ベノムリップス

ど三一

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灼熱の祭典編ー前

第66話 豊作祭に行こう!

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2日後、ニスは小麦色の肌の上に動きやすい軽装で身を固め、大き目のリュックを背負って、ギャリアーと共に豊作祭に向かった。リュックには財布に飲み物、ハンカチに家の鍵、日焼け止めクリームの入った缶、小分けにできる袋が入っている。ギャリアーもいつもはズボンのポケットに財布を入れて持ち歩いていたのを、背負ったリュックに入れている。2人示し合わせた訳ではないが、どちらも麦わら帽子を頭に乗せ、海風につばが揺れる。豊作祭のこの日、リリナグは雲一つない快晴であった。

「一際暑い日になりそうだな…」

普段屋内での仕事で、最近は繁忙期の為工房と店に篭り切りであったギャリアーは、久し振りに肌に刺さる様な日差しを浴び、麦わら越しに明るい水色の空を見上げて眩しそうに目を細める。海岸沿いを歩く2人は麦わら帽子を飛ばされないよう手で抑えながら歩いた。

「もう日焼けの熱は取れたか?」
「まだ少し。…貴方は日焼け止め塗らなくていいの?」
「あまり日焼けしないタイプだからなぁ…」
「私、持ってきてるわよ…?」

ニスがリュックから缶を出して見せると、ギャリアーはそれを受け取ってニスの言う箇所にクリームを塗る。足にも塗った方がいいとの事で、近くの浜に降りる階段に座り、クリームを丁寧に肌の上に乗せた。後ろに通り過ぎる町民達が豊作祭を楽しみにする声が静かな浜辺に聞こえてくる。2人は暫しのんびりした時を過ごし、それからまた豊作祭に向かう人の流れに合流した。


「凄い行列だな…!」
「長い植物を背負ってる人もいる…!」

豊作祭の会場に到着すると、予想以上の人混みに2人は面食らった。まだ大農場手前だというのに、会場の境界線であるロープから人が溢れ、入るにも時間が必要だ。ニスはロープの近くに寄り、背伸びをして人混みがどこまで続いているのか見渡した。

「農場に入ってからは…警備隊があちこちに居て……誘導しているみたい」
「じゃあ農場手前は歩くのも大変だが、抜ければ余裕があるんだな。ニス、どうする?当初話した通り、見物してから目的の物を買いに行くか?」
「リュックは丈夫だし…最初に買ってしまって、それから見廻った方がいい、と思う。早く確保しないと無くなってしまうかも…」
「そうだな。じゃあ、先に大農場の方に行こう」

ギャリアーは「離れないようにな」と言って、ニスの手を握る。会場の熱気、リリナグの猛暑もあって、2人の手は僅かにしっとりしていた。ニスは少し自分の手を気にした。

「私、手に汗をかいているかも」
「俺も同じだよ。足踏まれないように俺のすぐ後ろに居な」

ギャリアーは気にすることなく、繋いだ手の方の腕を差し出した。掴まれという意味だろう。ニスは空いた方の腕でギャリアーの腕に絡めた。そして、しっかりと掌で腕を掴むと、ギャリアーは歩き出した。人はそれぞれ行きたい方向に向かって動くので、少しでも隙間があればそこに入ろうとする。ニスはギャリアーに身体を寄せて離れずに歩く。

「ふう…蒸し暑いな」

ギャリアーは頬に流れる汗を拭う。ニスから見える背中は汗をかいて少し透けていた。

「農場の方は涼しいかしら…?」
「そうだな、山の方に近いヴェルヴィ農場辺りなら、暑さも和らぐんじゃないかな。丁度そこに用があるし、行ってみよう」
「予約していたの?」
「いや、第3週にある芸術祭に向けて早めに注文しておこうと思って」

リリナグ芸術祭は、他の祭典と違って町全体が会場となる大規模なお祭りである。

「芸術祭…そこで何かするの?」
「それぞれ芸術祭に合わせて製作した作品を、店の前に展示するんだ。テーマやモチーフは自由、観光客も町人も楽しんで貰おうっていう、提唱で始まったんだと。大抵の工房や店関係は参加するんじゃないかな」

大抵の店、どの言葉にギャリアーの家の目の前にある喫茶店が思い浮かんだ。

「飲食店も参加するの?魚屋とか乾物屋も?」
「一見関係なさそうな業種も、毎年参加する店は多いぞ。去年の芸術祭でウォーリーは特製デザートタワーを作ってたな」
「デザートタワー…」
「勿論外に置いておく訳にはいかないから、飲食業の組合で予め決められた場所と時間で展示して、少ししたら集まった客に販売、観光客にも町人にも大好評のイベントだったみたいだ。俺はウォーリーの試作を味見させてもらって、チャムとユウトと一緒に暫く太り気味になった」

