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04.ドアtoドア系異世界転移ですってよ
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「嘘やん……」
――扉を開けると、そこは異世界でした。
「いや嘘やん!!」
「おい、どうし……いや本当にどうした、これ」
エルとの二人暮らしにも慣れ、日常と化してしまったある日。
わたしの部屋のクローゼットが、誰かの部屋とつながっていた。
重厚で高そうな家具がセンス良く置かれた部屋だ。キャットタワーと本棚が合体したような家具の上で、見たことのない生物が丸くなって寝ている。猫とアライグマがドッキングして、緑のペンキでもひっかぶったらあんな感じの生物が出来そうな気がする。
「どこに行ったんだ、わたしのクローゼット!」
わたしは思わず頭を抱えて叫んだ。本来あるはずのクローゼットは消えうせている。ということはつまり――。
「『地球警備クラブ』のライブイベントに着ていく服がねえ!」
幸い、ライブがあるのは明後日。しかし、前日入りする予定なので、今から準備をしないといけないのだ。
しかし、服も、キャリーバッグも、キンブレすらもクローゼットにしまっていた。ライブイベントに持っていこうと考えていたものの過半数がクローゼットの中。
「買いなおしたらどうだ」
「最悪、そうするけど……クローゼットが他人の部屋につながってるとか普通に嫌です」
謎の部屋の持ち主は、現在外出中なのか、部屋の中には誰もいないが、埃っぽくなく清掃も行き届いているので、明らかに普段から使われている部屋だろう。
そんなのがつながっているとか、落ち着かない。
「エル、部屋に強制帰還、かけられないっすかね」
わたしの言葉に、ふむ、とエルが少し考え込むような素振りを見せた。
「それは難しいだろうな。あの魔法は、発動した対象者やその周辺にあるものしか作用しないはずだ。どこか別の場所にあるものをもとに戻すことはできない……と記憶しているが」
いや、もうそれ詰みですやん。
「元々、強制帰還は高位の魔法術師にしか使えないものであるから、使える人数が少ないものあるだろうが……部屋に強制帰還をかけようとする人間を初めて見たぞ」
少し呆れたような表情を見せるエル。
いやわたしだって、普段はそんな発想に至らないよ。そもそも、部屋だけ異世界とつながっちゃう状態がそうそうないでしょ。
彼の口ぶりからしてエルの世界の召喚魔法ではまずありえなさそうな状況のようだ。
――ガタン!
エルへ、どんな風に言い返してやろうかと考えていた時、クローゼットの代わりに合わられた、謎の部屋の奥から大きな物音がした。
何かをぶつけたような……?
「い、てて……」
続いて、少し高めな男の声。声変りを迎えていないほど若そうな声ではないが、エルよりは高い。
びっくりして、思わず謎の部屋をのぞき込んでしまった。部屋には入らないけどね、帰れなくなっても困るし。
きょろきょろと見回していると、奥にあった机の下から、男性が這い出てきた。
頭を押さえているあたり、どうやら先ほどの音は、机に頭をぶつけたときのものらしい。
「……! き、君たちは?」
「どうもこんにちは異世界人です。早急にわたしのクローゼットを返してください」
質問への返答もそこそこに、わたしは彼にクローゼットの返却を求めたのだが、全然聞いちゃいねえ。涙ながらにガッツポーズをし、「実験は成功だったんだね……!」と感動しているようだった。
「いいからはよクローゼット返せやオラア」
男に食ってかかろうとしたが、エルに止められた。
「落ち着け、あおば。殴って怪我でもしたらどうする。明後日がライブなのだろう? 万全の状態で臨まなくていいのか?」
「真理」
反論する気も起きないほどの正論だった。まあそもそも、男を殴りに行くには謎の部屋へと入らないといけないので、本気で殴るつもりもなかったのだが。
