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20 悪役は模索する
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メドウィカ様についた『穢れ』を浄化し、第二王女リジェリカ様から恐るべき真相が語られてから、さらに一週間が経った。
メドウィカ様は治療を受けながら順調に回復し、杖をつきながらも歩けるようになった。
痩せこけて青白かった顔にも血の気が戻り、栄養バランスを考えて作られた食事を摂ることでふっくらした頬を取り戻しつつあった。
このまま順調に回復すれば3ヶ月後には日常生活になんら問題なく活動できるようになるだろう、と彼女の主治医は判断を下した。
一時は間に合わないかもしれないと思ったが、最悪の自体は免れた。
メドウィカ様が生きていればまずは及第点。災厄の序章は防がれたということだ。
尽きない疑問もあるし、全ての問題が解決した訳ではないが、まずは何よりもメドウィカ様が無事なことを喜ぶべきだろう。
あの呪詛の主のことも気になるが、懸念すべき事態が解決した今、私にできることは限られている。
「とりあえず、今はこのまま様子を見るしかないわね……」
「クラリス様、おかわりは必要ですか?」
「ええ、お願い」
いつもと変わらずに淡々と役目をこなす従者の問いに笑みを浮かべて応えた私は、飲み終えた紅茶のカップをゼストに渡してふぅ、と息を吐き出した。
キネーラに来てからまだ1ヶ月も経っていないのに、この邸宅で精霊たちに囲まれながらゼストに給仕されて紅茶を飲むことが私の中で当たり前になりつつあった。
公爵令嬢であった頃も似たような生活をしてはいたが、あの頃の私は第二王子の婚約者であり、我儘で傲慢な自分史上主義の『悪役令嬢』だった。
前世の記憶を取り戻すまでの私の頭の中にあったのは、自分の欲望を満たすことと、愛するレイン殿下の婚約者であるという誇り。
生まれながらにしてエルダイン公爵家の令嬢として生を受けた『クラリス』は何不自由なく育ってきた。
周囲を顧みることなく、その環境がいかに恵まれているのか、いかに幸運なことなのかなど、考えもしなかった。
それが当然の世界で育ってきたからだ。
その境遇の最中、さらに聖女候補にまで選ばれたあの時のクラリス・エルダインはそう長くはない人生でも最大の幸福にあっただろう。
第二王子の婚約者として相応しい文句の付けようがない地位。
聖女という地位は、まさに自分にこそ相応しいものだとさえ考えていた。
しかしどう足掻いてもクラリス・エルダインはこの世界においては悪役令嬢。世界はゲーム通り、ヒロインを聖女に選んだ。
結果、私は公爵令嬢としての身分を剥奪され、キネーラに追放された。
けれど実際はどうだろう。
確かに追放されたが、何の因果か私は『精霊王の愛し子』としてリダ・テンペラス教会に暖かく迎え入れられ、実に平和な時を過ごしている。
ゲーム通りにことは進んでいるのに、クラリスとしての私は今までで一番心安らぐ時を過ごしているように思う。
ゼストという何よりも信頼できる従者が側にいて、精霊達も私を慕ってくれる。
これまで触れ合ってきたキネーラの人たちは何よりも優しくて温かさに満ち溢れていた。
一度は悪役令嬢として世界から拒絶され、愛する王子に婚約破棄をされ、ゲーム通りに追放された私はキネーラの人々の心の温かさによって知らずに傷つけられた心を癒されたのかもしれない。
いつの間にかレイン殿下のことを思っても心は傷まなくなっていた。
ヒロインのリーンのことも折り合いは付けられそうだし、何より心に余裕ができたように思う。
前世の記憶がよみがえって色々混乱したり、何故か聖女の力が使えていたりと訳の分からないことだらけだが、一先ず自分の気持ちの整理をつけられたような気がする。
なによりも心が凪いだ今、私には今すべきことの指針がハッキリと見えていた。
「どうぞ、クラリス様」
「ありがとう、ゼスト」
再び紅茶が淹れられたカップを受け取った私は、それを一口飲んで、ゼストへと視線を向けた。
追放されてからも決して私を見放さないでくれた唯一の味方はこちらの視線に、真っ直ぐに応えてくれる。
