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63.俺は汚い

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 その聞き覚えのある低い声は、ちゃんと理解のできる言語として、俺の頭に響いたのだ。


『オーニョさん、なんで? 言葉が……』

『私の糸を介して会話をしているからだよ。そばを離れずユーキを心配していたンッツオーニョにも、知る権利があると思ったんだ。
 しかし、許可もなく勝手なことをしてすまなかった。……ユーキは私に怒っていい』
 


 優しい声でそういうアキュース神さまに、俺は思わずオーニョさんの顔を盗み見る。

 不安げな顔をしているオーニョさんからは、やはりふよふよと赤い糸が伸びていた。

 もしかして俺は、思ったより長いあいだ眠っていたのかもしれない。
 オーニョさんは、俺の過去を、神さまと一緒に見てしまったのかな。



 俺はアキュース神さまを見上げた。


 怒るなんてとんでもない。むしろ、アキュース神さまにはきちんと顔を見てお礼をいいたいくらいだった。
 どこが顔なのか、一向に分からないけれども……。



 この優しい人たちにせめて誠実でありたいと、俺は勇気をふりしぼった。



『俺、オーニョさんにもちゃんと話さなきゃいけないって、思っていたんです。俺には言葉がまだ難しかったから、助かります。ありがとうございます』

『……なんでもいってくれ。ユーキの言葉ならすべて受け入れよう』


 俺に話しかけてくれるオーニョさんの声は、いつでも優しい。
 俺はオーニョさんのふかふかの毛並みを見つめた。


 全部話したら、もうこんな風に話しかけてもらえないかもしれない。これが最後かも。
 そう思うだけで胸が痛んだけど、俺は気付かないフリをして立ちあがった。



『きちんとお話ししたいです。最後まで、聞いてくれますか?』


 オーニョさんの前に立つと、オーニョさんも姿勢を正してお座りの姿勢になった。

 それでもオーニョさんの視線は俺より少し高く、本当に大きな獣なんだなとしみじみと見上げた。

 金色の瞳が俺を見つめかえしている。

 惚れ惚れとするような美しい赤い獣姿のオーニョさんがたしかに頷いたのを確認して、俺は静かに話しはじめた。



『最初は大したことじゃないって、自分にいい聞かせてみたんです。少し我慢すれば、夢にまで見た日本画家になれるかもしれないって。母も安心させてあげられるって』



 日本画などの序列の厳しい世界では、有名な先生に睨まれたらそこでお終いなのだ。

 それならいっそ、先生が求めるなら少しくらいという悪魔のささやきが、俺の中にまったくなかったとはいいきれない。


 しかし。間違いなく、我慢できないくらい嫌だった。


『もう逃げられなくて……。いつも心配してくれていた親友まで傷付けて。見限られて……。
 それでも俺が一番辛かったのは、死のうと思うほど辛かったのは、絵を、描けなくなってしまったことだったんです。
 何よりも大好きだった絵に、真正面から向かいあえなくなって……。どう頑張っても、何度頑張っても、絵をどうやって描いていたのか、どんどん分からなくなってしまって。被害者面して、もう生きていても仕方がないって、海に飛びこんだんです。
 最後まで、残していく母のこと、考えもしなかった。自分のことしか考えてなかった。こんな傲慢で自分のことしか考えられない自分が情けないんです。
 俺は汚い。オーニョさんには、とてもじゃないけどこんな俺、相応しくない』




 沈黙が横たわる。


 静けさの中、ゴロゴログルグルと、オーニョさんの喉が鳴るのが聞こえてきた。



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