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15 かくて『聖女』たる悪役は希う。

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「集まってくれてありがとう。王女殿下を救うために、あなた達の力が必要なの」

 周りに群がる精霊たちに呼びかけると、彼らは口々に応えてくれた。

『何すればいい?』
『この王女サマ、よわよわしいけど精霊の加護がある』
『その加護に力を貸せばいいの?』
『このに力をあげればいい?』

 さすが精霊、と言うべきか。
 小さいながらも状況を把握していて、何をすべきか分かってくれている。

「私が『さわり』を浄化するから、あなた達は王女殿下に加護を与えている精霊に、力を分けてあげて欲しいの」

 メドウィカ様はまだ死んではいない。
 呼吸を止めてまで、最後の力を『障り』の侵食に抗うために使っている。病魔に侵された身体に残された体力はほぼ皆無だろうに。
 その全てを使って今も尚、抗っている。

 ただし、それも長くは持たない。時間との勝負となるだろう。
 私が『聖女』としての力を行使し、『障り』を浄化するのが先か、王女が息を引き取るのが先か――。

 最悪な状況を想定し、震えそうになる身体を叱咤し、私は息を吐き出す。
 考えるのはよそう。今は集中すべきだ。

「始めましょう。あなた達も私が浄化を始めたと同時に加護に力を分けてあげてね」

『わかった!』

 シスターリゼリアには外で待機してもらい、部屋に溢れる精霊たちがいっせいに王女の身体に集まるのを確認し、額に伝った冷たい汗を拭い、再び目を瞑った私は祈るように両手を組む。

 いくら聖女と言えども、所詮は人間である私にはここまで『障り』が侵食してしまった身体を一気に浄化することは不可能だ。
 教皇の『障り』を浄化した時でさえ立ちくらみを起こしかけたくらいだ。『障り』の浄化はそれだけ力を消耗する。

 ゲームでもヒロインが浄化を使う度に寝込んでいたことを考えると、メドウィカ様の身体に巣食っている『障り』を全て浄化するにはそれ相応の力が必要となる。

 ――それに、メドウィカ様の身体が浄化の力に耐えられるとは思えない。

『障り』による重度の侵食を受けた状態で浄化を使えば、それだけメドウィカ様の身体に負担がかかってしまう。
 ただでさえ衰弱している王女に、これ以上の負荷はかけられない。
 ならばどうするか。

「――『障り』を私の身体に引き受けるわ」

 聖女は『障り』に対する耐性が常人よりはるかに強い。
 悠久の女神の加護を受けた身は、『障り』の悪意に影響されることはないだろう。耐えられるはずだ。

「――私は懇願する。偉大なる女神アルキュラスよ、神の愛し子が願い奉る。目の前に蔓延る邪を全て我が身に。不浄をこの世から消し去り給え。神の愛し子、聖女の名の元に命ず。この者の身体から全ての悪意は祓われ、露と消えよ。全ては清らかな御魂となれ!」

 手のひらから白虹の光が放たれ、浄化が始まる。
 それと同時に王女の身体は淡い緑の燐光を放ち、薄い膜のようだった光が、分厚いヴェールのような形態に変わった。
 精霊たちの力を得て強化された加護の力が、メドウィカ様を守るように『障り』の侵食を弾いている。
 メドウィカ様の身体から『障り』のどす黒いモヤが徐々に薄れ始め、それら全てが私の身体へと流れ込む。

「このまま維持すれば……!」

 ――いける。そう確信した瞬間、全身の骨が軋むような激痛に襲われ、私は思わず膝を着いた。
 何これ……全身が痛い。何かが全身に入り込んで這いずり回るような感覚。おぞましいまでの悪意が身体の中に入り込み、私の身体を支配しようと暴れる。頭が割れそうなくらいの激痛が全身に走り、私は意識を手放しかけた。

 ――ダメ。集中しなきゃ。

 ズルズルと身体を引きずるように立ち上がり、手のひらの白虹の光を閉ざさないように私は力を送り続ける。
 メドウィカ様の身体にこれまで入り込んでいた『障り』の黒いモヤが絶えず流れ出し、一向に収まる気配がない。

 三年間、どれほどの『障り』に晒され続けたのか。
 信じられない程の量の黒いオーラが私の中に流れ込み、その度に激痛が襲い来る。

 全身の骨が粉砕され、肉が切り裂かれるような錯覚。絶叫したくなるほどの痛みを堪えながら、私は必死に歯を食いしばった。
 噛みすぎて唇から血が流れるのにも構わず、私は白虹の光を流し続ける。

 どのくらいそうしていただろう。
 ひたすら力を振るい続ける私に、さらなる悪意が迫り来る。
 メドウィカ様の身体から抜けた『障り』の黒いモヤが突然、宙に漂い始め――。
 黒い塊となったそれから、男の声が発せられた。

『――誰だ。我が野望を邪魔する者は。我が目的の前に立ち塞がるというのなら、容赦はしない』

 くぐもった硬質の声を響かせたそれは、その宣言を体現するように黒い塊を変質させ、一振の長剣となった。

「――これは……」

 呪いの具現化。
 濃密な負のエネルギーとなった『障り』は人に災いをもたらすために自ら形を変え、具現化することができる。
 その際たるものが『魔物』であり、悪意による呪いもまた、術者の力次第で形を変えることができる。
 この呪いを放った術者が、呪いを解こうとする私に気づき、仕掛けてきたのか。

『――死にゆけ』
「……ッ!!」

 男の声とともにこちらを向いた漆黒の剣が一直線に向かってくる。濃密な黒いオーラを纏ったそれは、私の心臓を狙っていた。
 メドウィカ様の浄化はまだ終わっていない。何より私は激痛で動くことができない。

 殺られる。
 そう思った瞬間。

 ――ガキンッ!

 そんな音がして、私の前に割り込んできた何者かによって漆黒の長剣が弾き返されていた。

「――何者もこの方には触れさせはしない。それが私の役目だ」

 今まで聞いたことがないような低い声。
 怒りに満ちた紫の瞳が、目の前の悪意を見据える。
 朱金の髪を煌めかせ、静かな怒りをまとって彼はそこに立っていた。

「ゼスト……」

 何故あなたが……。
 いつもの従者服を着込んだ彼を見て、私の身体は崩れ落ちる。
 もう限界だった。身体は全身軋むように痛いし、浄化による力の消耗で目眩が止まらない。

「ゆっくりおやすみください。あとは私が」

 そんな優しい声が聞こえて、身体が持ち上げられる気配。
 最後の力を振り絞って瞼を開ければ、いつも向けられる優しい紫の双眸が私を見下ろしていた。

 どこかホッとする優しい眼差しに、私は何故か心底安堵を覚えて、全ての意識を手放した。

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