ベノムリップス

ど三一

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灼熱の祭典編ー後

第97話 ユンのリリナグ漫遊記2

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海鮮パエリアを間食した後、港の出店を回って美味しい料理を平らげたユンは、ジュース片手にゆっくり海でも見てから町の中心地に戻るかと思い、絶好の休憩スポットを探して歩く。どこかこの衣服を汚さずに腰を下ろせる場所はないかと見渡していると、警備隊員が釣りをしている人の中に混じっているのを発見した。

「あら、おさぼりさんかしら~?」

現在は丁度昼食の時間。その隊員も昼休憩のついでに釣りでもしているのかと思ったが、ユンは悪戯心が湧きあがり、少しばかり脅かしてやろうかと隊員に近付いて行く。そろりそろりと背後を取って、あと1メートルと迫った時、隊員と隣に居た町民との会話が聞こえてきた。

「ほら、そこの壁に…」
「あっ!あれか!?張り付いている…!」
「さっき丁度泳いでくるのを見かけたの。あれを釣れば優勝するかも…」

どうやら釣り大会の参加者達のようだ。警備隊員は隣に居る帽子を被った町民が指差す方を見下ろしている。そこに何かいるようだ。警備隊員は、竿を引いて岩壁に向かって糸を垂らす。何度か上下する竿を見て、何をしようとしているのかとユンも興味が出て来た。

「!…引っ掛かったぞ!」
「今引っ張っても多分剥がれないから、そのまま動き出すのを待ってみて」
「わ、わかった…!」

辺りでは釣果を自慢する参加者達の声があちらこちらで上がっている。それを聞きながら警備隊員は焦りながらもじっと耐えなければいけない。隣で話していた町民の竿にも当たりがあり、良いサイズの青魚がかかった。

「フライにしようかしら……それとも塩を振って焼いて……?」
(あたしはフライがいい…)
「全然動き出す気配がないぞ…!?」
「…釣った魚を前で泳がせてみる?」

帽子を被った町民は、バケツの中から今釣った魚より小さいサイズの同種の魚を針に着けて、岩壁近くに投げ込んだ。糸と竿を調整して動く範囲を制限して泳がせていると、岩壁に張り付いていた影がふわっと離れようとした。

「今!」
「ふんっ!」

町民の合図で竿を思いっきり引いた警備隊員。海中に居た生物は、一気に空中に引っ張り上げられて宙を舞った。

「タコ!?」
「ハハ!これで優勝だ…!」
「ふう…」

警備隊員が喜びの声を上げると、隣の町民も満足そうに息を吐く。ユンは美しい空に舞い上がるタコの身体を口を開けて見ていると、警備隊員の針の先からタコが抜けた。

「あ゛っ!」

警備隊員の悲痛な声。折角獲った獲物が海に帰ってしまう。それを嘆いた声であった。しかし獲物は結果的に警備隊員の手に戻ってくる。

「うぶっ!?」

宙を舞ったタコは自重で落下し、見上げていた隣の帽子を被った町民に着陸した。両手で竿を持っていたため、タコが顔面を覆うのを止める事が出来なかった。町民は後ろに倒れ竿を地面に落とした。顔面に張り付いたタコを外そうとしてぬめぬめした表面を引っ張るも、吸盤が付いているせいで中々剥がれない。

「うぶぶぶぶぶっ!」

両足がバタバタと忙しなく動き、もがき苦しんでいる。ユンは思わず驚いて引いてしまったが、周りに居た町民と警備隊員が協力してタコを剥がしにかかる。

「すすす、すまないっ今助ける…!」

警備隊員がタコの頭を引っ張るが、とてもじゃないが外れない。他の町民達が足を一本ずつ外していくと、タコは無事に外され、顔面を拘束されていた町民も跡が付くだけで済んだ。わあわあと一時騒ぎになった昼の港。警備隊員は町民に平謝りしながら参加者の子ども達に竿で小突かれていた。尚、釣り大会優勝の栄光は警備隊員の手に入らなかった。ユンは助けに入った人達の後ろに移動したため、警備隊員が誰か、顔面にタコを貼り付けた町人は誰かわからなかった。