この位の高さだとギャリアーが指差した先には、ニスの身長より少し高い鉢植えの木があった。ニスは立ち止まってその木とデザートタワーのイメージを重ね合わせる。ウォーリーはデザートにも拘りがあり、いつか巨大なウェディングケーキを作る夢がある、とチャムが話していた。ウェディングケーキが何かわからなかったニスは、チャムに教えて貰いつつ、兎に角背が高いケーキ、というイメージを持った。

「確か、ウェディングケーキを作りたいって…」
「そうそう、自分のでも他人のでも、渾身の巨大ケーキを作りたいってな。もしかしたらその練習なのかも」
「この木よりも大きいケーキを…?」

ニスは胃もたれしそうだと思った。

「味見と言っていたけれど…3人で食べきれるの?」
「俺とチャムとユウトとウォーリーでワンホールづつ。俺は数日かけて食べたな。美味しかったよ」

そしてギャリアーは、ニスとグンカも含めて、ウォーリーからケーキの試作の味見に誘われていると話した。来週にはケーキのフレーバーを決めたいとの事であった。ニスは海水浴の際に摘まんだ腹を思い出して、「大丈夫かしら」と腹を見ていた。


大農場に近付くにつれ警備隊員が増え、人の誘導に苦慮しているようだ。あくまで農場である為、通り道と耕作地の判断が難しい場所や畑に入らないように、警備しなければならないようだった。2人が大農場に足を踏み入れる時、その近くに警備中のグンカと観光に来たハナミがグンカの担当区域で立ち話をしていた。

「そこ、ロープの内側を歩く様に!」

混雑する農道では、人を避けようと張られたロープを越えて通行する来場者も居る。道から外れないように目を光らせながらハナミの話に耳を傾けている。

「それでどうだい、最近のお嬢さんは?」
「変わりないが」

ハナミは観光がてら、グンカにニスの様子を聞き出す為に来ていた。服装は相変わらずの腕まくりした派手な柄シャツと、細身のズボン、暑くなってきたので革靴から紐が多いサンダルに変わっている。ハナミがリリナグの豊作祭に行くと聞いて、自分達も行きたいと着いてきた部下2人とは早々に逸れ、屋台で買った鳥串とネギ串を交互に頬張りながら歩いていた所、制帽を目深に被ったグンカを見つけた。本当は会場にある、警備隊臨時待機所に担当区画を聞いてから話す予定であったが、偶々ブラブラしていたら、グンカの姿を見つけた。

「些細な事でもいいんだよ。どこに行ったとか、何を買ってたとか、肉体的、精神的な変化とか。もぐもぐ」

タレがたっぷりとついた鳥串を頬張り話しかける姿は、警備隊員が絡まれているようにしか見えない。町人や観光客は2人の近くを通らぬように距離をとって通り過ぎる。

「変化…」

グンカは暑さで汗を流しながら、先日の記憶を思い返す。海で日焼けした小麦色の肌、そして海水浴に行った際の白い肌、指が摘んだ腹の肉。肉体的、と言われてその場面が再生される。

「日焼けしたな」
「…まあ、この天気じゃ日焼けもするだろ。もっとあるだろ?投獄されてた時は眠った様子が見られないと報告書にあったが、今はどうなんだよ」
「早起きだが、大凡眠っているだろう。寝相は悪いみたいだ」

グンカは以前、寝てる間にニスが額を赤くしていた事や、腕に顔を埋めて眠っていた事を思い出し、寝相が悪いと評した。本当は自分の寝相のせいだとは微塵も思っていない。グンカの言葉を聞いたハナミは、ジトっとした目を制帽の奥の瞳に向けて、暑さとは違う由来の汗を額に伝わせた。

「……寝たか?」
「?…夜は眠るだろう。最近は自分の寝床の真ん中で眠っているようだが」

暑さで察しが悪くなっているのか?とハナミは怪訝な表情でグンカを見る。2つ程纏めてガブリと齧ったネギは、本来の甘みが炭でじっくり焼いたことによって引き出され、リリナグのミネラル豊富な塩の結晶に含まれる旨みが、ぶつ切りにした太いネギをさらに美味しくさせる。一噛み毎にジュワジュワと口内に溢れるネギの旨みの詰まった水分で乾いた喉を潤し、咀嚼したネギをゴクンと飲み込むと、察しの悪いグンカに直接的な言葉でもって質問をする事にした。

(多分騒ぎ出すだろうから、この食べ掛けの鳥串とネギ串は仕舞っておいて…)

