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10. 夜の脱走
しおりを挟む卒業目前のある夜、リューイは最低限の荷物を手に逃げ出した。
リューイの在学するルクラント学園は、エイダン国の首都にあった。
エイダン国は、海と山と川に囲まれた広く豊かな国だ。
険しい山脈の向こうには友好国であるオアト国が広がり、最大流域面積を誇る川の向こうには常に睨み合っている敵国のヴォア国があった。
今は停戦中ではあるものの、ヴォア国とは長年に渡り領土問題で敵対していた。
この川に面した領土の平和を死守するために、辺境伯であるリューイの父は奮闘しているのだ。
河岸の住人にとって、この川は暮らしに欠かせない恵みだった。それはヴォア国、エイダン国、両国とも同じだ。
川に明確な国の境はない。
戦争中ならいざ知らず、完全に国交を絶っている訳ではない今、橋や船での人の行き来は盛んだった。
もちろん川を渡るには橋にも船着場にも国の検問所があるのだが、川を越えて婚姻し、親族が両国に分かれている人もいた。朝市のために毎日橋を行き来している商人だっているのだ。
山から海に流れるこの川は、川幅が広く急流で、泳いで渡るのは難しい。
それでも人の流れを完全に止めることなど不可能なのだ。
常に雪に閉ざされた険しい山を、リューイの足で越えるのは命を落とす危険がある。
きっと、川向こうのヴォア国に逃げるのが一番簡単だろう。
しかしゲームの悪役令息リューイは、敵国であるヴォア国と内通し、聖女を売り渡そうとしたのだ。
なるべく悪役令息ストーリーから離れられるように、リューイと竜士はヴォア国とは真逆にある海の向こうの国を目指した。
エイダン国は、船での貿易で栄えた国だった。海に面した場所に、エイダン国の首都がある。
つまり、ルクラント学園からも港はそう遠くない。
夜中に学園を抜けだせば、徒歩で歩いても朝一番の船に乗り込むことが出来るだろうと考えた。
乗合馬車は、もしかしたら自分で扉を開けなくてはいけないかもしれない。市民の生活に疎いリューイには、乗合馬車は難易度が高かった。
しかし港なら、徒歩でも行ける距離なのだ。それはとても魅力的な条件だった。
リューイはもうずっと、慎重に扉を回避しながら生活を続けていた。
基本的に、すべての扉は人が開けるのを待った。
使用人がいる場面ではまだ良かったが、校内でのこのリューイの行動は、鼻持ちならないと悪役令息としての悪評に拍車をかけていた。
リューイも分かってはいたが、あのどこでも扉と悪評を天秤にかけて、諦めた。
自室では侍女からの冷たい視線に泣きそうになりながらも、トイレの扉でさえ開け閉めをしてもらっていたのだ。
いったいどこの王族気分でいるのかと陰口を聞いてしまった夜は、ベッドシーツの中で竜士に励ましてもらう毎日だった。
それもこれも、この逃亡が成功すれば解決する。きっと、大丈夫。
リューイは一縷の望みにしがみ付き、暗い夜道に身を潜め船を目指した。
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