「はあ~よく見えなかったけれど、取り敢えず助かったようで良かったわ~。そろそろ学校の校庭に戻って、演説を聞く準備をしましょうか~」

ユンは残りのフルーツジュースを飲みながら学校に向かって移動する。翌日のリリナグ新聞の紙面には、稀に見る珍事としてこの釣り大会の出来事が報じられた。


「あっ審査委員長、お早いお帰りですね」
「ええ、万全の体勢で聞かないといけないからね。事前にあった打ち合わせの内容との変更点はある?」
「はい。参加者のベンガルさんですが、店の営業が忙しくて、演説の順番を早めにずらしてもらえるとありがたい、と言っていました」

ユンがここに来るまで、町中には浴衣を着た海猫運輸の御者が配達をしているのを見た。荷馬車にも、リリナグリリィのセール情報と、浴衣についての特別広告が貼り付けられていた。ユンはリリナグリリィの店の様子を思い出す。午前に訪問した時も混んでいたが、もしかしたら宣伝の甲斐もあって、客が増えたのかもしれない、と。

「それで?対応できそう?」
「はい!演説の順番が前の人の中に、用事が出来て自分の順番に間に合わないかもしれないとの申し出がありましたので、そちらと代わっていただくことにしました」
「よかったじゃない~!全体的に順番を変更するのは大変だけど、1部変更で済んでよかったわ~。お疲れ様」

ユンはキュート選手権サポート委員会の委員と別れると、テントの下の参加者待機所にふらりと訪れた。まだ来ていない参加者もいるが、早い順番の人はみんな揃っていた。

「皆頑張ってね~!リラックスよ、リラックス~」
「ユンちゃん、この服で変じゃないかな~??」

マービンが服の裾を握り、恥ずかしそうに一回転して見せる。漁業組合代表ということもあり、可愛い魚柄のシャツと明るい色の蝶ネクタイを付けている。会場には漁業関係者も集まっており、マービンの人望の厚さが伺える。ユンはうんうんと頷いて、「自信を持って~!今日もキュートだから!」とマービンを激励した。信奉するユンの言葉にマービンは目を輝かせた後、キッと目に力を入れてしっかりと頷いた。その様子を羨ましそうに、悔しそうに見ていたのは、イト及び他の参加者だった。我先にとマービンの前に踊り出て、自分の今日の仕上がりをユンに尋ねる。

「こらっ!ワシがユンちゃんにお褒めの言葉を貰っておったのにぃ!」
「それじゃあ、次の人に譲ってよ!」
「小娘…!」

ハイハイと手を挙げて押し寄せる参加者達に、ユンは順番だと言って手を叩くと、参加者達はあっという間に行儀良く一列に並んで、ユンからの言葉を待つ。それを見たベンガルは、「ああ…これはキュートの殿堂入り、審査委員長という特別役職ですね…」と呟いたのだった。

「そろそろ1番の方、準備をお願いします」

その言葉を聞いて、参加者たちはピリッとした空気に包まれる。あれだけ我先にと争っていた参加者達は、緊張する演説者に暖かい言葉をかけて送り出す。審査委員長の挨拶を終えて、キュート選手権最初で最後の演説が始まった。
自分の特技を披露する者、選手権参加の経緯を面白おかしく話す者、最初から最後まで経営する店のセールや商品情報を絡めて話す者等、アピール方法は多岐にわたり、見守っている観客たちを楽しませる。もちろん演説の間にも投票は可能で、参加者とは特別な関わりのない人々の流動票が各参加者に入れられていく。その様子をドキドキとして見つめるのが参加者と、その陣営の者達。
海辺での釣り大会に参加していた警備隊員は、パトロールのついでに立ち寄った学校の校庭で演説の1部を聞いていた。

「……」

何人かの演説を聞いて、誰の名前を書こうかと考えてみるが、どうもこの参加者たちの中には、自分が表を入れたいと思う1番の人がいないような気がした。決まったらすぐに書こうと取り出していた投票用紙を胸ポケットにしまって、構えていた鉛筆も懐にしまった。

「…確か、参加者以外への投票も可能だった筈。縁故で表を入れても良いのだが、何せ知り合いが多すぎる…ならば、素直に投票した方が誠実というものか」

警備隊員は制帽を目深に被り直すと、踵を返して他所のパトロールに向かった。


全参加者の演説が終わると、司会進行のサポート委員会がこれからの予定について話す。投票期間終了後の夜、バーベキューの予定があるのでその留意事項の説明と、未成年の場合は保護者参加の確認、参加の意思の有無を聞き取りをした。ユンはリリナグ新聞の記者の取材を受け、参加者達の演説に対する総評と、アピール期間のそれぞれの活動に対するコメントをした。

