虚口の犬。alternative

HACCA

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12.『何でもない』

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いつまでも眺めていたかったが、嗚咽した背を手のひらで撫でた。

「…泣かないで下さい、…理央、」

「…悪い、」

恐らくは、俺のせいで泣いているのだろう。

そろそろはっきりとさせるべきだ。

目を伏せ、理央の手を掴む。

「…俺が、剱では駄目ですか」

「?どういう…」

「…以前、会長と話していらっしゃったでしょう。…吉良会長が剱であるほうが、…いいですか。あなたは考えておくと仰った。安寧を提供出来ない、俺のような出来の悪い剱では…、」

「…、あれは、――」

無礼を承知で理央の言葉を遮り、自らの意志を告げた。

「俺でも。…俺でもよろしければ、…俺は出来る限り理央のお側でお仕えさせていただきたいと考えておりますが、……俺では、あなたを泣かせるか、苛つかせてしまうことは承知しております。…吉良の血にすら劣る自分のような剱では役に立たないことはわかっていますが、――」

全て告げる前に理央の細い指先が俺の唇を撫でて、俺は言葉を失う。

後頭部を手のひらで優しく撫でられ、俺は口を閉じて目を伏せるしかなかった。

「お前に非はない」

「…ですが、」

「俺が悪いんだ、全部な」

瞬きの瞬間に落ちた涙に目を奪われ、下を向く理央の表情を、愚かな俺は見逃した。

髪を撫でる手がとまり、沈黙した理央に戸惑う。

「…理央?」

気分が優れないのかと思わず目線をあげた。

「何でも、無い…」

「大丈夫ですか、お加減が、」

「…なぁ、もし、本当に全部忘れるなら、…俺でも、」

「?、何を忘れるのですか」

「…いや、……何でもない」

言葉を濁し、「何でもない」と繰り返した理央の手を取り、唇を落とす。



『何でもない』はずがない。

何でもなければ、理央は泣いていないはずだ。



理央の望みさえわかれば、何としても叶えて差し上げるのに。



「…お前は綺麗だな。アルファの中でも特別綺麗だ」

俺に、そんな言葉を下さらずとも。

アルファといえど俺はあくまでもあなたの従僕で、あなたが言葉を尽くすような存在ではない。

「あなたのほうが美しいですよ、理央」

「…そうか」

思うままを告げたが、理央は下を向いてしまった。

「…理央?」

「お前、どんな女が好きなんだ?」

「…どうしてそんなことを?」

「いや、…」

言葉に詰まった理央に、本当は吉良の好みを知りたいのだろうと思い至る。

吉良が理央を欲しているのは誰の目から見ても明らかなはずだが、当人はオメガらしさに欠けることをいまだ気にしている。

あなたを欲しがらないアルファなどいない。

「理央のような、…夜色の目に、白い肌が好きです。髪も同じ色がいいですね。四肢もこれくらい華奢であればなおいいです」

暗に、吉良もあなたを好きだと告げた。

本当のことでもある。

俺も、理央が欲しかった。



…なのに。



「…そうか」

諦念を含んだ声に、思わず目線を上げて理央を見る。

だが理央は下を向いていて、表情は窺えなかった。



どうしたら、喜んでくれるのか。

あなたの笑顔を向けられたことの無い俺に、わかるはずもなく。



罪悪感を飲み込んで、理央の手首に口付けた。

どんな言葉を贈れば、理央は喜ぶのだろう。

愚鈍な俺は、ただそればかりを考えていた。



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