ベノムリップス

ど三一

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灼熱の祭典編ー後

第92話 静かな夜

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「恐らく俺が居た期間に作られた物で、特に破損箇所は無いから、結構大事に使ってたんだろうな」
「それじゃあこれを持っていた人は、今も在籍している技師?」
「うーん…どうだろう。記念に持って帰ったのかもしれないし、俺と同時期に働いていた人が今も使っているのかも…?でも、それにしては余り擦れた跡が無いな…」

ギャリアーは台座を色々な角度から観察している。

「昨日、灯りまではちゃんと見てなかったな。…他のも同じか?」

砂像の周りを囲んでいた光源。ニスの記憶の中では皆同程度の光量だった気がする。

「確か…5、6個はあったような…」
「複数備品を使って展示したなら、所属の技師なのかな…」

ニスとギャリアーは一緒に首を傾げて考える。

「これが誰のかはわからない?」
「見た所名前らしき物はないな」
「そう…」
「…彫り方も見習いにしては丁寧で、線がきっちりしてる。まずは形を彫ることを優先させるから、見習いだと線が結構ガタついたり、溝にそこまで手を加えてないのが多い。けれどこれは彫りの深さも均一で、角が直角になるように丁寧に落としている。破損しやすい表面も、良く見なければわからない程、僅かに角を削って…」

ギャリアーはこの作業をした人物が見習いとはとても思えないと感じていた。当時見習いであった少年達を何人か思い出してみても、この作業が出来た者は居なかった筈、とさらに不思議に思った。

「ニスはこれ、どうするんだ?」
「…できれば、持ち主を捜したい」
「リリナグ・ピオンに持っていくか?」

ニスの本音としたら、会社に落とし物として持って行った場合、そのまま落とし主もわからず回収されてしまう可能性があるので乗り気ではない。あくまでこれは手がかり足がかりとして、本当に求めている情報が舞い込み、不要になるまでは所持していたい。

「…既に会社を出ている人の物なら、返して欲しいって言い難いかもしれないから…砂浜にメッセージでも残しておこうかしら」
「落とし主に向けてか。……でも、あいつが良いって言うかな…?」
「え?」

落とし主を捜そうと意気込んでいたニスであったが、ギャリアーの言葉に気を削がれる。

「何か問題があるの…?」
「落し物は警備隊に預けなきゃいけない決まりがあるんだよ。落し物の周知や、落とし主の確認もしなきゃいけないから。個人とか店とかが預かっていると、悪意のある本人以外が名乗り出る事があったりするんだよ。落し物を受け取るには落とし主の情報を警備隊に申請しなきゃいけないから、抑止にもなる。…でもなあ」
「でも?」
「警備隊に届けて周知されても名乗り出るかは微妙だな…」
「…大切な仕事道具じゃないの?」
「そうなんだが…展示用じゃない備品を使用をして、それを忘れた、紛失したってなると…名乗り出たくはないよな。始末書も書かなきゃならないし、正当な理由なく作業用の備品を使用してるのならかなり大目玉をくらう。その技師が経験が浅いなら技師を束ねる長に、かなりキャリアがあるならスーに。スーは短気な性格じゃないが、怒るだろうな…」
「なら、これの存在はグンカには秘密にしておいた方がいい…?」
「う~ん……ニスに任せるよ。もしかしたら思い出の品で、探してるかもしれないし」

ニスは落し物をタオルで包んで、取り敢えずグンカが帰って来るまで自分の荷物の場所に置いておくことにした。海に看板でも立てておくかとも思ったが、一度グンカに相談した方がいいとギャリアーに助言された。そして夜、夕食後のグンカに落とし物を見せた。

「警備隊で預かろう」
「えっ……」
「何だ、残念そうだな」
「…自分で持ち主を捜しちゃだめ?」
「もしこれがリリナグ・ピオンに在籍する現役の技師の場合、かなり叱られるだろうから、それを気にしてるんだ」

どうしても自分で探したい様子のニスに、ギャリアーが助け舟を出した。

「こればかりは技師の落ち度だからな…」

グンカはあくまで規則に則った行動をするつもりだ。ニスは泣く泣くグンカに落とし物を預ける方向になった。眉を弱冠八の字にする姿にグンカは惚れた弱みで少々心が痛む。

「…仕方ない、のよね」
「…」
「こいつも立場があるからな。無理は言えないよ」

ギャリアーは懐かしく思い、明日には警備隊行きだからと今のうちに潜源石の取り付けや、彫刻などを眺める為に手に持ち、ニスは名残惜しそうにぺたぺたと触っている。2人は互いの足が当たる距離に居て、落とし物に夢中だ。それが面白くないグンカは、自分も2人の前に来て胡座をかいた。

