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第一部
03 元社畜とあったかソース煮込み
「寒い……」
今日のお仕事の依頼を受けた数十分後、バケツをひっくり返したような雨に見舞われた。見事な豪雨である。
本日の依頼は、よりによって護衛の仕事で。朝は雲一つない快晴で、絶好の護衛日和! などと思っていたのだが、あてが外れた。
不幸中の幸いと言えるのは、依頼主である商人が屋根付きの荷馬車持ちで、荷台に乗せてもらえることだろうか。それでも、完全に雨が防げるわけじゃなくて、少し服が濡れる。空いているスペースに乗せてもらっているため、屋根ギリギリのところなので、雨脚が強くなれば斜めに雨が振るため濡れるし、そうでなくとも水たまりの上を通れば水が跳ね返ってきてくるのだ。
まあ、贅沢は言えない立場だから仕方がないんだけど。
普段、採収依頼と荷物持ちの依頼ばかりしているわたしが、勇気を出して護衛依頼なんて受けてしまったから雨が振ってしまったのだろうか。
「ハッハッハ、流石ヴェッダーだな! 俺も今日の依頼は失敗だったと後悔している!」
快活に笑いながらも言ってることがネガティブなこの男は、本日の共同依頼受注の冒険者だ。一緒に仕事をしたのは初めてだが、会うこと自体は二度目だ。以前、わたしが初めて一人で依頼を受けたとき、帰り道がわからなくて迷子になってしまったのだが、偶然森で出会って冒険者ギルドまで送り届けてもらったのだ。
多分向こうはわたしのことなんか覚えていないだろうが、わたしは彼を覚えている。
なにせ非常に珍しいのだ。エルフの剣士というのは。エルフは大抵、細身で、亜人種の中でも飛びぬけて筋肉が付きにくい体質だ。その代わり魔法の素質があって大抵のエルフは魔法を使う役職にになる。攻撃や防御の魔法を操る魔法師だとか、治癒魔法を使って仲間を回復する治癒師だとか。
仮に武器を取って戦うものでも、弓を使う者ばかりで、近距離戦を選ぶものはいないと聞いている。
何度かエルフと一緒に依頼をこなしたり、少年経由でエルフの話を聞くことはあるが、わたしは彼しか剣士のエルフを知らない。
「あまり大きな声でいうことじゃないですよ、依頼主ににらまれちゃいます。……ところで、べ、ヴェ、なんとかってなんですか?」
聞き覚えのない単語だ。こちらの世界独特のものだろう。文字は異国風でも言葉は通じるが、時折、単語だけ聞きなれないものがあった。元の世界に存在しないものなんだろうな、とわたしは勝手に解釈している。
似たようなものでも、ものが違うと名前も違うことが多い。
「ヴェッダーだ! 天候が変わりやすい時期のことをそう言ってな。決まった周期で来るわけではないが、まあ、年に一度か二度は必ずある。……ほら、噂をすれば」
剣士さんが外を見るので、つられて彼の視線の先を追えば、晴れ間が見えた。まだぱらぱらと雨は振っているが、さっきまでの豪雨に比べたらかわいいものだ。
「お、狐の嫁入り」
思わずわたしがそう言うと、剣士さんが不思議そうに首を傾げた。
「狐の嫁入り?」
「わたしの住んでた国では、晴れているときに小雨が降ることをそういうんです」
「獣が番うのをわざわざ表現するとは、変わっているな」
変なの、と言いたげな表情で剣士さんは軽く笑っていた。
確かに言われてみれば、天気雨を狐の嫁入りだと表現するのは不思議だよなあ。わたしはおばあちゃんに教えてもらって、そういうもんなんだなあとなんの疑問も抱かず覚えたけれど、どうしてそういう風にいわれているのか、とかそういう言われみたいなものは知らない。
「この辺りだとそういう風に言わないんですね」
「聞いたことないな。俺の住む森では『小喧嘩天気(こげんかてんき)』なんて言っていたが」
「小喧嘩天気、ですか……?」
なんでも、エルフの間では晴れを司る神と雨を司る神が、どちらが自分の天気にするか、で揉めているときに晴れと雨が両立するのだと考えられているらしい。で、小喧嘩天気。
このあと、雨雲に覆われて雨が強まれば雨の神の勝ちで『勝ち雨』になり、雨雲がなくなってすっかり晴れてしまえば『勝利晴れ』になるそうだ。
