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一章
2# 東間正博
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三月十五日。
濃い香りを漂わせる木製本棚と古びた書物に埋もれた幻覚の世界。
埃がやや目立つヒノキの部屋、机の真上に吊るされた裸電球に照らされながら、僕は安楽椅子にその身を任せるがまま心地よく眠っている。と言うより、正確には目を閉じているだけだ。
すぅと言う吐息がテンポ良く僕の口から発せられながら、縦長の古時計の針は十二時を回ろうとしていた。夜中の、である。
すると突如として僕の正面にあるタブレットのウィンドウが表示され、僅かな休息に入っていた僕のことなど構わず、その機種はわめき散らすように曲を流し始めた。
アコースティックの滑らかな音を出だしに始まった、一見穏やかそうな曲だったが、キュルキュルと高音で鳴り響くギター音に続いた激しいドラムの叩く音で、その雰囲気は一気にかき消される。
枯れたような声をしたボーカルが叫び出したのと同時に、僕は目を見開いて飛び起きた。
「ちょっ、待って! 起きてるから止めて!」
僕が両耳を塞ぎながら、曲のボリュームに負けじと声一杯叫ぶ。
すると人工知能はそれを認識したのか、何やら不気味な呪詛を唄っている途中の曲を停止させると、
「夜遅くに申し訳ございません。〈上層部〉からの緊急の通信とのことでしたので、設定時間を早めて曲を流してしまいました。下のアイコンをタッチして通信を行ってください」とフレンドリーな口調で軽々しくそう言った。
なにが「流してしまいました」だ。うっかりやったみたいな言い草だが、それは意図的に仕組んだものであろうに。
沈黙の中、僕は目の前のタブレットを解せんばかりに睨み付ける。
相変わらずこのシステムは慣れない。訂正しておくが、僕はロックを好んでいるのではなく、むしろロックが苦手なたちだ。
僕は重度の寝坊助で、だからこそ苦手なロックで無理矢理にでも早朝を迎えようと言うのだ。
早寝早起き、僕が心掛けていることだ。
しかしre:natureの上級研究員の彼は暇ではない。
本部からの連絡が来る度にこうやって人工知能に起こされなくてはならないのだ(まあこれは僕が寝ている場合の話だが)。それが例え夜であっても、だ。
だからまあ、僕の心掛けと言うのは実を言うと何の意味も為さないのである。
結局夜に叩き起こされてしまってはまた昼頃に起床するのが落ちだ。
通信の相手からの要件は案の定、いつも通り招集指令であった。
僕はところどころ勝手に跳びはねている寝癖をかきながら、安楽椅子から立ち上がると、近くの床に放り出されていたリモコンを手に取り、スイッチを押した。
すると今まで存在していたはずの書物に溢れた勤勉的な部屋の風景が一瞬にして何の面白味のない白いコンクリート部屋に切り替わる。
先の世界はホログラムシステムで造り出されたものだ。人々の娯楽として普及していて、部屋の仮模様替えなどに利用されている。
早急にシャワーを浴び、ある程度体を洗い流して髪型を整えると、せっせとスーツとその上から白衣を着用してコンクリート部屋を退出する。
開かれた自動ドアの奥にポツンと立っていたのは、僕の部下であり、僕の恋人である奈代結音だった。
急にその小さな姿をあらわにした結音に僕は半歩後ずさる。
「あ、所長起きてましたか。急に夜中に爆音が流れだしたものですから、びっくりしましたよ」
「あぁごめん、急に招集がかかって」
「世話焼きな人工知能さんですね。あれ、実は他の研究員さんの目覚ましがわりになってくれてるんですよ。先ほどは所長以外は起きてたみたいですけど……」
結音の発言に僕はそれは知らなかったとばかりに表情を変えた。
僕の部屋は分厚いコンクリートでできているとは言え、音漏れ対策なんてものはされてないので、当然の事なのだが。
分かった、これからは出来るだけ自分の力で起きよう、と言いたいところではあったが、今さら目覚まし設定を取り消したとしても大袈裟な人工知能がまた勝手に設定して緊急時に爆音で僕を怒鳴り散らすことだろう。
