25件目の完全犯罪 ―動く密室に挑む天才刑事―

握夢(グーム)

文字の大きさ
28 / 31
第七章 トリックの答え合わせ

第2話 夜の推理室――ロックされた謎

しおりを挟む
午後八時半。
捜査が一段落した二十階のレストランには、非常灯だけが残っていた。
白い光の下、安由雷は一人、テーブルに腰を下ろして缶コーヒーを飲んでいた。
静寂が、冷めた金属のように空気を満たしている。

自動ドアが開く。
「先輩」
悠真が入ってきた。手には同じ缶コーヒー。

「署長に、一報を入れてきました」
「……」
安由雷は視線だけを上げ、静かに相手を見た。

「何か言ってたか?」
「はい、いつも通りです」

「ハハ、いつも通りか」
安由雷が鼻の頭を軽くこすり、苦笑をこぼした。

「壊したものはないか。
 パトカーは無事か。
 担当所轄からクレームは貰っていないか――それだけです」

「なるほど。……たしかに“いつも通り”だな」

賞賛もねぎらいもない。
署長の関心事はいつだって、“始末書”が出るかどうかだけだった。

二人の間に、しばし静かな時間が落ちた。
悠真の缶を開ける音が、遠い残響のように響く。

悠真が口を開く。
「先輩は初めから、本郷が犯人だと分かってたんですか?」

「そうだな」
安由雷は短く答える。

「馬場への電話で“奥さん”がどうとか――容疑者の中で既婚者は、彼だけだからな」

「ふーん……なるほど」
悠真が頷きながら、コーヒーを一口。

「僕、まだ事件の全容がつかめてません。
 でも、先輩――あの玄武警部補が書いたホワイトボードの中に、答えがあるって言ってましたよね?」

「……ああ」
安由雷が目を細める。

「あれ、たしか――、
 A:自殺説、B:本郷説、C:吉川説、E/F:三木塚説①、②の、五つの仮説でしたよね」

「いや」
「え?」

「答えは――最後の“G”だよ」
安由雷が缶を置いた。金属がカチリと音を立てる。

「……“G”ですか?」
その瞬間、悠真の手が止まった。
ペン先が、ページの余白に触れたまま動かない。

「あれ、もう消されてましたよね。たしか……」
悠真は、慌てて手帳をめくりながら、眉を寄せる。

「――本郷が馬場を地下に呼び出して、十三階から“8号機”に乗った。
 そして、エレベーターの中の『行先ボタン』を、一階ではなく、地下一階を押して下りた。
 でも、そうなると、一階の『上行ボタン』で“8号機”はロックされない。
 だから、あの仮説は消されてましたよね?」

安由雷は小さく頷く。
「ああ。それが俺の中でも、最後まで残った、唯一の矛盾だった」

「……先輩でも、悩むことあるんですね?」
「ふふ。人を殺すより難しいのは、偶然が作る気まぐれな“共犯者”を読むことだ」

冗談とも本気ともつかない声。
そのまま、安由雷は言葉を継いだ。

「覚えてるか? エレベーター管理者の話」
「あ、……はい。何でしたっけ」

「本郷は十三階から“8号機”に乗って、行き先をに設定した。
 一階ホールでは天宮たちが『上行ボタン』を押した。
 理屈の上では、“8号機”は地下一階へ向かう設定だから――
 一階ははずだろ」

「ええ、そうですよね!」
悠真の目が大きく見開かれる。

「地下一階を押してるなら、一階の『上行ボタン』の優先順位は最後になります!」

「だよな」
安由雷がわずかに笑った。

「でも、実際には本郷の乗った“8号機”が――一階にロックされた」

「ええ……?
 ビルのシステム上――地下一階を押しているエレベーターは、
 一階より“下”を目的地にしているため、『上行』には反応しない仕様なのに」

「だけど、地下一階を押している“8号機”が、一階の『上行ボタン』で『最も早く一階に到着するエレベーター』として選ばれた。――おかしいだろ」

悠真が額に手を当てる。
「そうですね……。“8号機”が地下一階を押してなければ一階で止まる。
 押していれば、一階は素通りする。
 ――じゃあ、なんで“8号機”が選ばれたんですか?」

安由雷は缶を傾け、最後の一口を飲み干した。
金属音が静かに響く。

「そして、実験のときも、一階でロックされた俺の乗ったエレベーターは、一階では止まらず、お前が待つ地下一階へ行っただろ。――これが今回の、最後の謎だ」
彼はわずかに口角を上げた。

「ああ、たしかに。 ……けど、なんで? なにが起きているんだろう?」
悠真が首を傾げる。
非常灯の白光が、二人の缶の銀面に淡く反射した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

処理中です...