その視線の強さを頼もしく思いながら、私は口を開いた。
「ゼスト。お願いがあるのだけれど、もう一度グライブル王国に戻って神殿で調査してくれないかしら。聖女選定について」
「聖女について、ですか」
「ええ、グレイブル王国は託宣の内容を偽った。聖女はリーンだけではなかったのに、私の名が呼ばれることはなかった。それはどう考えてもおかしいのよ」
聖女選定の儀は絶対である。
王国において、聖女選定は悠久の女神アルキュラスの信託を受けて聖女を決める神聖な儀式。
信託では聖女は二人いた。しかし、実際に選ばれた聖女はリーン一人である。
かの乙女ゲームでも、聖女に選ばれたのはリーン一人だけだった。
しかしそれが偽りの内容だったのならば、ひとつ納得できることがある。
ゲームでは聖女がリーンに選ばれた途端、悪役令嬢クラリスは追い出されるようにして追放されるのだ。
普通、国外追放されるということはそれだけの大罪を侵したということだが、それは決定を下されるまでに裁判があるし、その間の罪人の人権は保護される。
しかしクラリスの場合、聖女を冒涜したという罪状だけで裁判すらなく、一週間の猶予の後に追放されてしまった。
――まるで、最初からクラリスを追い出すことを前提として準備を進めていたかのように。
それがずっと心の中で引っかかっていたのだ。
聖女を貶めようとした罪は何よりも重いが、その罪を全面に押し出したいのなら裁判も派手に行うべきである。
清廉潔白なレイン殿下ならそうしたはずだ。しかし彼はそうしなかった。
王家主催のパーティで盛大に私を貶めるだけに留まり、その後はひたすら急ぐようにして私を追放した。
彼は信託の偽りがバレることを恐れたのではないだろうか。
そして彼が信託の偽りに加担したというのならば、その目的はなんなのか。
メドウィカ様への呪詛といい、グレイブル王家には何か秘密がある。
それが恐らく、災厄の顛末へと繋がっているような気がしてならない。
「グレイブル王国には何か秘密があるはずよ。それが聖女選定にも関係している。……お願いできるかしら?」
上目遣いで彼を見上げれば、信頼できる従者は笑みを浮かべて一礼した。
「かしこまりました」
この日の翌日、かくしてゼストは、グレイブル王国へと出立した。
メドウィカ様は治療を受けながら順調に回復し、杖をつきながらも歩けるようになった。
痩せこけて青白かった顔にも血の気が戻り、栄養バランスを考えて作られた食事を摂ることでふっくらした頬を取り戻しつつあった。
このまま順調に回復すれば3ヶ月後には日常生活になんら問題なく活動できるようになるだろう、と彼女の主治医は判断を下した。
一時は間に合わないかもしれないと思ったが、最悪の自体は免れた。
メドウィカ様が生きていればまずは及第点。災厄の序章は防がれたということだ。
尽きない疑問もあるし、全ての問題が解決した訳ではないが、まずは何よりもメドウィカ様が無事なことを喜ぶべきだろう。
あの呪詛の主のことも気になるが、懸念すべき事態が解決した今、私にできることは限られている。
「とりあえず、今はこのまま様子を見るしかないわね……」
「クラリス様、おかわりは必要ですか?」
「ええ、お願い」
いつもと変わらずに淡々と役目をこなす従者の問いに笑みを浮かべて応えた私は、飲み終えた紅茶のカップをゼストに渡してふぅ、と息を吐き出した。
キネーラに来てからまだ1ヶ月も経っていないのに、この邸宅で精霊たちに囲まれながらゼストに給仕されて紅茶を飲むことが私の中で当たり前になりつつあった。
公爵令嬢であった頃も似たような生活をしてはいたが、あの頃の私は第二王子の婚約者であり、我儘で傲慢な自分史上主義の『悪役令嬢』だった。
前世の記憶を取り戻すまでの私の頭の中にあったのは、自分の欲望を満たすことと、愛するレイン殿下の婚約者であるという誇り。
生まれながらにしてエルダイン公爵家の令嬢として生を受けた『クラリス』は何不自由なく育ってきた。
周囲を顧みることなく、その環境がいかに恵まれているのか、いかに幸運なことなのかなど、考えもしなかった。
それが当然の世界で育ってきたからだ。
その境遇の最中、さらに聖女候補にまで選ばれたあの時のクラリス・エルダインはそう長くはない人生でも最大の幸福にあっただろう。
