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爽やかな風だった。高原に渡る風は、とても爽やかなものだった。
しらぎぬ牧場の放牧場は、冬はスキー場、夏は牧場という、観光客に人気のスポットだ。牧田浩二はが、そのすり鉢状になった小高い丘の真ん中に立ち、あたりを見渡した。
牛たちは呑気な鳴き声をあげながら、牧草を食んでいる。空を仰ぎみれば、晴れ渡った青空だ。開放的な気分になった牧田は、大きく息を吸い込んだ。
「うっ」
牧場といえば、あの匂い....田舎の香水、牛のふん尿の匂いが付き物なのである。思い切り吸い込んでしまった牧田は、ぐしゃりと顔をしかめた。
この匂いには慣れ親しんでいるはずなのに、全くもって油断をしてしまったと、自嘲する。
昨今、政府からも牛乳を飲もうというキャンペーンが張られてしまうほど牛乳は供給過多で、どの畜産業者も厳しい経営が強いられている。
牧田は曽祖父の代から続く畜産農家だったのだが、ご多分に漏れず経営状況は悪化の一途を辿り、二年ほど前に厩舎と、それに隣接する自宅を飼育していた牛ごと売り払った。
妻は、牧田が通った畜産大学の近隣にあるミッション系お嬢様大学に通う、生粋のお嬢様だった。
合コン話を持ち掛けても畜産大学と聞いた途端、歯牙にもかけられない、言うなれば、雲の上の存在のお嬢様大学の女子の中にあって、何故か牧田の事を気に入って猛アタックをしたのは、妻の方だった。
幼い頃から定められた許嫁がいたものを振り切り、両親どころか親戚一同までをも大反対のオンパレードの中、無理矢理既成事実を作り上げて、学生結婚をした。
半ば駆け落ち同然で一緒になった二人。
程なく産まれた長男から始まり、計四人の子ども。
少子化問題どこ吹く風の牧田家にあって、畜産業と子育てに追われ、疲れきった元生粋のお嬢様は、牧田の牧場が売られて行くと共に、四人の子どもを連れて実家に戻って行った。あれ程結婚に反対していた妻の両親は、いきなり四人の孫に囲まれて、只のじじバカとばばバカに成り下がったそうだ。
妻の実家は豪邸だ。広々とした趣のある日本庭園に、子ども用のすべり台やぶらんこは不釣り合い極まりない。さらには四阿まで設えてバーベキューに興じる写真を長男が送って寄こした時、牧田はがくりと膝から崩れ落ちた。
長男としては、父に元気でやっているから安心して欲しいという意味合いで送った写真だったが、家長であるという自負を持っていた牧田にとっては、自分が居なくても家族は幸せなのだなと、複雑な心境だった。
孫は可愛いだろう。牧田と妻の間の子どもだ。可愛いに違いない。
牧田は妻と子どもを取り戻すべく、畜産業界にあって、堅調な経営を続けるしらぎぬ牧場のノウハウを得ようと、同業者の知己を頼ってしらぎぬ牧場の門をくぐった。もっと割のよい仕事もあるだろう。そして、一度失敗しているのだから、再び同業に就かなくてもよいという考えもある。しかし、牧田は良くも悪くも畜産バカだった。この道でしか生きていけないと思っていた。
しらぎぬ牧場は乳製品の製造、いちご狩りや、ふれあい動物広場などといった多角経営により、畜産農家界隈のみならず、世間一般にも認知されている観光牧場だ。テレビや雑誌などにも広告を出し、定期的に旅番組の取材も受けるし、なんとかいう少々お堅いビジネス番組にも取り上げられていた。
さぞかし画期的な飼育手法があるに違いないと思っていた牧田であったが、牛の世話という点では、特に変わったものではなかった。広い土地があるため、放牧の時間は長めというか、雌や仔牛はほぼほぼ厩舎に戻す事なく放牧されている。牡は歩きすぎると肉質が堅くしまうので、放牧時間は短めだ。一応この牧場は乳牛を飼育してはいるが、肉牛としても売ることがあるため、牛の肉質にも気を配っているようだ。
他に違いといえば、厩務員の制服が西部劇に出てくるようなカウボーイスタイルであることだろうか。
カウボーイハットに、デニム地のウェスタンシャツは胸から背中に掛けて黒い切り替えがあり、その切り替え部分にフリンジが付いている。デニムパンツの上には黒い皮革製のカウボーイレギングス- チャップス。足元はブーツ。デニムの青と、要所要所に配された黒が効いていてなかなかにスタイリッシュかつワイルドな出で立ちである。
皮革製のカウボーイレギングス- チャップスはばさつくし、暑い。
ブーツも蒸れるので閉口しないでもないが、牧田はこの服に着替えるとちょっぴり気分がアガる。それに、最近、先輩から渡されたうそつきカウボーイレギングス- チャップスなるものが、暑さを緩和してくれた。カウボーイレギングス- チャップスにぷちぷちとボタンでデニム露出部分──デニムパンツの前側チャックからお尻に掛けての部分を付けるという代物で、よく見ると皮革には細かい穴が穿たれていて、通気性もよい。
牧田は四児の父でかつ、アラフォーだが、牧場仕事で培われた鍛え上げられた胸筋と大腿筋で、見事にそのカウボーイスタイルを着こなしていた。
