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ほとんど反射的に行動してしまったからか、アルディさんが驚いたような表情を見せる。
「……ごめん、デリカシーなかったよね。それに、獣人が婚約者は流石に――」
「――違います!」
わたしは頭を横に、何度も振る。
婚約破棄のことを気にしているわけでも、獣人が婚約者になることに対しての抵抗があるわけでもない。
ただ――ただ。恋情を抱いている相手に、そういうことを言われたくないだけだ。
「違う……違う、んです……」
気が付けば、わたしの目から、ぼろぼろと、涙があふれていた。視界がぼやけ、アルディさんの顔が見れない。ただ、気配で、なんとなく、彼が慌てているのがうかがえた。
そりゃあ、そうだ。目の前にいた人間が、急に泣き出して、しかも自分に非があるかもしれない、と思ったら、動揺せずにはいられない。
早く、早くアルディさんに、貴方は悪くないんです、と言わなきゃ。
そう思っても、喉が震え、上手く声が出ない。
「……ごめんね」
そっと、目尻に何かが当てられる。じわ、と涙が吸い取られるような感覚がして、少しだけ、視界が晴れた。
わたしの涙をぬぐってくれたのは、アルディさんの袖だった。
「もしかして……心惹かれる誰かが、もう?」
その言葉に、わたしは何も言えない。ただ、アルディさんは、無言の肯定を受け取ってくれたようだった。
「それは……、っ、ごめん。無神経なこと言ったよね。ハウントか、カインか……」
「――貴方です」
上げられなかった名前に、わたしは、不満を抱き、思わず言ってしまった。墓場まで持っていくだろうと、決めていた感情を、さらけ出してしまった。
「――ッ」
息を飲む、アルディさんの声。
せっかく彼が、わたしの望みを叶えられるよう、提案してくれたのに、無駄になってしまった。こんなに、人間関係がこじれるようなことを言ってしまっては、第二騎士団に居座るのは難しい。
そう、思ったのに――。
「――ごめん、オルテシア嬢」
わたしは、アルディさんに抱きしめられていた。突然のことに驚いて、涙が止まる。不安定になっていた感情が、驚きによって塗り替えられたのか、震えていた喉も収まってしまった。
「あ……」
唐突の抱擁なのに、わたしは、すんなりとそれを受け入れてしまっている。すっぽりと包み込まれるような感覚が心地いい。
「――好きだよ」
耳元でささやかれる言葉に、心臓が跳ねる。
「僕に笑いかけてくれるたび、僕を認めてくれるたび、オルテシア嬢は、僕の特別になっていった。虎が怖くない、格好いいって言ってくれて、僕がどれだけ嬉しかったか、分かる? 好きに笑って、感情を見せていいんだって、安心したとき、どれだけ感情が高ぶったことか」
誰にも譲らない、とばかりに、わたしの腰回りに、アルディさんのしっぽが絡みついてくる。
「本当は、僕だって、オルテシア嬢に、どこにも行って欲しくない。ずっと、一緒にいたい。でも――困らせると、思ったから」
……分かっている。
この国では、爵位が同じもの同士で結婚するのが常識だ。王位や家督を継ぐ可能性が極端に低い人であれば、あまり口うるさく言われることはないけれど……わたしは侯爵家の人間で、アルディさんは子爵家の者。同じ貴族でも、結ばれることは難しい。
だから、この感情は、誰にも知られないまま、大切にしまい込むべきだったのだ。
それでも、どうしても黙っていられなかったし――こうして、彼のことを突き飛ばせないでいる。
「少しでも、君が幸せになれる未来を願ってるよ」
もし――もしも。わたしが、子爵家の人間になれたなら……。
分家の養子に出されるというのなら、子爵家がいい。そうしたら、彼と結ばれることも、できるかもしれない。
顔の傷の責をなかったことにするために孤児院の院長になるのか。
アルディさんと結ばれるために、少しでも可能性がある、分家の養子になるのか。
それとも――もっと、いい未来があるのか。
わたしには、どれが最善なのか、分からなかった。
「……僕が想っていたこと、忘れないでね」