「…持ち主が誰か知りたいのか?」
「ええ……作品に作者の名前があれば良かったんだけど。……届けてあげられたのに」

ニスは咄嗟に理由を付け足した。持ち主に返すことが目的ではなく、特定が目的だと印象付けたくなかった。幸いグンカは怪しんでいる様子はない。ニスはギャリアーの助け舟に感謝した。

「…公にすれば、落とし主ではなく会社が取りに来るかもしれない。こうして社名が彫られているからな」
「どちらにしろ備品だし、警備隊も会社に話はするだろ?」
「ああ。しかし、リリナグ・ピオンで譲渡した物であったなら、直ぐに引き取る事は出来ない。所有権が落とし主に移動しているからな。その場合、この落とし物を得る権利を持つのは、第一位が落とし主、第二位がニス」
「えっ…!」

ニスはハッとして顔を上げた。

「第三位は…警備隊、で終わりだが…まあリリナグ・ピオンに返しても問題は無いだろう」
「何故私が二位なの?」
「定められた期間中に落とし主が現れなかった場合、拾った人が貰うことが出来るっていうルールがあるんだよ」
「期間は公にしてからひと月。もし名乗り出られない事情があるのなら、話が落ち着いたら頃にでも返してやればいい。もし落とし主が現れ、警備隊で在籍の経歴を把握していない場合は、一旦リリナグ・ピオンに連絡して、所属の人物か、それとも在籍していたかの確認は取るだろう」

それ以上は出来ん、と言ってニスを見る。

「わかった、そうする。…立派な作品だったから、誰が製作したのか知りたかったって伝言を残しても良い?それとこんな作品の近くにあったって、手ががりも」
「それくらいならいいだろう。明日手続きに来るといい」

ニスはグンカに自分が描いた砂像の絵を見せた。グンカは紙を受け取り、じっとその絵を見る。

(ッ全然似ていない…!)
「誰が作者かを知っている人が居るかもしれない…!」

ニスが拳を握って、八の字気味だった眉を少し上向きにしている。その気合に反して、ニスが一所懸命描いた絵は、動物かどうか怪しい奇妙なモンスターであった。グンカはこれをどう扱うべきか、今日一番悩んだ。

「これを見て貰えば、情報が集まるんじゃないかと…!」
「う……ど、どうだろうな…」
「試しに飾って見たら?犯人探しの時みたいに、情報を公開する感じでさ」

ギャリアーはニスの絵を見ていないので呑気である。

「は、貼りたいのか…?」
「ええ…!役に立つかもしれない!」
「…あ、明日、他の警備隊員に相談してみよう」

その夜、悩みながら眠ったグンカは、ニスの描いたモンスターに追われる夢を見て魘されていた。2人が寝静まった頃目を覚ましたニスは、魘されるグンカと静かなギャリアーを確認した後、1人で家を出た。落とし物を持って家の近くの海岸沿い、砂像があった浜涼が見下ろせる道で涼んでいた。落し物に包んでいたタオルを取ると、優しく規則的な光がぼんやりと辺りを照らす。

(手放さなければならないのは痛手だけど、これで作者が名乗り出てくれればいい。誰かあの作品の作者を知っていれば…)

ニスの濡れた毛先を潮風が撫でる。まだ早い時間なので、たまに夜涼みに来た町人や観光客がニスの後ろを通って行く。

(早く…早く…手がかりを見つけないと…逃げられてしまう…)

ニスの焦りに潜源石が光を当てる。こうして1人で何もしないでいると、途端焦燥が心の中を埋め尽くし、過去の記憶がニスの背中を押しているのか、そこに留まらせているのか。

(バッツ…そろそろ監獄から出てくる頃かしら…)

ニスが海を見ながらこれからの事を考えていると、その背中を建物の影から見つめる者が居た。

(……)

辺りにニスとその人物以外居ない時間がふっと訪れる。ざあざあと繰り返し寄せる波音が邪魔して、人の気配が無くなった事にニスは気が付かない。

(もう一度だけ…浜辺に降りてみようかしら……この灯りもあるし…)

ニスは浜に降りる階段を見た。浜は街灯の光で一部は照らされている。階段近くから浜の中頃の辺りまでは暗くなっているが、それ以降は明るい。ニスが階段に近付いて行くの観察する誰か。その誰かにとっても、もしかしたら浜に降りる事は好都合となるかもしれない。それはニスとその人物が対面してからの問答によって変化するとある可能性の話しだ。

(……)

ニスが階段の方へ曲がろうとすると、隠れた人物も移動の用意をする。

(結構暗いけれど、ゆっくり降りれば…)

