127柱目の人柱

ど三一

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学舎編 一

嘗て居た人々

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暫く空のお盆の前で身を固くしていたナジュは、周りを片付けを始める厨房係と配膳係の立てる物音でハッと意識が浮上した。学舎の方の飯処でいつも見る配膳係が側に立っている。

「お下げしてもよろしいですか?」
「すまなかったな、片付けの邪魔して」

慌てて席を立つ姿に急かしてしまったと思ったのか、配膳係は否定の意味でいえいえと手を振った。

「私どもは昼餉の御片づけをさせていただきますが、もしこちらで過ごしたいという事でしたら遠慮なさらず。神様候補の皆様が飯処で考え事をされたり、お茶をゆっくりと飲みながらご学友と語らう光景は毎回の事ですから」
「へえ…あんた、ここに勤めて長いのか?」
「最年長ではございませんが、十五回程…学舎が開かれる時期に雇われております」
「じゃあ、色んな神様候補とか師とか見てきたのか」
「ええ……勿論。例えば、今は霜座の雁尾様はよくこの飯処に居座っ…いらっしゃっておりました。厳しい座を巡る争いに疲弊し、憔悴したご様子の方もいて……私のような端の立場の者が失礼でしょうが、見てられぬ程の憐れみを抱いた事もございます。ですから、どうぞこの飯処で心を休めていただきたいのです。私どもを束ねる厨房頭と茂籠茶老様は、厳しい学舎の生活の中に身を投じる神様候補の方々に食の楽しみを提供して、束の間でも心安らぐ時を与えたいとお考えです。もし疲れ切った時は、遠慮なくこの飯処で休んでください」

配膳係はナジュのお盆と近くの席に残っていた湯呑を持って下がった。そこでナジュは周囲を見渡してみると、食事は終えたが飯処にちらほらと残る神様候補や、師と思わしき姿を見つけた。

(皆休んでるのかな…?巻物を読んでる奴も居るし、机に突っ伏してる奴も居る……)

それぞれの側には食事の際に使用される同形同色の湯呑とは別の変わった模様と形の湯呑と急須が置かれていた。飲みたい時に自分で注いでいるようだ。思い思いに過ごすその光景は、ナジュの混乱した心情に一呼吸与え、ゆったりと過ごしたいという欲求を明るみにした。午後の講義の準備をしなければならないと理解しているが、雁尾との会話で悩みが深まり、もやもやと霧がかかったような頭が気持ち悪かったのもある。ナジュは元々座っていた椅子を引いて静かに席に着く。静けさは最初居心地悪く感じたが、各々が他を気にせず自由に過ごしているのを見ると、気にしている自分がどこか他人のように見えた。

(ちょっと…色々考える前に、ちょっとだけ……目を瞑っていたい)

額に手を当てると、自分が思ったよりも熱を持っていた。所謂知恵熱だった。雁尾に”座を得る為に覚悟を決めろ”と尻を叩かれて、早急に答えを出さねばならないと判断した頭が、普段以上に回転したせいだ。ナジュは椅子の背もたれに身体を預けて天井に顔を向ける。煌々とした眩しい灯りは今は不要だ。それを理由にして目を瞑る。

「……はあ」

疲れたような小さな溜め息は、誰の耳にも届くことなく広がって消えた。
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