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第一部
01 元社畜と仕事上がりの酒
「あぁ~、異世界でも仕事終わりの酒はうめえ!」
我ながら、女が出す声じゃねえなと思いながらも、酒の一気飲みはやめられない。
ウエイトレスのお姉さんに追加の酒を頼み、今日は何を食べようかな、と壁に書かれたメニューを見る。
いつ見てもここのお品書きは大胆である。壁にメニュー表が張られているとか、一部が黒板になっていて、そこにチョークでおしゃれに書いてあるとか、そんなんじゃない。壁に直書きなのである。
どうみても簡単に落ちそうもない塗料で書かれているのだが、メニューは毎日更新されている。わざわざ壁を塗りなおしてるのか? と最初は思ったが、そんな気配は全くない。
まあ、わたしにはわからない技術があるのだろう。
なんといってもここは異世界なのだから。
――わたしがこの世界に迷い込んだのは、大体半年くらい前のことである。
あの日、終電を逃したわたしは、徒歩で家に帰っていた。都会の一駅ってすごいね、しかたねえ歩くか、っていう気分になれる距離だよ。上京する前の田舎じゃ考えられなかったわ。
そう、そんな距離だったはずなのだが。
気が付けば謎の小道に迷い込んでいた。
最初は全然気が付かなくて、こんな道あったんだな~くらいにしか思わなかった。就職してから、毎日会社と家の往復ばかりだったわたしは、全く周囲に何があるか調べられなくて、違和感なんて微塵も感じなかったのだ。
でも、なかなかその小道が終わらず、ちらほらと見えだした店構えに違和感を抱くようになってきて、看板や暖簾の字が見慣れた言語じゃないことに気が付いたときは、心臓が止まるかと思った。
流石におかしい、と思い、歩いてきたはずの道を振り返ると、そこに道はなく。
慌てて帰り道を探すも、全然見つからなくて。諦めてその日は野宿した。
朝、目を覚ましても、元の世界に戻ってる、なんてことはなくて。
帰り方を探そうかとも思ったのだが――空腹に負け、なんやかんや、帰り道より先に冒険者という職を見つけ。今に至るまで、帰り道は全く分かっていない。正直、半年も経ってこちらの生活にも慣れてきたので、だんだんとどうでもよくなってきている自分がいる。
会社はブラックだったし、友人は皆結婚してしまって、それ以来、疎遠で連絡は取っていない。実家にだってもう何年も帰っていないし、これから先帰る予定も一切なかったし。
そのうち、帰りたいって焦り出すときはあるだろうけど、今困ってないし。あーあ、こういう考えだからいつまでも転職に踏み切れなかったんだよな。
こういう、よく言えば楽天家、悪く言えば能天気で先が考えられない性格を、自分でも治したいと思っていないし、むしろ、大抵のことは楽しく考えられるから好きになっている時点で、もうお察しである。
あのまま、あの会社で働いていたら、気が付いたときにはもう手遅れで過労死、なんてことも普通に考えられたから、今の方がマシまであるのが笑えるところ。
過労死する前に、こうして強制的に環境が変わったのだから、人生どうとでもなると、本気で思っている。
■■■
「冷やしシュワー、お待たせしました~」
「どーもー」
どん、と大きめの木のコップに注がれた酒がテーブルに置かれる。ビールジョッキより大きいだろうそのコップには、シュワーという、炭酸強めのお酒がなみなみと継がれていた。この世界独特のお酒らしい。
ぐび、と飲むと、いい感じに炭酸とアルコールが喉を刺激してくれて、スカッとする。
「しあわせ……」
コップの中のお酒を半分ほど飲み、次を頼むか迷う。あんまりお酒ばかり飲んでいるとすぐに腹がたぷたぷになってしまうので、ご飯を食べるなら今注文しておくべきだ。でも、正直今日はもっとお酒が飲みたい。いや、酒というよりは炭酸を、だろうか。体が爽快感を欲している。
食べるなら、あっさりとした軽いものがいい。でも、つまみだけだと絶対後でお腹がすくだろうな……と壁のメニュー表を見ていると、男にしてはちょっと高い、ハスキーボイスが聞こえてきた。
「おねーさん、相席していい?」
「おっ、少年! 久しぶりー。いいよ、座って座って」
女一人で酒を飲む、というのが珍しいのか、こうして一人でいるときによく相席を求められることがある。ナンパというよりかは、単に物珍しさの好奇心だろう。あと、この食堂は冒険者ギルドに併設されていて常に混雑しているので、一人でテーブル席を使っていると、相席は当たり前になるのだ。