ニスが一段、また一段と降りていく。階段を下りて砂浜に足を着こうとした時、大きな声が耳に届いた。

「おーーい!!夜の浜は危険だぞー!!」
「ウォーリー?」

早い時間だが一応夜。それにも関わらず、ウォーリーは浜へ降りようとする人に、危険だと注意する。

「足元暗いから、漂流物踏んで怪我するかもしれねえぞ!」
「……それもそうね」

ニスはウォーリーの忠告を聞くことにした。砂浜に降りようとしていた片足を背後に引込めると、トンと階段に当たった。そしてくるりと後ろを振り返る。

「帰ろう」

ニスが階段を上がると、ウォーリーが小走りをして近くまで来ていた。喫茶うみかぜのエプロンを着けている。営業終了時間になって、後片付けをしていたのだろう。

「こんばんは、ウォーリー」
「うおっ…!?…えっニス?どうしたんだ浜から昇ってきて」

ウォーリーは驚いた後キョトンとして、ニスとその周囲を見回している。

「え?…さっき危険だって」
「ん~??…あれは浜に降りようとしていた奴に言ったんだよ」
「私じゃなくて?」
「俺は今階段昇ってきたニスしか見てねえよ」
「誰も後ろに居なかったけど…」
「……」
「……」

2人の背筋に寒気が張り付いた。

「にににに、にす…っ!か、帰ろうぜ!一緒に、一緒にな!?俺とお前で、せーので互いの家のドア開けて、せーので入ってすぐ鍵かけるんだ!いいな!?」
「え、ええ……」

何故か2人は先を争うように早歩きで来た道を戻った。兎に角一番後ろに居たくなかった。

「せせっせ、せーの!」「せーの…!」

ニスはしっかりと鍵を掛けたのを確認して、自分の寝床に戻った。落し物は自分の荷物の一番下に入れて置いた。隣でグンカが相変わらず魘されているが、それでも心臓がドキドキとして呼吸が荒くなる。

「ふう…ふう…」

どうにか落ち着こうとしているその時、出入り口のドアがカチャン、と開いた。

「ひっ……!!」

ニスは頭から足の先まで掛け布を被って、隣に眠るグンカにぴったりとくっついて震える。本来ならば泥棒だと判断し手近な武器になる物を確保するのが現実的であったが、落ち着かない心臓と思考が防御反応を取った。

(……)

トン…トン…と静かな足音が部屋に上がってくる。その音は台所の方で一度止まった後、ニスとグンカがいる方向に向かってくる。ニスは部屋に入ってきた恐ろしい何かが、寝ていると思って居なくなってくれる事を願う。

「……っ」

しかし、その願いは叶わない。2人の近くに来た何かは、直ぐ側で止まり、ニスの震える背中にそっと手を置いた。

「ニス…?」
「っ…!」

その声を聞き、振り返って掛け布の隙間から其方を見ると、見知らぬ何者でもない。ギャリアーだった。

「どうした?震えてるぞ…?」

ギャリアーは安心させるようにニスの背を撫でる。

「あ、あなたは…な、んで…外から…」
「…ニスが出て行ったから、心配になって。帰ってくるまで庭で夜の海を見てたんだ」
「そ、う……そうだったの…」
「ウォーリーの叫ぶ声が聞こえて、何だろうと見ていたら、2人して足早に戻ってきてやけに動揺した様子だった。声を掛けようかと思ったが、ウォーリーの心臓が止まっちまったら困るから、2人が家に入ってから戻る事にしたんだ。…念の為鍵を持って出て良かったな」

ギャリアーは片手に持った自分の鍵をニスに見せる。ニスは少しだけホッとしたがまだ震えは治まらない。それにギャリアーも気付いていた。

「…大丈夫か?」
「ええ、ええ……ちょっと、怖かっただけ」
「…」

カタカタと震えているその柔い肌。ギャリアーには、それがどうにも可哀想に思えた。

「…なら、今夜は3人で眠るか」

ギャリアーは自分の寝床から枕と掛け布を取って、ニスの寝床に寝転がった。そして掛け布を全身に被ってミノムシ状態のニスの身体に腕を回し、自分の方に引き寄せる。そして背中を優しくあやすように叩いた。

「だ、大丈夫よ…」
「まだ落ち着かないようだからさ…俺とこいつが居るから、安心して眠りな」
「……」

ニスは遠慮がちにギャリアーの寝間着の端を掴む。

「…お休み」
「ああ…お休み、ニス」

ギャリアーが目を瞑り、暫くするとグンカの苦しそうな寝息が漸く静かになる。静かな夜が戻ってくる。ニスは暖かな胸に額を付けて、だんだんと眠りに落ちて行った。
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