ちなみに、『小喧嘩天気』のときに風が強いと、風を司る神も参戦したこととなり、『大喧嘩天気』になるという。
「このままだと晴れそうですし、『勝利晴れ』ってやつになりますかね?」
「どうだろうな。なにせ、ヴェッダーだからなあ」
晴れてほしいなあ、と思いつつ、空を見上げれば、雨は弱まる一方で、このまま晴れてしまいそうだった。
■■■
晴れそうでこの後は楽に依頼をこなせそうだな。
――そんな風に思っていたのだが。
わたしは、商人さんを街に送り届け、任務を達成し――今日の護衛依頼が妙に相場より高かった理由を実感した。こんなクソみたいな天気に振り回されることが分かっていたら、普通は依頼を受けたがらないだろう。
結局あの後、『勝利晴れ』にはならず、五分ほど雨が止んだかと思えば、再び雨が降って、最終的には雪に変化し、吹雪で天気は落ち着いたようだった。
吹雪って。
この国には春夏秋冬の様に四季はないらしい。
この世界に来てから半年間、常に初夏のような、半袖だと流石に肌寒いけど、長袖で動いていると暑くなる、みたいな気候だったのだが、今日はまごうことなき冬だった。
半年間、軽装備でも寒いと思ったことはなかったので、似たような厚さの服しかそろえてなかったのが裏目にでた。一枚くらい、厚めの服をを持っておいた方がいいかもしれない。
服屋の一部分で、一年を通して冬物としか言えない服が売っているのを見かけたことがあって、いつ着るのだろうとずっと疑問だったのだが、今日解決した。
「あったかいもの食べる、絶対食べる……」
任務終了の届けをこの街の冒険者ギルドに出し、そのまま併設の食堂へと足を運ぶ。ここの街のギルドには初めて来るので、どんな料理があるのか楽しみだ。
「よかったな、今日のおすすめメニューはキャカロルのソース煮込みのようだ」
剣士さんがわたしの前の席に座り、壁に書かれたメニューを見ながら、にこにこ笑う。
キャカロルのソース煮込み、すなわち、ビーフシチュー! 絶対それにしよ。
あとお酒も飲みたい。
今日はもう依頼を受ける気にならないし、こんな吹雪じゃいつも拠点にしている街に帰るのも一苦労だ。このままここに泊まるつもりだし、夜には少し早いけどアルコールを摂取して温まろう。
それにしても、ギルド併設の食堂はどこも壁にメニュー直書きなんだな……と思い、壁を眺めながらウエイトレスさんが来てくれるのを待つ。メニューの傾向は街によって違うみたいだけど、書き方は変わらないらしい。
「君は文字が読めるのか?」
壁を眺めるわたしに、剣士さんが意外そうに声をかけてきた。
この国の識字率は結構低いようだ。それが女性ともなればなおさら。
冒険者の依頼が張られる掲示板にも、文字より絵が目立つような依頼書が使われるし、なんなら代わりに読んでくる『文字読み』が一人は必ず常駐している。
この国では、文字が読めるだけで仕事にありつけるのだ。
「うーん、この国の文字は読めないんですけど、鑑定魔法を使えるので。母国の文字なら普通に読めますよ」
とはいえ、そんなに使いこなせるわけではないので、文字を読み取る程度のことしかできない。もっと鑑定魔法を使いこなせる人だと、性能やら値段、価値、産地、所有者や生産者まで分かるというのだが……。
まあ、どんな国の文字や暗号も一瞬で読めるようになるというだけで、わたしには十分価値がある。
そんなことを話していると、ウエイトレスさんが来てくれた。
「こっちはキャカロルのソース煮込みと丸パン、あとレディ・ワインをお願いします」
そう言うと、先に注文を済ませていた剣士さんが少しびっくりしたような表情を見せた。えっ、なに、食べすぎ? それとも昼間から酒を飲むような女に見えなかった……とか? ああ、そっちかな。
ちなみにレディ・ワインとは赤ワインのことである。
冒険者ギルドだから、居酒屋とかと違って酒の種類は少なそう、と勝手に思い込んでいた時期もあったのだが、食通の国だからか、妙にラインナップが豊富だ。冒険者のドワーフも多いので、彼らの要望が多かったのかも、という可能性も否定できないが。
「了解でーす!」
