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06 元社畜と特別なクッキー(Another)
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「こんばんは~、一緒にお酒、どうですか?」
久々に顔を出した冒険者ギルドで、オレは酒の席に誘われた。女はべろべろに酔っていたが、顔は悪くない。
付き合うのはやぶさかではないな、と小娘についていったら、本当に酒を飲み合うだけで、小娘はこの国の人間ではなかった、という話は――今でもオレの中で、怒りの感情で包まれたまま、沈んでいる。
■■■
オレの家は代々薬売りをしていた。オレでもう何代目になるのかは知らないし興味もないが、特にやりたい仕事もなかったオレは薬屋の跡を継いだ。父はどうしても就きたい仕事があったとかで、オレに薬屋を任せた後、母と共に王都へと移り済んだので、今この薬屋にいるのはオレ一人だ。
店に並べる薬は、裏庭で育てた薬草か、冒険者ギルド経由で入荷する薬草を使う。
薬売りの仕事を始めたころは、てんやわんやでそんな余裕もなかったが、数年経って仕事にも慣れた頃、薬草採取くらいなら自分でもできるのでは? と冒険者になった。自分で薬草を取れるようになれば、冒険者ギルドに通す分の金がかからなくなるし、何より状態を見てよりよい薬草を手に入れることができる。冒険者の野郎共は、薬草の種類そのものを判断できる程度の知識はあるが、どういう状態がいいのか、なんてことを考えて採ってくるやつはいない。質より数なのだ。
実際、街の外に出て薬草採取をしてみたら、そんなに難しいことでもなかった。冒険者にならなくてもいいか、と思っていたが、冒険者でないと立ち入りができない場所に薬草が生えていることも珍しくないため、何の資格もなしに一人で採集に行くのには限界があった。わざわざ登録しなければならないのは面倒だったが今後のことを思えば得でしかない。
本業の薬屋が忙しくなると流石に頻繁に冒険者ギルドへと足を運ぶこともできなくて、薬草採取の依頼を発注しなければならなかったが、店で扱う薬草の八割は自分で採取している。
冒険者ギルドを経由しない分安上がりだし、薬草採取の仕事自体は勉強にもなる。いいこと尽くしだった。
妙な噂が出てくるまでは。
――西の森の薬師は、冒険者に依頼できないような毒草を採取するため、わざわざ自ら危険地に足を運んでいる。
そんなわけあるか! と否定したかったが、冒険者内で噂が広まるのは本当に早い。オレの耳にその噂が入ってくるころには、もはや修正不可能なところまで来てしまっていた。
元より、冒険者家業はあくまで副業。薬屋の方が忙しくなればずっと放置していることだって珍しくない。だから、冒険者間の噂にはやや疎いところがあるのは事実だ。
そんなわけで、オレが知ったときにはもう手遅れで。
噂は噂。元よりオレの店を利用していた冒険者は噂を信じなかったし、冒険者以外の常連が来なくなったということもない。無駄に何代も続いている薬売りの家業。オレよりもよっぽど年上のじいさんやばあさんの常連が何人もいる。
薬売りの仕事に、支障はない。
――本業にだけ、は。
わざわざオレに話しかけるような奴は減った。前から仲良くしている奴は別だったが、こんな、カスみたいな噂が広まってしまえば新しく交友関係を広めることは不可能に近い。
だからこそ、そんなオレにわざわざ声をかけるなんて、しかも酒を誘うなんて、よほどオレに惚れているんだろう、と思ったのに!
「やー、いいっすよねえ、この国のお酒。種類が一杯、ご飯もおいしい。ここに流れ着いたときはどうなるかと思いましたけど、食生活が満たされていれば、なんかもう、全部許せる」
勢いよく冷やしシュワーをあおっていい音を立てながらコップをテーブルに叩きつけた女の姿は、たまに、今でも夢に見る。
さっきまで、心地よく話をしていたはずなのに、一気に血の気が引き、寒さすら感じた。
「あ、おねえさーん、おかわりお願いしまーす。今度は……んふふ、ビールにしちゃおー」と、オレの気も知らず、女は注文を重ねる。
すぐに言葉は出なかった。先ほどまで、普通に飯を食って、少しだけ酒も飲んで、口の中が乾燥しているなんてことはありえないはずなのに、喉が張り付いたようにうまく動かない。
「――……は、はぁ? お前……こ、ここの人間じゃないのか? 異国人? 本気で言っているのか?」
ようやく絞り出した言葉に、べろべろに酔っ払ったままの女は、元気よく答えた。オレが動揺していることには、みじんも気が付いていない。
「はい、そうです! 別の国から来たんですよぉ。えーっと……まあ、東の方の国かなぁ。うちの国も、ここと同じくらい、ご飯に気合が入っている国ですよぉ」
他国の人間であると教えられ、オレがどれだけプライドを傷つけられたか、この女は知らんのだ!
本当は、話かけられてちょっとうれしかったとか――そんなことは断じてない!
