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第十話 龍神降臨

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元気しか取り柄の無いレイがオレに何も言わずに学校を休んで二日目の夕方、

(また喉でもいわしたんやろか?)

なんて鼻歌まじりで『ジーコジーコ』と受話器を肩と耳に挟んでダイヤルを回す。

「はい、金城でございます」

ひと際明るい声で電話に出たおばちゃんに

「はろー、コハクちゃんでーす!レイいます?」

とこちらもテンションアゲアゲで喋ると、

「あれ?レイってコハクちゃんと一緒じゃないの?二日前から帰ってないけれど、てっきりコハクちゃん家にお世話になっているものだとばかり思ってた・・・」

だんだんおばちゃんの声が暗く心配そうなトーンに代わってきたので、

「ううん、一緒に遊んでるよー。パンツ取りに帰るって出て行ったんで、ついでにマンガ持って来てもらおうかと思って電話したー!帰ってきたら『コハクちゃんから電話あったぞー』って伝えて送んなましー。じゃねー」

静かに受話器を置いて・・・考える。

(実際アイツは本気で暴れだしたら手が付けられないくらい強え、オレやおばちゃんに何も言わずに姿をくらましているってことは、何かあったとしか考えられん。とはいえ手掛かりは何もないし、おばちゃんにあんなご機嫌な返事をしちまった以上、そんなにのんびりしていられんわな)

このタイミングで電話が鳴る。

「漆原です」

「おめーが風神か? こないだウチの舎弟どもと派手に遊んでくれたらしいじゃん!テメーの相方こっちで預かってるからよう、覚悟決めて迎えに来いや」

「遊んだ奴なんていちいち覚えてねーよバカヤロウ!それよか、ウチの相方をどこに迎えに行きゃいいのか教えてくれねーと、どこ行っていいのかわかんねーじゃんよ?」

「難海工業のどっかの部室にいるからよう、相方が無事な内に探して迎えに来い!マッポなんかに連絡したらタダじゃ済まねーかんな」

「そんなダセエことしたら、オレがアイツに土下座もんだ。ちょっと聞くけどよ、牛島さんはこの事を知ってんのか?」

「は、誰だそれ?中坊ん時の先輩に泣きつこうってか?恥ずかしい野郎だな、さっさとしろやボケ!」

「せっかちな野郎だな、速攻いくから首洗って待っとけ!風神雷神相手にしたことを後悔させてやる」

ガチャンと電話を切ったはいいものの・・・さてどうしたものか。

(牛島さんは難海工業に進んだはず。そこで牛島さんを知らないってのは、誰かに負けて『龍神』を背負えなかったってのか?あれこれ考えてもしゃあねえか、とりあえず行くべ)

ハンガーに掛けたばかりの風神を勢いよく背負い、玄関の鍵も掛けずに飛び出す。

(レイが監禁されてるって、相当だな。相手は何人で待ち伏せしてんのかわかんねえけど、アイツと二人で暴れりゃ何とかなるだろ。何ともならなかったら防空壕からやり直しだな・・・)

二〇分ほどチャリ飛ばして難海工業に着いた時には、まだ下校しようとする悪そうなヤツラがワラワラと居た。

(相手の名前もわからねーし、どこの部室かもわからねえ。だいたい部室がどこにあんのかもわっかんねじゃんよ!こりゃコソコソ動いてもどのみち見つかって袋叩きだな・・・よし!)

