ベノムリップス

ど三一

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投獄編

第7話 対峙する両者

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グンカは立ち上がり、ギャリアーを睨み付ける。
喫茶うみかぜでも対峙したこの2人は警備隊詰所で再会し、争点であったニスに関わる事項を再び争いの火種とした。ユンがその場に残って仲裁役が出来たならば、うまくグンカを誘導し面会に繋げることも出来ただろう。しかしユンは、ユウトとの面会を希望するチャムに同行するとグンカに宣言した為、後ろ髪引かれる思いで一瞬即発の空気の待機所を後にした。

待機所に残ったのはギャリアーとグンカ、そしてラン、他数名。あれだけ饅頭に群がっていた隊員達は姿を消し、待機要員は部屋の隅で息を潜めている。ランは2人の仲裁を任される立場となり胃がキリキリと痛んだ。

「た、隊長…一旦ギャリアーの話を聞いては…?」
「必要か?」
「ただあの人の様子が気になるだけだ、それ以外はない」

「私が回答しよう…

「変わりないなら様子くらい見せていいだろ。あの人は任意でここにいるそうじゃないか…出ると言ったらすぐに釈放しなきゃならない、彼女が俺と会うと言ったら会わせなきゃいけない…違うか?」

ギャリアーの言葉に眉が反応するグンカ。
ニスの滞在する理由について箝口令は出していない。隊員の誰か、ユン辺りが話したのだろうと目星を付けた。

「まだ聴取は終わっていない…休憩を挟んでそれから再開だ…!」
「それなら一目会いたいからって、彼女に話を通してくれ。正式に」
「……別の容疑がかかっている。危険物所持及び喫茶うみかぜへの不法侵入…町の平和維持の為にも見過ごせぬ犯罪だ。…面会を口実にした、関係者、共犯者との口裏合わせの可能性も考慮しなければいけない、許可できない」
「ウォーリーは不法侵入を警備隊に申し立ててない、毒物も検出されない、それはただの時間稼ぎだろ…!」

睨みあう両者の挟間で翻弄されるランは、埒が明かないとこっそりその場を抜け出してユンに相談しに行った。ユンを探して話声がする面会室の扉を開け、隙間から覗く。中では仕切り越しにチャムとユウトが会話している所だった。ユウトの手にはチャムからの差し入れの饅頭が数個。時折明るい声が聞こえる。ランは出入り口の側の壁に凭れ掛かっているユンの制服の裾を引っ張り、意識をランに向けさせる。ユンはランの表情から、事態の悪化を察した。

「ヒートアップしているぞ…!私では、その…隊長を止められない。ギャリアーはまだ話をする余地はありそうだが…」
「…面会は不可?」
「隊長の判断では…」
「…そうね~、なら彼女に聞いてみたら?」
「彼女…」

ユンが二人の会話を邪魔しないようにランに耳打ちする。


ランが待機所に戻ると、隅で息を殺していた待機要員がグンカを必死に宥め、ギャリアーを何とか諦めさせようとグンカの代わりに説明していた。思ったより状況が悪くなっていないのは、見て見ぬふりをできず口を出してしまった待機要員達の成果だろう。彼らは後程労うとして、ランはユンのアドバイス通りに行動する。

「隊長、ストップです!ギャリアーはこちらを見て!」

ランは2人の注目を自分に集める。そして机の上のギャリアーが書いた面会に関する書類を読み、そこに認印を押した。

「ラン…!何を…!」
「隊長、彼女…ニスが面会を了承しました」
「くっ……!」

グンカは苦虫を噛み潰したような顔をする。ランはギャリアーに向き直ると、先ほど取調室でニスに意思確認をした際の発言を伝える。

「最初はそちらで決めてくれという趣旨の言葉だったが、面会を希望している者の名前を…ギャリアーの名前を出したら、身体は大丈夫かと聞いていきた。安心させてやれ」
「…そうか、ありがとなラン」

ランはグンカに聞こえない位の声で、ユンの入れ知恵だと話す。グンカにランが押印した書類を渡すと、グンカは了承せざるを得ない。机の引き出しから隊長の判子を取り出して、所定の欄に押印した。

「面会には私が同席します。よろしいでしょうか、隊長」
「…私が、行く」

そう言い出すのも、ユンは分かっていた。

「それでは指揮を執るものが不在となります。現在隊長の代わりになり得るのは、姉ユンと休憩に入った数名、そして私。常ならば指揮代行は2人で指揮を執るのがこの警備隊詰所のルール。私一人ではルールに反します。隊長、どうか私に同行を許可してください」