ここ十数年の間に、人工知能は随分と無駄な要素が増えてきた。
個人の私生活に積極的に介入するようになり、家政婦などの職業は御役御免となった。
それに甘えて家事の大半を人工知能にやらせる者もいるが、しかし自分の役割を全て機械に与えてしまったら、それこそおしまいだと僕は思っている。
機械の発展につれて、人は貧弱になっていく。生活の技術を獲得する機会を失ってしまった人間は、衰えていくのだ。
目覚まし代わりにそれを使っているくせに何だが、だから僕は出来るだけ身の回りの作業は人工知能に任せないようにしている。
研究データや超生物の管理、移動用フライトジェット機の整備、朝昼晩の食事、マイルームの掃除。挙げ句は研究所のほぼ雑用レベルの労働まで担当するようになった。
本領土と隔絶した人工島での問題はほとんど些細なものでしかないので、「警備」と言う担当を抜いてはほとんどの事は現場の研究員がしなければならない(それに人工知能が加担するが)。
しかし専門業者を多数雇うことは容易くないのである。
そんなことにわざわざ金をかけるくらいなら、研究費用の足しにした方がよほど良いだろう。
身内の問題は最低限、身内で解決する。
これは会社に限らず、大抵の一般人にも課せられた前提事項だ。
***
しかし今回の案件を考えると、どうやらその前提事項では対処しきれない問題が発生したらしい事は明白だった。
「例の事件は知っているね」
この国の首相であり、軍最高司令官の小野江流郷は険しい顔でそう言った。
彼が緊急会議の首謀者としてリネイチャー本部に来ていると言うことは、よほどの事があったのだろうと部屋に入った際にすぐに察したが、しかしまさか〈超生物脱走事件〉が起きたとは毛ほども思っていなかった。
それから驚いたことは、なんとその対策会議に僕の友人である雨島夕が来ていたことである。
相変わらず彼には無機質な表情が張り付いている。
一ヶ月ほど前に軍に入ったと聞いたが、新米の彼はその間にどんな功績を上げてここにいるのだろうか。
「ん、ああ、彼は今回の第十五研究所脱走事件での〈超生物掃討作戦〉に参加した者として、ここに出席させているのだよ」
聞きたいことはまだある。僕は首相に問い詰める。
「しかし、彼はまだ新米と聞きましたが。首相の話では彼はその作戦が初陣でしょうし、もう少し上の立場の者が出席するべきでは?」
これは別に、こうしてお偉いさん方が一同に集まっていると言うのに、その中に一人はぐれものがいることが気に入らない、と言うことで質問してるわけではない。
首相は閉じていた両目の片方を開くと、
「彼を含め、ここに出席した三人以外のメンバーが、今作戦で全滅したからだよ」
とあっさり言ってみせた。あまりにさらっと言ったものだから、僕は半歩遅れてえ、と声を漏らす。
「それに彼は此度の初陣でとても優秀な功績を残してみせたよ。彼がいなければ、部隊は全滅していたと言っても良い」
首相のそんな発言に、掃討作戦に参加したと思われる軍の連中の一人が気に食わないとばかりに顔をしかめる。
そりゃまあ、初陣を切っただけの新米に手柄を持ってかれるのはいい気はしないだろう。
僕は突っ立っていたまま首相と会話していたので、その異色な面子がこちらを見詰める中、恐る恐る席についた。
僕が座ったことを機に首相は本題に入る。
「しかし損害は大きい。今回の件で、我が軍の機体が七機大破してしまった。それと更に面倒なことになってな……」
首相はそこで小さく溜め息をつく。
すると夕以外の軍の連中は顔を強張らせ、次なる発言を知っているかのように待ち構える。
その光景から見るに、事態は深刻であることが分かった。
首相の代わりに口を開いたのは彼直属の秘書である。
「東南アジアのアイソレイトビレッジから宣戦布告を受けました」
辺りがざわめきだす。無論僕もだ。第三次世界大戦後に世界各地で頻繁に誕生するようになった、貧困民や難民の集合体。共和国。
しかし領土や戦力が比較的に小さいもので、文明的にも発達していない、ほぼ村同然の国だったので、どこにも相手にされていなかったはずだ。
まるで他人事のように話してはいるが、それら“村”大量発生の火種を作ったのは他ならない日本である。
