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1.アルファのようなオメガ
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「……っ触るな」
唐突に頬を打たれて、俺は理央から離れた。
「……失礼しました」
ただ通学前の制服の着替えを手伝っていただけだが、俺の何かが、理央の気に障ったらしい。
よくあることだ。
どうやら今日は機嫌が良くないらしい。
「お前、メスくせーよ。女にマーキングされたまま俺の側に寄るな」
不快だと言いた気に眉を寄せた理央が俺を置いて先に寝室を出る。
言われて昨夜メイドの一人を抱いたことを思い出した。
シャワーは浴びたはずだが。
そう思いながら理央の背を追って寝室を出る。
邸のエントランスで理央に追い付き、距離を測って車に乗り込んだ。
『暁(あかつき)』は情報を集積し、世界を俯瞰で眺め、その未来を視るとすらいわれる一族だった。
『暁』の持つ情報は常に最新であり、間違いが無い。
俺はその暁家に仕える『剱』家の次男に生まれた。
剱も暁に並ぶ一族ではあるが、家の全ては長兄一人が継ぐ。
長男以外は全て暁の使用人として、暁の本家へ引き取られ、長兄が事故や病死でもしない限り、生家に帰ることもない。
特に、次男は暁の長男の付人として専用の教育を受け、次期後継の補佐となることが決まっている。
だが仕えるだけでなく、稀に暁に後継が生まれない場合等は剱の次男を暁の後継にすえる。
それほど両家の絆は深い。
通常、暁の長男が七歳を迎えるまでに引き会わされ、剱は暁に一生仕えると誓う。
誓わされるのではない。自ら膝をついて暁の手を取り誓うのだ。
ただ目を合わせただけで、剱は暁を主人と認識する。
まるで契約のように。
それは俺も例外ではなく、歴代の暁において稀代の先見の資質を持つと言われた暁理聖の子息である暁理央につけられた。
そもそも暁の情報は何故、『常に』正しいのか。
「……お前、俺が好きか」
思考に耽る俺を、理央が暗に咎めるように質す。
つまらなさそうに車の外を眺める理央の横顔を見つめた。
そうだ。
『暁』は、他人の真偽を視ることが出来る。
誰も暁に嘘は吐けない。
そして暁が剱を側に置く理由もそこにある。
剱は自分を偽ることができない。誰に対しても。
そのせいで過去、二条という家に利用され酷い扱いを受けたこともあると祖父から聞かされた。
それを救ったのが暁であることも。
以来、二条は剱を欲しがり、だが暁は二条を歯牙にもかけず、仲がよろしくない。
二条と違い、暁はただ、剱を側に置いた。
そうすることで、暁は『安寧を得る』のだと。
真偽を量る世界に常に身を置く彼らの苦痛など、剱である俺にははかりしれない。
理央が何を考えて、幼い頃から俺に「好きか」と問い続けるのかも、俺にはわからない。
俺はただ、最初で最後の真実を告げるだけだ。
「……好きです、理央」
「そうか」と静かに吐息した理央の苦痛など、俺に理解できるはずもないのだ。
俺は剱の人間なのだから。
恐ろしいのは、暁の主人を求める『剱』の血だった。
「お前を殺して理央様に仕えることができるならば」と兄の仁は俺に言った。
剱当主の地位と権力を得るよりも暁を得るほうが剱の本能を満たすのだと殺意すら込めて。
剱の長兄が主人を持つと鬼になると、父が言っていたことを思い出す。
父の剱世護は長兄でありながら理聖様の剱の一人であると噂に聞いたことはあった。
だが俺にとってはどうでもいいことのひとつでしかない。
俺には理央がいるのだから。
ただ、残念ながら俺は、あまり理央に気に入られてはいないようだ。
鈍く痛む口端を親指の腹で押さえる。
それでも理央に仕えて十年、俺なりにうまくやってきたはずだった。