黒髪で、ぱっちりと大きな赤い瞳が印象的な、まだ顔立ちからして成長しきっていない、という印象を与える少年。身長はわたしより少し上くらいで、背も筋肉も、まだまだ伸びしろがあるように見える。
彼は、わたしが初めて冒険者の仕事をしたときに一緒になった人物だ。わたしより全然年下なのに、先輩なのである。なので一緒に仕事をするときは先輩、と敬うのだ。今はそうじゃないから、普通に接してるんだけどね。
「おねーさん、今日は何食べるの?」
「決めてなーい。お酒おいしくって、それどころじゃないの」
「すきっ腹にお酒入れると悪酔いしない?」
「んー、わたしはしないかな。お酒強いし」
アルハラ上司が次々と飲ませてくる酒を飲みほし、逆にアルハラ上司を潰し、飲み会の救世主となったわたしの肝臓は強い。異世界のアルコールもしっかり分解してくれるので、あまり心配はしていない。
「少年は何食べるの?」
「んー、今日はがっつりの気分かな……。あ、キャカロルのステーキがある! それにしよ」
キャカロル、というのは、日本でいう牛に近い生物だ。まあ、ちょっと体がでかくて気性が荒くて余分に角が生えてるけど、うん、まあ大体牛。おおよそ牛。
しかしステーキか……。さっきまではあっさり系を欲していた舌だが、いざ他人が頼もうとしているところを見ると肉もありだな、という気分になってくる。
「おねーさんは? どうする?」
「とりあえず三杯目いこうかな……。あと、うーん……あっ、肉かけクルールにする!」
クルールは冷製の麺料理で、フォーに近い。ちなみに箸は存在するし、普通に使われている。ただ、このあたりだとフォークやナイフのほうを使う人のほうがやや多い印象を受ける。6:4くらいの割合かな?
さっぱり系ではあるものの、とろみのついた餡が絡まったそぼろ肉が結構な量かかっているので、決して軽くはないし、お腹にしっかりたまる。今の気分にぴったりだ。
この国は割とグルメが多いらしく、どこのお店もおいしい料理を出す。この冒険者ギルド併設の食堂も例外ではない。
文化が違うと生活に困るかと思ったが、想像以上に大丈夫だった。食文化がズレていなければ、致命的なストレスにはならないだろう、というのが持論ではあったけれど、おいしくご飯が食べられているので本当にありがたい。味覚自体が、この国の人間とそう遠くないのか、聞いたことのない外国の料理を、元の世界で食べている気分だ。文字はともかく、言葉は通じるようだし。
ウエイトレスのお姉さんを呼び、少年はステーキを、わたしは三杯目の冷やしシュワーとクルールを注文した。
「それでそれで、おねーさん、今日は何があったの?」
「んー? 何にもないよお」
ぐび、と残りの冷やしシュワーを一気に流し込む。
あっけらかんとわたしが言うのが意外だったのか、少年は首を傾げた。
「おねーさんがお酒飲んでるときは、嫌なことがあるときだと思ってた」
「あー、今日はシュワッとしたのが飲みたい気分だったからねー。まあ、でもいつもは確かに気分が落ちてるときに飲むかも」
いざ受けてみたら報酬金額に合わない内容だったり、依頼内容に書かれていないのに「ついでに」と明らかについでじゃない仕事を頼まれたり。そういうときは大体酒を飲む。飲まないとやってられないよね、うん。
地元が田舎で、酒によるコミュニケーションが根強かったからか、親譲りで酒には強いし、何かあったらお酒、という思考回路が身についている。
「ま、シュワーくらいじゃ酔わないよ」
甘いしジュースみたいなもんでしょ、というと、少年はちょっとむっとしたような顔をした。うーん、もしかしたら少年はこれで酔うのかな……。だとしたら悪いこと言ったかな、少年のプライドが傷ついただろうか。
でも、ここの国の人は、お酒に弱い人が多いと思う。冒険者としていろんな人と依頼をこなして、打ち上げと称してご飯を一緒に食べることが何度もあったけれど、一杯か二杯でべろべろなんだよね。
少年だけじゃないよ、と言ってもいいけれど……それはそれでだめな気がする。この年頃の子って、周りがどうあれ、自分ができないと嫌なのである。
わたしにも、そんな時期があった。自分ができなくて悔しいのに、周りもできないから大丈夫、と言われたところで、なんの励ましにもならないのだ。自分が納得できないと意味がない。
どうしよ、と思っていると、ナイスタイミングでウエイトレスさんが来た。
「冷やしシュワー、お待たせしました。お料理のほう、もう少しでお持ちしますので」
どん、と三杯目の冷やしシュワーがわたしの前に置かれる。全然ナイスタイミングじゃないわ。お酒の話題から逃げられないじゃん。
ええい、もう知らん、飲む!