ウエイトレスさんは軽い返事をすると厨房の方へ向かっていく。この国のウエイトレスさんは結構軽い人が多い。まあ、元いた国の「お客様は神様です」精神が行きすぎなのもあるのかもしれないけど。あれと比べちゃあねえ。
「ソース煮込み、楽しみですね」
「あ、ああ……」
美味しくて温かいものが食べれる、と分かっていると寒くてもにこにこしてくる。
「剣士さんはお酒、飲まないんですか?」
わたしがそう聞くと、「んなっ!?」と剣士さんは動揺したような声をあげた。
わたしの中で、ビーフシチューと赤ワインは鉄板の組み合わせで、日本にいるときからビーフシチューを食べるときには必ず赤ワインを添えた。自炊でビーフシチューを作るときは、面倒くさがらず牛もも肉を贅沢に使ったものだ。ほろっと崩れた肉の風味が口の中に残っているうちに赤ワインを楽しむ。これが最強なのだ。
わたしの中で、離れることのないコンビなのだが、この国の人はお酒に弱いから、そういう自分の中の大好きなお酒と料理のコンビ、みたいのはないのかもしれない。
「この国の人って、お酒弱いですもんねえ。わたしはお酒大好きなので、この国出身じゃなくて良かったかも。あ、もちろんこの国が嫌いってわけじゃないですよ」
結構かぱかぱ酒を開けて飲むわたしにとって、量が飲めるか飲めないか、というのは結構重要な問題だ。お酒は美味しく楽しく飲むもので、酔うために飲んでいるわけじゃないのだ。少なくとも、わたしは。
「君は……この国の出身じゃないのか?」
「はい!」
そもそも生まれた世界すら違います、とは流石に言わない。特に意識して隠しているわけではないが、「異世界の生まれなんです!」なんて言ったら、頭のおかしいやつに思われるのは避けられないだろう。
冒険者は信用も大事なので、余計なことは言わないに限る。
ばれたら説明するくらいでいいかな、と思っているのだが、別の国の出身、と行ってしまうと皆納得して、わたしが異世界出身と疑う人はいない。異文化に慣れない外国人、という誤魔化しをあっさり信じられてしまうのだ。
そう考えると、この世界では、異世界人ってメジャーじゃないのかな。異世界人がよくいるのなら、もしかして……ってなってもおかしくないし。あれっ、帰る手段、本当になかったりする?
……まあいいや、美味しい料理がこれから来るのに、難しいこと考えるのはやめよう。
「半年くらい前にこっちに来たんです。ご飯もお酒も美味しくて、人柄のいい人も多くて。いい国ですよね」
そう言うと、剣士さんはなんとも言い難い固い笑みを浮かべていた。
なんだろ、なんか変なこと言ったかな。褒めたつもりだったんだけど。
別に笑うのが下手な人じゃないしな……と不思議に思っていると、ウエイトレスさんが料理を持ってきてくれた。
昼食どきでもなし、夕食どきでもなし、という中途半端な時間で、周りにお客さんも少ないからか、随分と早かった。お腹ぺこぺこなので、ありがたい。
「キャカロルのソース煮込みと丸パン……あと、レディ・ワインとセーン・ティーになりまーす。ごゆっくりどうぞー」
剣士さんと頼んだメニューは一緒だが、飲み物は別。わたしは「ありがとうございます」と手を合わせた。
まずはレディ・ワインを先に一口。
あーうまー! すっきりとした渋みがたまらん。ジェントル・ワイン――つまりは白ワインも好きだけど、料理のときに食べるならやっぱこっちだよね。香りがよくて、シチューの前に飲み干したくなる。ワインって、ビールみたいに一気飲みするようなもんでもないと思うけど。
本当は、無事に依頼を達成した祝いに乾杯、とかやりたかったのだが、どうやらこの国にはそういう文化はないらしい。
前に一度、少年と一緒にご飯を食べたとき、思わず乾杯、とやってしまってめちゃくちゃ怒られたのだ。
顔を真っ赤にしながら「二度とやらないでください! 絶対、絶対ダメです!」とかなり強く怒られたので、ちゃんとした理由は分からないけれど、なんか駄目だったんだと思う。食器同士を合せるのはマナー違反、とか、そういう感じなのかな。敬語でマジ切れされたので、本当にまずいものだったのだろう。
レディ・ワインを堪能したあとは、ビーフシチューだ!
