127柱目の人柱

ど三一

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御殿編

成呪

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狩人が目を覚ますと、何故だか地面が少し遠く感じた。チラチラとオレンジ色の光が揺れて、幾つもの黒い影を狩人の方に伸ばしている。

(手足が痛い……何だ…?)

狩人は地面から自分の体へと視線を移した。草履を履いていた筈が素足となっているが、それが些細な変化となったのは、両足を木の杭に括り付けられていたからだ。食い込む麻縄が体重を支え、若干出血している。

(縛られている…!?)

狩人は腕を動かそうとして、痛みを覚えた。足と同様に腕もまた、杭の後ろで縛り上げられていた。狩人は足に痛みが走っても、どうにか抜け出そうと身体を捩って脱出を試みる。しかし木の杭は地中深くまで埋められている為、狩人1人の力では左右に揺れるだけ。

(何故こんな事を…っ!?)

狩人は目線を上げ、松明を持って自分を取り囲んでいる集落の人々を見た。大人から子供まで、集落全ての人が集まっている。その中には恋人の姿もあった。狩人が漸く状況を認識したとみると、古老が1人前に出て口を開いた。

「愚図の弟…」
「ッ!」

カッと怒りに染まった狩人は、更に激しく暴れる。しかしびくともしない。もう1人、もう1人と松明を持った集落の人が前に出て言葉を投げかけてゆく。狩人に怒りの炎に薪を焚べるような言葉を。

「立派な兄とは…天と地の差…」
「奸計を用いて…兄の名誉を傷つけた…」
「1人の…身寄りなき男を…手篭めにした…」
「卑怯者…」
「男が死して尚、その身体を貪ろうとする獣…」

やがて、1人の子どもが前に出て来た。俯いて顔は見えなかったがナジュの甥子だった。

(甥子…!俺を助けろ…!このおかしくなった奴らを、説得して…)

その子が自分を救い出すという淡い期待を抱く狩人。口々に狩人を詰っていた人々は静かになっていた。松明のパチパチと燃える音が、嫌に聞こえる。俯いていた甥子が顔を上げて、そしてー。

「報いだよ」

眼球の収まっていない、真っ黒い穴から狩人を見た。狩人は、恐ろしさで冷や汗をダラダラと流している。

(ば、化け物だっ…!化け物に集落の者達は…取り憑かれてしまった…!)

より一層暴れて脱出しようとする狩人の前に、甥子の友人が飛び出る。

「報いだよー!あははっ、報いー!」

楽しそうに松明を振り回し、火の粉が狩人の足に降りかかる。

「ッ!!」

その熱さにぎゅっと身体が固まる狩人。しかし悪夢も苦痛も終わらない。

「報い」「報い」「報いだ」「報い…」「獣への報い…」「報いだよー!」「報い」

「お前が…兄に代わって、死ねばよかったのに…」

その呪いの言葉を吐いたのは、集団の後ろに居た焼け爛れたナジュ。狩人は目を見開き、じわりと込み上げる涙を目に溜めた。

「火炙りだ…ハハハ……卑しき獣の火炙りだ…!」

1人が松明の炎を木の杭の根元に付ける。すぐに火は宿主を広げ、狩人の爪先をジリと焼いた。

「ッ~!?」
「報いだよおぉぉ……」

子どもが狩人の身体に松明を押し当てる。着物が燃え、皮膚が燃える嫌な匂いがした。大量の汗をかき、叫びを上げる。しかしそれは巻かれた口布によって封印されている。ナジュと兄と同じ、人柱にされようとしていた。

「イチモツは…この婆が貰うよ…」

鉈を持った姑が近付く。

「焼け死ぬところを見ていよう?」
「うん!」
「わあ!皮の下ってあんな色してるんだ~」

小さな子ども達が集まって指を差す。狩人の死の過程を見世物としていた。

どんどん燃え上がる炎と、それに比例するように精神までも蝕む激痛。自分の焼ける匂い。いっその事正気を手放したくなる程の拷問であった。狩人は声なき悲鳴を上げ続けた。

「よし…嫁は真っ二つになったが……このイチモツを食えば、子は出来るかもしれん…」
「思ったより身体が燃え残る…皆、燃やせ」

狩人は意識を失ってもおかしくない激痛の中、胸中で叫んでいた。

(痛い痛い痛いいいいッ!!死なせてくれ、誰かッ…!!死なせてくれぇッ……!!!)

既に炎は狩人の胸まで迫っていた。

(あ゛あ…痛いッ熱い゛…!!ゆ、許さぬッ…!!絶対に許さぬ、コイツら…ッ!魂まで燃やされようと…祟ってやるッ…!!!)

遠くでは狩人が肉体を失う毎に、ナジュの肉体が再生してゆく。その瞳は狩人を憎悪の目で射抜いていた。

(ナジュ…ッ!お前も…お前の魂が天に昇ったとて…!必ず、必ずッ…俺と同じ地獄に、引き吊り落としてやるッ!!!)

狩人とナジュはお互いを憎悪で見つめ合った。やがて狩人の意識が焼け落ちると、ナジュの姿は黒い影となって消えた。



「狩人さん…どうしたんだろうねぇ」
「親友のナジュが人柱になってから、塞いでいたものね…」
「ナジュの恋人の面倒を見ていた様だけど、やはりナジュの死ぬのを見て、気が触れていたんだよ…」
「こんな…死に方をして」

集落の真ん中、人々が囲んでいるのは狩人の亡骸だった。早朝、狩人は松明で自分の身体に火を着けて、イチモツを切り落とした。苦しそうな顔をして何か口を動かしてはいたが、叫びもしなかったらしい。水をかけて火を消そうとする者には、松明を振り回して追い払った。炎に抱かれた身体が地面に倒れ込み、いまだ燻り続けている。

「狩人の弟兄…」
「…さ、家に帰りましょう」
「ナジュ兄も、弟兄も…居なくなっちゃった」

悲しそうに振り返る甥子。その様子をナジュは鏡で覗いていた。

「報い……報い……」

ナジュの瞳は憎悪の対象を死に至らしめた事で暗く澱んでいた。ナジュは部屋で独り、鏡を見続けた。




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