しらぎぬ牧場の放牧場は、冬はスキー場、夏は牧場という、観光客に人気のスポットだ。牧田浩二はが、そのすり鉢状になった小高い丘の真ん中に立ち、あたりを見渡した。
牛たちは呑気な鳴き声をあげながら、牧草を食んでいる。空を仰ぎみれば、晴れ渡った青空だ。開放的な気分になった牧田は、大きく息を吸い込んだ。
「うっ」
牧場といえば、あの匂い....田舎の香水、牛のふん尿の匂いが付き物なのである。思い切り吸い込んでしまった牧田は、ぐしゃりと顔をしかめた。
この匂いには慣れ親しんでいるはずなのに、全くもって油断をしてしまったと、自嘲する。
昨今、政府からも牛乳を飲もうというキャンペーンが張られてしまうほど牛乳は供給過多で、どの畜産業者も厳しい経営が強いられている。
牧田は曽祖父の代から続く畜産農家だったのだが、ご多分に漏れず経営状況は悪化の一途を辿り、二年ほど前に厩舎と、それに隣接する自宅を飼育していた牛ごと売り払った。
妻は、牧田が通った畜産大学の近隣にあるミッション系お嬢様大学に通う、生粋のお嬢様だった。
合コン話を持ち掛けても畜産大学と聞いた途端、歯牙にもかけられない、言うなれば、雲の上の存在のお嬢様大学の女子の中にあって、何故か牧田の事を気に入って猛アタックをしたのは、妻の方だった。
幼い頃から定められた許嫁がいたものを振り切り、両親どころか親戚一同までをも大反対のオンパレードの中、無理矢理既成事実を作り上げて、学生結婚をした。
半ば駆け落ち同然で一緒になった二人。
程なく産まれた長男から始まり、計四人の子ども。
少子化問題どこ吹く風の牧田家にあって、畜産業と子育てに追われ、疲れきった元生粋のお嬢様は、牧田の牧場が売られて行くと共に、四人の子どもを連れて実家に戻って行った。あれ程結婚に反対していた妻の両親は、いきなり四人の孫に囲まれて、只のじじバカとばばバカに成り下がったそうだ。
妻の実家は豪邸だ。広々とした趣のある日本庭園に、子ども用のすべり台やぶらんこは不釣り合い極まりない。さらには四阿まで設えてバーベキューに興じる写真を長男が送って寄こした時、牧田はがくりと膝から崩れ落ちた。
長男としては、父に元気でやっているから安心して欲しいという意味合いで送った写真だったが、家長であるという自負を持っていた牧田にとっては、自分が居なくても家族は幸せなのだなと、複雑な心境だった。
孫は可愛いだろう。牧田と妻の間の子どもだ。可愛いに違いない。
牧田は妻と子どもを取り戻すべく、畜産業界にあって、堅調な経営を続けるしらぎぬ牧場のノウハウを得ようと、同業者の知己を頼ってしらぎぬ牧場の門をくぐった。もっと割のよい仕事もあるだろう。そして、一度失敗しているのだから、再び同業に就かなくてもよいという考えもある。しかし、牧田は良くも悪くも畜産バカだった。この道でしか生きていけないと思っていた。
しらぎぬ牧場は乳製品の製造、いちご狩りや、ふれあい動物広場などといった多角経営により、畜産農家界隈のみならず、世間一般にも認知されている観光牧場だ。テレビや雑誌などにも広告を出し、定期的に旅番組の取材も受けるし、なんとかいう少々お堅いビジネス番組にも取り上げられていた。
さぞかし画期的な飼育手法があるに違いないと思っていた牧田であったが、牛の世話という点では、特に変わったものではなかった。広い土地があるため、放牧の時間は長めというか、雌や仔牛はほぼほぼ厩舎に戻す事なく放牧されている。牡は歩きすぎると肉質が堅くしまうので、放牧時間は短めだ。一応この牧場は乳牛を飼育してはいるが、肉牛としても売ることがあるため、牛の肉質にも気を配っているようだ。
他に違いといえば、厩務員の制服が西部劇に出てくるようなカウボーイスタイルであることだろうか。
カウボーイハットに、デニム地のウェスタンシャツは胸から背中に掛けて黒い切り替えがあり、その切り替え部分にフリンジが付いている。デニムパンツの上には黒い皮革製のカウボーイレギングス- チャップス。足元はブーツ。デニムの青と、要所要所に配された黒が効いていてなかなかにスタイリッシュかつワイルドな出で立ちである。
皮革製のカウボーイレギングス- チャップスはばさつくし、暑い。
ブーツも蒸れるので閉口しないでもないが、牧田はこの服に着替えるとちょっぴり気分がアガる。それに、最近、先輩から渡されたうそつきカウボーイレギングス- チャップスなるものが、暑さを緩和してくれた。カウボーイレギングス- チャップスにぷちぷちとボタンでデニム露出部分──デニムパンツの前側チャックからお尻に掛けての部分を付けるという代物で、よく見ると皮革には細かい穴が穿たれていて、通気性もよい。
牧田は四児の父でかつ、アラフォーだが、牧場仕事で培われた鍛え上げられた胸筋と大腿筋で、見事にそのカウボーイスタイルを着こなしていた。
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