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163.贅沢な日々
しおりを挟むそれからはお祭り騒ぎだった。
ルルルフさんが連れてきた医師の正式な診断のもと、懐妊の一報がパォ一族に駆けめぐったのだ。
祝いだ祝いだと、連日のようにお祝いが届けられた。
そして、オーニョさんがそばにいてくれる時間が増えた。
「仕事、行かなくて、本当に大丈夫?」
心配になって尋ねる俺に、オーニョさんとルルルフさんはぴったり揃って首を縦に振るのだ。
「必要なときは、ちゃんと行っているから大丈夫だ。なかなか将来有望な後任も育ってきているしな。何よりも、私がユーキのそばにいたいんだ」
「今までが優しすぎたんですよ。スパルタで後任を育てていきましょう! あんまりユーキに寂しい思いをさせていると、パォ一族から閉めだしちゃいますよ?」
「ルルルフさんってば、オーニョさんのお仕事は、神聖で、とっても大事なお仕事なんだからね。ここならみんなもいるし、俺なら大丈夫。だから、オーニョさん。無理しすぎないでね?」
「無理なことなど何もない。むしろユーキのそばを長時間離れることのほうが無理だ」
オーニョさんが必要とされる任務には、常に危険がともなう。
それを知っている俺は、いくらオーニョさんが強くても万が一があったらどうしようと、不安で落ちつかない気持ちになるのも事実で。
任務から戻るオーニョさんを一番にお出迎えしようと庭でスケッチをしていても、気付いたら手が止まっているのだ。
オーニョさんのことを思いながら、無事を祈り、赤い砂漠を見つめてしまう。
オーニョさんもそれを知っているからか、任務に出るたびに、帰宅までの時間がどんどん早まっているのだった。
卵を宿した俺の体はといえば、お腹が大きくなるわけでもなく、本当にお腹の中に赤ちゃんがいるのか不安になるほど、見た目の変化はなかった。
ただ、常に車酔いのような微妙な気持ち悪さが続いていた。
そして、どれだけしっかり寝ていても、一日中なんだかぼんやりと眠いのだ。
最初はこれが妊娠のきざしかと喜んでいたのだが、いつ終わるのか分からない地味な不調は思ったよりつらかった。
幸いにも俺のつわりは嘔吐するほど酷くはなかったので、無理はせず、食べたい物を食べたいときに食べられるだけ口にした。
日中も、気の向くままに絵筆をとり、眠たくなったらオーニョさんの毛並みに抱きつき、横になるのだ。
オーニョさんはいつでも俺のベッドになれるようにと、常に獣姿で待機するようになってしまっていた。
オーニョさんの優しさが嬉しくて申し訳ない。
俺はそんな贅沢な日々を、穏やかに過ごしていった。
妊娠が分かってから数ヶ月後のある朝。
それは朝食後のことだった。
何も出ないのに一向に収まらない便意に、俺は首をかしげていた。
俺のそんな小さな異変に、オーニョさんはすぐ気付いた。
「ユーキ、どうした?」
「なんかお腹が……。へへ。食べすぎちゃったかなって」
「ルルルフ!」
俺が最後までいい終わらないうちに、オーニョさんはルルルフさんを呼ぶ。
「よしきたっ! お任せあれ!」
どこで待機していたのか飛んできたルルルフさんの指示のもと、俺はあれよあれよという間にベッドへと運ばれていったのだった。
「え、え、産むの? ね、オーニョさん。俺、今から産んじゃうの? ……本当に?」
大急ぎで人型に戻ったオーニョさんは、未知の恐怖に固まる俺の体を、背後から抱きしめて座った。
オーニョさんは俺のお腹を愛しげにさすりながら、器用に俺のズボンを下着ごと手早く脱がせてしまった。
丈の長いワンピース状の上服が下半身を隠してくれるから、恥ずかしくはない。
だが、スースーして心許なかった。
俺はオーニョさんにもたれかかりながら、両手でオーニョさんの服にすがりついた。
「ユーキ。大丈夫ですよ。ゆっくり長く息を吐いて。そう、上手ですね。力を抜いて、あとはンッツオーニョ大佐に任せておけば、すぐに終わりますからね」
「オーニョさんに?」
「第一発見者ってやつは、たとえ出産の介助でも、他の人が渡来人の体に触れるのを嫌がるんですよねぇ。なのでそんな人には、事前に厳しい講習をみっちり受けてもらっているんですよ。
そしてンッツオーニョ大佐なら、信頼して任せられます。僕のお墨付きですよ」
「ルルルフはスパルタだからな。でもそのおかげで、自信を持って、ユーキを助けられる」
ルルルフさんはベッドのサイドテーブルに、生まれた卵を入れるための篭、飲み物や温めたタオルなど、必要になりそうな物を次々に用意していった。
言葉通り俺の体には一切触れることはなく、そのかわりにオーニョさんが、俺の口元まで飲み物を運び、汗を拭い、せっせとお腹や背中を撫でるのだった。
ふうふうと息が上がる。
朝に感じた違和感は時間とともにどんどん大きくなってきて、本当に出産するのだと実感が湧いてきた。
しかし圧迫感がきりきりと強くなるばかりで、一向に出てくる気配がない。
時間だけが過ぎていく。
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