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灼熱の祭典編ー後
第91話 スー・チースの功績
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ニスは砂浜で拾った潜源石のガラス玉を家に持ち帰った。まだ砂像があった場所の周りに埋まっているかもしれないと入念に探したが、今持っている一つしか見つからなかった。ギャリアー宅の外の水道でガラス玉と台座の部分を綺麗に洗い流して砂を取る。砂で埋まっていた溝も綺麗になって、リリナグ・ピオンの文字がはっきりと見えるようになった。タオルで水気を取った後テーブルに置くと、改めてその様相を見た。ガラス玉は何時までも明るく、縦の炎がガラスの中で静かに燃えている。
「一体誰がこれを…」
会社の名前が記されているという事は、会社かそこに所属する人物の持ち物である可能性が高い。それかリリナグ・ピオンで買い求めた商品なのだろうか?
「…以前ここの商品を見に行ったけど、これほどシンプルな物は無かったと思う。台座も後ろに社名が彫られているだけで、ガラス玉は…固定されているだけ…かしら」
芸術祭に合わせて制作された砂像で、おそらく展示されていたのは当日のみ。作者の名前を示すものは砂像本体にも周りにも無かった。手がかりは昨夜見た砂像の記憶と、この拾ったガラス玉だけ。
(いきなりリリナグ・ピオンに持って行って、誰か忘れた人は?って聞くのも……あまり良くないわよね。誰の物かって教えてくれる保証もない。まずはこれに見覚えはないか近くの人に聞いて、暫くは持っていた方がいいかも)
ニスは嘗てリリナグ・ピオンで働いていたギャリアーに、この拾い物について知っている事はないか聞く事にした。現在ギャリアーは店の営業中なので、昼の休憩時間か、夜にでも見せてみようと、タオルで包んで自分の荷物の場所に置いた。遮光用の布ではないので、明るい光が白いタオルから漏れて僅かに光っている。その上にも一枚畳んで置いてあった自分の服を掛けて、あまり目に付かないようにした。
(そうだ…砂像の特徴を忘れないように、どんな形だったかと、顔を描いておこう。迫力ある獣の装飾と言うだけでは、想像するイメージはバラツキがある。ある程度…雰囲気でも表現できれば、紙を見せて聞く事もできる)
ニスは不要な紙を仕舞っている箱から、片面が白紙のものを一枚取り出して机に置いた。そして鉛筆を筆立てから拝借し、記憶を頼りに描き入れていく。
(獣…耳は丸くて、肉食獣の顔……猫…に似てるけど、少し違う…顔の周りにふさふさした飾り?……尻尾…長かったかしら、短い……?)
ニスは頭を悩ませながら、獰猛な獣の絵を描いて、漸くそれらしいものを完成させた。
(よし…こんな姿だった筈…!)
その出来栄えに一応の満足を得ると、その紙をズボンのポケットに仕舞って昼食の用意をした。用意といっても、巨大おにぎりを半分に分け、朝食の残りのスープを温める位だ。ギャリアーはあまり食欲がない様子であったので、回復した時に食べられるように何か作り置きのおかずを用意しておこうかと冷蔵庫を見ながら考えていると、「ニス」とギャリアーが工房から呼ぶ声がした。
「この商品を外に出すのを手伝ってくれるか?もうそろそろ海猫運輸が来る時間だ」
ニスは腕まくりをして、ギャリアーと共に荷台に商品を乗せる。梱包されているのは売約済みの札が貼られていた、リリナグ芸術祭の展示作品だ。誰が買ったのだろうと疑問に思ったニスはギャリアーに聞いた。
「ああ、スー・チースだよ」
「…確か、社長さん?」
「そう。当日店に来てくれてな?…ちょっと滞在した後、価格交渉して売約したんだ」
「面白くて良い作品だもの。あの香りは調合したの?」
「ほら、あの乾物屋に頼んだんだよ」
「珍奇世界商店の?何故?」
ニスは首を捻る。
「豊作祭の時、販売していた限定スパイスが良い香りで。折角なら作品に実用的な側面も加えようと思って、香りの調合が出来るか聞いたら、出来ると言って…いや、出来るみたいだから頼んだ。あそこの店から買ってくる乾物、種類問わずどれも香りが良いだろ?拘ってるのかなって前々から思ってたんだ」
「ええ……食欲が増す香りだったり、不思議と花に香りがしたり、爽やかだったり…」