第二王子の婚約者として相応しい文句の付けようがない地位。
聖女という地位は、まさに自分にこそ相応しいものだとさえ考えていた。
しかしどう足掻いてもクラリス・エルダインはこの世界においては悪役令嬢。世界はゲーム通り、ヒロインを聖女に選んだ。
結果、私は公爵令嬢としての身分を剥奪され、キネーラに追放された。
けれど実際はどうだろう。
確かに追放されたが、何の因果か私は『精霊王の愛し子』としてリダ・テンペラス教会に暖かく迎え入れられ、実に平和な時を過ごしている。
ゲーム通りにことは進んでいるのに、クラリスとしての私は今までで一番心安らぐ時を過ごしているように思う。
ゼストという何よりも信頼できる従者が側にいて、精霊達も私を慕ってくれる。
これまで触れ合ってきたキネーラの人たちは何よりも優しくて温かさに満ち溢れていた。
一度は悪役令嬢として世界から拒絶され、愛する王子に婚約破棄をされ、ゲーム通りに追放された私はキネーラの人々の心の温かさによって知らずに傷つけられた心を癒されたのかもしれない。
いつの間にかレイン殿下のことを思っても心は傷まなくなっていた。
ヒロインのリーンのことも折り合いは付けられそうだし、何より心に余裕ができたように思う。
前世の記憶がよみがえって色々混乱したり、何故か聖女の力が使えていたりと訳の分からないことだらけだが、一先ず自分の気持ちの整理をつけられたような気がする。
なによりも心が凪いだ今、私には今すべきことの指針がハッキリと見えていた。
「どうぞ、クラリス様」
「ありがとう、ゼスト」
再び紅茶が淹れられたカップを受け取った私は、それを一口飲んで、ゼストへと視線を向けた。
追放されてからも決して私を見放さないでくれた唯一の味方はこちらの視線に、真っ直ぐに応えてくれる。
その視線の強さを頼もしく思いながら、私は口を開いた。
「ゼスト。お願いがあるのだけれど、もう一度グライブル王国に戻って神殿で調査してくれないかしら。聖女選定について」
「聖女について、ですか」
「ええ、グレイブル王国は託宣の内容を偽った。聖女はリーンだけではなかったのに、私の名が呼ばれることはなかった。それはどう考えてもおかしいのよ」
聖女選定の儀は絶対である。
王国において、聖女選定は悠久の女神アルキュラスの信託を受けて聖女を決める神聖な儀式。
信託では聖女は二人いた。しかし、実際に選ばれた聖女はリーン一人である。
かの乙女ゲームでも、聖女に選ばれたのはリーン一人だけだった。
しかしそれが偽りの内容だったのならば、ひとつ納得できることがある。
ゲームでは聖女がリーンに選ばれた途端、悪役令嬢クラリスは追い出されるようにして追放されるのだ。
普通、国外追放されるということはそれだけの大罪を侵したということだが、それは決定を下されるまでに裁判があるし、その間の罪人の人権は保護される。
しかしクラリスの場合、聖女を冒涜したという罪状だけで裁判すらなく、一週間の猶予の後に追放されてしまった。
――まるで、最初からクラリスを追い出すことを前提として準備を進めていたかのように。
それがずっと心の中で引っかかっていたのだ。
聖女を貶めようとした罪は何よりも重いが、その罪を全面に押し出したいのなら裁判も派手に行うべきである。
清廉潔白なレイン殿下ならそうしたはずだ。しかし彼はそうしなかった。
王家主催のパーティで盛大に私を貶めるだけに留まり、その後はひたすら急ぐようにして私を追放した。
彼は信託の偽りがバレることを恐れたのではないだろうか。
そして彼が信託の偽りに加担したというのならば、その目的はなんなのか。
メドウィカ様への呪詛といい、グレイブル王家には何か秘密がある。
それが恐らく、災厄の顛末へと繋がっているような気がしてならない。
「グレイブル王国には何か秘密があるはずよ。それが聖女選定にも関係している。……お願いできるかしら?」
上目遣いで彼を見上げれば、信頼できる従者は笑みを浮かべて一礼した。
「かしこまりました」
この日の翌日、かくしてゼストは、グレイブル王国へと出立した。
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