それでも、ただ、今は、こうして、アルディさんに抱きしめられていたかった。
「……ごめん、デリカシーなかったよね。それに、獣人が婚約者は流石に――」
「――違います!」
わたしは頭を横に、何度も振る。
婚約破棄のことを気にしているわけでも、獣人が婚約者になることに対しての抵抗があるわけでもない。
ただ――ただ。恋情を抱いている相手に、そういうことを言われたくないだけだ。
「違う……違う、んです……」
気が付けば、わたしの目から、ぼろぼろと、涙があふれていた。視界がぼやけ、アルディさんの顔が見れない。ただ、気配で、なんとなく、彼が慌てているのがうかがえた。
そりゃあ、そうだ。目の前にいた人間が、急に泣き出して、しかも自分に非があるかもしれない、と思ったら、動揺せずにはいられない。
早く、早くアルディさんに、貴方は悪くないんです、と言わなきゃ。
そう思っても、喉が震え、上手く声が出ない。
「……ごめんね」
そっと、目尻に何かが当てられる。じわ、と涙が吸い取られるような感覚がして、少しだけ、視界が晴れた。
わたしの涙をぬぐってくれたのは、アルディさんの袖だった。
「もしかして……心惹かれる誰かが、もう?」
その言葉に、わたしは何も言えない。ただ、アルディさんは、無言の肯定を受け取ってくれたようだった。
「それは……、っ、ごめん。無神経なこと言ったよね。ハウントか、カインか……」
「――貴方です」
上げられなかった名前に、わたしは、不満を抱き、思わず言ってしまった。墓場まで持っていくだろうと、決めていた感情を、さらけ出してしまった。
「――ッ」
息を飲む、アルディさんの声。
せっかく彼が、わたしの望みを叶えられるよう、提案してくれたのに、無駄になってしまった。こんなに、人間関係がこじれるようなことを言ってしまっては、第二騎士団に居座るのは難しい。
そう、思ったのに――。
「――ごめん、オルテシア嬢」
わたしは、アルディさんに抱きしめられていた。突然のことに驚いて、涙が止まる。不安定になっていた感情が、驚きによって塗り替えられたのか、震えていた喉も収まってしまった。
「あ……」
唐突の抱擁なのに、わたしは、すんなりとそれを受け入れてしまっている。すっぽりと包み込まれるような感覚が心地いい。
「――好きだよ」
耳元でささやかれる言葉に、心臓が跳ねる。
「僕に笑いかけてくれるたび、僕を認めてくれるたび、オルテシア嬢は、僕の特別になっていった。虎が怖くない、格好いいって言ってくれて、僕がどれだけ嬉しかったか、分かる? 好きに笑って、感情を見せていいんだって、安心したとき、どれだけ感情が高ぶったことか」
誰にも譲らない、とばかりに、わたしの腰回りに、アルディさんのしっぽが絡みついてくる。
「本当は、僕だって、オルテシア嬢に、どこにも行って欲しくない。ずっと、一緒にいたい。でも――困らせると、思ったから」
……分かっている。
この国では、爵位が同じもの同士で結婚するのが常識だ。王位や家督を継ぐ可能性が極端に低い人であれば、あまり口うるさく言われることはないけれど……わたしは侯爵家の人間で、アルディさんは子爵家の者。同じ貴族でも、結ばれることは難しい。
だから、この感情は、誰にも知られないまま、大切にしまい込むべきだったのだ。
それでも、どうしても黙っていられなかったし――こうして、彼のことを突き飛ばせないでいる。
「少しでも、君が幸せになれる未来を願ってるよ」
もし――もしも。わたしが、子爵家の人間になれたなら……。
分家の養子に出されるというのなら、子爵家がいい。そうしたら、彼と結ばれることも、できるかもしれない。
顔の傷の責をなかったことにするために孤児院の院長になるのか。
アルディさんと結ばれるために、少しでも可能性がある、分家の養子になるのか。
それとも――もっと、いい未来があるのか。
わたしには、どれが最善なのか、分からなかった。
「……僕が想っていたこと、忘れないでね」
それでも、ただ、今は、こうして、アルディさんに抱きしめられていたかった。
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