

 ひいこら言いながらなんとか石段を登り切る。こんなことなら秀一におんぶしてもらえばよかった……いややっぱり無しか。僕にだってプライド的な何かはある。

 山の中腹にあったのは寂れた――いや、もはや廃墟となった神社だった。初詣客が来るような大規模なものではなく、地方でひっそりと信仰されてきた神社が忘れ去られたような感じ。

 手入れする人もいないのか、敷地内は雑草が生い茂っている。
 木々が生い茂っているせいで昼間だというのに薄暗く、いかにも『出そう』だな~……というのは神社に対して失礼かな?

 雑草の中にある本殿もまた酷い状態だった。屋根は瓦の隙間から草が生えているし、雨樋は半分くらい外れてしまっている。壁の木材は色あせ、所々穴が空いていた。賽銭箱すらないのは『どうせこんな神社には参拝客も来ないだろう』という諦めだろうか?

 今日の目的は悪魔探し。
 ただ、それはそれとして、神社に来たなら手を合わせてしまうのが日本人だと思う。たとえそれが寂れた神社であろうとも。

 賽銭箱はないので、濡れ縁(縁側)に小銭を置く。
 二礼二拍手をしてから、そっと目を閉じる。

 ――仏神は貴し。仏神に頼らず。

 神様に助けられて小説家になっても意味はない。僕は僕の実力で小説を書き、実力で小説家にならなきゃいけない。

 だから神には祈りません。ただ、見ていてください。
 神社を前にして、そんな決意を新たにしていると――

「――おや、これは珍しい。斯様かような寂れた神社に三人も参拝客が訪れるとは」

 背後からそんな声が掛けられた。重ねてきた人生経験が察せられるようなしわがれ声だ。

 振り向くと、そこにいたのは作務衣を着たお爺さん。杖をつき、腰が曲がっているせいか年齢は70歳にも80歳にも見える。なんだか七福神にいそうな感じ……。
 参拝客という雰囲気じゃないから、神社の関係者だろうか?

「こんにちは。実はこの神社に凄い御利益があると聞きまして」

 と、朗らかな笑顔で誤魔化す秀一だった。何ともスムーズな嘘。生徒会長なのに。

「おぉ、そうじゃったか。いやはや、数百年の時を経てもなお信仰を集めるとは、さすがはひじり・・・様でございますなぁ」

 ひじり?
 神様の名前だろうか?

 物書きとしてそれなりに神話やら伝説やらを調べてはいるけれど、そんな僕でも知らない神様みたいだった。

 ……でも。
 初めて聞いたはずなのに、どこか耳馴染みがある。そんな不思議な名前だった。

 そんな僕の様子を横目で確認しながら、どこか嬉しそうに老人は自らの白い髭を撫でる。

「時間があるなら、ひじり様について教えてやってもいいが、いかがかな?」

「よろしくお願いします!」

 即断即決する伶桜だった。伶桜は美少女なのに危機感が薄いんだよなぁ。いくらヨボヨボの爺さんとはいえ、よく分からない相手から話を聞こうとするだなんて……。

 いや、わかる。現地の老人からの昔話を聞ける機会なんて滅多にないし、それが神様関連となれば尚更だ。――絶対に小説のネタになる。同じ物書きだからこそ、僕には理解できた。

 横目で秀一を見て、小声で確認する。

(どうする?)

(伶桜ちゃんが聞きたいというのなら、聞けばいいんじゃないかな? いざとなれば逃げればいいし)

(……それもそうか)

 相手は怪しいとはいえ、杖をついたお爺さん。こっちは三人だし、男子高校生もいる。……いざとなれば伶桜一人くらいは逃がせるはず。秀一は文武両道だし。

 というわけで、僕たちは老人から話を伺うことにした。

 老人が案内してくれたのは神社の近くにあった社務所――いや、倉庫? とにかく古くて、木戸を開けるのも一苦労な立て付けの悪さだった。明治とか大正時代からあると言われても信じられそうな。

 室内は意外に広く、十畳はありそうだ。正面の壁に掲げられているのは『天照大神』と書かれた掛け軸。右手の壁には備え付けの本棚があり、和綴じの本が数多く収蔵されている。ちょっと興味があるけど、いきなり手に取るのは不躾かな。

「客が来るとは思わなんでな。茶もないが、くつろいでくれ」

 埃っぽい座布団に座りながら室内を見渡していると、老人が少し申し訳なさそうに謝ってきた。

 こんなところに保管されているお茶なんて飲みたくないから大丈夫です、という本音はグッと飲み込んだ僕。秀一も同感だったようだけど、伶桜は残念そうな顔をしていた。ちょっと神経図太すぎません? ぽんぽん痛くなるよ?