「スー・チースに調香師を聞かれたよ。乾物屋の名前を出したら、定期的に香りの入れ替えを頼もうって何だかウキウキしてたな」
「ウキウキ…」
セレモニーで見た経営者としての姿しか知らないニスは、いまいち想像がつかなかった。髪を整えスーツを美しく着こなす姿がニスや町民に取ってのスー・チースであったが、ギャリアー等付き合いが長い者や親しい者は、彼の本性と相違ないと皆口を揃えて言うだろう。心を許した者に見せる姿なのかもしれないとニスは思った。
「スー・チースと仲良しなのね…?」
「仲良し…って感じなのかは、微妙だが……同時期に技師としてリリナグ・ピオンで働いていたからな。スー・チースは社長の息子だったけど、昔は会社の寮に住んでいた。だから休日でも毎日顔を合わせてたし、知人以上の元同僚だな」
工房から外に出られる扉を開けて、商品を乗せたカートをニスが押しギャリアーが支える。店の前の展示していた辺りで止まり、2人で作品を抱えて、柔らかな床材を敷いた地面に置く。
「よし、これで良い。もうそろそろ来るはず」
「あれかしら…?」
海岸沿いの道の先に、此方に向かって手を振る御者が居た。海猫運輸の制服を着ている。
「ありがとな、ニス。後はこっちでやっておくから、この札だけ棚に置いてくれ」
ギャリアーはニスに売約済みと記された札を渡した。
「ええ、お昼の準備しておくから」
ニスは家の中に戻る為、工房の扉を開けようとして見ると、そこには取手がなく鍵穴も無く、長方形の線が入ったただの壁になっていた。
「そういえばそうよね…いつも此処は家の壁でドアノブなんてないもの」
どうやら建物の内側からしか開けられない造りになっていたようだ。普段工房に入る事は無いのでニスは知らなかった。
(他の工房もこのような造りなのかしら?商品を工房から出して配達する時や、材料を搬入する時に使う隠し扉がある…?)
ニスは今まで回った工房を思い出していると、海猫運輸の荷馬車が市場に向かって走り出したのを見た。無事に渡すことが出来たのだろう。
「お昼の支度しなきゃ…それとこの札も棚にだったわね」
家に戻りながら何となく売約済みの札の裏を見ると、そこにはスー・チースのサインと作品売却において合意した値段が書き入れられていた。
「!」
ニスは胸に仕舞っている装飾貝を中身ごと売っても買えるかわからないその値段を見て、運搬の際落としたりぶつけたりしなくて良かったと息を吐いた。改めて札を見ると、サインと金額の他に4という字が書かれている。これはギャリアーの字ではないようだ。癖が違う。
「ねえ…売約済みの札に書かれていた4っていうのは、どういう意味?」
2人で巨大おにぎりを半分個にして分けて食べている時、ニスは気になった札の数字について聞いた。ギャリアーは重たそうにおにぎりを持ちもごもごとしながら質問に答えた。
「もご……それは…買い付けた…もっ……展…示作品の数…だな」
「じゃあ、これは4個目?」
ニスが空いたグラスに冷たい麦茶を注いでギャリアーに渡すと、それを少しずつ飲んで米を胃に収めた。昼になったら食欲も少し戻って来たようで、多いなと言いながらも苦しそうな様子はない。体調が回復した時の為に用意していた、淡白な白身魚に粉を振って焼いた後餡に絡めた料理もおにぎりを食べる間につついている。
「ああ。スー・チースは芸術祭の日、何十枚も専用の売却札を持ち歩いて、気に入った作品を買い付けてるんだ。俺のとこに来た時には既に3つ作品を買ってたんだろう」
「え……そこにある売却札に書かれていた値段があれだから…一体幾らに…」
「あの値段は芸術祭価格って事で、スー・チースは毎年色付けてくれるんだ。同じ作品の依頼が入ったら、あの値段にはならないかな」
「それを…何十…」
「この町一の老舗の社長だし、潜源石の特殊性から町の外からの需要はかなりある。この辺りでも有数の資産家だから、会社もスーも懐は痛まない…と思う事にしている」
ギャリアーにも、スー・チースの豪快な買い方を少々心配する面はあるようだ。定期的に依頼をしてくれる上客であるが、世話になったリリナグ・ピオンの経営に影響が出かねない程の買い付けは行っていないと信じたい。