「ぼくの名前はソヴァージュ。ソヴァージュ・ヴェン・メルヒア。うちにきた異世界のお嬢様が元の世界に帰れるよう力を貸してくれというから、メルセン公国筆頭貴族当主の名にかけて、帰還の方法を探していたんだ」
彼はモノクルをかちゃりといじりながらそう自己紹介してきた。先ほどよりは近い位置に歩み寄っているが、微妙に距離がある。わたしが部屋に入らないと掴みかかれないくらいの。わたしが部屋に入らないようにしているのを分かっているな、こいつ……。
「……エル、メルセンは?」
ひそ、とエルに耳打ちする。わたしの質問の意図をすぐ理解したのであろうエルは、わたしと同じような声量で「知らんな」と一言返してきた。
エルが知らない、ということは、また別の異世界ということか。
迷い人、という単語がスッと出てこない当たり、この間、特上ヒーリング・メディをあげた少女がいた世界ともまた違うのかもしれない。単に国が違うだけかもしれないので、なんとも言えないが。
「では、ソヴァージュ殿。貴殿が繋げた扉だが、本来はあおば……ああ、この女性の部屋のクローゼットへとつながっていたのだ。どこへ行ったか知らぬか?」
ちょっと口調の違うエル。王子様モードなのだろうか。貴族と接する彼はいつもとは別人に見えた。
……そうか、このソなんとか氏、貴族なんだよな。
現代日本に貴族階級はないのであまりぴんと来ないのだが、物語のなかのお貴族様は本当に高貴な人か、小物な悪役として描かれることが多い。目の前の人は明らかに後者ではないし、かといって前者かというとそれはそれで微妙だが、なんだか今更ながらに緊張してきた。
エルは仲良くなったあとに王子だって知ったわけだけど、ソなんとか氏は最初から偉いと分かっているので、エルとはまた少し違う。
「うーん、ようやく成功した試みだからなあ。どこにあるか断言はできないけど、理論上は扉との接続を切れば戻るはずだよ」
「じゃあさっさと戻してください」
いやこの人貴族とかそれ以前にわたしのクローゼット奪い去った人だったよ。ここは現代日本、郷に入っては郷に従え、貴族なんか知ったことか。
それはちょっと……と難色を示すソなんとか氏に「は?」と圧をかけておく。それでも、彼はひるむ様子はない。
「姫様がいた世界なのか確認させてもらわないと」
いやこっち来るんかい、やめてくれ、帰れ!
明らかに土足の生活圏の人じゃないですか、こっちは土足厳禁なんで、あああこっちくんな!
わたしがパニックになっている横で、エルは実に冷静だった。
「元に戻るかどうかの確認もした方がいいのではないか? 下手にこちらへ来て、貴殿が帰れなくなったら困るだろう」
エルの言葉に、ソなんとか氏は納得したようだった。一度戻って確認してみる、と彼は部屋に戻り、扉を閉めた。ギリギリのところでわたしのフローリングは守られた!
恐る恐るクローゼットの扉を開けてみると、元のクローゼットがそこにはあった。
「あおば、今だ」
エルがせっつくようにわたしへ言葉を投げかけた。
「え? あ、ものを出すってことです?」
唐突に「今だ」と言われても咄嗟に反応できない。そんなわたしに、エルはかみ砕くように説明してくれた。
「違う、移動不可の魔法をクローゼットに書けるんだ。本来は宮廷魔法術師クラスが宝物庫やその中のものにかける魔法だが……あおばならば使えるんじゃないか?」
「あっ、なるほど! ステータスオープン、からの、移動不可!」
ぺぺぺっとステータスをいじくり、普段使う魔法の要領で、移動不可の魔法を実行する。必要のないときはステータス画面を呼び出さないし、あまりいじくることもないのだが、随分と扱いに慣れてしまった。嫌な慣れだな……。
少し待ってみても、扉を数回、開け閉めしてみても、クローゼットが消えてあの謎の部屋が現れることはなかった。
「エル……! 天才か、ありがとう!」
持つべきものは知識人だな! チートなので何でも使えるが、その何でもに何があるのかわたしには分からない。
「あおばからは大切なものを教えてもらったからな。そのあおばが大切にしているものは、オレも尊重したい」
「ありがとうございます、エル……!」
もう一度礼を言い、他の荷物も取ってくるため部屋を出ようと扉を開け――。