「……おねーさんは、どのくらいなら酔うの」
ちょっと拗ねたような表情で少年が聞いてくる。ごまかすことも考えたが、金銭的な問題から、普段飲む酒の種類が多くないので、強さとかがわからない。
あー、でも、前に泥酔したときは確か……。
「え、エルタールを、これに三杯くらい……? へへ……」
少年の目はまんまるになった。
エルタールとは、お酒大好きドワーフ族が愛飲する酒の一種だ。ドワーフ族が飲むにしては度数低めだが、人間が飲むにしてはだいぶ高い度数のお酒の分類になるだろう。酒の弱い人間ばかりのこの国での人間からしたら余計に。
「おねーさんに、お酒では一生敵わなそう」
「へへ、でも他の分野じゃ少年のが上でしょ。剣も、魔法も、全然敵わないし」
とはいえ、わたしは、ファンタジー王道の討伐系クエストはそもそもあまり受けない。魔物を殺す覚悟はないし、度胸もない。そして何より、真面目に戦ったら小型犬にすら負ける自信があるので。
そんなわたしが魔物に挑んだところで無駄死にする未来しか想像できない。
一応、目の前の少年に多少の護身術は教わったが、最大の護身とは無理をせず逃げることである。と、思う。
基本的には採取系のクエストか、複数人が参加必須の護衛系のクエストで、荷物持ち等の後衛サポートくらいしかしない。
「少年みたくかっこよく剣とか振り回してみたいけど、わたしには無理だなあ」
「……ッ」
少年の顔がみるみる赤くなる。肌が白いので、顔が赤くなると非常にわかりやすいのだ、少年は。
「お料理、お待たせしました! こちらキャカロルのステーキと、肉かけクルールになります」
「ありがとうございますッ!」
照れを隠すように、少年が声を荒げて、ステーキを食べ始めた。ちなみにこの国では「いただきます」の代わりに「ありがとうございます」というらしい。異文化って面白いよね。意味合い的には、「いただきます」とそう変わらないらしいけど。
「ありがとうございます」
わたしもずるずるとクルールをすすりながら食べる。うん、美味しい。冷たい麺料理、というだけでさっぱりするものだが、餡に柑橘系の果汁が混ざっているのか、かなり爽やかな味になっている。かなり好きな味。餡とそぼろ肉が混ざり合っているので、麺によくからんでいて、麺をすすっているときにそのまま喉までそぼろ肉が直行するという事故も起きない。安心して食べられる。
ただ、惜しむらくは、ここがギルド併設の食堂であること。その日の仕入れ状態によってメニューが毎日変わるので、また食べたい、と思っても次にいつ食べられるのかは分からないのだ。
ちなみに、麺料理をすすっても許容されるのは生まれ育った祖国だけ、というイメージがあるが、案外この国でも麺料理をすすって食べる人は多い。
とはいえ、それはどちらかというと男性なのだけれど。男性だと豪快でよし、と好印象だが、女性だとはしたない、となるのだとか。
まあ、最近は男女平等が騒がれだしたようで、そういった差別はなくなっている傾向にあるようだ。麺を当たり前にすする国からやってきたわたしからしたら、ありがたい話だ。下手に目立たなくていい。
ふ、と目の前の少年に目をやると、あごのあたりにソースが付いていることに気が付く。
少年は、こぎれいな見た目に反して、随分と豪快に食べる子だ。食事量も、その細い体のどこに入るのか、というくらい食べる。
せかせかと大きい一口で食べたせいで、あごについたのだろう。
「ここ、ついてるよ」
わたしは、自分の唇の少し下のあたりをとんとん、と叩いた。少しして、意味を理解したのだろう、少年の顔がカカカッと赤くなる。酔っぱらってるわたしより真っ赤なんじゃないのか、これ?