そのまま食べるのも美味しいのだが、わたしはパンに載せて食べるのが好きだ。浸して食べる、という方法を取る人は見かけないので、あえてやっていない。行儀悪いと思われても嫌だし。
「んー、うま!」
シチュー自体にもワインが使われているのか、ほんのりとレディ・ワインの風味を感じる。ほろり、と肉がほどける舌ざわりは繊細で、ギルド併設の食堂なんかではなく、いいところのレストランで食事をしている気分になる。
わたしがぱくぱくとキャカロルのソース煮込みを食べているのに対して、剣士さんのスプーンは進んでいない。
「大丈夫ですか?」
体調が悪いのかな……と思ったが、「大丈夫だ! 少し考え事をしていただけだ!」と吹っ切れたように彼は笑った。
そうして、パクパクと、先ほどまでが嘘のように、笑顔でソース煮込みを食べ始めた。
まあ、本人が大丈夫って言っているし、無理をしているようにも見えないから、まあ、大丈夫なんだろう。本当に考え事してただけなのかも。外はすごく吹雪いているし、帰り道の心配とかしてたのかな。
それにしても――エルフって、お肉食べて大丈夫なのかな。
今日のお仕事の依頼を受けた数十分後、バケツをひっくり返したような雨に見舞われた。見事な豪雨である。
本日の依頼は、よりによって護衛の仕事で。朝は雲一つない快晴で、絶好の護衛日和! などと思っていたのだが、あてが外れた。
不幸中の幸いと言えるのは、依頼主である商人が屋根付きの荷馬車持ちで、荷台に乗せてもらえることだろうか。それでも、完全に雨が防げるわけじゃなくて、少し服が濡れる。空いているスペースに乗せてもらっているため、屋根ギリギリのところなので、雨脚が強くなれば斜めに雨が振るため濡れるし、そうでなくとも水たまりの上を通れば水が跳ね返ってきてくるのだ。
まあ、贅沢は言えない立場だから仕方がないんだけど。
普段、採収依頼と荷物持ちの依頼ばかりしているわたしが、勇気を出して護衛依頼なんて受けてしまったから雨が振ってしまったのだろうか。
「ハッハッハ、流石ヴェッダーだな! 俺も今日の依頼は失敗だったと後悔している!」
快活に笑いながらも言ってることがネガティブなこの男は、本日の共同依頼受注の冒険者だ。一緒に仕事をしたのは初めてだが、会うこと自体は二度目だ。以前、わたしが初めて一人で依頼を受けたとき、帰り道がわからなくて迷子になってしまったのだが、偶然森で出会って冒険者ギルドまで送り届けてもらったのだ。
多分向こうはわたしのことなんか覚えていないだろうが、わたしは彼を覚えている。
なにせ非常に珍しいのだ。エルフの剣士というのは。エルフは大抵、細身で、亜人種の中でも飛びぬけて筋肉が付きにくい体質だ。その代わり魔法の素質があって大抵のエルフは魔法を使う役職にになる。攻撃や防御の魔法を操る魔法師だとか、治癒魔法を使って仲間を回復する治癒師だとか。
仮に武器を取って戦うものでも、弓を使う者ばかりで、近距離戦を選ぶものはいないと聞いている。
何度かエルフと一緒に依頼をこなしたり、少年経由でエルフの話を聞くことはあるが、わたしは彼しか剣士のエルフを知らない。
「あまり大きな声でいうことじゃないですよ、依頼主ににらまれちゃいます。……ところで、べ、ヴェ、なんとかってなんですか?」
聞き覚えのない単語だ。こちらの世界独特のものだろう。文字は異国風でも言葉は通じるが、時折、単語だけ聞きなれないものがあった。元の世界に存在しないものなんだろうな、とわたしは勝手に解釈している。
似たようなものでも、ものが違うと名前も違うことが多い。
「ヴェッダーだ! 天候が変わりやすい時期のことをそう言ってな。決まった周期で来るわけではないが、まあ、年に一度か二度は必ずある。……ほら、噂をすれば」
