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8.神木隼斗
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しおりを挟むだが番うことなど許されない。
「…高嶺の華だ。俺の手に無いからこそ美しい、」
触れて手折れば後は枯れゆくだけの。
「森林限界を越えて咲くのは、種がそこに落ちたからで、花の意思ではありませんよ」
一人言に唐突に返ってきた運転手の言葉に面喰らう。
暁本家からの帰路の車内である現実に引き戻され、苦笑した。
「…そうですね。お名前を訊いてもよろしいですか」
「失礼。神木隼斗と申します」
神木の姓に合点がいく。
「…成る程。目付け役というわけですね」
「察しのいい人間は好きだよ。手順を省略できる。時間は有限なのでね」
「時間は無限ですよ。有限だと感じるのはあなたが生きているからだ」
俺の言葉に神木は笑った。
「いいね、大和。気に入ったよ」
「有り難うございます」
「理央のヒート中、校内のアルファの様子はどうだった」
「…特に何も」
「そうか」
「理央様のバース性は、」
「疾うに知られてはいるよ。むしろ隠しておくほうが危険だ。『知らなかった』で済まされることではないのでね。外部の人間は互いに牽制しあって本家と話をしてる頃だろう。暁を欲しがる家は腐るほどある」
「…そうですか」
知らず、指が白くなるほど拳を握りしめていた。
俺の様子をバックミラー越しに眺めていた神木が一つ息を吐く。
「僕は運転手として理央の邸に入る手筈だが、理央はあまり神木の家については詳しくないのでね。知らぬふりをしてくれたまえ」
「俺は剱です」
「…ああ、そうだったね。では何かあっても沈黙を通すように」
「かしこまりました」
「…そんなに主人に惹かれるものなのか。僕は剱でもアルファでもないのでね。精神や運命で惹かれるという君たちのことはさっぱり理解できない」
「…説明できる感覚でもありません。無理に言葉にするならば、剱として主人がいないということは魂が存在しないことに近く、主人を得て初めて剱は人になります。アルファとしてオメガに惹かれるのは必然です。本能で惹かれる。理性も愛も存在せず、どんなオメガでもいい。ただの種族維持本能ですよ。それがそこにいるだけで理性がとぶ」
二条のヒートにすら、遮断剤がなければ耐えられなかっただろう。
「…成る程。結局理解できなかったが、つまり論理ではないということがよくわかった」
気付けは理央の邸のエントランスに到着し、神木は車を降りて後部座席のドアを開けた。
「…俺をこのように扱う必要は特にありません。使用人の一人とお考えください」
「…了解した」
「部屋は適当に選んでいただいてかまいませんが、怪しまれたくないのなら使用人の並びを」
「わかった」
「訊いておきたいことはありますか」
「君のIDはきいている。後程連絡をいれる。登録しておいてくれ」
「…かしこまりました」
自室に戻り、シャワーを浴びた。
理央に会う前の儀式のようになってしまったが、これ以上主人に嫌われたくもない。
不安要素は出来る限り減らすべきだ。
髪をタオルで拭きながら浴室を出てクローゼットに向かう。
ベッドに投げた個人端末のライトが明滅していることに気付き、履歴を確認しながらクローゼットを開けた。
適当に服を選んでベッドに放る。
神木のIDを登録し、着替えてから理央の部屋を訪った。
ノックの後、「入れ」と返事があってドアを開ける。
リビングに顔を出せば、理央はいつものようにデスクについてタブレットで暁の基礎データベースに目を通していた。
「今日はどうした」
「暁本家に顔を出しておりました」
「そうか。父の様子は」
「疲弊しているご様子でしたが」
「…後継がオメガではな。仕方がない」
自嘲気味に笑んで差し出された手に、膝を折って口付けた。
白い指が眼帯を絡めとる。
「…好きです、理央」
「可哀想にな。次男に生まれたせいで俺の玩具か」
「俺は幸せです」
「…剱」
「はい」
「…一度だけ、…」
「?、何でしょう」
「…、何でもない」
「理央、…?」
俺の髪に指を通し、理央は俺の左の瞼にキスした。
「何でもない、」
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