真っ赤になりながらあごのあたりをごしごしとする少年に、若い子は無邪気にがつがつ食べれていいなあ、とわたしは思った。
我ながら、女が出す声じゃねえなと思いながらも、酒の一気飲みはやめられない。
ウエイトレスのお姉さんに追加の酒を頼み、今日は何を食べようかな、と壁に書かれたメニューを見る。
いつ見てもここのお品書きは大胆である。壁にメニュー表が張られているとか、一部が黒板になっていて、そこにチョークでおしゃれに書いてあるとか、そんなんじゃない。壁に直書きなのである。
どうみても簡単に落ちそうもない塗料で書かれているのだが、メニューは毎日更新されている。わざわざ壁を塗りなおしてるのか? と最初は思ったが、そんな気配は全くない。
まあ、わたしにはわからない技術があるのだろう。
なんといってもここは異世界なのだから。
――わたしがこの世界に迷い込んだのは、大体半年くらい前のことである。
あの日、終電を逃したわたしは、徒歩で家に帰っていた。都会の一駅ってすごいね、しかたねえ歩くか、っていう気分になれる距離だよ。上京する前の田舎じゃ考えられなかったわ。
そう、そんな距離だったはずなのだが。
気が付けば謎の小道に迷い込んでいた。
最初は全然気が付かなくて、こんな道あったんだな~くらいにしか思わなかった。就職してから、毎日会社と家の往復ばかりだったわたしは、全く周囲に何があるか調べられなくて、違和感なんて微塵も感じなかったのだ。
でも、なかなかその小道が終わらず、ちらほらと見えだした店構えに違和感を抱くようになってきて、看板や暖簾の字が見慣れた言語じゃないことに気が付いたときは、心臓が止まるかと思った。
流石におかしい、と思い、歩いてきたはずの道を振り返ると、そこに道はなく。
慌てて帰り道を探すも、全然見つからなくて。諦めてその日は野宿した。
朝、目を覚ましても、元の世界に戻ってる、なんてことはなくて。
帰り方を探そうかとも思ったのだが――空腹に負け、なんやかんや、帰り道より先に冒険者という職を見つけ。今に至るまで、帰り道は全く分かっていない。正直、半年も経ってこちらの生活にも慣れてきたので、だんだんとどうでもよくなってきている自分がいる。
会社はブラックだったし、友人は皆結婚してしまって、それ以来、疎遠で連絡は取っていない。実家にだってもう何年も帰っていないし、これから先帰る予定も一切なかったし。
そのうち、帰りたいって焦り出すときはあるだろうけど、今困ってないし。あーあ、こういう考えだからいつまでも転職に踏み切れなかったんだよな。
こういう、よく言えば楽天家、悪く言えば能天気で先が考えられない性格を、自分でも治したいと思っていないし、むしろ、大抵のことは楽しく考えられるから好きになっている時点で、もうお察しである。
あのまま、あの会社で働いていたら、気が付いたときにはもう手遅れで過労死、なんてことも普通に考えられたから、今の方がマシまであるのが笑えるところ。
過労死する前に、こうして強制的に環境が変わったのだから、人生どうとでもなると、本気で思っている。
■■■
「冷やしシュワー、お待たせしました~」
「どーもー」
どん、と大きめの木のコップに注がれた酒がテーブルに置かれる。ビールジョッキより大きいだろうそのコップには、シュワーという、炭酸強めのお酒がなみなみと継がれていた。この世界独特のお酒らしい。
ぐび、と飲むと、いい感じに炭酸とアルコールが喉を刺激してくれて、スカッとする。
「しあわせ……」
コップの中のお酒を半分ほど飲み、次を頼むか迷う。あんまりお酒ばかり飲んでいるとすぐに腹がたぷたぷになってしまうので、ご飯を食べるなら今注文しておくべきだ。でも、正直今日はもっとお酒が飲みたい。いや、酒というよりは炭酸を、だろうか。体が爽快感を欲している。
食べるなら、あっさりとした軽いものがいい。でも、つまみだけだと絶対後でお腹がすくだろうな……と壁のメニュー表を見ていると、男にしてはちょっと高い、ハスキーボイスが聞こえてきた。
「おねーさん、相席していい?」
「おっ、少年! 久しぶりー。いいよ、座って座って」
女一人で酒を飲む、というのが珍しいのか、こうして一人でいるときによく相席を求められることがある。ナンパというよりかは、単に物珍しさの好奇心だろう。あと、この食堂は冒険者ギルドに併設されていて常に混雑しているので、一人でテーブル席を使っていると、相席は当たり前になるのだ。