「だから芸術祭に参加する美術品を作る工房や店は、結構本気で作品を仕上げてくる。それこそコンクール並みにな。スー・チースの芸術祭での金払いの良さは有名だから。それ以外にも伝統ある老舗の社長が自分のとこの作品を買ったとなれば箔がつく。スーからの売却済みの札を勝ち取った工房や店は、芸術祭が終わってすぐスーが買った作品と似たようなのを店頭に出して、売却済みの札をその横に展示して集客するとこもあるくらいだ」
「それ程影響力がある人なのね…」
「この町一番だよ。売却札の件はスーも容認していて、より良い作品を作る芸術家に金が落ちればいいからと話していた。それと全体が高め合えば、このリリナグに今以上に人が訪れ、売れ行きもまだ伸びると。そうだ、今日の新聞にスーのインタビューが載ってる筈だ。毎年総評が出て、そこの後に記者の質問で、今年は幾つ作品を買ったか絶対に聞くから」
「ちょっと待ってね…」
ニスは海猫運輸で第2回朝食を鱈腹食べてまだお腹いっぱいなので、ギャリアーが食べ終わった後1時間ほどしたら食べる心算だ。テーブルから離れて、ソファに移動していた新聞を開いた。
「何面だったかな…」
「少し待って……あ、これだわ」
ニスは見出しを浚って該当の記事を探すと、2枚捲ったページにスー・チースへのインタビュー記事を見つけた。
「……23個」
「おお…今年も買ったな…!」
「皆あの会社の中にあるの?これまでのも全部?」
「スーには別宅が幾つかあって、そこに運んでるらしいぞ。そこに行くまで一時的に会社で保管している」
ニスには想像もつかない世界だ。
「あ…どこのお店から買ったか書いてある」
買った順番で並ぶその中には、【ギャリアー特殊宝飾店】の名前と作品名が書かれていた。
「ここの名前もある…!」
「こうしてスーが店の名前や技師の名前を出してくれると、売れ行きが本当に違うんだ。さっき言った売却札が本物である根拠にもなる。市場の外に店を構えていると足の延ばしてくれる客も増えて、市場内なら言うまでも無く…だ」
ニスはスーが買ったリストにある店や工房を順に読む。その中には以前に訪れた場所もあり、グンカと実際にこの目で見た作品もあった。ギャリアーが昼食を食べ終わって、営業時間が始まるまでニスと2人ゆっくりしていると、
ニスは砂浜で拾った忘れ物をテーブルに置いた。
「何だ?それ…」
「今日砂像のあった場所に行って様子を見て来たの。そうしたら、これが砂の中に埋まっていた」
ニスは乗せていた自分の服を取る。すると包んだタオルの下から光が漏れるのを見て、ギャリアーが「潜源石か?」と聞いた。
「そう、昨夜砂像を照らしていた…」
「周りにあったやつか…日が昇ってから回収して、その時に踏んで砂中に埋まったのか?」
ニスがタオルを外すと、シンプルな台座に縦の火が入ったガラス玉が出てきて、ギャリアーは手に取ってそれを見た。台座にもガラス玉を固定する部分にも装飾は施されていない。調度品よりもっと実用的な品だ。
「灯り用だな…」
「台座の裏を見てみて」
「裏?」
一応ガラス玉部分を掌で抱え、ひっくり返して台座の裏を見る。すると潮が微かに香り、彫刻されたリリナグ・ピオンの文字を認識した。文字を見た瞬間、これが何であるかギャリアーは思い出した。
「あー…これか、懐かしいな」
「知ってる?」
「リリナグ・ピオンに居た時使ってたよ」
「…じゃあ、これは会社の持ち物?」
「そうそう!作業用の灯り。火に揺らめきがあると、繊細な作業をする時チラチラして邪魔になるから、静かな縦の火を入れた灯りを使うんだ。これは俺が居た頃の物だな」
ギャリアーが台座をよく観察しながらそう言った。思いがけず情報が得られそうで、ニスは前のめりになって聞く。
「年代までわかるの…!?」
「潜源石は丈夫だからそこは破損しないんだが、台座の部分はな……酷使するから欠けたりして結構破損する。この字を見て」
ニスはギャリアーの側で刻まれた字を見下ろした。
「この字のデザインでいつ使用していたかわかる。決められたデザインを練習として見習いが彫刻するんだ。大体4、5年でデザインが変わってた筈……スーがそうしようって決めたとか、何とか」
ギャリアーは懐かしいとその落し物を観察している。ニスはギャリアーへのさらなる質問を慌てて整理していた。
「一体誰がこれを…」
会社の名前が記されているという事は、会社かそこに所属する人物の持ち物である可能性が高い。それかリリナグ・ピオンで買い求めた商品なのだろうか?