「いやこっちが繋がるんかーい!!!」
再び、あの部屋が現れていた。
無事に支度を終えたのは、ソなんとか氏の実験に散々付き合わされた後であり、日付が変わる頃でもあった。
――扉を開けると、そこは異世界でした。
「いや嘘やん!!」
「おい、どうし……いや本当にどうした、これ」
エルとの二人暮らしにも慣れ、日常と化してしまったある日。
わたしの部屋のクローゼットが、誰かの部屋とつながっていた。
重厚で高そうな家具がセンス良く置かれた部屋だ。キャットタワーと本棚が合体したような家具の上で、見たことのない生物が丸くなって寝ている。猫とアライグマがドッキングして、緑のペンキでもひっかぶったらあんな感じの生物が出来そうな気がする。
「どこに行ったんだ、わたしのクローゼット!」
わたしは思わず頭を抱えて叫んだ。本来あるはずのクローゼットは消えうせている。ということはつまり――。
「『地球警備クラブ』のライブイベントに着ていく服がねえ!」
幸い、ライブがあるのは明後日。しかし、前日入りする予定なので、今から準備をしないといけないのだ。
しかし、服も、キャリーバッグも、キンブレすらもクローゼットにしまっていた。ライブイベントに持っていこうと考えていたものの過半数がクローゼットの中。
「買いなおしたらどうだ」
「最悪、そうするけど……クローゼットが他人の部屋につながってるとか普通に嫌です」
謎の部屋の持ち主は、現在外出中なのか、部屋の中には誰もいないが、埃っぽくなく清掃も行き届いているので、明らかに普段から使われている部屋だろう。
そんなのがつながっているとか、落ち着かない。
「エル、部屋に強制帰還、かけられないっすかね」
わたしの言葉に、ふむ、とエルが少し考え込むような素振りを見せた。
「それは難しいだろうな。あの魔法は、発動した対象者やその周辺にあるものしか作用しないはずだ。どこか別の場所にあるものをもとに戻すことはできない……と記憶しているが」
いや、もうそれ詰みですやん。
「元々、強制帰還は高位の魔法術師にしか使えないものであるから、使える人数が少ないものあるだろうが……部屋に強制帰還をかけようとする人間を初めて見たぞ」
少し呆れたような表情を見せるエル。
いやわたしだって、普段はそんな発想に至らないよ。そもそも、部屋だけ異世界とつながっちゃう状態がそうそうないでしょ。
彼の口ぶりからしてエルの世界の召喚魔法ではまずありえなさそうな状況のようだ。
――ガタン!
エルへ、どんな風に言い返してやろうかと考えていた時、クローゼットの代わりに合わられた、謎の部屋の奥から大きな物音がした。
何かをぶつけたような……?
「い、てて……」
続いて、少し高めな男の声。声変りを迎えていないほど若そうな声ではないが、エルよりは高い。
びっくりして、思わず謎の部屋をのぞき込んでしまった。部屋には入らないけどね、帰れなくなっても困るし。
きょろきょろと見回していると、奥にあった机の下から、男性が這い出てきた。
頭を押さえているあたり、どうやら先ほどの音は、机に頭をぶつけたときのものらしい。
「……! き、君たちは?」
「どうもこんにちは異世界人です。早急にわたしのクローゼットを返してください」
質問への返答もそこそこに、わたしは彼にクローゼットの返却を求めたのだが、全然聞いちゃいねえ。涙ながらにガッツポーズをし、「実験は成功だったんだね……!」と感動しているようだった。
「いいからはよクローゼット返せやオラア」
男に食ってかかろうとしたが、エルに止められた。
「落ち着け、あおば。殴って怪我でもしたらどうする。明後日がライブなのだろう? 万全の状態で臨まなくていいのか?」
「真理」
反論する気も起きないほどの正論だった。まあそもそも、男を殴りに行くには謎の部屋へと入らないといけないので、本気で殴るつもりもなかったのだが。
「ぼくの名前はソヴァージュ。ソヴァージュ・ヴェン・メルヒア。うちにきた異世界のお嬢様が元の世界に帰れるよう力を貸してくれというから、メルセン公国筆頭貴族当主の名にかけて、帰還の方法を探していたんだ」