黒髪で、ぱっちりと大きな赤い瞳が印象的な、まだ顔立ちからして成長しきっていない、という印象を与える少年。身長はわたしより少し上くらいで、背も筋肉も、まだまだ伸びしろがあるように見える。
彼は、わたしが初めて冒険者の仕事をしたときに一緒になった人物だ。わたしより全然年下なのに、先輩なのである。なので一緒に仕事をするときは先輩、と敬うのだ。今はそうじゃないから、普通に接してるんだけどね。
「おねーさん、今日は何食べるの?」
「決めてなーい。お酒おいしくって、それどころじゃないの」
「すきっ腹にお酒入れると悪酔いしない?」
「んー、わたしはしないかな。お酒強いし」
アルハラ上司が次々と飲ませてくる酒を飲みほし、逆にアルハラ上司を潰し、飲み会の救世主となったわたしの肝臓は強い。異世界のアルコールもしっかり分解してくれるので、あまり心配はしていない。
「少年は何食べるの?」
「んー、今日はがっつりの気分かな……。あ、キャカロルのステーキがある! それにしよ」
キャカロル、というのは、日本でいう牛に近い生物だ。まあ、ちょっと体がでかくて気性が荒くて余分に角が生えてるけど、うん、まあ大体牛。おおよそ牛。
しかしステーキか……。さっきまではあっさり系を欲していた舌だが、いざ他人が頼もうとしているところを見ると肉もありだな、という気分になってくる。
「おねーさんは? どうする?」
「とりあえず三杯目いこうかな……。あと、うーん……あっ、肉かけクルールにする!」
クルールは冷製の麺料理で、フォーに近い。ちなみに箸は存在するし、普通に使われている。ただ、このあたりだとフォークやナイフのほうを使う人のほうがやや多い印象を受ける。6:4くらいの割合かな?
さっぱり系ではあるものの、とろみのついた餡が絡まったそぼろ肉が結構な量かかっているので、決して軽くはないし、お腹にしっかりたまる。今の気分にぴったりだ。
この国は割とグルメが多いらしく、どこのお店もおいしい料理を出す。この冒険者ギルド併設の食堂も例外ではない。
文化が違うと生活に困るかと思ったが、想像以上に大丈夫だった。食文化がズレていなければ、致命的なストレスにはならないだろう、というのが持論ではあったけれど、おいしくご飯が食べられているので本当にありがたい。味覚自体が、この国の人間とそう遠くないのか、聞いたことのない外国の料理を、元の世界で食べている気分だ。文字はともかく、言葉は通じるようだし。
ウエイトレスのお姉さんを呼び、少年はステーキを、わたしは三杯目の冷やしシュワーとクルールを注文した。
「それでそれで、おねーさん、今日は何があったの?」
「んー? 何にもないよお」
ぐび、と残りの冷やしシュワーを一気に流し込む。
あっけらかんとわたしが言うのが意外だったのか、少年は首を傾げた。
「おねーさんがお酒飲んでるときは、嫌なことがあるときだと思ってた」
「あー、今日はシュワッとしたのが飲みたい気分だったからねー。まあ、でもいつもは確かに気分が落ちてるときに飲むかも」
いざ受けてみたら報酬金額に合わない内容だったり、依頼内容に書かれていないのに「ついでに」と明らかについでじゃない仕事を頼まれたり。そういうときは大体酒を飲む。飲まないとやってられないよね、うん。
地元が田舎で、酒によるコミュニケーションが根強かったからか、親譲りで酒には強いし、何かあったらお酒、という思考回路が身についている。
「ま、シュワーくらいじゃ酔わないよ」
甘いしジュースみたいなもんでしょ、というと、少年はちょっとむっとしたような顔をした。うーん、もしかしたら少年はこれで酔うのかな……。だとしたら悪いこと言ったかな、少年のプライドが傷ついただろうか。
でも、ここの国の人は、お酒に弱い人が多いと思う。冒険者としていろんな人と依頼をこなして、打ち上げと称してご飯を一緒に食べることが何度もあったけれど、一杯か二杯でべろべろなんだよね。
少年だけじゃないよ、と言ってもいいけれど……それはそれでだめな気がする。この年頃の子って、周りがどうあれ、自分ができないと嫌なのである。
わたしにも、そんな時期があった。自分ができなくて悔しいのに、周りもできないから大丈夫、と言われたところで、なんの励ましにもならないのだ。自分が納得できないと意味がない。
どうしよ、と思っていると、ナイスタイミングでウエイトレスさんが来た。
「冷やしシュワー、お待たせしました。お料理のほう、もう少しでお持ちしますので」
どん、と三杯目の冷やしシュワーがわたしの前に置かれる。全然ナイスタイミングじゃないわ。お酒の話題から逃げられないじゃん。
ええい、もう知らん、飲む!
