ベノムリップス

ど三一

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灼熱の祭典編ー前

第65話 キュート奇譚

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早朝から出かけていたニスが帰宅したのは、15時30分を過ぎてからだった。裏口の扉を開けると中は薄暗く、静かな呼吸音が僅かに聞こえた。その日は夜勤だったグンカが部屋で眠っていた。ニスは起こさないように静かに部屋に上がると、荷物を側に置いて、中身をそっと取り出し冷蔵庫に詰める。カチ…カチ…と小さく音が鳴るが、グンカはすやすやと眠っている。ニスは工房に居るギャリアーに一言声を掛けた後、シャワーを浴びて髪を乾かし、それから夕飯の用意をした。

3人で食卓を囲んでいると、2人からの視線と追求がニスに集まる。手足に首、顔が赤くなっている。

「しかしまた…綺麗に焼けたな…」
「ええ」
「次の日にはこんがりだな。海に居たのか?」
「お手伝いにね」

今日の夕食は、魚の刺身と貝の酒蒸しをメインとしている。どちらも新鮮で身がコリコリとして弾力がある。酒蒸しはニスがお手伝い先でレシピを聞いたと話した。

「どこの手伝いだ?」
「船の名前が…32代…なんとか丸…で、そこの船長さんの手伝いで…」

ニスはずっと船長さんと呼んでいた為、名前は分からない様子だった。ここでは漁師の男女比は7割程が男。2人の脳内では日焼けして鉢巻を付けた海の男のイメージが思い浮かぶ。どんな経緯で知り合ったのか、ギャリアーが聴こうとして、その前にグンカが話し始めた。

「キュート選手権について、耳にした事はあるか?」
「今日船長さんに聞いたわ…確かイトという女の子とマービンっていう男の人が、解釈を巡って喧嘩して…」
「俺達より詳しそうだな」
「解釈とは…?」

ニスは船長さんからの又聞きだと前置きして、話し始めた。それは少々事実からは飛躍していた。

マービンがガーデニングをしていると、パトロール中のユンと遭遇し、世間話に興じていた。するとそこに学校帰りのイトが通りがかったらしい。

「マービンさんったら~」
「いやいや、ユンちゃん。ユンちゃんにキュートと言って貰って、妻とも仲直りできた。キュートとは、可愛さとは…素晴らしいものだ。ワシが最近髭をくるんにしたのも、妻がキュートだと褒めてくれるし」

そんな会話をイトが聞いた。

「ふふふ~そんなに目を輝かせて、キュートなんだから、マービンさん。じゃあ、またね~」
「気を付けてな、ユンちゃん!」

そうしてユンとマービンが別れ、残ったイトはユンにキュートと言われたマービンの前に立ちはだかった。

「おじさん…」
「ん?何だ学生さん」
「今、ユンちゃんにキュートと…?」
「おやや、見られていたかぁ~」

マービンはコツン、と頭を軽く叩いて、照れた様子を見せる。まずそこでイトの琴線に触れる。

「え、ええ…ユンちゃんと話していたわね…」
「ワシの自分磨きについて話していたらな、ユンちゃからキュートとのお言葉を頂いたのだよ。何と、今週ユンちゃんにキュートと言われた回数、堂々の1位!んふふ~この町でユンちゃんの次にキュートな人間だと思っていいだろうなぁ」

イトはユンに特別な感情を持っている。そのイトを差し置いて、見知らぬ中年男性がユンの次にキュートだと、みすみす語らせて置くことは出来ない。

イトはこのリリナグに引っ越して来た当初、中々近所の子どもと馴染めずにいた。既に関係が出来上がっている中に入っていく事は、人によってはとても勇気のいる事だ。ましてリリナグの子ども達は幼い頃からの知り合いが多く、年齢差がある友人も珍しくない。中央では同じ年の子とばかり付き合っていたイトには、その年下、年上との距離感が測れず、仲良く話しているのを遠くで羨ましく見ているしかなかった。家に帰れば父親が居るので寂しくは無かったが、友達が欲しいとアパートの窓から通りをよく見下ろしていた。

「イトちゃ~ん」
「あっユンちゃん!」

ただ1人、仲良く話せるのは、引っ越して来た次の日に挨拶に来た警備隊のユンだった。ユンはあっという間に親子と仲良くなり、親子が住むアパートが面している小路を通ると、窓にイトの姿が見えた時はいつも手を振ってくれる。イトは「待ってて!」と大きな声で叫ぶと、ユンは下を指差して此処で待っていると伝えた。