彼はモノクルをかちゃりといじりながらそう自己紹介してきた。先ほどよりは近い位置に歩み寄っているが、微妙に距離がある。わたしが部屋に入らないと掴みかかれないくらいの。わたしが部屋に入らないようにしているのを分かっているな、こいつ……。
「……エル、メルセンは?」
ひそ、とエルに耳打ちする。わたしの質問の意図をすぐ理解したのであろうエルは、わたしと同じような声量で「知らんな」と一言返してきた。
エルが知らない、ということは、また別の異世界ということか。
迷い人、という単語がスッと出てこない当たり、この間、特上ヒーリング・メディをあげた少女がいた世界ともまた違うのかもしれない。単に国が違うだけかもしれないので、なんとも言えないが。
「では、ソヴァージュ殿。貴殿が繋げた扉だが、本来はあおば……ああ、この女性の部屋のクローゼットへとつながっていたのだ。どこへ行ったか知らぬか?」
ちょっと口調の違うエル。王子様モードなのだろうか。貴族と接する彼はいつもとは別人に見えた。
……そうか、このソなんとか氏、貴族なんだよな。
現代日本に貴族階級はないのであまりぴんと来ないのだが、物語のなかのお貴族様は本当に高貴な人か、小物な悪役として描かれることが多い。目の前の人は明らかに後者ではないし、かといって前者かというとそれはそれで微妙だが、なんだか今更ながらに緊張してきた。
エルは仲良くなったあとに王子だって知ったわけだけど、ソなんとか氏は最初から偉いと分かっているので、エルとはまた少し違う。
「うーん、ようやく成功した試みだからなあ。どこにあるか断言はできないけど、理論上は扉との接続を切れば戻るはずだよ」
「じゃあさっさと戻してください」
いやこの人貴族とかそれ以前にわたしのクローゼット奪い去った人だったよ。ここは現代日本、郷に入っては郷に従え、貴族なんか知ったことか。
それはちょっと……と難色を示すソなんとか氏に「は?」と圧をかけておく。それでも、彼はひるむ様子はない。
「姫様がいた世界なのか確認させてもらわないと」
いやこっち来るんかい、やめてくれ、帰れ!
明らかに土足の生活圏の人じゃないですか、こっちは土足厳禁なんで、あああこっちくんな!
わたしがパニックになっている横で、エルは実に冷静だった。
「元に戻るかどうかの確認もした方がいいのではないか? 下手にこちらへ来て、貴殿が帰れなくなったら困るだろう」
エルの言葉に、ソなんとか氏は納得したようだった。一度戻って確認してみる、と彼は部屋に戻り、扉を閉めた。ギリギリのところでわたしのフローリングは守られた!
恐る恐るクローゼットの扉を開けてみると、元のクローゼットがそこにはあった。
「あおば、今だ」
エルがせっつくようにわたしへ言葉を投げかけた。
「え? あ、ものを出すってことです?」
唐突に「今だ」と言われても咄嗟に反応できない。そんなわたしに、エルはかみ砕くように説明してくれた。
「違う、移動不可の魔法をクローゼットに書けるんだ。本来は宮廷魔法術師クラスが宝物庫やその中のものにかける魔法だが……あおばならば使えるんじゃないか?」
「あっ、なるほど! ステータスオープン、からの、移動不可!」
ぺぺぺっとステータスをいじくり、普段使う魔法の要領で、移動不可の魔法を実行する。必要のないときはステータス画面を呼び出さないし、あまりいじくることもないのだが、随分と扱いに慣れてしまった。嫌な慣れだな……。
少し待ってみても、扉を数回、開け閉めしてみても、クローゼットが消えてあの謎の部屋が現れることはなかった。
「エル……! 天才か、ありがとう!」
持つべきものは知識人だな! チートなので何でも使えるが、その何でもに何があるのかわたしには分からない。
「あおばからは大切なものを教えてもらったからな。そのあおばが大切にしているものは、オレも尊重したい」
「ありがとうございます、エル……!」
もう一度礼を言い、他の荷物も取ってくるため部屋を出ようと扉を開け――。
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