「……おねーさんは、どのくらいなら酔うの」
ちょっと拗ねたような表情で少年が聞いてくる。ごまかすことも考えたが、金銭的な問題から、普段飲む酒の種類が多くないので、強さとかがわからない。
あー、でも、前に泥酔したときは確か……。
「え、エルタールを、これに三杯くらい……? へへ……」
少年の目はまんまるになった。
エルタールとは、お酒大好きドワーフ族が愛飲する酒の一種だ。ドワーフ族が飲むにしては度数低めだが、人間が飲むにしてはだいぶ高い度数のお酒の分類になるだろう。酒の弱い人間ばかりのこの国での人間からしたら余計に。
「おねーさんに、お酒では一生敵わなそう」
「へへ、でも他の分野じゃ少年のが上でしょ。剣も、魔法も、全然敵わないし」
とはいえ、わたしは、ファンタジー王道の討伐系クエストはそもそもあまり受けない。魔物を殺す覚悟はないし、度胸もない。そして何より、真面目に戦ったら小型犬にすら負ける自信があるので。
そんなわたしが魔物に挑んだところで無駄死にする未来しか想像できない。
一応、目の前の少年に多少の護身術は教わったが、最大の護身とは無理をせず逃げることである。と、思う。
基本的には採取系のクエストか、複数人が参加必須の護衛系のクエストで、荷物持ち等の後衛サポートくらいしかしない。
「少年みたくかっこよく剣とか振り回してみたいけど、わたしには無理だなあ」
「……ッ」
少年の顔がみるみる赤くなる。肌が白いので、顔が赤くなると非常にわかりやすいのだ、少年は。
「お料理、お待たせしました! こちらキャカロルのステーキと、肉かけクルールになります」
「ありがとうございますッ!」
照れを隠すように、少年が声を荒げて、ステーキを食べ始めた。ちなみにこの国では「いただきます」の代わりに「ありがとうございます」というらしい。異文化って面白いよね。意味合い的には、「いただきます」とそう変わらないらしいけど。
「ありがとうございます」
わたしもずるずるとクルールをすすりながら食べる。うん、美味しい。冷たい麺料理、というだけでさっぱりするものだが、餡に柑橘系の果汁が混ざっているのか、かなり爽やかな味になっている。かなり好きな味。餡とそぼろ肉が混ざり合っているので、麺によくからんでいて、麺をすすっているときにそのまま喉までそぼろ肉が直行するという事故も起きない。安心して食べられる。
ただ、惜しむらくは、ここがギルド併設の食堂であること。その日の仕入れ状態によってメニューが毎日変わるので、また食べたい、と思っても次にいつ食べられるのかは分からないのだ。
ちなみに、麺料理をすすっても許容されるのは生まれ育った祖国だけ、というイメージがあるが、案外この国でも麺料理をすすって食べる人は多い。
とはいえ、それはどちらかというと男性なのだけれど。男性だと豪快でよし、と好印象だが、女性だとはしたない、となるのだとか。
まあ、最近は男女平等が騒がれだしたようで、そういった差別はなくなっている傾向にあるようだ。麺を当たり前にすする国からやってきたわたしからしたら、ありがたい話だ。下手に目立たなくていい。
ふ、と目の前の少年に目をやると、あごのあたりにソースが付いていることに気が付く。
少年は、こぎれいな見た目に反して、随分と豪快に食べる子だ。食事量も、その細い体のどこに入るのか、というくらい食べる。
せかせかと大きい一口で食べたせいで、あごについたのだろう。
「ここ、ついてるよ」
わたしは、自分の唇の少し下のあたりをとんとん、と叩いた。少しして、意味を理解したのだろう、少年の顔がカカカッと赤くなる。酔っぱらってるわたしより真っ赤なんじゃないのか、これ?
真っ赤になりながらあごのあたりをごしごしとする少年に、若い子は無邪気にがつがつ食べれていいなあ、とわたしは思った。
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