127柱目の人柱

ど三一

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学舎編 一

気骨

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「簡単な事だ。今目の前で発動している結界は、“術を防ぐ”という性質を発揮しているだけ…」
「性質…」

新参配下の口走った何故という言葉を耳にした御蔭は、すぐには説明を始めずに答えを導く手掛かりを与えた。術が飛び、矢が飛び、それらに対処している内に、槍が己の身を貫かんと死角から迫ってくる天界の戦闘において、想定外の事態は起こりうるものである。相手の手の内を知らぬまま応戦しなければならない時、見知らぬ攻撃手段、防御手段に対応が出来ないと、その先に待っているのは苦痛。新参配下に課題を与えるのは、そうした想定外に遭遇した時に思考し、機転を利かせる癖を付ける為である。御蔭は元より、新参配下の武術の腕のみではなく、勘の良さも買っていた。現在は同僚への劣等感に苛まれているが、それを越えたならば主様の配下として立派に役目を果たしてくれるだろう、そう考えていた。

「御蔭様…」
「何だ」

新参配下は、手掛かりを得てから暫し戦闘を観察した結果、もしや…と思いついた事を伝える。

「この結界については…っていう括りでいいんですかね?」
「ああ」
「……術は通さないけれど、鏃は通すっていうのは……鏃には術が掛けられていなくて、あちらから飛んでくる火球にはずっと術が掛けられている…から、ですか?」

恐る恐る御蔭の表情を窺うと、涼やかな視線を新参配下に遣り、頷いた。それを見てパッと表情を明るくした新参配下は、左方の術者の種明かしを続ける。

「左方から襲う鏃に、術は掛けられていた…最初は。恐らく…噂に聞く転移術かなんかで自分の周りに引っ張ってきたんじゃないですか?幾ら天界だって、雨雲が無けりゃ雨が降る事はまずない。それこそ誰かが人智を超えた御技でも使わない限り。ずっと見てましたけど、懐から何かを出す素振りは全く無かったし。えっと…鏃を沢山持ってきて、浮かべて……放つまでの間には術が掛かっていて、要するに手を使わず"ぶん投げた"って事…ですかね?だから術を通さない相手には腕っぷしでって事!」
「発動している結界の性質を説明」
「術が掛けられているものは通す!…あっ、通さない!通さない、で!少々狡いですが……時々、右舷さんの棍が結界からはみ出してたから、間違いない…と」
「その認識で合っている。基本、結界が防ぐのは"術"。だが、力量のある術者であると、人や物の出入りを防いだり、術を跳ね返す性質……所謂"呪詛返し"が出来る者も居る。何もかもを立ち入らせない結界となると、それを維持する負担はかなりのもの……。神々の居所には強固な結界が張られているが、その中でも読座の神が統べる領域に張られている結界は段違い……との話だ。座の力もあるだろうが、当代の読座は結界を得意としているのだろうな」

御蔭はナジュが旅立った学舎のある方角を見た。

「すげえ…」
「もし主様の結界を通り抜ける…押し通る何かが攻め入ってきて、達人と称される武芸者でも、見知らぬ面妖な術を用いる術者だとしても、主様の安全を最優先で確保し、戦闘に明るくない使用人達を己の背後に逃がし、劣勢とて…どうにかして敵の前に立ち塞がり続ける、それが我らの役目。お前にはその気骨があると、私は思っているがな」

御蔭の言葉を聞いて、胸の内で感極まる新参配下は、少し遅れて「はい!」と気合い漲る返事を返した。

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