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12.『何でもない』
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しおりを挟むぼんやりと、自室のドアレバーに手をかけたまま、足元を眺めていた。
一つ呼吸して自室に入る。
いつも通り浴室に直行し、頭からシャワーを浴びながら考えた。
胸元で揺れる指輪をひたすら見つめたが俺には正解などわからない。
俺は理央の『剱』だ。
だが、抱いてしまえば『アルファ』になる。
知ってしまえば、恐らく。
吉良に奪われることに『耐えられなくなる』。
ゴクリと、喉が鳴った。
駄目だ。
俺は、剱でいなければ。
「…っ、理央…、っ理央、」
気付けば主の名前を呼びながら自慰に耽っていた。
吐き出されたものは恐らく、俺の嫉妬と独占欲だったはずだ。
残ったのは、主人の望みの一つすら思い当たらない愚かな剱としての罪悪感ばかりだった。
着替えを済ませてグラスにミネラルウォーターを注ぎ、個人端末で神木からの連絡の有無を確認した。
グラスを空にしてネックレスをはずし、サイドデスクのチェストの上段の引き出しを開ける。
神木の言葉を思い出し、一瞬躊躇った。
もう一度自問し、やはり俺などが抱いていいはずがないと答えが出る。
書類の上にゆっくりと置き、自らの秘密を隠すように音をたてぬよう、そっと閉め、鍵をかけた。
ジュエリーケースを開けて鍵指環を取り出し、全く同じデザインのそれを指に通してサイズを確かめ、握り締めた。
差し出された左手に口付けるときにちょうど人差し指と親指で挟んで触れる、男性にしては細い人差し指の感触を思い出す。
それから、理央の部屋を訪った。
理央の傍らで片膝をつき、目を伏せて主人を仰いだ。
「…今日はどうしたんだ」
差し出された手の甲に唇を落とす。
「理央がお気にされるほどのことではございません」
細い指がいつものように俺の眼帯を解き、左の目蓋を親指の腹でそっと撫でた。
「…俺を見ろ」
こうして命令をくださるならば、従うことは酷く容易なのに。
そう思いながら理央の夜色の眸を見上げた。
「理央、…?」
「綺麗な青だ」
「…理央に気に入っていただけるなら、これ以上の喜びはありません」
「気に入ってるよ。そこらの宝石なんかよりもずっといい」
微笑んだ理央に見とれている自分に気付き、目を伏せる。
それから理央の左手の人差し指にリングを通した。
「丁度良いですね。よかった」
「…」
瞬間、理央が息を飲む。
「…どうかしましたか、理央」
俺から目を逸らし、理央は躊躇いながら、「…もう、一緒に寝てくれねーのか」と呟いた。
「理央が俺でいいのでしたら」
「…お前は、…俺とするのは無理か」
「?、どういう意味ですか」
「俺、…を抱けるか、…俺はあまり、…メスらしくねーが、」
「それは、…吉良会長がいいのでは、」
「…そう、だよな、」
「理央、?」
理央が一瞬、唇を噛んだのを俺は見逃さなかったが、その理由までは俺には量れない。
俺の前髪を手で払い、理央は吐息した。
温かな涙が落ちると同時に口付けられて瞠目する。
「理央、どうし、――」
「…何でもない、」
そう呟いた唇は震えていた。
とめどなく落ちる透明な雫も主も見蕩れるほど美しく。
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