校門の正面にチャリを止めて、学校内に向かって思いっきりデカイ声で叫ぶ。

「こーんばーんはー、聖東中の風神でーす!相方の雷神がカンキンされてるっていうんで迎えに来たんですけど『どこかの部室』としか聞いてないんでわっかりませーん!どなたか教えてくーださーい!」

校舎に跳ね返ってコダマするくらいのデッカイ声で叫んだ。外にいる人間はもちろん、校舎の窓からこちらを見ている人もいる。デカイ声を出すことでオレ自身、

(どうなるかわかんねーんだから、どうせなら学校中とケンカしてやる)

って覚悟を決めたのだ、そしてこれを聞いて真っ先に飛び出してきたのはいかにもイカツそうなジャージ姿の先生だ。

「元気があって非常によろしい・・・っと言いたいところだが、ここは中学生が来るにはちょっと早いなあ。しかも『カンキンされてる』っておめえさん叫ばなかったか?そりゃあワシらも黙って見過ごすわけにはいかんなあ」

「すんません、先生にケンカ売りに来たわけじゃないんす!『どっかの部室にいるから一人で来い』って先輩に言われたから迎えに来たんすけど、オレあわてんぼうなんで先輩の名前きくの忘れちゃって!だから学校の人全員に聞こえるように、ちゃんと校門の外から叫びました。お騒がせしちゃってすんません!」

別に先生にケンカを売りに来たわけでも道場破りに来たわけでもない、オレは袋叩きにあっても相方を返してもらえればそれでいい。でもどうやって探していいのかわからなかったらちゃんと校門の外から大きな声で挨拶して、今こうして頭を下げている。

「そう言われてもなあ、中学生を学校内に監禁なんて聞いたこと・・・」

「先生スイマセン、コイツ僕に預からせてください」

下げている頭の向こうから先生の言葉を遮って、ひときわドスの利いた低い声がオレの耳に飛び込んできた。まるで背筋が凍り付きそうな恐怖感に襲われて、一気に汗が噴き出すのを感じる。いろんな意味で下げた頭を上げられない・・・もの凄い重圧感だ。

「おいオマエ、ついてこい」

頭をあげると背中に『龍神』の文字、真っ赤なリーゼントにタッパは一八〇は優に超えているであろう大きなシルエット。彼が歩く先は自然と道ができ『オッス』とか『ザッス』なんて、絶対にケンカしたくない人々が頭を下げている。両手をポケットに突っこんだままヒラヒラとした洋ランをなびかせて、部屋がたくさん並んでいる建物の前で立ち止まり

「どっかの部室にいる、そう言われたんだな?オマエ一人か?」

とさっきよりも低い声で振り返ることなく聞かれる。

「はい!確かにそう言われました。『一人で来い』って言われましたので誰にも言わず一人で来ました!」

「そうか・・・」

そう言うが早いか、木製のドアを蹴破った!一枚、二枚・・・と次々に蹴破っていく。そして五枚目の扉が開いた時、後ろ手を縛られたレイが口にタオルで猿ぐつわをされた状態で頭から血を流し座っていた。周囲には数名の悪そうな高校生がタバコを咥え、驚いた表情でこっちを見ている。

「なんてザマだ、雷神ともあろうものが。恥を知れい!」

狭い部屋にビリビリと響き渡る咆哮に、目を開けたレイはサッと正座をして後ろ手のまま頭をゴツンと床に着けた。周囲の高校生は咥えていたタバコを急いでもみ消し、立ち上がってビシッと立っている。

「・・・でお前ら、コイツを何で預かっているんだ?」

「コ、コイツがオレらのシマでウチの一年坊からカツアゲしてたんで・・・」

(ちょっと待て、レイはそんなことするヤツじゃねえ!)

「そうか。何人でどうやってサラったんだ?」

「オレ一人っス、タイマン張って沈めてやりましたよ!」

(雷神がタイマンで、そんな簡単に負けるはずがねえ!)

