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学舎編 一
書庫
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ナジュと雷蔵は、学舎の所々に設置されている地図を頼りに進んで行くと、北奥に位置する書庫の前に到着した。中へ通じる観音開きの扉には、一つひとつに文字の記された木簡の装飾が施されている。二人は身を屈めて、どのような内容が記されているのかと木簡装飾を眺めてみるも、その見事な筆跡に門前払いされてしまい、すごすごと立ち上がって扉を開けた。
「ここが書庫か…夥しい数の書物だな」
「うわあ~すっげえ……奥まで見えねえくらいの奥行がある。それに二階…いや三階くらいの高さか…?」
書庫の内部は見上げる程に広い空間だった。扉から入って正面には無数の棚が並び立つ。少し視線を左右に振ると、正面から壁に向かって床が段々と上がり、壁際には天井付近まで高さがある書庫の奥まで続く大棚の端が見える。広大な書庫内の蔵書は万を超え、書庫の管理人でさえ全てを把握できていない。ナジュ達に見えているのはほんの一部だ。物珍しさで出入り口の前に立ったまま内部を見渡している二人に、扉から入ってすぐ左にある棚の前で作業していた者が近付いて来た。
「もし、見かけない顔だが…何やらお探しか?」
声を掛けられた二人は同時に左を向き、ぎょろりとした大きな瞳が印象的な、束帯に似た装いをしている男を見つけた。平均より大きく開かれた瞼によって、欠けの無い真ん丸の瞳が二人を射抜く。怒りを向けられているわけでも、咎められているわけでもないが、視線を向けられていると落ち着かない、そんな心地にさせる男だった。
「あっ…!ええっと、俺達書庫に行ったこと無くて……それで見物に…」
変わった雰囲気の奴だなと思いながらナジュが正直に答えると、男は一つ頷き背筋を伸ばすと、少しずれた冠を直して、それから手を前に揃えた。
「承知。初めての来訪であれば、まず…この書庫を利用する上での決まり事を覚えるのが良し。このまま伝えて良いか?」
「ああ、頼む」
「では、少し歩きながら」
ナジュと雷蔵は、男の背後をそろそろと着いていく。
「まず、この書庫内で刀傷沙汰を禁ず。蔵書が破損したり汚れる様な事は慎む事」
棚の一つひとつには冊子、巻物、木簡、文の様な紙束等が横並びや上に重なって置かれている。表題が無い書物も多く、それらの内容を判別するには、棚の前後にある木板に彫り込まれた文字を読む必要がある。ナジュは少し視線を上に向けて、”児戯”という二文字を目に留めた。
「書物の書庫外への持ち出しは、一度に三つまで。且つ、七日以内に書庫へ戻す事。但し、数日の内に戻すならば、三つ以上の持ち出しを許可す」
「南天が今日、腕一杯に書物を抱えてたな。こんな広くてすごい数の書物の中から選ぶのもひと苦労だ」
ナジュの呟きを耳にした男は、目玉をぎょろりと目の端に動かし、決まり事の三つ目を話そうとしていたのを中断した。
「彼はよく書庫を利用する。非常に勉強熱心な青年で好感が持てる。彼と親交が深いのか?」
「会って日が浅くて、仲が良いって言って良いのかわからないが、ちょっと抜けてる所もあるけど良いやつだよな」
「同意」
男はまたぎょろりと目玉を動かし正面を見つめる。雷蔵は男の纏う不気味な雰囲気に警戒せずにいられず、ナジュを隠れ蓑にして、懐に隠し持った飛び道具をいつでも使用できるような体勢を整えていた。
「ここが書庫か…夥しい数の書物だな」
「うわあ~すっげえ……奥まで見えねえくらいの奥行がある。それに二階…いや三階くらいの高さか…?」
書庫の内部は見上げる程に広い空間だった。扉から入って正面には無数の棚が並び立つ。少し視線を左右に振ると、正面から壁に向かって床が段々と上がり、壁際には天井付近まで高さがある書庫の奥まで続く大棚の端が見える。広大な書庫内の蔵書は万を超え、書庫の管理人でさえ全てを把握できていない。ナジュ達に見えているのはほんの一部だ。物珍しさで出入り口の前に立ったまま内部を見渡している二人に、扉から入ってすぐ左にある棚の前で作業していた者が近付いて来た。
「もし、見かけない顔だが…何やらお探しか?」
声を掛けられた二人は同時に左を向き、ぎょろりとした大きな瞳が印象的な、束帯に似た装いをしている男を見つけた。平均より大きく開かれた瞼によって、欠けの無い真ん丸の瞳が二人を射抜く。怒りを向けられているわけでも、咎められているわけでもないが、視線を向けられていると落ち着かない、そんな心地にさせる男だった。
「あっ…!ええっと、俺達書庫に行ったこと無くて……それで見物に…」
変わった雰囲気の奴だなと思いながらナジュが正直に答えると、男は一つ頷き背筋を伸ばすと、少しずれた冠を直して、それから手を前に揃えた。
「承知。初めての来訪であれば、まず…この書庫を利用する上での決まり事を覚えるのが良し。このまま伝えて良いか?」
「ああ、頼む」
「では、少し歩きながら」
ナジュと雷蔵は、男の背後をそろそろと着いていく。
「まず、この書庫内で刀傷沙汰を禁ず。蔵書が破損したり汚れる様な事は慎む事」
棚の一つひとつには冊子、巻物、木簡、文の様な紙束等が横並びや上に重なって置かれている。表題が無い書物も多く、それらの内容を判別するには、棚の前後にある木板に彫り込まれた文字を読む必要がある。ナジュは少し視線を上に向けて、”児戯”という二文字を目に留めた。
「書物の書庫外への持ち出しは、一度に三つまで。且つ、七日以内に書庫へ戻す事。但し、数日の内に戻すならば、三つ以上の持ち出しを許可す」
「南天が今日、腕一杯に書物を抱えてたな。こんな広くてすごい数の書物の中から選ぶのもひと苦労だ」
ナジュの呟きを耳にした男は、目玉をぎょろりと目の端に動かし、決まり事の三つ目を話そうとしていたのを中断した。
「彼はよく書庫を利用する。非常に勉強熱心な青年で好感が持てる。彼と親交が深いのか?」
「会って日が浅くて、仲が良いって言って良いのかわからないが、ちょっと抜けてる所もあるけど良いやつだよな」
「同意」
男はまたぎょろりと目玉を動かし正面を見つめる。雷蔵は男の纏う不気味な雰囲気に警戒せずにいられず、ナジュを隠れ蓑にして、懐に隠し持った飛び道具をいつでも使用できるような体勢を整えていた。
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