「人の目があるからな……耳貸せ」
「何だ」

ハナミは「寝る」という言葉に潜む、最も俗な意味をわかり易く、低俗な表現でグンカに伝えた。そして一番重要と言っても過言ではない相手は、ハナミがその人物を呼ぶにあたり使っている呼称ではなく、当人の名前をはっきりと言った。

「………、…………、……?」
「………」

周囲の楽しそうな声とは反対の下世話な質問を経て、2人の間に流れる無言の時間。沸騰の後爆発か、というハナミの予想を裏切り、グンカは冷静に質問への答えを返した。

「ない、全く」

サブリナで聞いた時とは別人のように、落ち着き払っていた。

「そ、そうか…」

予想とは真逆の反応に、ハナミは狼狽えた。伝う汗も猛暑によるものだとその表情からわかる。何故こんなにも反応が変わった?と顎の無精髭を引っ張りながら思考するハナミ。

「……」

その答えはハナミの後方、農場へ足を踏み入れる集団の中にあった。揃いの麦わら帽子を被り、猛暑で誰もが汗をかいているこの会場で、腕を組んでぴったりと寄り添い、手を繋いで歩く見知った2人の姿。下世話な質問の衝撃よりも、その光景こそがグンカの脳を、瞳を揺らした。


人の波を抜けて大農場に辿り着いた2人は、目的の農場へ行くため一度案内図の方へ向かう。立て看板の前には、観光客が横並びで囲うように立っている。ギャリアーがおおよその場所を把握すると、手を繋いだまま農道を歩く。

「最初は…?」
「ニスの言ってた限定品!調合した万能スパイスと珍しい野菜を売ってる場所に行こう。順路的にもニスの物、俺の物、あいつの…の順で行った方が近い。俺のは限定じゃないから気にするな」

暫く農道を歩いていると、目的の仮設店舗が見えてきた。ニスは立っているのぼりを見て、あれだと指差す。

「…何か、見覚えのある衣装が」
「本当…乾物屋の店員さん…?」

仮設店舗の中に居たのは、ニスが常連の乾物屋の店員と近くの農場の主の1人である人物。ニスは豊作祭のチラシをリュックから出して、限定品の項目を見た。ギャリアーも上から覗き込む。

「小さくコラボって書いてある…」
「本当だ…名前を全部書くスペースが無いから、省略されてんのか…」

店の頭文字と農場名の頭文字の間に×が入り、コラボという文字が潰れて読み辛くなっていた。2人はもしかしてと思い店の前に行くと、そこにはヴェルヴィ農場の弟スミと乾物屋店員が一緒に接客をしていた。

「えっと…白さん。この野菜のセットで、辛味ベースの調合スパイスっていけそう?」
「……」

グッと親指を立てる白さんと呼ばれた白装束の店員。スミは「いいみたいです」と言うと、客に代金を告げ袋に野菜とスパイスを詰めた。さらに白さんがジェスチャーで何かをスミに伝えると、それを読み取ったスミが客にアドバイスを伝えた。

「う、うん……、この野菜なんですが、一度塩で揉んで水分…とか、えぐみを出した後、綺麗に洗って水気を落としてから、このスパイスに漬けて頂くと、より味が染み込んで美味しい……みたいです」
「…!」

客が去ると、スミはふうと息を吐いて「大丈夫だった?」と白さんに聞いた。白さんはこくり…!と頷いて限定商品の補充に入る。スミもバックヤードから野菜袋を運んで店頭に並べていく。

「よ、スミ。ここで店やってたんだな」
「あ!ギャリアーさんに、ニスさん…!いらっしゃいませ」

ぺこりと挨拶するスミ、その視線は2人の繋がれた手に集中している。スミの脳内には、姉シドのギャリアーを狙うという言葉が再生されていた。

「……」
「この限定商品が欲しいのだけれど…まだ、ある?」
「え、あっ…はい!こちらです」

ニスがチラシを出して漸く視線を外すと、スミは机の端にある4つの籠を見せた。どうやらお勧めの野菜の組み合わせらしい。ニスは手を離して籠を一つ取って見ると、ギャリアーにどう思うか聞いた。

「どの組み合わせがいいかしら…?」
「うーん…」

限定品は珍しい野菜4組の中から1組と、スパイス4種の中から一つを選んでお得な値段で買うことが出来ると言う商品だった。

「……」

バックヤードから戻って来た乾物屋の定員は、ニスを見てお辞儀をすると四種類のスパイスを持ってきて、それぞれ組み合わせのお勧めをジェスチャーで教える。慣れた様子の店員とニスの遣り取りに、感心する様子のギャリアー。

(2人手繋いでたよな…あ~どうしよ…?)

姉に今見た事実を伝えるべきか悩むスミが、葛藤の汗を流していた。


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