「友達ね~」
「うん…皆、仲良さそうに見えて…話しかけ辛い……年上のおねえさんやおにいさんとも、町の子は仲良くしてて…ちょっと、緊張しちゃう」

イトはユンに相談した。ユンは気さくに町人に話しかけ、いつもニコニコしていて素敵なお姉さんだとイトは思っていた。

「イトちゃんは、まだ学校には編入しないの~?」
「うん…もう少し町での生活に慣れてからにしようかって、パパが。勉強はパパが見てくれるし、好きな勉強をできるから、楽しいけど…」
「そうなのね~。なら、町での生活に慣れるように、ちょっと町を冒険しましょうか~」
「冒険?」
「まだイトちゃん1人で町中を歩かせるのは、パパさんも心配だと思うの~。でも、町についてあたしも他の人も知って欲しいから、ご飯の時間前まで冒険!どう?」
「うんっ面白そう!まだ行ってない場所が殆どだもん」
「じゃあ、パパさんの許可を取りにいきましょうか~。もし、パパさんも行きたかったら、また後日に待ち合わせしましょう?」

ボビンはイトとユンの申し出に、行ってらっしゃいと返した。イトが出かける準備の為部屋に戻ると、ボビンはユンに「よろしくお願いします」と言って頭を下げた。イトが同年代の仲良さそうな子ども達を羨ましそうに見ていたのに、何となく気が付いていた。

「イトに仲の良い友達が出来るといいなぁ…」
「ふふっ直ぐに出来ますよ~、イトちゃん良い子だから」
「へへ…母親譲りのしっかり者で…でも少し寂しがりやだから、沢山友達や知人を作って欲しくてねぇ…」

ボビンの見送りを受けて、2人はリリナグの町にくりだした。

「まずは、丁度下校時間だから、学校近くに行ってみましょうか~。あたしもパトロールだしね~」

イトはユンと手を繋いで学校に向かう。道中では、先に学校から帰って来た子どもと遭遇し、ユンが「気を付けて帰りなさいね~」と声を掛ける。イトより年下の子ども達はユンちゃんユンちゃんと駆け寄ってくる。

「その子は?」
「最近引っ越して来たのよね?」
「う、うん」
「えーどこから?」
「中央」
「都会っ子だ!」

子ども達は興味津々でイトを囲む。イトはその勢いに押されながら、質問に答えていく。

「今はイトちゃんにパトロールに同行して貰って、リリナグの町を冒険中!」
「同行…かっこいい…!」
「イトちゃんって言うの?」
「何歳?」

通りで子どもの声が響けば、何事かと他の町民も集まってくる。気付けば、子ども達の姉、兄も下校してくる時間になった。その中にはイトと同い年の子も居る。ざわざわと騒がしい子ども達の集団の中、イトはユンにコソコソと話をする。

「あの子達、同じ年かな?話しかけてもいいかな…?」
「ええ、勿論」
「いきなり宜しくって言って…嫌われないかな…?変な子だって思われないかな…?」
「え~?あたしと会った時、イトちゃんすっごく礼儀正しくて可愛らしかったから、大丈夫よ~!イトちゃん、とってもキュートだもの」
「キュート…?可愛いと言う意味…?」
「それだけじゃなくてね…、……」

ユンが小さな声でイトに話した。イトはユンの言葉をしっかりと胸に刻み、深く頷いた。

「あたし…話してみる…!」

その時仲良くなったのが、学校で同じクラスになる女の子と、テオという少年であった。それからイトは、ユンのパトロール先で、町を見廻り様々な年代の人と知り合った。ユンが仲を取り持った面もあるが、イトはこの日の小さな頑張りの背中を押したユンと、キュートという言葉を大切にしている。


マービンの言葉に黙っていられなかったイトは、吠えた。

「おじさんのキュートに負けない位、あたしもユンちゃんにキュートって言われたもん…!密度の濃いキュートを!」
「でも回数はワシが一番だもん」

マービンは口を尖らせて、ぷくっと頬を膨らませた。イトはそれを見て拳を握り、さらにヒートアップしてゆく。

「回数じゃないの、一度のキュートの重みだもの!」
「一番だもん!!」

幼女と中年男性が言い争いをしている。その光景を見た町人はただ事ではないと、警備隊を呼びに行った。周りで話を聞いていた人も、仲裁が必要なほどの話なのか?と疑問に思い、口を出すのを躊躇っている。しかも、マービンの近所の町民であったので、マービンが幼子に手を挙げる人間性はしていないと分かっている為、どこか安心している部分もあった。