第三次世界大戦の勝者として領土拡大をしてみせたまでは良かったものの、しかし支配下に置いた地域の治安は悪化する一方であったのだ。
国外の難民やストリートチルドレンが急激に増加し、日本の不安定な帝国主義に呆れた社会不適合者が独自に立案して生まれたもの、それがアイソレイトビレッジだ。秘書は続ける。
「国名は現地語で『カルメイテエタ』。栄光の国、だそうです。領土面積は沖縄の二分の一もありません。アイソレイトビレッジの中でも比較的小規模にあたる国です」
色々と雑学に手を出している僕ではあるが、カルメイテエタと言う国は初めて聞いた。
それにしても明らかに無名の国と言うより村的存在のそれが、日本に戦争を仕掛けるなどと無謀をする意味が分からない。
何者かが裏で暗躍していると言う考えが出来るが、その暗躍者がどこぞのアイソレイトビレッジに期待するのもどうかと思う。あれ、て言うかそもそも、
「では、この事件を起こしたのは、そのカルメイテエタだと言うのですか?」
ふと思った大きな疑問を僕は聞く。応えたのは首相であった。
「どうやらそうらしい。人口千人にも到底及ばない見せかけの国が、日本の国際的企業の一端を壊滅させるほどの事を成し遂げたことに私も疑問は抱いている。当方では偉業と讃えられるだろう。ただの悪餓鬼の妄言だと聞き流してもいい情報だが、しかし事が再発してしまう可能性もある上、僅かでも情報が入ったからには放っておくわけにはいかない。早速現地のカルメイテエタにスパイを送ってみたが、ここ数日で連絡が途絶えてしまった。……何かあると見て間違いないだろう」
そう言うと首相は続けて、
「後日、調査部隊を潜入させる予定だ。しかしこちらでも事件再発防止のために行動する必要がある。そのために君らを呼び出したのだからな」
ここに招集された者達は軍の連中の他に全員ではないが超生物実験班の各研究所の所長が集まっていた。
しかしよく見るとその中で一人だけ所長ではない人物がいる。
彼はたしか…………第七研究所の副所長だ。彼の目上の達馬所長とは顔見知りだった。
達馬所長は急用でもできたのだろうか。
「奈代社長がいらっしゃらないようですが、我々のみでこれら案件の対処を決定してよろしいのでしょうか?」
研究所所長の一人が挙手し、首相に問う。
「彼には了承を得た上で既決している。欠席については他で用ができたらしいのでな」
そう言われると奈代所長の姿は見えなかった。
この緊急時に用とは、恐らく事態の問い合わせに対応してるか何かだろう。
それにしても、この情報は一般人にも行き届いているのだろうか。
いや、そもそもこの会議が秘密裏に行われてる時点で外部漏れはないだろう。
それで我々は何をするのですか、と僕は続けて問う。
「まあ、やってもらうことと言うよりは、君ら研究員に出来るのはただ警戒することのみだ。明日には指定された各研究所に防衛隊を送る。端末を見てくれ」
するとそれぞれの位置に設置された映像端末にファイルが表示された。
僕の前のモニタで〈第二研究所防衛人員リスト〉と書かれたそのファイルに次々と見知らぬ軍人の顔が陳列される中、夕の顔もやがて浮かび上がる。
おいおい、重要な防衛軍に抜擢されるって、本当に夕は一体何をやらかしたのだろうか。
「各研究所に配備するメンバーだ。後で事前にそれぞれ隊長とはコンタクトを行ってもらう。警戒体制をとっているのは限りに絞っているが、その中でも更に最も警戒されるのは東間正博所長の第二研究所と、不在の達馬総一郎所長の第七研究所。どちらも優秀な功績を獲得した実験班の中枢部だ」
大分話が進んでしまったが、ここで少し超生物とre:natureについて語ろうと思う。
超生物と言うのは動物同士の合成や遺伝子改良によって産み出される、主に戦闘用として扱われる強制強化型の生物兵器だ。
当初の超生物は、彼・雨島夕の実父である雨島方先が立案した絶滅種の復元、それによって再び大地を踏むこととなった人工生物である。
雨島方先の死後、空席となった会社re:natureの社長の座を次いだのは、奈代彼方氏。僕の恋人、結音の実父だ。
彼の就任を機に、今まで暖まれてきたリネイチャーの超生物製造計画は実現、加速化し、現在に至るのである。