剣士さんが外を見るので、つられて彼の視線の先を追えば、晴れ間が見えた。まだぱらぱらと雨は振っているが、さっきまでの豪雨に比べたらかわいいものだ。
「お、狐の嫁入り」
思わずわたしがそう言うと、剣士さんが不思議そうに首を傾げた。
「狐の嫁入り?」
「わたしの住んでた国では、晴れているときに小雨が降ることをそういうんです」
「獣が番うのをわざわざ表現するとは、変わっているな」
変なの、と言いたげな表情で剣士さんは軽く笑っていた。
確かに言われてみれば、天気雨を狐の嫁入りだと表現するのは不思議だよなあ。わたしはおばあちゃんに教えてもらって、そういうもんなんだなあとなんの疑問も抱かず覚えたけれど、どうしてそういう風にいわれているのか、とかそういう言われみたいなものは知らない。
「この辺りだとそういう風に言わないんですね」
「聞いたことないな。俺の住む森では『小喧嘩天気(こげんかてんき)』なんて言っていたが」
「小喧嘩天気、ですか……?」
なんでも、エルフの間では晴れを司る神と雨を司る神が、どちらが自分の天気にするか、で揉めているときに晴れと雨が両立するのだと考えられているらしい。で、小喧嘩天気。
このあと、雨雲に覆われて雨が強まれば雨の神の勝ちで『勝ち雨』になり、雨雲がなくなってすっかり晴れてしまえば『勝利晴れ』になるそうだ。
ちなみに、『小喧嘩天気』のときに風が強いと、風を司る神も参戦したこととなり、『大喧嘩天気』になるという。
「このままだと晴れそうですし、『勝利晴れ』ってやつになりますかね?」
「どうだろうな。なにせ、ヴェッダーだからなあ」
晴れてほしいなあ、と思いつつ、空を見上げれば、雨は弱まる一方で、このまま晴れてしまいそうだった。
■■■
晴れそうでこの後は楽に依頼をこなせそうだな。
――そんな風に思っていたのだが。
わたしは、商人さんを街に送り届け、任務を達成し――今日の護衛依頼が妙に相場より高かった理由を実感した。こんなクソみたいな天気に振り回されることが分かっていたら、普通は依頼を受けたがらないだろう。
結局あの後、『勝利晴れ』にはならず、五分ほど雨が止んだかと思えば、再び雨が降って、最終的には雪に変化し、吹雪で天気は落ち着いたようだった。
吹雪って。
この国には春夏秋冬の様に四季はないらしい。
この世界に来てから半年間、常に初夏のような、半袖だと流石に肌寒いけど、長袖で動いていると暑くなる、みたいな気候だったのだが、今日はまごうことなき冬だった。
半年間、軽装備でも寒いと思ったことはなかったので、似たような厚さの服しかそろえてなかったのが裏目にでた。一枚くらい、厚めの服をを持っておいた方がいいかもしれない。
服屋の一部分で、一年を通して冬物としか言えない服が売っているのを見かけたことがあって、いつ着るのだろうとずっと疑問だったのだが、今日解決した。
「あったかいもの食べる、絶対食べる……」
任務終了の届けをこの街の冒険者ギルドに出し、そのまま併設の食堂へと足を運ぶ。ここの街のギルドには初めて来るので、どんな料理があるのか楽しみだ。
「よかったな、今日のおすすめメニューはキャカロルのソース煮込みのようだ」
剣士さんがわたしの前の席に座り、壁に書かれたメニューを見ながら、にこにこ笑う。
キャカロルのソース煮込み、すなわち、ビーフシチュー! 絶対それにしよ。
あとお酒も飲みたい。
今日はもう依頼を受ける気にならないし、こんな吹雪じゃいつも拠点にしている街に帰るのも一苦労だ。このままここに泊まるつもりだし、夜には少し早いけどアルコールを摂取して温まろう。
それにしても、ギルド併設の食堂はどこも壁にメニュー直書きなんだな……と思い、壁を眺めながらウエイトレスさんが来てくれるのを待つ。メニューの傾向は街によって違うみたいだけど、書き方は変わらないらしい。
「君は文字が読めるのか?」
