いや、帰りますけど!?

ゴルゴンゾーラ三国

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05.神様手違い系異世界転移ですってよ

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「いや~ごめんごめん! 君はもっと長生きする予定だったんだけど……神様うっかり☆」

 てへぺろ、とでも言いたげな声音で、その人は言った。いや、人っていうかなんていうか……。人型? 人の形をした発光体、というのが正しいかな。なのでまあ、本当にてへぺろしてるのかちょっと分からないけれど。

「生き返らせることはできないんだけど、記憶を保ったまま新しい世界に転生させてあげるよ。今ならチート能力選び放題の特典付き☆」

「間に合ってますぅ~」

 ついにやってきてしまった、トラック事故からの神様の元へやってきてからの転生。
 本日はわたし一人です。エルはいない。
 当たり前だ。本日は、同人イベントに向かっていたのだから。流石にまだ彼を同人沼に落とすのには抵抗がある。まあ、すでに手遅れ感はあるけどな。今日は『アイドルエキスパート』……ドルキスのイベント最終日なので、起きたらすぐにスマホをつけてイベント譜面を周回していた。顔も洗わず、着替えもせず。
 スウェットのまま布団の中でもくもくとスマホゲーをする彼のどこに王子の面影があるだろうか。しかも真顔。
 そんな彼をおいて、今日はわたし一人で戦場へ向かっていたのだが――。

「えー、今話題の異世界転生だよ? 容姿も地位も、家族構成や運命の相手だって思うがまま!」

 他の子は喜んで行ってくれるのにー、と首をかしげる発光体。多分、表情が分かるなら、不思議そうな顔をしているんだろうな、と分かるような声音だった。

「いやあ、現世に未練たらたらなので……。とりあえず、イベント開場一時間前には並んでおきたいので早く戻してもらえます?」

「だから無理だってばー」

 妙に間延びした声がうざい。今日の同人イベントはサークル追いしているとある作家が半年ぶりに新刊を出すのだ。しかも、もう描かないと思っていたジャンルで。完全にジャンル移動してしまったんだな……としょんもりしつつ、それでも本当に好きで追いかけていたし、好きなものを描いてほしいのでリクエストする勇気もなかったのに。
 ついに、前ジャンルで新刊が出るのだ。しかも推しカプ。
 そりゃ買うだろ。同人誌好きの購買層に聞いたら、十人が十人買うと即決するはずだ。
 はよ帰してくれないかなあ、とイライラしていると、発光体はうーん、と考え込むような素振りを見せた。

「ていうか妙に冷静なんだね? 普通死んだら取り乱すか、異世界転生に喜ぶか、どっちかなんだけど」

「まあ、異世界には慣れてるので」

 なんなら月一ペースで飛ばされるぞ。しかも毎回違う異世界に。
 発光体も予想していなかった返答だったのか、「ええ……」とちょっと引いた声をあげていた。まあ異世界に慣れてますって発言もヤバい人間のそれだよな。

「で、本当に帰れないんですか?」

 早く帰りたい。

「一度死んだ人間だからねえ。生き返らせることはできないんだ。そもそも、仮に元の体に戻って生き返るとしても、トラックにはねられたんだから、いべんと、とやらには行けないと思うんだけど」

「クソッ! 真理!」

 流石にトラックにはねられてそのままイベントに行けるわけがない。救急車を呼ばれるだろう。ていうかイベント運営側もサークルも、血まみれで来られても困るだろ。一般参加者に普通に通報されるわ。
 だがしかし、わたしは諦めない!

「……あっ!」

 そして、一つの活路を思いついた!

「あの、お願いはいくつ聞いてもらえるんですか?」

「ようやく諦めた? いくつでも聞いてあげるよ! 生き返らせることは無理だけどさ」

 諦めるかバーカ! わたしは同人イベントに参加するんじゃい!

「じゃあまず、手始めに現実世界にあるわたしの死体を消してください」

「うん? いやまあできるけど……そんなことしてどうするの?」

 それをお前が知る必要はない! その質問に答えず、わたしは次のお願いを言う。

「それから、トラック事故がなかったことにしてください」

「いいけど……え、なに、現実世界で君の痕跡を消した方がいいの?」

 余計なことはすんじゃねえ、という言葉をギリギリのところで飲み込んだ。余計なことを言って、今からわたしがしようとしていることを悟られても困るんでな!

「いえ、それは結構です。次に、わたしはこのまま、実体を持って、安全な場所に転生させてください」

 ここが一番重要なところである。適当に、「赤ん坊からやり直すのは嫌なんで」とそれっぽい理由を付け加えておく。やり直すつもりはない。オタクによる異世界ライフなんて始まらないのでね!
 それは転生って言わないような……とぶつくさ言っていたけど、一応了承してもらった。
 うん、これで何とかなる。でもせっかくいくつでも願いを聞いてくれるらしいしな。他にもなんか願っとくか。言うだけタダだ。

「あとついでに、今後10年はしんぶーはソシャゲ界の覇権を握ったまま、サービス続行していることにしてください」

 最近のソシャゲは短命だからな。特に女性向け。生まれてすぐ死ぬ。しんぶーはそこそこ長くサービスを提供しているし、サ終の文字とは縁遠いほど人気だけど、何があるか分からんしな。
 発光体はしんぶーが何か分からないようだったので、しんぶーの説明をする。エルにしたみたいにバリバリの布教を、と考えなかったわけじゃないけど、こいつはハマらなそうだし、何よりさっさとここからおさらばしたい。
 うん、こんなもんかな。もう大丈夫。

「お願いは以上で。……では、一思いにお願いします!」

「はいはーい。それじゃあ、いい異世界生活を~!」

 発光体がそう言うと、強い光が目を刺激する。目を開けていられないほどの白に、思わず目をつむり――次に目を開けると、先ほどまで発光体と一緒にいた謎の空間ではなく、田園風景が広がっていた。
 見渡す限り、水田とあぜ道ばかり。一見すると、日本にもありそうな田舎の風景だが、雲の少ない青空にドラゴンらしき生物が飛んでいるので、まあ日本と言うことはないだろう。
 天気が良くて、空気もうまい田舎。スローライフ系異世界転移ラノベの始まりだったら、最高のロケーションじゃないだろうか。

「まあ、帰るんですけどねー!」

 誰もいないことにわたしは叫んだ。神様に届いているかは知らない。

「ヘイ、ステータスオープン! からの強制帰還!」

 ステータス画面も、強制帰還も、いつもの通り問題なく働いた。笑いが止まらない。

「はーっはっはっは! さらば異世界、チートは神にも勝るのだ!」

 そうして、わたしは一瞬の後、家へと戻った。
 ――そう、家へと。

「あれ、あおば。出かけたんじゃなかったのか?」

 トイレから出てきたスウェット姿のエルを視認し、わたしは頭を抱えて膝から崩れ落ちた。

「うわああああ!? 嘘、ここに戻るかね!? さっきの交差点ちゃうんかーーーーい!」

 会場までの道のりは決して近いとは言えない。
 一番の目的である、件のサークルさんはあまり部数を発行しないことで有名であり、開場時間過ぎに会場へ着くと、すでに売り切れていることも多々ある。それは身をもって体験済みだ。
 今からだと開場時間ぎりぎりに間に合うかどうか。
 それでも、わたしは希望を胸に、慌てて会場へと向かった。もちろん、トラックには気を付けて。

 しかし、神を騙した罰が下ったのか――目当ての新刊は、目の前で完売した。
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