「さて、どこから話したものか。まずこの世界には渾沌があり、その渾沌より天と地が産まれ――」

 おっと、まさかの日本神話。天地開闢から話が始まったぞ? これは一時間コースか……?

 長い。
 長い話だった。

 要約するとアマテラスの血を引く『ひじり様』というのがこの神社の神様であり、主に豊作を司っていたらしい。

 豊作ってことは農業神だから……噂の『悪魔』とは違うかな。魂を代償として云々とはかけ離れているし。いや死神の鎌は元々農具なんだっけ?

「――神とは、人の祈りを力とする。人から信仰されない神は、本来の力を発揮することなどできぬのじゃ」

 人からの祈りが少なくなり、ご利益も減少し、だからこそ信仰も少なくなっていってご利益も……という、負のスパイラルがあったのだろうか?

 ふぇ、ふぇ、ふぇ、と。老人が怪しく笑う。

「ひじり様に願えば時を戻してくださるのじゃ」

「時を……?」

「ひじり様は偉大な神じゃからな。そのようなこと、本来であれば容易いのじゃ」

「…………」

 怪しい。

 時を戻すなんて胡散臭い。漫画やアニメじゃあるまいし。

 ただ、それを口にしない分別はある。特に、瞳に狂気を浮かべている老人を前にしているならば。

「時を戻すって、どうやってですか?」

 伶桜が容赦なく追求していく。小説家志望として、そういうツッコミはしない方がいいんじゃないかな? 重要なのは現実リアルじゃなくて、もっともらしさリアリティ。どうやって読者を魅せるかなのだから。ほら、あれだ。SFだ。S(少し)F(不思議な)物語。

「ひじり様は暦を司る神。であればこそ、思い通りの時間に戻すことも容易い。人が大地を歩くように。魚が大海原を泳ぐように」

 説明になっているような、いないような。

「……ひじり様にお祈りすれば、時を戻してもらえるんですか?」

 なおも質問攻めをする伶桜。
 でも、さっきより幾分声が真面目に聞こえるというか、必死さすら感じられるというか……。

 まさか、本気にしている? いやいや、まさかね。

 いつもの軽口を叩こうと伶桜を見ると――彼女は、驚くほどに真剣な表情をしていた。声を掛けることすら憚られるような、必死さすら感じられる。

「ふむ……」

 老人は何かを見定めるようにじぃっと秀一を凝視して――

「神に願いを叶えて欲しいならば、確実な方法が一つある。巫女を生け贄にするのじゃ」

「巫女?」

「生け贄?」

「ほほっ、生け贄となれば相場は決まっておる。若いおぼこ・・・じゃ」

 おぼこ。

 あえていい意味に捉えるなら、世慣れしていない純粋な人という意味になる。

 ただ、こういうときにはきっと処女・・という意味で使われるのだろう。

 若い処女を生け贄に求める。正直、いい神様とは思えないかな。

「――それはダメだね」

 優秀なる秀一は『おぼこ』の意味も知っていたらしい。不機嫌そうに立ち上がってから、なおも興味津々な伶桜の手を引いて社務所から出て行く。

 僕も付いていくかなと腰を浮かせたところで、

「怒らせてしまいましたかな?」

 老人から声を掛けられ、思わず動きを止めてしまった。出て行くタイミングを逃してしまった感じ。

「いえ、それは……」

「時を戻すというのは、それほどの覚悟が必要なこと。どうか、あの若いのにもよく言い聞かせてくだされ」

「…………」

 本気で生け贄が必要というわけではなく、若者の暴走を止めようとしての言葉だった、ということだろうか?

 なぜだかそのまま出て行く気になれず、そのまま数分ほど窓から外を見る。少し強めの日差し。ここまで歩いているときも感じでいたけれど、もうすぐ夏がやって来るのだろう。

 夏休みも、僕はきっと小説を書いて過ごす。

 暑すぎず、明るくて。そんな初夏の到来を感じさせる日差しを受けながら老人が小さな声でつぶやいた。

「人の願いは、神が叶えてくだされます」

 それは独り言か。あるいは僕に言い聞かせているのか。

「では、神の願いは、一体誰が叶えてくださるのでしょうか?」

「…………」

 答えを持たない僕は、辞去の挨拶をしてから社務所を出た。


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