しかし超生物を戦争兵器として利用する他に、研究者達の間では映像や本の中でのみ存在する架空の生物を実現させようと言う妙案もあった。
その考え方は様々で、怪獣を作ろう、ゴジラを作ろう、ゲーム世界の小動物を作ろうなんてのもあって、そんな中で中学時代の僕が思い描いたのが、“竜”の創造である。
結果を言うとその夢は叶った。今まで幾度となく多種多様な科学者達がその実現に失敗してきたと言うのに、僕はそれを二十三歳にしてやってのけたのだ。
記者会見で見知らぬ人達から質問攻めされるわ、聞いたことのない胡散臭い賞を取るわで当時の僕はとても堪えたものである。
しかし本音は凄く嬉しかった。
自分の実力を認められることほど嬉しいものはない、と思い知ったのだ。
僕の研究成果は国内に留まらず、世界中に知れ渡ることとなり、同時に超生物研究に重要価値があると言うこと知らしめた。その後リネイチャーの第二研究所の所長に僕は就任し、そこで研究拡大を進めていった。
「宣戦布告とは、どのような内容で?」
一人研究員が問う。
それについては僕も気になっていた。
日本が敏感に対応するほどの文面とは一体何なのだろうか、と。
「……申し訳ないが、それは君達にも教えられない」
「何故ですか」首相の応えに僕は咄嗟に聞いた。
反射的に発言したことに、若干の後悔を覚える。
周りの視線がこちらに集中する中、僕は息を呑んで言葉を選び出す。
「いや、警戒するにおいて必要最低限のことは知るべきだと思いまして……」
「以上が必要最低限のことだ。これについては君らが知るべき区域ではない。防衛の障害になるわけでもないしな」
首相は僕を睨むような目付きで冷淡にそう言った。
いや、僕が今まで見てきた限りにおいて、首相が穏和な目付きをしたところを見たことはない。
つまり彼にとってはこれが通常の目付きなのだろう。
首相は座っていた高価そうな椅子の肘掛けの先っぽを指先で叩くと、周りの視線を僕から自分に移すようにして、再びその長い白髭に覆われた口を開いた。
「無論、この件については関係者以外の公言を禁ずる。すみやかに対処を行ってくれ。我々日本の平和のために、な」
濃い香りを漂わせる木製本棚と古びた書物に埋もれた幻覚の世界。
埃がやや目立つヒノキの部屋、机の真上に吊るされた裸電球に照らされながら、僕は安楽椅子にその身を任せるがまま心地よく眠っている。と言うより、正確には目を閉じているだけだ。
すぅと言う吐息がテンポ良く僕の口から発せられながら、縦長の古時計の針は十二時を回ろうとしていた。夜中の、である。
すると突如として僕の正面にあるタブレットのウィンドウが表示され、僅かな休息に入っていた僕のことなど構わず、その機種はわめき散らすように曲を流し始めた。
アコースティックの滑らかな音を出だしに始まった、一見穏やかそうな曲だったが、キュルキュルと高音で鳴り響くギター音に続いた激しいドラムの叩く音で、その雰囲気は一気にかき消される。
枯れたような声をしたボーカルが叫び出したのと同時に、僕は目を見開いて飛び起きた。
「ちょっ、待って! 起きてるから止めて!」
僕が両耳を塞ぎながら、曲のボリュームに負けじと声一杯叫ぶ。
すると人工知能はそれを認識したのか、何やら不気味な呪詛を唄っている途中の曲を停止させると、
「夜遅くに申し訳ございません。〈上層部〉からの緊急の通信とのことでしたので、設定時間を早めて曲を流してしまいました。下のアイコンをタッチして通信を行ってください」とフレンドリーな口調で軽々しくそう言った。
なにが「流してしまいました」だ。うっかりやったみたいな言い草だが、それは意図的に仕組んだものであろうに。
沈黙の中、僕は目の前のタブレットを解せんばかりに睨み付ける。
相変わらずこのシステムは慣れない。訂正しておくが、僕はロックを好んでいるのではなく、むしろロックが苦手なたちだ。
僕は重度の寝坊助で、だからこそ苦手なロックで無理矢理にでも早朝を迎えようと言うのだ。
早寝早起き、僕が心掛けていることだ。
しかしre:natureの上級研究員の彼は暇ではない。