その日、数度の再検査を繰り返し、ようやく理央のバース性が決定したと、何故か俺だけが、暁本家に呼び出された。
現在理央は自分の邸に引きこもっていて、滅多に本家に顔を出さない。
理央を邸の私室に送り届けてから、暁本家に向かった。
指示通り、理央の父親である理聖様の私室を訪う。
もともと暁はアルファの家系であり、理聖様もアルファで、理央の姉である理架様もアルファ。
俺は、当然理央もアルファだと思い込んでいた。
美しい木目の重厚なドアをノックして許可を待つ。
「入れ」
「失礼します」
後ろ手にドアを閉め、デスクで書類とディスプレイを交互に見ながら、理聖様は俺の名を呼んだ。
「剱大和」
「はい」
「お前のバース性はアルファだったな」
「はい」
「周はベータだったか」
「はい」
周というのは俺の弟だった。
俺の代の剱は四人兄弟で周の下にもう一人、鈴蘭という妹がいる。
「鈴蘭は」
「ベータです」
「仁は」
「同じくベータ」
「そうか」と眉を寄せ、溜め息を吐く理聖様に妙な不安を覚えた。
「理聖様、?」
「……理央がオメガと診断された」
息を飲む。
その結果から想定される未来を、一瞬、脳が理解することを拒んだ。
「……オメガ、?理央様が、ですか」
「主治医の話では」
「しかし、暁はアルファの家系では……、理聖様も理架様もアルファで、しかも、理央様は極めて優秀な資質を、」
「そうだ。お陰で再検査を繰り返すことになった」
手に持っていた書類をデスクに置き、理聖様は腕を組んだ。
「しかし、こうなっては理央は本家を出ていて正解だったな。ここはアルファが多い」
「……俺は、生家に帰されるということでしょうか」
ベータならまだしも、アルファはオメガのヒートにあてられる。
「私が一方的に決めてもかまわなかったのだが。理央に一応確認したところ、本人の意思に任せるとのことだった。確かにこの十年、お前はよくやってくれている。アルファであることも納得できる」
「……俺は、誓い通り、これからも理央様のお側でお世話させていただければと思います」
唐突に頬を打たれて、俺は理央から離れた。
「……失礼しました」
ただ通学前の制服の着替えを手伝っていただけだが、俺の何かが、理央の気に障ったらしい。
よくあることだ。
どうやら今日は機嫌が良くないらしい。
「お前、メスくせーよ。女にマーキングされたまま俺の側に寄るな」
不快だと言いた気に眉を寄せた理央が俺を置いて先に寝室を出る。
言われて昨夜メイドの一人を抱いたことを思い出した。
シャワーは浴びたはずだが。
そう思いながら理央の背を追って寝室を出る。
邸のエントランスで理央に追い付き、距離を測って車に乗り込んだ。
『暁(あかつき)』は情報を集積し、世界を俯瞰で眺め、その未来を視るとすらいわれる一族だった。
『暁』の持つ情報は常に最新であり、間違いが無い。
俺はその暁家に仕える『剱』家の次男に生まれた。
剱も暁に並ぶ一族ではあるが、家の全ては長兄一人が継ぐ。
長男以外は全て暁の使用人として、暁の本家へ引き取られ、長兄が事故や病死でもしない限り、生家に帰ることもない。
特に、次男は暁の長男の付人として専用の教育を受け、次期後継の補佐となることが決まっている。
だが仕えるだけでなく、稀に暁に後継が生まれない場合等は剱の次男を暁の後継にすえる。
それほど両家の絆は深い。
通常、暁の長男が七歳を迎えるまでに引き会わされ、剱は暁に一生仕えると誓う。
誓わされるのではない。自ら膝をついて暁の手を取り誓うのだ。
ただ目を合わせただけで、剱は暁を主人と認識する。
まるで契約のように。
それは俺も例外ではなく、歴代の暁において稀代の先見の資質を持つと言われた暁理聖の子息である暁理央につけられた。
そもそも暁の情報は何故、『常に』正しいのか。
「……お前、俺が好きか」
