【こんな恋なら男なんて絶滅すればいいのに】

秋庭海斗

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◾️◾️ 職場

「城東さん、ご家族はいらっしゃるんですか?」

 その新人のひと言で職場が凍りついた。少なくとも周囲の事情を知る人間は、聞かないふりをするのが精一杯の気遣いであると信じて、そのままの行動を続けた。

「このところの城東さんは、なんだか和かで家族円満なのかと思って、プライベートなこと聞いちゃいました、すみません」

「あ、いや、いいんだ。今は独身だ…」

「わわわ、そうですか。じゃあ彼女さんと上手く行ってるのかな?ナンチャッテ」

 空気の読めない新人は会話をしたいが為か、どんどんおかしな方向へ進んでいくようだった。そこへ先輩が話の腰をある形で割って入った。

「福島さん、道路使用許可申請の受諾書記入は終わってるかな?急がないと申請者の工事が始められないぞ」

「もうすぐ終わります」と、新人の集中力が机上の書類へと戻っていった。

 城東賢一は刑事課から交通課へと配属が変わっていた。人の死亡に直に関わる刑事課から署内の配慮で外され、交通事故を無くしたいという城東本人の希望により、配置転換されたのが交通課である。主に事務処理と交通安全講習などの講師役として従事している。

「家族はもう居ない、又は昔は居た」と答えるのが正しいかったのかと城東賢一は誤魔化した答えを少し悔やんだが、『彼女さん…』と言われて気持ちが浮ついた。

◾️◾️ 家庭

「ただいま」

「おかえりなさい、お疲れ様でした」

 ありきたりの会話が被害者と加害者の間で交わされた。あの日、家に上がって線香を上げてもらってからというもの、賢一の帰宅時間に合わせるかのように、好江は毎日のように訪ねてきては、炊事洗濯掃除などをちゃっちゃっと済ませては帰って行くようになった。

 そうして今では合鍵を渡して、賢一が帰宅する前から家にいることも珍しくはなくなった。慣れるということは恐ろしいものである。

「好江さ、最近の俺って何か変わったかな?」

「そうね、変わったかも知れないし変わらないかも。よく分からないわ。どうしたの、どこか具合悪いの?」

「いや、具合は悪く無い。大丈夫さ、何でもない」

「変ね、ちゃんと言いなさいよ」。お味噌汁の盛り付けをしながら好江が返答を聞きたがる。

「署の新人がさ、『城東さん、彼女さんと上手く行ってるのかな』とかいうもんだからさ」

「なにそれ?それでなんで答えたの?」

「いや、そこで話は終わった」

「新人さんとちゃんとコミニュケーション出来てる?堅物と思われてない?」

「どうだろ…わからん」

 何気ない会話が食卓を挟んで交わされる。まるで仲の良い夫婦のようでもある、そんな訳はないのだが。

「賢一、変わったかもしれない。昔より優しくなった」

 好江の突然の言葉に賢一は戸惑った。

「アタシ…今晩、泊まってもいいかな?」

「ああ、時間も遅いから好きにしたらいいさ」

 日々、献身的に尽くしてくれている好江を、賢一が追い返すだけの熱意と憎しみは既に薄れていた。不倫していた時期を思い出させる愛しさを彼女に抱き始めていた。男は馬鹿な生き物である。

◾️◾️ 武井隆の電話
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