「軽いジャブみたいなキュートと、心魂の籠ったキュート…どちらがより重厚で崇高か」
「こんの小娘…!ワシの方がキュートだもん!!」


ニスの話を手に汗握って聞く2人。

「そして、2人の喧嘩を止める為に来た警備隊が、いつまでも言い争って埒があかないからと、『民衆の前で正々堂々と決着を付けろ!』とキュート選手権の開催を2人に指示して…イトとマービンはどちらがよりキュートかをはっきりとさせる為、今月の第4週に激突する…らしい」
(ランが指示したのか…)
「成程なぁ…そんな経緯で…」

ギャリアーは刺身をマヨネーズに付けてもぐもぐと食べる。今日喫茶うみかぜにてウォーリーがエントリーしていた事を本人から聞き、投票を約束した。本来は2人の対決であったが、リリナグ全体を巻き込む争いになったのは何故か。

「当初は2人の決選投票の予定だったけれど、話を聞きつけた町人から自分もキュートだと…名乗り出る者が…」
「ユンはあちらこちらで言ってるからなぁ…」
「ユンが教祖の宗教のようだな…」

グンカのイメージでは、階段の一番上で椅子に座り、信者たちが崇める中、微笑んでいるユンの姿が浮かぶ。

(恐ろしい…いづれ町長選挙にでも立候補し、町を牛耳るつもりなのでは…)
「イトの話を聞いた友人が、それなら学校の敷地を使ってやろうという話になり、面白がった学生達が学校に掛け合って、協力を取り付けたみたい…」
「よく許可したな……まあ、結構柔軟な学校ではあるとベンガルに聞いていたが…」
「だから、これ…船長さんに貰ったの」

ニスはポケットから投票用紙を出して見せる。その記名欄にはニスの名前と、話に出て来たマービンの名前が記されている。

「おっニスはマービン陣営か…俺はウォーリー陣営だ」

ギャリアーも棚に置いていた投票用紙を見せる。記名欄にGARRIARと書かれた名前と、投票欄にはWALLYの名前がある。

「お前達…気が早いな…」
「まだ誰に投票するか決めていないの…?」
「うむ、正式に候補者が公示されてから決めることにした」
「それじゃあ…マービンに清き一票を…」
「ウォーリーの飯美味いよな?差し入れも貰ってるよな?」
「な、何だ貴様ら!各陣営の回し者のような言動を…!」

ニスとギャリアーは顔を見合わせた。

「ウォーリーは意外とつぶらな目をしてるぞ?」
「賄賂は選挙違反の筈…」

グンカは可笑しな事になってきたと、小さくため息を吐いた。

「所で…今週の豊作祭には行くのか?」
「あ、そうだ。二日後だったな…ニス、行くか?」
「豊作祭…お祭りよね?恵みに感謝して…神様に供物を…」
「大よそそんな感じだ。後は農場の方で農作物の直売をやったり、体験型のイベントがあったり。後は市場でも品揃えが変わったりするな」
「俺はその日、農場の方で誘導、指揮を執るから、勤務が終わるまで回れないが…毎年人気の祭りだ。興味があったら行ってみるといい」

ギャリアーとニスより早く夕食を終えたグンカは、皿を流しに置いて着替えに脱衣所に向かった。残った2人は、刺身と酒蒸しを摘まみながらどうしようかと話す。

「お店はいいの…?」
「豊作祭の日は、観光客もそっちに流れるから、休みの工房も多い。うちもそうするかな。ニス、行ってみるか?」
「ええ、少し興味があるわ…」
「よし、当日は大混雑覚悟だから、動きやすい服装でな。前日に豊作祭のチラシが全戸配布されるから、それを見て、狙いの物があったら、早めに家を出る様にしよう」

2人はグンカを見送ると、皿洗いと台所の掃除をしながら何が欲しいか話し合った。ギャリアーは製作に使う花や植物。ニスは美味しい食材。

「後であいつにも何が欲しいか聞いてみよう」
「ええ、花が好きだから…お花かしら?」
「そういえば、新しい花を植えたいと話していたな。育てやすいのとか、綺麗なの見てくるか」

ギャリアーとニスはこれは、あれはと楽しそうに話していた。



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