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そこからわたしはひたすらに頑張った。とにかく手早く、ても、手抜きにならないように気を付けて。あと一人、とゴールが見えたところで、部屋の扉が開けられた。
「オルテシア嬢、まだいる?」
アルディさんの声がする。少し、慌てているような……。何かあったのかな。
「すみません、ここにいます」
檻の中から顔を出すと、あからさまにホッとした表情を見せたアルディさんがいた。走ってきたのか、少し息が上がっているようだ。
「オルテシア嬢、終業の鐘、聞こえなかった?」
アルディさんに言われて、窓から外を除けば、すっかり真っ暗になっていた。夕方くらいに、陽が落ちていることに気が付いたけど、そこから先は、完全に、外へ気を向けたことが一度もない。終業の鐘もいつの間にか鳴っていたようだ。
でも、よく考えれば、これだけいた獣人のブラッシングが、あと一人、となっている時点で、結構な時間が経っていることに気が付くべきだったのかも。夢中になり過ぎた。
「迎えのメイドが困ったようにやってきたから、びっくりしたよ。終業の鐘がとっくに鳴っているから、もう帰ったものだとばかり」
メイド……ジルだろうか。一応、終わったらわたしから連絡することになっているけれど、その連絡がなかなかないから、迎えの馬車と一緒に様子を見に来てくれたんだろう。
でも……。
「あと一人だけなので……やってしまってもいいですか?」
わたしの言葉を後押しするように、最後の一人である大型犬の方が、「くぅん」と甘えたような声を上げた。長毛ではあるけれど、犬は慣れているから、そんなに時間はかからないはず。
ここまで来たのに、彼一人だけおあずけは可愛そうだ。前世で飼っていた愛犬の一匹に似た行動に、つい、ブラッシングしてあげたくなってしまう。
「でも、結構な時間だよ。流石にご令嬢がこんな遅くまで外にいるのは駄目でしょ。それに、こん――」
そこまで言って、アルディさんは口を閉じてしまった。焦ったような表情をしている。
こん、の先がなにか分からないが、まあ、おおよそ予想はつく。婚約に響く、とか、そういう感じの言葉だろう。
わたし自身、リアン王子には、本当に未練はない。嫌なことを言われて傷つくこともあったけれど、あれは別に、彼が好きだったからではなく、単純に、誰に言われたって傷つくようなことばかりだ。
「わたし、気にしてませんから」
言いながら、わたしはブラッシングを再開する。下手に言い合っているよりさくっと終わらせてしまおう。
「それに、多少悪評があったところで、家同士の利害が一致すればどうにかなるものです。貴族の結婚なんて、そんなものですよ」
現に、地味姫と笑われるわたしが、王子の中で一番華やか、といっても過言ではない第二王子と婚約していたのだから。
「そう言う意味じゃ……」
何か言いかけていたアルディさんだったが、わたしが手を止めないのを見て、「分かった」と言った。
「僕は掃除してるから、何かあったら呼んで。ブラッシングのことは手伝えないけど。獣化した奴らよりは戦えるし」
「た、戦えるって……」
「城内だから可能性は低いけど。不審者とか、変な気を起こした奴が来ても対処できるってこと。獣化すると手加減が難しいんだ」
不審者。考えたこともなかった。だって、わたしみたいのを、相手にする人がいるとは、思わなかったから。
でも、アルディさんは、少なくとも、わたしがそういうことをされる対象に見える、ってこと?
い、いや、でも、男所帯になると、女ならなんでもいい、ってなるって、前世で聞いたような、気もする。地味姫って言われたって、女なんだから。きっと、他意はない。はず。
わたしは変にどきどきしながら、手を動かした。
「オルテシア嬢、まだいる?」
アルディさんの声がする。少し、慌てているような……。何かあったのかな。
「すみません、ここにいます」
檻の中から顔を出すと、あからさまにホッとした表情を見せたアルディさんがいた。走ってきたのか、少し息が上がっているようだ。
「オルテシア嬢、終業の鐘、聞こえなかった?」
アルディさんに言われて、窓から外を除けば、すっかり真っ暗になっていた。夕方くらいに、陽が落ちていることに気が付いたけど、そこから先は、完全に、外へ気を向けたことが一度もない。終業の鐘もいつの間にか鳴っていたようだ。
でも、よく考えれば、これだけいた獣人のブラッシングが、あと一人、となっている時点で、結構な時間が経っていることに気が付くべきだったのかも。夢中になり過ぎた。
「迎えのメイドが困ったようにやってきたから、びっくりしたよ。終業の鐘がとっくに鳴っているから、もう帰ったものだとばかり」
メイド……ジルだろうか。一応、終わったらわたしから連絡することになっているけれど、その連絡がなかなかないから、迎えの馬車と一緒に様子を見に来てくれたんだろう。
でも……。
「あと一人だけなので……やってしまってもいいですか?」
わたしの言葉を後押しするように、最後の一人である大型犬の方が、「くぅん」と甘えたような声を上げた。長毛ではあるけれど、犬は慣れているから、そんなに時間はかからないはず。
ここまで来たのに、彼一人だけおあずけは可愛そうだ。前世で飼っていた愛犬の一匹に似た行動に、つい、ブラッシングしてあげたくなってしまう。
「でも、結構な時間だよ。流石にご令嬢がこんな遅くまで外にいるのは駄目でしょ。それに、こん――」
そこまで言って、アルディさんは口を閉じてしまった。焦ったような表情をしている。
こん、の先がなにか分からないが、まあ、おおよそ予想はつく。婚約に響く、とか、そういう感じの言葉だろう。
わたし自身、リアン王子には、本当に未練はない。嫌なことを言われて傷つくこともあったけれど、あれは別に、彼が好きだったからではなく、単純に、誰に言われたって傷つくようなことばかりだ。
「わたし、気にしてませんから」
言いながら、わたしはブラッシングを再開する。下手に言い合っているよりさくっと終わらせてしまおう。
「それに、多少悪評があったところで、家同士の利害が一致すればどうにかなるものです。貴族の結婚なんて、そんなものですよ」
現に、地味姫と笑われるわたしが、王子の中で一番華やか、といっても過言ではない第二王子と婚約していたのだから。
「そう言う意味じゃ……」
何か言いかけていたアルディさんだったが、わたしが手を止めないのを見て、「分かった」と言った。
「僕は掃除してるから、何かあったら呼んで。ブラッシングのことは手伝えないけど。獣化した奴らよりは戦えるし」
「た、戦えるって……」
「城内だから可能性は低いけど。不審者とか、変な気を起こした奴が来ても対処できるってこと。獣化すると手加減が難しいんだ」
不審者。考えたこともなかった。だって、わたしみたいのを、相手にする人がいるとは、思わなかったから。
でも、アルディさんは、少なくとも、わたしがそういうことをされる対象に見える、ってこと?
い、いや、でも、男所帯になると、女ならなんでもいい、ってなるって、前世で聞いたような、気もする。地味姫って言われたって、女なんだから。きっと、他意はない。はず。
わたしは変にどきどきしながら、手を動かした。
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