■■■
「いただきまーす」
「ここで食うのか!?」
誰に食べさせるのか知らないが、惚れ薬を買った小娘は、まさかこの場で食べ始めた。誰にやるのかなんて気にしていないから、買いたければ買えばいい、なんて言ってしまったが、本当に買うとも、ましてやここで食べるとも思わなかった。
惚れ薬だぞ? 惚れ薬!
確かに、直接精神を操るような、そんな魔法のような効果はない。結局は気休め。多少の興奮剤のような効果はあるが。
だが、作ったオレが言うのもはばかられるが、『惚れ薬』としての効果は十二分にある。
これを渡された相手に好感を持たない男は不能だと言われるまでの惚れ薬を、今、ここで、自分で食うか!?
「んむ……あんまり甘くない……? あ、でもお酒効いてて好きです、これ」
お前はそうだろうな!
この惚れ薬は、『直接好きとも言えないし、酒の席に誘うこともできない奥手が、どうしても好意を伝えたくて勇気を振り絞るため』の薬だ。当然、酒は入っている。
もじもじと、いつもは主張の少ない少女が、これを渡して来たら、そのいじらしさにドキッとして、相手を意識すること間違いなし、という商品だ。そういうコンセプトなのだ。
少しだけ、娼館でも使うような媚薬の材料になるハーブも少し入っていて、それがさらに追い打ちをかける。
いくら一部の素材が同じとは言え、娼館で使うような本当のの媚薬に比べたら、ままごと程度の催淫効果しかないだろうが、気休めなのでちょっと効果が出れば十分なのだ。軽く心拍数が上がればそれでいい。
「これ、なんか……もぐ……もっとお酒が、もぐ、欲しくなりますね。ごくん。いや、水分が欲しくなる、ってわけじゃないんですけど。クッキーって口の中の水分を結構持っていくものだと、もぐ、思うんですけど、これはしっとりしてて、そのままでも、……もぐ、十分おいしいと言いますか……ごくっ」
そんな商品をそうパクパク食べるな! 手軽に食うべき商品じゃないんだよ、それは!
……しかし、今ここでそれを食べてしまう、ということは、こいつに惚れさせたい相手はいないということか……?
いや、断じて違う、気にしてなんかない!
「結構おいしいです! 薬師さんも食べますか?」
「――――っ、いら! ない! ふざけるなよお前!」
「あはは、まあ、そうですよねえ。作った本人なら、味、分かりますもんね」
なんでそれをオレに差し出すんだ! クソ、クソ! 今ちょっと一瞬期待――してない! 思い出せ、オレ! この小娘は他国出身! 酒を勧める意味を理解していない!
だが――それにしたって、半年はこの国にいるだろう、この女。それなのに、こんなにもこの国の文化に疎いなんてこと、あるか?
そもそもこの国の変わった酒文化に関しては、そこそこ他国でも有名だ。たまにねじ曲がって伝わっていることもあるが。
どんな辺鄙な土地で育ったのか。教育がまだ済んでいない年齢なのか? オレよりかなり下そうだが、冒険者になっているということは、最低でも成人はしているだろう。未成年に課せられる試験をパスできるようには到底見えない。となると、成人したて……十八か十九? だとしても、こんなにも純真む……いや、能天気で世間知らずに生きてこられるもんなのか?
「めちゃくちゃおいしいな……。薬師さん、お菓子屋さんもいけるんじゃないですか? クッキー以外の導入も考えませんか? こういうお菓子なら、お酒我慢しても食べたくなると思います」
全部食べ切ったぞこいつ……。
流石に酒に弱いやつらばかりのこの国でも、菓子に入っているような酒だけでべろべろになるやつは早々いない。なるとしたらほろ酔い程度だ。
とはいえ、こんなハイペースで酒入りの菓子を食べるやつも、またいない。どんな舌と肝臓をしているんだこいつは。
「お土産に買ってこうかなー。クッキーの味って、このお酒の風味が効いてるやつの一種類だけですか?」
「――……は?」
思った以上に、オレの口から低い声が出て、自分でも驚きを隠せない。オレがこんなだからか、小娘の方は余計に驚いたようで、目を丸くしている。
「……誰かにやるのかよ」
「い、いいえ? 普通にわたし用です。知り合いは皆、自分で甘いもの買うでしょうし……。そもそも、甘いもの食べているところ見たことがないので、好きかも分からないですから」
何だよ、自分用か……。焦らせるなよ馬鹿が……。
い、いや、焦っていない! こいつが誰にこのクッキーを渡そうと、オレには関係ない!
「あ、もしかして、これも何か薬効がある、とかですか? 薬草が練り込んである的な……。一日に何枚までー、とか決まりがある、みたいな? 薬屋にあるクッキーですもんね。普通のとは違うか」
オレの気も知らず、小娘はへらへら笑いながら話を続ける。
「わたしの故郷にもありましたよ、そう言うお菓子。栄養剤みたいな飴っていうかグミっていうか、そんな感じのが。おいしいけど、栄養の取り過ぎは良くないからと一日の摂取個数を決められてたんですけど、子供の頃はそんなの知らないですから。こっそり食べようとしてたなあ……懐かしい」
いや知らん。こいつの過去には興味がない。いや、本当に。本当に!
