虚口の犬。alternative

HACCA

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11.哀れな男

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「理央様に何か?」

ソファに座った紫香楽がマグカップに山ほど角砂糖を放り込み、スプーンでかき混ぜる。

その正面に座り、自分の前に置かれたマグカップからたちのぼる湯気を眺めていた。

一体何から、どう話すべきか。

どう切り出したものかと思案した。

「…アルファにあてられてオメガが一時的なヒートを起こすことはありますか」

「オメガがアルファを『アルファ』として認識した場合、比較的よく起こる」

「…そうですか」

「何かあったか」

「吉良にあてられたようで。番ってはいないようですが」

「吉良ならば番っても問題ないだろう」

「…」

「…他には?」

「理央様のオメガとしての機能に問題はありませんでしたか」

「…?どういう意味だね」

眉を寄せた紫香楽に言葉にすることを躊躇ったが、瞬巡の後に口にする。

「まだ、…アルファを受け入れられるほど、オメガとして成熟していないように思われます」

「…ヒートがきたのならオメガとしての機能に問題は無いはずだが」

「そうですか…」

「…それは、君が確かめたのかね」

「…吉良と番う準備を、と。理央様本人がオメガらしさに欠ける、とご自身の容姿を気にしていらっしゃるようなので。自分は他のオメガを知りませんので判断が出来ません」

「…なるほど…。確かにオメガとしては奇形だが、まだヒートを一度しか経験していない…それにオメガとしての成熟が遅かったことも事実だ」

「…それと、理央様はオメガ性としての反応が過剰に感じます。ヒート中でもないのに一人寝が苦手になったと。フリーのアルファに対する反応も強い」

口元を手で隠し、紫香楽が思案する様子を眺めた。

「…暁の血がオメガの特性まで助長させている可能性も考慮すべきか。だとすれば抑制剤と相性が悪いのも道理だが…」

紫香楽の言葉に酷く心がざわつく。

「…どういうことですか」

「いや、確信はない。まだ何も言えない」

無意識のうちに紫香楽を睨め付けていた。

「理央様に関することを隠されるのは不快です」

「…次のヒートまで待て」

眼鏡越しの紫香楽の目は、『これ以上は言わない』と明確な意思を宿している。

ため息を吐き、目を逸らした。

「…あるいはフリーのアルファである自分がお側にお仕えさせていただいているのがよろしくないのかもしれません」

「否定はしない。が、メリットもあるだろう。とかくオメガは不安定なものだ。庇護するアルファが近くにいるならある程度は安寧をえられる」

「…自分がもう少し剱として理央様に認められていればよかったのですが」

「…どういう意味だね」

「いえ、…自分はあまり、理央様に剱として必要とされておらず。邪険にされておりましたので」

紫香楽は思案した後、何かに気付いたように俺に目を合わせる。

「理央様は、自ら君に命令するかね?」

「…いえ、あまり。ヒート中に一度、側にいろと言われたくらいです。命令を下されば、いくらでも対応出来るのですが。…愚鈍な自分では、理央様のお心を察するのが難しく、…理央様を苛立たせてしまうようで」

「…」

沈黙した紫香楽に、俺は自らの無能を恥じ入るしかなかった。

目を伏せ、自分の膝の上に置いた手のひらを握り締める。

「…自分では、…理央様の剱として、主人を癒すことも難しいようです。番となる吉良に剱としての任を兼ねていただいたほうが良いかもしれません。あるいは、ベータの弟を。…剱の次男として、情けないことですが」

知らず唇を噛んでいた。

血の味に我に返り、紫香楽に頭を下げ、立ち上がる。

「理聖様には如何様にでもご報告を。どのような決定でも従います」

「…待ちなさい、大和」

「はい、」

「病院の方に寄ってくれ。採血したい」

「自分のDNA情報等は一族のデータベースに登録されているはずですが」

「…最新の情報が欲しいんだ」

物理的な生体情報等、そう変わることはない。

しかしレンズ越しの紫香楽の真摯な双眸に、俺は素直に頷いた。

「…かしこまりました」









帰路の車内で、制服の上着のポケットから銀の指輪を取り出し、手のひらの上で輝く鈍い銀色の光を眺めた。

神木は沈黙している。

しばらく眺め、それから右手の薬指に通した。



理央の頼りない首筋を思い出し、嘆息する。



理央に棄てられてしまえば、俺の価値など消えて失せる。

どれ程有能なアルファであろうと、主人に安寧を提供出来ない剱など、クズ以下だ。



薬指のリングに口付け、窓の外を眺める。

そこで神木が口を開いた。

「…哀れな男だ」

いつものような皮肉や揶揄は、欠片も含まれていなかった。

本当に、それ以外の感情を含まない声。



俺はそこまで酷い醜態をさらしていたのだろうか。



苦く笑うことしか出来なかった。

「…仕方ありません。自分は剱ですから」

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