思考に耽る俺を、理央が暗に咎めるように質す。
つまらなさそうに車の外を眺める理央の横顔を見つめた。
そうだ。
『暁』は、他人の真偽を視ることが出来る。
誰も暁に嘘は吐けない。
そして暁が剱を側に置く理由もそこにある。
剱は自分を偽ることができない。誰に対しても。
そのせいで過去、二条という家に利用され酷い扱いを受けたこともあると祖父から聞かされた。
それを救ったのが暁であることも。
以来、二条は剱を欲しがり、だが暁は二条を歯牙にもかけず、仲がよろしくない。
二条と違い、暁はただ、剱を側に置いた。
そうすることで、暁は『安寧を得る』のだと。
真偽を量る世界に常に身を置く彼らの苦痛など、剱である俺にははかりしれない。
理央が何を考えて、幼い頃から俺に「好きか」と問い続けるのかも、俺にはわからない。
俺はただ、最初で最後の真実を告げるだけだ。
「……好きです、理央」
「そうか」と静かに吐息した理央の苦痛など、俺に理解できるはずもないのだ。
俺は剱の人間なのだから。
恐ろしいのは、暁の主人を求める『剱』の血だった。
「お前を殺して理央様に仕えることができるならば」と兄の仁は俺に言った。
剱当主の地位と権力を得るよりも暁を得るほうが剱の本能を満たすのだと殺意すら込めて。
剱の長兄が主人を持つと鬼になると、父が言っていたことを思い出す。
父の剱世護は長兄でありながら理聖様の剱の一人であると噂に聞いたことはあった。
だが俺にとってはどうでもいいことのひとつでしかない。
俺には理央がいるのだから。
ただ、残念ながら俺は、あまり理央に気に入られてはいないようだ。
鈍く痛む口端を親指の腹で押さえる。
それでも理央に仕えて十年、俺なりにうまくやってきたはずだった。
その日、数度の再検査を繰り返し、ようやく理央のバース性が決定したと、何故か俺だけが、暁本家に呼び出された。
現在理央は自分の邸に引きこもっていて、滅多に本家に顔を出さない。
理央を邸の私室に送り届けてから、暁本家に向かった。
指示通り、理央の父親である理聖様の私室を訪う。
もともと暁はアルファの家系であり、理聖様もアルファで、理央の姉である理架様もアルファ。
俺は、当然理央もアルファだと思い込んでいた。
美しい木目の重厚なドアをノックして許可を待つ。
「入れ」
「失礼します」
後ろ手にドアを閉め、デスクで書類とディスプレイを交互に見ながら、理聖様は俺の名を呼んだ。
「剱大和」
「はい」
「お前のバース性はアルファだったな」
「はい」
「周はベータだったか」
「はい」
周というのは俺の弟だった。
俺の代の剱は四人兄弟で周の下にもう一人、鈴蘭という妹がいる。
「鈴蘭は」
「ベータです」
「仁は」
「同じくベータ」
「そうか」と眉を寄せ、溜め息を吐く理聖様に妙な不安を覚えた。
「理聖様、?」
「……理央がオメガと診断された」
息を飲む。
その結果から想定される未来を、一瞬、脳が理解することを拒んだ。
「……オメガ、?理央様が、ですか」
「主治医の話では」
「しかし、暁はアルファの家系では……、理聖様も理架様もアルファで、しかも、理央様は極めて優秀な資質を、」
「そうだ。お陰で再検査を繰り返すことになった」
手に持っていた書類をデスクに置き、理聖様は腕を組んだ。
「しかし、こうなっては理央は本家を出ていて正解だったな。ここはアルファが多い」
「……俺は、生家に帰されるということでしょうか」
ベータならまだしも、アルファはオメガのヒートにあてられる。
「私が一方的に決めてもかまわなかったのだが。理央に一応確認したところ、本人の意思に任せるとのことだった。確かにこの十年、お前はよくやってくれている。アルファであることも納得できる」
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