壁を眺めるわたしに、剣士さんが意外そうに声をかけてきた。
この国の識字率は結構低いようだ。それが女性ともなればなおさら。
冒険者の依頼が張られる掲示板にも、文字より絵が目立つような依頼書が使われるし、なんなら代わりに読んでくる『文字読み』が一人は必ず常駐している。
この国では、文字が読めるだけで仕事にありつけるのだ。
「うーん、この国の文字は読めないんですけど、鑑定魔法を使えるので。母国の文字なら普通に読めますよ」
とはいえ、そんなに使いこなせるわけではないので、文字を読み取る程度のことしかできない。もっと鑑定魔法を使いこなせる人だと、性能やら値段、価値、産地、所有者や生産者まで分かるというのだが……。
まあ、どんな国の文字や暗号も一瞬で読めるようになるというだけで、わたしには十分価値がある。
そんなことを話していると、ウエイトレスさんが来てくれた。
「こっちはキャカロルのソース煮込みと丸パン、あとレディ・ワインをお願いします」
そう言うと、先に注文を済ませていた剣士さんが少しびっくりしたような表情を見せた。えっ、なに、食べすぎ? それとも昼間から酒を飲むような女に見えなかった……とか? ああ、そっちかな。
ちなみにレディ・ワインとは赤ワインのことである。
冒険者ギルドだから、居酒屋とかと違って酒の種類は少なそう、と勝手に思い込んでいた時期もあったのだが、食通の国だからか、妙にラインナップが豊富だ。冒険者のドワーフも多いので、彼らの要望が多かったのかも、という可能性も否定できないが。
「了解でーす!」
ウエイトレスさんは軽い返事をすると厨房の方へ向かっていく。この国のウエイトレスさんは結構軽い人が多い。まあ、元いた国の「お客様は神様です」精神が行きすぎなのもあるのかもしれないけど。あれと比べちゃあねえ。
「ソース煮込み、楽しみですね」
「あ、ああ……」
美味しくて温かいものが食べれる、と分かっていると寒くてもにこにこしてくる。
「剣士さんはお酒、飲まないんですか?」
わたしがそう聞くと、「んなっ!?」と剣士さんは動揺したような声をあげた。
わたしの中で、ビーフシチューと赤ワインは鉄板の組み合わせで、日本にいるときからビーフシチューを食べるときには必ず赤ワインを添えた。自炊でビーフシチューを作るときは、面倒くさがらず牛もも肉を贅沢に使ったものだ。ほろっと崩れた肉の風味が口の中に残っているうちに赤ワインを楽しむ。これが最強なのだ。
わたしの中で、離れることのないコンビなのだが、この国の人はお酒に弱いから、そういう自分の中の大好きなお酒と料理のコンビ、みたいのはないのかもしれない。
「この国の人って、お酒弱いですもんねえ。わたしはお酒大好きなので、この国出身じゃなくて良かったかも。あ、もちろんこの国が嫌いってわけじゃないですよ」
結構かぱかぱ酒を開けて飲むわたしにとって、量が飲めるか飲めないか、というのは結構重要な問題だ。お酒は美味しく楽しく飲むもので、酔うために飲んでいるわけじゃないのだ。少なくとも、わたしは。
「君は……この国の出身じゃないのか?」
「はい!」
そもそも生まれた世界すら違います、とは流石に言わない。特に意識して隠しているわけではないが、「異世界の生まれなんです!」なんて言ったら、頭のおかしいやつに思われるのは避けられないだろう。
冒険者は信用も大事なので、余計なことは言わないに限る。
ばれたら説明するくらいでいいかな、と思っているのだが、別の国の出身、と行ってしまうと皆納得して、わたしが異世界出身と疑う人はいない。異文化に慣れない外国人、という誤魔化しをあっさり信じられてしまうのだ。
そう考えると、この世界では、異世界人ってメジャーじゃないのかな。異世界人がよくいるのなら、もしかして……ってなってもおかしくないし。あれっ、帰る手段、本当になかったりする?