ユンが考えたのは、正々堂々だった。
隊長と言う立場上規則に厳しいグンカは、それを遵守する義務がある。指揮代行の件は職務上のルールの話。緊急時は適応されないが、今は平時。規則を持ち出せば、反論する余地はないとユンは簡単そうに言っていた。ランはやはり姉には適わないと、舌を巻くばかりだ。

「隊長…」
「…わかった」
「それと、これも渡したいんだが。貰ってくれるかわからないけどな」

ギャリアーが饅頭を見せる。

「貴様…調子に…!」
「これもユウトと同じように、私がその場で確認でいいですね?」
「……任せる」

渋々グンカは許可を出した。
こちらへと、ランが取調室の扉を開ける。ギャリアーは誇るでもなく嘲るでもなく、ただグンカの横を通り過ぎて、ニスが拘留されている取調室にランと共に入った。

「……元気か?」

取調室の壁際にある椅子の上で、顔を伏せていたニスに声をかける。ニスは顔を上げると、目にかかる前髪の隙間からギャリアーを見た。

「…ええ、貴方は?どこかおかしなところは…」
「この通りなんの後遺症もない。…これ店に居たサングラスの男と、その姪が作った軽食だ。口に合うかわからないが気が向いたら食べてくれ」
「…わかったわ、ありがとう」

ニスは受け取ったが口はつけなかった。
今現在ニスに食欲がなさそうな様子を見て、ランはギャリアーに聞いた。

「この場で摂取しないのなら、後程調べるために割ってしまうがいいか…?」
「それは仕方ない。手間かけるな」

ギャリアーはグンカが座っていた、ニスの正面に配置された椅子に腰かけた。椅子はどちらも同種のもので硬い座面が長時間の椅座位に向いていない。これに座って何時間も、とギャリアーは同情した。

「…これ、痛くないか?」
「…まあ」
「これに座って3日くらい経つろ…。あの隊長さんもだがよく耐えられるな…」
「…罰だと思えば軽い方よ」

そう言ってニスはまた何もない壁を見る。
興味を失くしたのだろうかと、ギャリアーは違う話題を振る。

「これは俺の好奇心からだが、ここの飯は美味いのか?」

この質問にランが少し怒ったような顔をしたが、ギャリアーの背後に居るため彼には見えない。ニスは視線をギャリアーに一瞬向け、また前を向く。

「…どうかしら、丁寧だとは…思う」
「丁寧か…そうか。酷いことされてないなら安心だ」
「…失礼な」

ギャリアーは机に頬杖をついて、ニスの顔を目を凝らしてみる。目の下にはクマがあり、良く眠れていないのかもしれない。視線を下に向けると、裾から見える肌の青白さに記憶の中の誰かを思い出す。それはギャリアーにとって苦い思い出の人物であり、その人物とニスが重なって見えた。

奇しくも同じ赤。

ギャリアーはニスに会った時から運命めいたものを感じていた。それが【うみかぜ計画】失敗後のユンの問いへの本当の答えであった。ギャリアーの表情の変化に気づいたものはいない。

「あの隊長さんの剣幕なら、心配したっておかしくないだろ」

一転して明るい口調で話し始める。
ニスについて知りたいことが沢山あった。

「隊長は町の治安を乱すものに厳しいだけだ。それと、食事は問題なく美味しい」
「悪かったよ。…ニスって呼んでいいか?」
「ええ…」
「俺の事はギャリアーって呼んでくれ。…ニスは海岸に倒れてたみたいだが、何処から来たんだ?」

それはグンカが連日何度も浴びせた問いかけ。ニスはギャリアーに対しても同様に答える。

「海の向こうから…」
「海…この海岸沿いを通ってか?」
「いえ、霧の中を通って…」

霧の中、その言葉にウォーリーの話を思い出す。この町は漁業が盛んだが、気を付けなければならないのが、沖で発生する濃霧。発生するラインはほぼ同じらしく、その手前で引き返せば何のことはない。しかし霧の中に入ってしまうと、方角の目安となる太陽や景色が霧に遮られてしまう。脱出出来るかは運だと話していた。