本部からの連絡が来る度にこうやって人工知能に起こされなくてはならないのだ(まあこれは僕が寝ている場合の話だが)。それが例え夜であっても、だ。
だからまあ、僕の心掛けと言うのは実を言うと何の意味も為さないのである。
結局夜に叩き起こされてしまってはまた昼頃に起床するのが落ちだ。
通信の相手からの要件は案の定、いつも通り招集指令であった。
僕はところどころ勝手に跳びはねている寝癖をかきながら、安楽椅子から立ち上がると、近くの床に放り出されていたリモコンを手に取り、スイッチを押した。
すると今まで存在していたはずの書物に溢れた勤勉的な部屋の風景が一瞬にして何の面白味のない白いコンクリート部屋に切り替わる。
先の世界はホログラムシステムで造り出されたものだ。人々の娯楽として普及していて、部屋の仮模様替えなどに利用されている。
早急にシャワーを浴び、ある程度体を洗い流して髪型を整えると、せっせとスーツとその上から白衣を着用してコンクリート部屋を退出する。
開かれた自動ドアの奥にポツンと立っていたのは、僕の部下であり、僕の恋人である奈代結音だった。
急にその小さな姿をあらわにした結音に僕は半歩後ずさる。
「あ、所長起きてましたか。急に夜中に爆音が流れだしたものですから、びっくりしましたよ」
「あぁごめん、急に招集がかかって」
「世話焼きな人工知能さんですね。あれ、実は他の研究員さんの目覚ましがわりになってくれてるんですよ。先ほどは所長以外は起きてたみたいですけど……」
結音の発言に僕はそれは知らなかったとばかりに表情を変えた。
僕の部屋は分厚いコンクリートでできているとは言え、音漏れ対策なんてものはされてないので、当然の事なのだが。
分かった、これからは出来るだけ自分の力で起きよう、と言いたいところではあったが、今さら目覚まし設定を取り消したとしても大袈裟な人工知能がまた勝手に設定して緊急時に爆音で僕を怒鳴り散らすことだろう。
ここ十数年の間に、人工知能は随分と無駄な要素が増えてきた。
個人の私生活に積極的に介入するようになり、家政婦などの職業は御役御免となった。
それに甘えて家事の大半を人工知能にやらせる者もいるが、しかし自分の役割を全て機械に与えてしまったら、それこそおしまいだと僕は思っている。
機械の発展につれて、人は貧弱になっていく。生活の技術を獲得する機会を失ってしまった人間は、衰えていくのだ。
目覚まし代わりにそれを使っているくせに何だが、だから僕は出来るだけ身の回りの作業は人工知能に任せないようにしている。
研究データや超生物の管理、移動用フライトジェット機の整備、朝昼晩の食事、マイルームの掃除。挙げ句は研究所のほぼ雑用レベルの労働まで担当するようになった。
本領土と隔絶した人工島での問題はほとんど些細なものでしかないので、「警備」と言う担当を抜いてはほとんどの事は現場の研究員がしなければならない(それに人工知能が加担するが)。
しかし専門業者を多数雇うことは容易くないのである。
そんなことにわざわざ金をかけるくらいなら、研究費用の足しにした方がよほど良いだろう。
身内の問題は最低限、身内で解決する。
これは会社に限らず、大抵の一般人にも課せられた前提事項だ。
***
しかし今回の案件を考えると、どうやらその前提事項では対処しきれない問題が発生したらしい事は明白だった。
「例の事件は知っているね」
この国の首相であり、軍最高司令官の小野江流郷は険しい顔でそう言った。
彼が緊急会議の首謀者としてリネイチャー本部に来ていると言うことは、よほどの事があったのだろうと部屋に入った際にすぐに察したが、しかしまさか〈超生物脱走事件〉が起きたとは毛ほども思っていなかった。
それから驚いたことは、なんとその対策会議に僕の友人である雨島夕が来ていたことである。
相変わらず彼には無機質な表情が張り付いている。
一ヶ月ほど前に軍に入ったと聞いたが、新米の彼はその間にどんな功績を上げてここにいるのだろうか。
「ん、ああ、彼は今回の第十五研究所脱走事件での〈超生物掃討作戦〉に参加した者として、ここに出席させているのだよ」
聞きたいことはまだある。僕は首相に問い詰める。
「しかし、彼はまだ新米と聞きましたが。首相の話では彼はその作戦が初陣でしょうし、もう少し上の立場の者が出席するべきでは?」