「…以前ここの商品を見に行ったけど、これほどシンプルな物は無かったと思う。台座も後ろに社名が彫られているだけで、ガラス玉は…固定されているだけ…かしら」
芸術祭に合わせて制作された砂像で、おそらく展示されていたのは当日のみ。作者の名前を示すものは砂像本体にも周りにも無かった。手がかりは昨夜見た砂像の記憶と、この拾ったガラス玉だけ。
(いきなりリリナグ・ピオンに持って行って、誰か忘れた人は?って聞くのも……あまり良くないわよね。誰の物かって教えてくれる保証もない。まずはこれに見覚えはないか近くの人に聞いて、暫くは持っていた方がいいかも)
ニスは嘗てリリナグ・ピオンで働いていたギャリアーに、この拾い物について知っている事はないか聞く事にした。現在ギャリアーは店の営業中なので、昼の休憩時間か、夜にでも見せてみようと、タオルで包んで自分の荷物の場所に置いた。遮光用の布ではないので、明るい光が白いタオルから漏れて僅かに光っている。その上にも一枚畳んで置いてあった自分の服を掛けて、あまり目に付かないようにした。
(そうだ…砂像の特徴を忘れないように、どんな形だったかと、顔を描いておこう。迫力ある獣の装飾と言うだけでは、想像するイメージはバラツキがある。ある程度…雰囲気でも表現できれば、紙を見せて聞く事もできる)
ニスは不要な紙を仕舞っている箱から、片面が白紙のものを一枚取り出して机に置いた。そして鉛筆を筆立てから拝借し、記憶を頼りに描き入れていく。
(獣…耳は丸くて、肉食獣の顔……猫…に似てるけど、少し違う…顔の周りにふさふさした飾り?……尻尾…長かったかしら、短い……?)
ニスは頭を悩ませながら、獰猛な獣の絵を描いて、漸くそれらしいものを完成させた。
(よし…こんな姿だった筈…!)
その出来栄えに一応の満足を得ると、その紙をズボンのポケットに仕舞って昼食の用意をした。用意といっても、巨大おにぎりを半分に分け、朝食の残りのスープを温める位だ。ギャリアーはあまり食欲がない様子であったので、回復した時に食べられるように何か作り置きのおかずを用意しておこうかと冷蔵庫を見ながら考えていると、「ニス」とギャリアーが工房から呼ぶ声がした。
「この商品を外に出すのを手伝ってくれるか?もうそろそろ海猫運輸が来る時間だ」
ニスは腕まくりをして、ギャリアーと共に荷台に商品を乗せる。梱包されているのは売約済みの札が貼られていた、リリナグ芸術祭の展示作品だ。誰が買ったのだろうと疑問に思ったニスはギャリアーに聞いた。
「ああ、スー・チースだよ」
「…確か、社長さん?」
「そう。当日店に来てくれてな?…ちょっと滞在した後、価格交渉して売約したんだ」
「面白くて良い作品だもの。あの香りは調合したの?」
「ほら、あの乾物屋に頼んだんだよ」
「珍奇世界商店の?何故?」
ニスは首を捻る。
「豊作祭の時、販売していた限定スパイスが良い香りで。折角なら作品に実用的な側面も加えようと思って、香りの調合が出来るか聞いたら、出来ると言って…いや、出来るみたいだから頼んだ。あそこの店から買ってくる乾物、種類問わずどれも香りが良いだろ?拘ってるのかなって前々から思ってたんだ」
「ええ……食欲が増す香りだったり、不思議と花に香りがしたり、爽やかだったり…」
「スー・チースに調香師を聞かれたよ。乾物屋の名前を出したら、定期的に香りの入れ替えを頼もうって何だかウキウキしてたな」
「ウキウキ…」
セレモニーで見た経営者としての姿しか知らないニスは、いまいち想像がつかなかった。髪を整えスーツを美しく着こなす姿がニスや町民に取ってのスー・チースであったが、ギャリアー等付き合いが長い者や親しい者は、彼の本性と相違ないと皆口を揃えて言うだろう。心を許した者に見せる姿なのかもしれないとニスは思った。
「スー・チースと仲良しなのね…?」