「大変だったな…海岸に辿り着けて良かったよ。…この町の事は以前から知っていたのか?」
「…知らない。見たことない場所ね…」

ニスは少し顔を上げた。
ユウトを探している間に見た町の景色を思い出しているのかもしれない。

「すると…海を漂流してきたのか…」
「……そう、ね」

その問いに顔色を悪くするニスをランは見逃さなかった。

「!…では、貴女が海へ出た場所の名前を教えなさい」

ランの声は厳しく、容疑者を詰めるものと同じだった。

「……それは、」

言い淀むニス。
ぼんやりとして暗い表情だったニスの変化を、核心に迫るものと判断して、ランは連続して問いかける。

「…言えないか?」
「…」
「何故言えない、縄で縛られていたことと関係があるのか?」
「……」
「答えろ…!」

ニスは語らず口を噤んでいる。ギャリアーには、その暗い瞳が揺れているように見えた。

「ならば…、」
「なあ、ニス…」

ランの尋問を遮って、ギャリアーが言葉を紡ぐ。

「…戻る場所は」

ニスは苦痛を思い出して目を細める。絞り出した返答は複数の感情が入り混じり、今のギャリアーには読み取れない。

「…もう、ない」

「…」
「…ここから出たら、そうね…道なりに歩いて行ってみようかしら…」
「当てもなくか…」
「ええ…」

ギャリアーは、ニスの瞳が暗いのは寄る辺ない不安がそうさせるのだと思っていた。しかしここを出て身一つで歩いて行くと言ったニスの瞳に、不安や怯えが一切見られない事が気になっている。

ギャリアーから見るニスという人物は、ただ昏く、夜に紛れて静かに消えてしまいそうな危うさを含んでいた。

「わかった……」

当ても無くただ漂うだけの明日を、これだけ静かに待っている理由が知りたい。ギャリアーは姿勢を正すと、ニスの名を呼んだ。振り向かないので、何度か呼んだらやっと振り向いた。ギャリアーは怒るでもなく、顔には小さく笑みを湛えている。

「…俺から事情はもう聞かない」

何かを決めた声色だった。
ギャリアーは背後のランを振り返り、柔和な笑みを向ける。

「釈放日が決まったら教えてくれ。男鰥の寂しい暮らしに、これだけ派手な髪色が加われば多少華やかになりそうだ」

ニスの真っ赤な髪を一房掬い取り、毛先の乱れを直す。
ニスは嫌がりも喜びもせずされるがまま、ギャリアーの後ろの虚空を見つめている。

「…」
「引き取るというのか…?見ず知らずの女を…」
「警備隊にとっても良い話だろ?勾留に人を割く必要もない」

ランはこの話を聞いてグンカがどんな反応をするか想像する。

「……通りまで怒号が響いてしまうな」

2人がぽつりぽつりと話している間に、待機所の様子を伺う。グンカは落ち着きなく、取調室のドアを見て、目を逸らしてを繰り返す。他の隊員の様子も見ると、ビクビクしている隊員の中に、指揮代行の隊員が加わっていた。

「…交代は、可能という訳か」

ランとしてはニスをギャリアーが引き取ると言うならば良い話だと思う。連日長時間取調室でグンカと2人という状況を、個人的な事情でよく思っていなかったランにとっては。しかし、グンカの怒りや他のしがらみを考慮した場合、肯定できない。

「…もし、ニスがここを出ていくことを望めば、隊長も認めざるを得ない。ここに継続して拘留されることに同意すれば、隊長はニスにかかりきり…何か良い案はないか」

出入り口で頭を悩ませているランの背にギャリアーの声がかかる。

「ラン、この人俺と一緒に帰るから手続きしてくれ」
「な゛っ!?ギャリアーいつの間にっ…釈放日が決まったらではないのか!」
「ここに居たいか、俺と来るか聞いたら『どうでもいい』って言うから、連れて帰ることにした」
「同意をしたのか?!」

ランがニスの前に立ち、その意思を問う。

「…ええ」
「なあ、色々用意もあるし早めに頼む」
「だ、隊長の許可が必要だ。待っていろ!」

ランは急いで取調室から出て、グンカの座る椅子の横に立つ。グンカはランの慌てた様子に、何事かと眉を顰めた。

「どうした、ラン。ニスとギャリアーの見張りは」
「ニス及びギャリアーから申し出がありまして…」
「……何だ」
「ギャリアーがニスを引き取るそうで…」
「なにッ」
「ニスもそれで良いと……!」

グンカはランを置いて取調室に続く扉に手を掛ける。

「隊長…!」
「ランは2人で指揮代行を命じる…!」

そう言い残して取調室に入る。
早速扉を通り越して聞こえてくるグンカの激昂に、待機所の隊員達は深いため息を吐くのであった。
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