これは別に、こうしてお偉いさん方が一同に集まっていると言うのに、その中に一人はぐれものがいることが気に入らない、と言うことで質問してるわけではない。
首相は閉じていた両目の片方を開くと、
「彼を含め、ここに出席した三人以外のメンバーが、今作戦で全滅したからだよ」
とあっさり言ってみせた。あまりにさらっと言ったものだから、僕は半歩遅れてえ、と声を漏らす。
「それに彼は此度の初陣でとても優秀な功績を残してみせたよ。彼がいなければ、部隊は全滅していたと言っても良い」
首相のそんな発言に、掃討作戦に参加したと思われる軍の連中の一人が気に食わないとばかりに顔をしかめる。
そりゃまあ、初陣を切っただけの新米に手柄を持ってかれるのはいい気はしないだろう。
僕は突っ立っていたまま首相と会話していたので、その異色な面子がこちらを見詰める中、恐る恐る席についた。
僕が座ったことを機に首相は本題に入る。
「しかし損害は大きい。今回の件で、我が軍の機体が七機大破してしまった。それと更に面倒なことになってな……」
首相はそこで小さく溜め息をつく。
すると夕以外の軍の連中は顔を強張らせ、次なる発言を知っているかのように待ち構える。
その光景から見るに、事態は深刻であることが分かった。
首相の代わりに口を開いたのは彼直属の秘書である。
「東南アジアのアイソレイトビレッジから宣戦布告を受けました」
辺りがざわめきだす。無論僕もだ。第三次世界大戦後に世界各地で頻繁に誕生するようになった、貧困民や難民の集合体。共和国。
しかし領土や戦力が比較的に小さいもので、文明的にも発達していない、ほぼ村同然の国だったので、どこにも相手にされていなかったはずだ。
まるで他人事のように話してはいるが、それら“村”大量発生の火種を作ったのは他ならない日本である。
第三次世界大戦の勝者として領土拡大をしてみせたまでは良かったものの、しかし支配下に置いた地域の治安は悪化する一方であったのだ。
国外の難民やストリートチルドレンが急激に増加し、日本の不安定な帝国主義に呆れた社会不適合者が独自に立案して生まれたもの、それがアイソレイトビレッジだ。秘書は続ける。
「国名は現地語で『カルメイテエタ』。栄光の国、だそうです。領土面積は沖縄の二分の一もありません。アイソレイトビレッジの中でも比較的小規模にあたる国です」
色々と雑学に手を出している僕ではあるが、カルメイテエタと言う国は初めて聞いた。
それにしても明らかに無名の国と言うより村的存在のそれが、日本に戦争を仕掛けるなどと無謀をする意味が分からない。
何者かが裏で暗躍していると言う考えが出来るが、その暗躍者がどこぞのアイソレイトビレッジに期待するのもどうかと思う。あれ、て言うかそもそも、
「では、この事件を起こしたのは、そのカルメイテエタだと言うのですか?」
ふと思った大きな疑問を僕は聞く。応えたのは首相であった。
「どうやらそうらしい。人口千人にも到底及ばない見せかけの国が、日本の国際的企業の一端を壊滅させるほどの事を成し遂げたことに私も疑問は抱いている。当方では偉業と讃えられるだろう。ただの悪餓鬼の妄言だと聞き流してもいい情報だが、しかし事が再発してしまう可能性もある上、僅かでも情報が入ったからには放っておくわけにはいかない。早速現地のカルメイテエタにスパイを送ってみたが、ここ数日で連絡が途絶えてしまった。……何かあると見て間違いないだろう」
そう言うと首相は続けて、
「後日、調査部隊を潜入させる予定だ。しかしこちらでも事件再発防止のために行動する必要がある。そのために君らを呼び出したのだからな」
ここに招集された者達は軍の連中の他に全員ではないが超生物実験班の各研究所の所長が集まっていた。
しかしよく見るとその中で一人だけ所長ではない人物がいる。
彼はたしか…………第七研究所の副所長だ。彼の目上の達馬所長とは顔見知りだった。
達馬所長は急用でもできたのだろうか。
「奈代社長がいらっしゃらないようですが、我々のみでこれら案件の対処を決定してよろしいのでしょうか?」
研究所所長の一人が挙手し、首相に問う。
