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37.魔法の本の前の所有者

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「一目惚れって理由じゃ、納得しませんか?」

『だって、俺ですよ? さすがに無理がある』

「えー。そうかなぁ。こんなに素敵なのになぁ。ピーリャを巻いた今の姿も素敵ですが、初めて会ったとき太陽の下で見たユーキさんの黒髪は、手の届かない流れ星のように儚く輝いていて、それはそれは綺麗でした。自分のもとに落ちて来てはくれないだろうかと、誰もが願わずにはいられないような」

『流れ星って、ゴミが燃えているだけらしいですよ、ゴミが。こっちに黒髪の人がいないとか?』

「いえ、普通にいます」

『いるのかよ! 希少価値さえないって何!? はっ! ……もしかして、渡来人という希少価値が?』

「あぁ、もぉ、そういう事をいうから、伝えづらくなるんですよぉ! ユーキさん、人の好意は素直に受け取りましょ! ややこしいから! あなたは愛されるべき素敵な人です!」



 ルルルフさんが床を叩いて全力で訴えている。

 ティーカップから飲みかけの紅茶がこぼれんばかりの勢いだ。
 俺も負けじと言い返した。


『だって! あんな優しくてかっこいい人が、会ったばかりの俺なんかが好きだなんて、絶対におかしい!』

「ユーキさんは、優しくてかっこよくて素敵なンッツオーニョ大佐が大好きなんですね! なぁんだ、よかった! 相思相愛! いやぁ、めでたい!」


 ルルルフさんは、言質をとったといわんばかりに、にんまりと笑った。
 それからあぐらをかきつつ、俺の足をばしばしと叩いている。

 なんだかルルルフさんの飲んでいる液体が、お酒に見えてきたぞ。
 酔っ払いか? からみ酒か?


 俺は唇を尖らせて反論した。もう子供の喧嘩だ。



『そんなこといってない! 勝手に増やすな!』

「ちぇ、面倒くさいなぁ! そうやって難しく考えすぎるところ、日本人の悪い癖ですよ! 一目惚れからの相思相愛でまるっと解決の何が駄目なんですかぁ!」

『今、面倒くさいっていったな? とっても大事なことだよ! 会ってすぐ好きだとかいう軽い気持ちなんて、俺は信用しないんだからな!』

「いやぁ! やめてぇ! なんでそんなに自分の感情に鈍感で、変なところだけ意固地なんですか! 好意のきっかけなんて、顔が好きとか運命を感じたとかでいいじゃないですかぁ! なんなの? 日本人はみんなそうなの? 山田さんの二の舞になったら、僕、泣きますからね! 本気の本気で、泣きますからぁ!」



 ルルルフさんはそう叫びながら、床に突っ伏してしまった。

 少し離れたところにティーカップを避難させているのを見るかぎり、どうやらまだ正気らしい。


『山田さんって?』

「……魔法の本の、前の所有者です」



 ルルルフさんはそういいながら、けろりとした顔でひょっこりと起きあがった。

 羨ましいくらい気持ちの切り替えが早い。



『いや、それは俺も覚えてるけど。ルルルフさんの知りあいとか?』

「直接の面識はないですよぉ。僕を何歳だと思ってるんですか。ひどいなぁ。山田さんはすでに五十三年も前に他界されています。そして僕は、ぴちぴちの二十七歳ですからね!」

『見た目からして、まぁ妥当な年齢ですね』

「うぐぐ。でも、そう、時間は待ってくれないんですよ。急がなくちゃね……」



 ルルルフさんは思案するように宙を見つめて呟いたあと、分からないことはすぐに聞いてくださいねと前置きをしてから話しはじめた。




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