……まあいいや、美味しい料理がこれから来るのに、難しいこと考えるのはやめよう。
「半年くらい前にこっちに来たんです。ご飯もお酒も美味しくて、人柄のいい人も多くて。いい国ですよね」
そう言うと、剣士さんはなんとも言い難い固い笑みを浮かべていた。
なんだろ、なんか変なこと言ったかな。褒めたつもりだったんだけど。
別に笑うのが下手な人じゃないしな……と不思議に思っていると、ウエイトレスさんが料理を持ってきてくれた。
昼食どきでもなし、夕食どきでもなし、という中途半端な時間で、周りにお客さんも少ないからか、随分と早かった。お腹ぺこぺこなので、ありがたい。
「キャカロルのソース煮込みと丸パン……あと、レディ・ワインとセーン・ティーになりまーす。ごゆっくりどうぞー」
剣士さんと頼んだメニューは一緒だが、飲み物は別。わたしは「ありがとうございます」と手を合わせた。
まずはレディ・ワインを先に一口。
あーうまー! すっきりとした渋みがたまらん。ジェントル・ワイン――つまりは白ワインも好きだけど、料理のときに食べるならやっぱこっちだよね。香りがよくて、シチューの前に飲み干したくなる。ワインって、ビールみたいに一気飲みするようなもんでもないと思うけど。
本当は、無事に依頼を達成した祝いに乾杯、とかやりたかったのだが、どうやらこの国にはそういう文化はないらしい。
前に一度、少年と一緒にご飯を食べたとき、思わず乾杯、とやってしまってめちゃくちゃ怒られたのだ。
顔を真っ赤にしながら「二度とやらないでください! 絶対、絶対ダメです!」とかなり強く怒られたので、ちゃんとした理由は分からないけれど、なんか駄目だったんだと思う。食器同士を合せるのはマナー違反、とか、そういう感じなのかな。敬語でマジ切れされたので、本当にまずいものだったのだろう。
レディ・ワインを堪能したあとは、ビーフシチューだ!
そのまま食べるのも美味しいのだが、わたしはパンに載せて食べるのが好きだ。浸して食べる、という方法を取る人は見かけないので、あえてやっていない。行儀悪いと思われても嫌だし。
「んー、うま!」
シチュー自体にもワインが使われているのか、ほんのりとレディ・ワインの風味を感じる。ほろり、と肉がほどける舌ざわりは繊細で、ギルド併設の食堂なんかではなく、いいところのレストランで食事をしている気分になる。
わたしがぱくぱくとキャカロルのソース煮込みを食べているのに対して、剣士さんのスプーンは進んでいない。
「大丈夫ですか?」
体調が悪いのかな……と思ったが、「大丈夫だ! 少し考え事をしていただけだ!」と吹っ切れたように彼は笑った。
そうして、パクパクと、先ほどまでが嘘のように、笑顔でソース煮込みを食べ始めた。
まあ、本人が大丈夫って言っているし、無理をしているようにも見えないから、まあ、大丈夫なんだろう。本当に考え事してただけなのかも。外はすごく吹雪いているし、帰り道の心配とかしてたのかな。
それにしても――エルフって、お肉食べて大丈夫なのかな。
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