「彼には了承を得た上で既決している。欠席については他で用ができたらしいのでな」
そう言われると奈代所長の姿は見えなかった。
この緊急時に用とは、恐らく事態の問い合わせに対応してるか何かだろう。
それにしても、この情報は一般人にも行き届いているのだろうか。
いや、そもそもこの会議が秘密裏に行われてる時点で外部漏れはないだろう。
それで我々は何をするのですか、と僕は続けて問う。
「まあ、やってもらうことと言うよりは、君ら研究員に出来るのはただ警戒することのみだ。明日には指定された各研究所に防衛隊を送る。端末を見てくれ」
するとそれぞれの位置に設置された映像端末にファイルが表示された。
僕の前のモニタで〈第二研究所防衛人員リスト〉と書かれたそのファイルに次々と見知らぬ軍人の顔が陳列される中、夕の顔もやがて浮かび上がる。
おいおい、重要な防衛軍に抜擢されるって、本当に夕は一体何をやらかしたのだろうか。
「各研究所に配備するメンバーだ。後で事前にそれぞれ隊長とはコンタクトを行ってもらう。警戒体制をとっているのは限りに絞っているが、その中でも更に最も警戒されるのは東間正博所長の第二研究所と、不在の達馬総一郎所長の第七研究所。どちらも優秀な功績を獲得した実験班の中枢部だ」
大分話が進んでしまったが、ここで少し超生物とre:natureについて語ろうと思う。
超生物と言うのは動物同士の合成や遺伝子改良によって産み出される、主に戦闘用として扱われる強制強化型の生物兵器だ。
当初の超生物は、彼・雨島夕の実父である雨島方先が立案した絶滅種の復元、それによって再び大地を踏むこととなった人工生物である。
雨島方先の死後、空席となった会社re:natureの社長の座を次いだのは、奈代彼方氏。僕の恋人、結音の実父だ。
彼の就任を機に、今まで暖まれてきたリネイチャーの超生物製造計画は実現、加速化し、現在に至るのである。
しかし超生物を戦争兵器として利用する他に、研究者達の間では映像や本の中でのみ存在する架空の生物を実現させようと言う妙案もあった。
その考え方は様々で、怪獣を作ろう、ゴジラを作ろう、ゲーム世界の小動物を作ろうなんてのもあって、そんな中で中学時代の僕が思い描いたのが、“竜”の創造である。
結果を言うとその夢は叶った。今まで幾度となく多種多様な科学者達がその実現に失敗してきたと言うのに、僕はそれを二十三歳にしてやってのけたのだ。
記者会見で見知らぬ人達から質問攻めされるわ、聞いたことのない胡散臭い賞を取るわで当時の僕はとても堪えたものである。
しかし本音は凄く嬉しかった。
自分の実力を認められることほど嬉しいものはない、と思い知ったのだ。
僕の研究成果は国内に留まらず、世界中に知れ渡ることとなり、同時に超生物研究に重要価値があると言うこと知らしめた。その後リネイチャーの第二研究所の所長に僕は就任し、そこで研究拡大を進めていった。
「宣戦布告とは、どのような内容で?」
一人研究員が問う。
それについては僕も気になっていた。
日本が敏感に対応するほどの文面とは一体何なのだろうか、と。
「……申し訳ないが、それは君達にも教えられない」
「何故ですか」首相の応えに僕は咄嗟に聞いた。
反射的に発言したことに、若干の後悔を覚える。
周りの視線がこちらに集中する中、僕は息を呑んで言葉を選び出す。
「いや、警戒するにおいて必要最低限のことは知るべきだと思いまして……」
「以上が必要最低限のことだ。これについては君らが知るべき区域ではない。防衛の障害になるわけでもないしな」
首相は僕を睨むような目付きで冷淡にそう言った。
いや、僕が今まで見てきた限りにおいて、首相が穏和な目付きをしたところを見たことはない。
つまり彼にとってはこれが通常の目付きなのだろう。
首相は座っていた高価そうな椅子の肘掛けの先っぽを指先で叩くと、周りの視線を僕から自分に移すようにして、再びその長い白髭に覆われた口を開いた。
「無論、この件については関係者以外の公言を禁ずる。すみやかに対処を行ってくれ。我々日本の平和のために、な」
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