「仲良し…って感じなのかは、微妙だが……同時期に技師としてリリナグ・ピオンで働いていたからな。スー・チースは社長の息子だったけど、昔は会社の寮に住んでいた。だから休日でも毎日顔を合わせてたし、知人以上の元同僚だな」
工房から外に出られる扉を開けて、商品を乗せたカートをニスが押しギャリアーが支える。店の前の展示していた辺りで止まり、2人で作品を抱えて、柔らかな床材を敷いた地面に置く。
「よし、これで良い。もうそろそろ来るはず」
「あれかしら…?」
海岸沿いの道の先に、此方に向かって手を振る御者が居た。海猫運輸の制服を着ている。
「ありがとな、ニス。後はこっちでやっておくから、この札だけ棚に置いてくれ」
ギャリアーはニスに売約済みと記された札を渡した。
「ええ、お昼の準備しておくから」
ニスは家の中に戻る為、工房の扉を開けようとして見ると、そこには取手がなく鍵穴も無く、長方形の線が入ったただの壁になっていた。
「そういえばそうよね…いつも此処は家の壁でドアノブなんてないもの」
どうやら建物の内側からしか開けられない造りになっていたようだ。普段工房に入る事は無いのでニスは知らなかった。
(他の工房もこのような造りなのかしら?商品を工房から出して配達する時や、材料を搬入する時に使う隠し扉がある…?)
ニスは今まで回った工房を思い出していると、海猫運輸の荷馬車が市場に向かって走り出したのを見た。無事に渡すことが出来たのだろう。
「お昼の支度しなきゃ…それとこの札も棚にだったわね」
家に戻りながら何となく売約済みの札の裏を見ると、そこにはスー・チースのサインと作品売却において合意した値段が書き入れられていた。
「!」
ニスは胸に仕舞っている装飾貝を中身ごと売っても買えるかわからないその値段を見て、運搬の際落としたりぶつけたりしなくて良かったと息を吐いた。改めて札を見ると、サインと金額の他に4という字が書かれている。これはギャリアーの字ではないようだ。癖が違う。
「ねえ…売約済みの札に書かれていた4っていうのは、どういう意味?」
2人で巨大おにぎりを半分個にして分けて食べている時、ニスは気になった札の数字について聞いた。ギャリアーは重たそうにおにぎりを持ちもごもごとしながら質問に答えた。
「もご……それは…買い付けた…もっ……展…示作品の数…だな」
「じゃあ、これは4個目?」
ニスが空いたグラスに冷たい麦茶を注いでギャリアーに渡すと、それを少しずつ飲んで米を胃に収めた。昼になったら食欲も少し戻って来たようで、多いなと言いながらも苦しそうな様子はない。体調が回復した時の為に用意していた、淡白な白身魚に粉を振って焼いた後餡に絡めた料理もおにぎりを食べる間につついている。
「ああ。スー・チースは芸術祭の日、何十枚も専用の売却札を持ち歩いて、気に入った作品を買い付けてるんだ。俺のとこに来た時には既に3つ作品を買ってたんだろう」
「え……そこにある売却札に書かれていた値段があれだから…一体幾らに…」
「あの値段は芸術祭価格って事で、スー・チースは毎年色付けてくれるんだ。同じ作品の依頼が入ったら、あの値段にはならないかな」
「それを…何十…」
「この町一の老舗の社長だし、潜源石の特殊性から町の外からの需要はかなりある。この辺りでも有数の資産家だから、会社もスーも懐は痛まない…と思う事にしている」
ギャリアーにも、スー・チースの豪快な買い方を少々心配する面はあるようだ。定期的に依頼をしてくれる上客であるが、世話になったリリナグ・ピオンの経営に影響が出かねない程の買い付けは行っていないと信じたい。
「だから芸術祭に参加する美術品を作る工房や店は、結構本気で作品を仕上げてくる。それこそコンクール並みにな。スー・チースの芸術祭での金払いの良さは有名だから。それ以外にも伝統ある老舗の社長が自分のとこの作品を買ったとなれば箔がつく。スーからの売却済みの札を勝ち取った工房や店は、芸術祭が終わってすぐスーが買った作品と似たようなのを店頭に出して、売却済みの札をその横に展示して集客するとこもあるくらいだ」
