虚口の犬。alternative

HACCA

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20.まだ、誰のものでもないのだと

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「それだけかね?」



「…自分には何を望むべくもありません。少しでもお役に立つべく、理央様にお仕えさせていただくだけです。それが自分の幸せです」

「…一応、お前には知らせておこうと思っただけだ。下がってかまわんよ」

「お気遣い、有り難う御座います」

頭を下げ、正座を解いて立ち上がった。

「大和」

「…はい」

「許されるなら、理央チャンと番になりたいかね?」

一瞬回答を見失い、愚鈍な自分に内心で舌打ちする。

「…理央様がお望みであればそのように。自分の意思は理央様と共に御座いますので」

俺の言葉に父が口角を上げた。

煙管の煙が天井へ昇る。

「…よろしい」

大広間を出て、一つ息を吐いた。

なれるものならと、一瞬考えた。

だがそれは正解ではない。

俺はアルファではなく、剱として理央に仕えている。

自室の前には兄の仁が立っていた。

「何の話だった」

「兄さんには関係の無い話です」

「少しくらい、共有してくれてもかまわんと思うのだが」

「貴方は剱の当主です。他に優先すべきことが御座いますでしょう」

剱の後継は必要に応じて一族のリカバリとイニシャライズを行う。

黒名の家と懇意にするのは一族の中でも当主だけだ。

「…父もお前も、自分勝手なものだ」

そう呟き、兄は俺の横を通り過ぎた。主人を持てた自分は幸運だったと思っている。

だが、このいつ全てが無に帰すのか、不要だと言われるのか、この喉を焼く身が竦むような焦燥を知らずに済むというのなら。



(知った後では遅い。焦がれ続けるだけで、常にこの喉元に切っ先がある恐怖。それを知らずに済むのなら、それも一つの幸せではないのか)



所詮、兄弟というだけの他人だ。

互いの全てを理解できるはずもない。自室に戻り、申請結果を確認した。

理聖様のお話が何なのかわからないうちは申請取消も躊躇われる。

理央に確認を取るべきか。

いや、話を聞くのなら吉良か神木だろう。

時刻を確認し、神木のIDに発信した。

『君から僕に連絡があるとは。…理聖様の件かな』

「神木の貴方にはお見通しというわけですね」

『剱は分かりやすいからね』

「……番が決定したのでしょうか」

『そんな話は神木もきいていない。恐らくは理央の様子見だろう。理央が本家に顔を出すわけにはいかないからね』

無意識に詰めていた息を吐く。

「…そうですか」

『君の方はどうだ』

「理央様がいらっしゃらないだけでこれ程虚しくなるとは思いませんでした。お側に置いていただけるだけで幸せなのだと、…身に沁みました」

『…そうか』

「二条の解除は三日程で済むとのことです。司の方は問題ありませんか」

『今のところ問題無い』

「有り難う御座います。お手間をかけました。それでは」

『ああ、近いうちに』

通話を切り、暗くなったディスプレイを眺めた。

七歳のとき、理央に忠誠を誓って以降、一日たりとも主人の元を離れたことは無い。

たった二日で既に精神が擦りきれてゆくようだ。

あの夜空のような、深淵を映しているような双眸が眼裏にちらつく。






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