「わかった。ウチの一年坊がコイツにカツアゲされているところをオマエ一人で助けに入って沈めた、間違いないな?」

「はい、間違いないっす!」

「だそうだ、風神。ウチの一年坊を救ったコイツとオマエんとこのボロ雑巾みたいな雷神。幸か不幸か騒ぎが大きくなっちまって、結構な観客がいる今ここでタイマンを張らせようと思う。オレが信じてやらなきゃいけねえのは中坊じゃなく、コイツだ。そして今の話が本当だとしたら、雷神は再びボコられるだろう。その時は雷神も風神もオレの名においてはく奪する、言いたい事はあるか?」

彼の提案は無茶苦茶だ、でも目の前で縛られている雷神の状態を見て知っていながら、一方的に高校生に喋らせて墓穴を掘らそうとしていることはわかった。

「何も問題ありません、見届けさせていただきます!」

「じゃあ、二人とも準備しろ」

レイの縛られている両手を解き、猿ぐつわを外して文字通り雷神を解き放つと、龍神にペコリと一礼してグラウンドの真ん中に歩いて行きながら、雷神の学ランを脱いで

「すまん、ちょっとの間預かってくれ」

とオレに渡す。腹にサラシが巻かれているものの、腕やら背中やら執拗に殴られたアザが痛々しく残っている。無抵抗な状態で複数の人間から獲物で何度も殴られないと、あんなアザは出来ない。それを見ても龍神は何も言わないし、雷神も何も言わず歩いて行く、だからオレも黙って見届ける!ペラペラと調子よく喋っていた高校生は血の跡がついた角材を二本持って現れ、一本をレイに向かって転がし

「使えよ中坊!素手じゃ相手になんねーからオマエにも貸してやるよ」

と角材を振りかぶって叫ぶ。それを邪魔くさそうに片足で蹴飛ばし、両手をポケットに突っこんだまま相手を睨みつけている。その様を見て逆上した高校生は角材で一発二発、三発とレイを殴って四発目を入れようと振りかぶった時、雷神一閃のカウンターが相手の顔面をとらえる。我慢に我慢を重ねた上での一発だったのだろう、一歩踏み出し全体重を乗せて放たれた拳に相手は吹っ飛ばされて龍神の足元に転がった。

「オマエ一人でタイマン張って、沈めたと言ったな?最初からエモノ持って感情的に襲い掛かった挙句にワンパンで吹っ飛んだこの状況を、どう説明するつもりだ?オレには最初に黙って殴られるヤツが、弱いものからカツアゲなんてセコイ真似するようには見えないんだが。もう一つ、オマエはココの制服を着ているが、何年の誰だ?」

その言葉を合図に、気合いの入りまくっている先輩たちが雷神を拘束していた生徒全員を一斉に締め上げ、

「オス、こちら失礼します」

と言って連れて行った。今にも崩れ落ちそうな体を必死で支えているレイに歩み寄り、肩に雷神を羽織らせると

「ワリイ・・・」

と呟き、オレの顔を見てニッコリ笑った。

(当たり前だけどフラフラじゃねーか、チャリ置きっぱにして肩かついで帰るか・・・)

その時だった。真っ赤なファイヤーパターンにまたがった龍神がオレラの前に爆音と共に現れ、

「雷神お疲れ、送ってやるからケツに乗れ、風神はチャリ乗って帰れ。学校に来い」

と言った少し嬉しそうな表情をしているその顔は、まごう事無き牛島先輩だった。二人は無情にも走り去ってしまい、オレは必死でジャカジャカとチャリを漕いで汗だくで学校に辿り着くと、どんな情報網を使ったのか『ムラサキ』が雷神を抱えるようにして、龍神と話をしていた。

「紫音、ひさしぶりだな。こいつはオレ以上の大物になるかもしれん、ケガの様子見てやってくれ。いい男ぶりだった!それから風神、お疲れ」

オレには『お疲れ』の一言だけ。紫音さんとレイは何だか嬉しそうな顔をしている中、爆音を響かせて龍神は走り去っていった。

後日談。牛島先輩は舎弟から全部聞いて知っていたそうだ、それでも番格として自分の学校を守らなきゃいけない立場を貫かなきゃいけない。その心意気に雷神が応えた礼に、誰も乗せたことがない単車のケツに雷神を乗せたという話だ。

(オレだって相当覚悟して頑張ったのに・・・)

まあでも、龍神からの『お疲れ』自体、かなり特別である事には違いない。
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