「それ程影響力がある人なのね…」
「この町一番だよ。売却札の件はスーも容認していて、より良い作品を作る芸術家に金が落ちればいいからと話していた。それと全体が高め合えば、このリリナグに今以上に人が訪れ、売れ行きもまだ伸びると。そうだ、今日の新聞にスーのインタビューが載ってる筈だ。毎年総評が出て、そこの後に記者の質問で、今年は幾つ作品を買ったか絶対に聞くから」
「ちょっと待ってね…」
ニスは海猫運輸で第2回朝食を鱈腹食べてまだお腹いっぱいなので、ギャリアーが食べ終わった後1時間ほどしたら食べる心算だ。テーブルから離れて、ソファに移動していた新聞を開いた。
「何面だったかな…」
「少し待って……あ、これだわ」
ニスは見出しを浚って該当の記事を探すと、2枚捲ったページにスー・チースへのインタビュー記事を見つけた。
「……23個」
「おお…今年も買ったな…!」
「皆あの会社の中にあるの?これまでのも全部?」
「スーには別宅が幾つかあって、そこに運んでるらしいぞ。そこに行くまで一時的に会社で保管している」
ニスには想像もつかない世界だ。
「あ…どこのお店から買ったか書いてある」
買った順番で並ぶその中には、【ギャリアー特殊宝飾店】の名前と作品名が書かれていた。
「ここの名前もある…!」
「こうしてスーが店の名前や技師の名前を出してくれると、売れ行きが本当に違うんだ。さっき言った売却札が本物である根拠にもなる。市場の外に店を構えていると足の延ばしてくれる客も増えて、市場内なら言うまでも無く…だ」
ニスはスーが買ったリストにある店や工房を順に読む。その中には以前に訪れた場所もあり、グンカと実際にこの目で見た作品もあった。ギャリアーが昼食を食べ終わって、営業時間が始まるまでニスと2人ゆっくりしていると、
ニスは砂浜で拾った忘れ物をテーブルに置いた。
「何だ?それ…」
「今日砂像のあった場所に行って様子を見て来たの。そうしたら、これが砂の中に埋まっていた」
ニスは乗せていた自分の服を取る。すると包んだタオルの下から光が漏れるのを見て、ギャリアーが「潜源石か?」と聞いた。
「そう、昨夜砂像を照らしていた…」
「周りにあったやつか…日が昇ってから回収して、その時に踏んで砂中に埋まったのか?」
ニスがタオルを外すと、シンプルな台座に縦の火が入ったガラス玉が出てきて、ギャリアーは手に取ってそれを見た。台座にもガラス玉を固定する部分にも装飾は施されていない。調度品よりもっと実用的な品だ。
「灯り用だな…」
「台座の裏を見てみて」
「裏?」
一応ガラス玉部分を掌で抱え、ひっくり返して台座の裏を見る。すると潮が微かに香り、彫刻されたリリナグ・ピオンの文字を認識した。文字を見た瞬間、これが何であるかギャリアーは思い出した。
「あー…これか、懐かしいな」
「知ってる?」
「リリナグ・ピオンに居た時使ってたよ」
「…じゃあ、これは会社の持ち物?」
「そうそう!作業用の灯り。火に揺らめきがあると、繊細な作業をする時チラチラして邪魔になるから、静かな縦の火を入れた灯りを使うんだ。これは俺が居た頃の物だな」
ギャリアーが台座をよく観察しながらそう言った。思いがけず情報が得られそうで、ニスは前のめりになって聞く。
「年代までわかるの…!?」
「潜源石は丈夫だからそこは破損しないんだが、台座の部分はな……酷使するから欠けたりして結構破損する。この字を見て」
ニスはギャリアーの側で刻まれた字を見下ろした。
「この字のデザインでいつ使用していたかわかる。決められたデザインを練習として見習いが彫刻するんだ。大体4、5年でデザインが変わってた筈……スーがそうしようって決めたとか、何とか」
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