「ユンちゃん、ユンちゃん」

イトがユンの浴衣を遠慮がちに引く。ユンはその場にしゃがんで目線を合わせると、にっこりと微笑んで頭を撫でた。

「演説、とっても素敵だったわよ~!」
「ありがとう…!」
「イトちゃんの学校の友達も一所懸命応援してくれて、演説を聞いてる人たちの雰囲気も良かったし、結構手応えあったんじゃない?」
「…えへへ、うん。投票する時、手を振ってくれた人も居たの」

イトは照れ臭そうに頬を染めて、やんわりと笑顔を向けた。

「イト~!そろそろ運動大会に向かうよ~…」
「うん!」

父親のボビンが荷物を持って2人の合流した。

「あら、運動大会に出場するの?」
「ええ!選手ではないけれど、皆の応援をするの!チア!」
「昨夜頑張って作ったんだよ~…これ」

袋の中から、糸を集めて作った二つの応援道具を出して見せる。イトが両手に持って上下にブンブンと振って見せると、束ねたイトがわさわさと音を立てて広がった。ボビンが娘と毎日ダンス練習をしていたと話すと、ユンは微笑ましく思って、どんなダンスを踊るのか見たくなった。

「楽しそうね~あたしも後で見に行ってみようかしら~!」
「!…来て来て!あたし達はリリナグカップの決勝戦のチアをするの!パパは決勝の救護係で、あのおじさんは敵チームのチアなの…!」

イトは漁業関係者に囲まれて激励されるマービンを鋭い視線で射抜く。ユンは、ここでも2人の戦いは続いているようだと、面白おかしく経過を見ている。

「あたしは審査委員長だからどちらかに肩入れは出来ないけれど、みんな…イトちゃんも頑張ってね!」
「ええ…!こっちには飲食店組合のスラッガーも居るんだから、絶対負けない…!」
「イトちゃん~!そろそろ運動大会に行こう~!」
「はーい!じゃあね、ユンちゃん」

同じくチアをする学校の友達に呼ばれたイトは、父ボビンを伴って学校を後にした。見れば子どもたちは手に袋を持っており、そこにチアの衣装や応援道具を入れているのだろう。ユンも警備隊に入る前に参加した記憶がある。ユンとランで、双子ならではの息ぴったりの演武を披露して、選手たちを盛り上げた。

「ふふ~懐かしいわね~!あの日は2人とも汗をかいて、日焼け止めが流れちゃって…」

ユンは懐かしき思い出を振り返りながら、サポート委員会の会議に出席した。


運動大会では様々な種目に町民達が参加できる。
短距離、長距離走、ハードル、棒高跳び等の個人参加、一日を通して行われる長距離リレーや、短距離リレー等の団体参加の競技。種目は陸上競技だけでなく、球技も各種用意されている。イト達がチアをするのはベイスボウルのリリナグカップ。参加チームは今日までにトーナメント形式で対戦し、勝ち上がってきた2チームが、納涼祭の前日警備隊用地にて決勝戦を行う。そして、その全てを語り尽くせない熱い対戦で勝利を収めてきたのが【飲食店組合 火炎バイキングス】と【漁業組合 魚影ウェイブス】である。両チームは既に試合の準備を終えて、選手達がウォーミングをしたり、作戦を念入りに確認している。
特設スタンドには選手の関係者や、毎年熱い戦いを楽しみにしている町民達も続々と集まってきている。飲食店組合所属のドリンクの売り子と、漁業組合所属のおつまみの売り子が、スタンド近くを練り歩いて観客達に観戦のお供の販売をしている。

「わあ~相変わらず人がいっぱいね。いいな~ビール……おつまみも…」

ユンは参加者達に少し遅れて訓練用地に辿り着いた。スタンドの空いている席に座って、頭にハンカチを置いた。少しでも日差しを避ける為である。決勝戦の開始の挨拶と両チームの代表によるスポーツマンシップの宣誓が終わると、チームメンバーが審判と運営委員長の前で一列に整列する。

「それでは、リリナグカップ決勝戦。火炎バイキングス対魚影ウェイブスの試合を開始します!お互いに礼!」

空は快晴、風は海の方からそよそよとやってくる。上空では球が少々流れるだろう。ユンはビールを我慢して、スッキリとした柑橘のジュースを飲みながら両チームの健闘を祈る拍手を送った。
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