というか、薬屋にあるクッキーが普通のじゃないかも、って分かっていて、酒の風味がすることにも気が付いて、それなのになんで『惚れ薬』という答えにたどり着かないんだこの女は!
「……別に一日何枚食ったってかまわねえよ。酒に酔っても知らねえけど」
「え、お菓子のアルコールで酔うとかあるんですか?」
食えるもんなら食ってみろ、と言ってみれば、まるで別世界の人間を見るような目で、小娘はこちらを見てくる。酒入りの菓子や料理で泥酔するような奴はいなくても、酔う奴はそこまで珍しくもないので、本当にこいつは異国人なのだなと思い知らされる。
これだけ酒が好きなのに、酒についての知識がないなんて、誰も注意しないのか?
――それとも、今までそういった相手がいなかったのか。
「――っ、クソ! お前もう帰れよ! 今日は休日だぞ、普通に商品の売買を求めんじゃねえ!」
「ええ!? 急に何ですか、酷いなあ! 欲しければ買えって言いだしたのはそっちなのに! しかもさっきは割と普通に売ってくれたのに……すでに商売が成立してるじゃないですかぁ……」
不満そうな顔をしていたが、休日、という言葉に思うところがあったのか、それ以上何を言うでもなく、「じゃあもう帰りますよ。依頼達成のサインをお願いします」と紙を渡してきた。
依頼書には、オレが先日、冒険者ギルドへと依頼した、セルファム草の採集と納品を依頼するむねが書かれていて、下の方に彼女の名前がサインとして書かれている。いつも変わらない、癖のある字のサイン。筆跡が常に一緒ということは、高確率でこいつが書いているのだろう。
……文字の読み書きができる程度には教育されているのなら、やっぱりこの国の酒文化について何も知らないのはおかしいんじゃ……。
ああ、クソ!
オレはやけくそになりながら雑に、受領の意味を込めて彼女の名前の隣に自分の名前を書く。早く帰って欲しい。無駄に疲れた。
「おら、サインしたぞ! 早く帰れ、オレはこれから調薬に忙しくなるんだからな!」
「えぇ……さっき休日って言ったばかりじゃないですか。休みなんだったら休まないと。だからあんな、木の影なんてひどいところで寝落ちするんですよ」
オレを心配するような言葉に、胃の底の奥が熱くなったような気がした。
いや、気のせい、気のせいだ!
こいつがそばにいると、ろくなことが思い浮かばない。こんな、気を持たせるだけ持たせて、実はそんな気はなかった、なんて無神経な女、好きなわけ――いや違う!
そもそも、好きになってなんかない! 違うのだ、違うと言ったら、違うのだ!
久々に顔を出した冒険者ギルドで、オレは酒の席に誘われた。女はべろべろに酔っていたが、顔は悪くない。
付き合うのはやぶさかではないな、と小娘についていったら、本当に酒を飲み合うだけで、小娘はこの国の人間ではなかった、という話は――今でもオレの中で、怒りの感情で包まれたまま、沈んでいる。
■■■
オレの家は代々薬売りをしていた。オレでもう何代目になるのかは知らないし興味もないが、特にやりたい仕事もなかったオレは薬屋の跡を継いだ。父はどうしても就きたい仕事があったとかで、オレに薬屋を任せた後、母と共に王都へと移り済んだので、今この薬屋にいるのはオレ一人だ。
店に並べる薬は、裏庭で育てた薬草か、冒険者ギルド経由で入荷する薬草を使う。
薬売りの仕事を始めたころは、てんやわんやでそんな余裕もなかったが、数年経って仕事にも慣れた頃、薬草採取くらいなら自分でもできるのでは? と冒険者になった。自分で薬草を取れるようになれば、冒険者ギルドに通す分の金がかからなくなるし、何より状態を見てよりよい薬草を手に入れることができる。冒険者の野郎共は、薬草の種類そのものを判断できる程度の知識はあるが、どういう状態がいいのか、なんてことを考えて採ってくるやつはいない。質より数なのだ。
実際、街の外に出て薬草採取をしてみたら、そんなに難しいことでもなかった。冒険者にならなくてもいいか、と思っていたが、冒険者でないと立ち入りができない場所に薬草が生えていることも珍しくないため、何の資格もなしに一人で採集に行くのには限界があった。わざわざ登録しなければならないのは面倒だったが今後のことを思えば得でしかない。
本業の薬屋が忙しくなると流石に頻繁に冒険者ギルドへと足を運ぶこともできなくて、薬草採取の依頼を発注しなければならなかったが、店で扱う薬草の八割は自分で採取している。
冒険者ギルドを経由しない分安上がりだし、薬草採取の仕事自体は勉強にもなる。いいこと尽くしだった。
妙な噂が出てくるまでは。
――西の森の薬師は、冒険者に依頼できないような毒草を採取するため、わざわざ自ら危険地に足を運んでいる。
そんなわけあるか! と否定したかったが、冒険者内で噂が広まるのは本当に早い。オレの耳にその噂が入ってくるころには、もはや修正不可能なところまで来てしまっていた。
元より、冒険者家業はあくまで副業。薬屋の方が忙しくなればずっと放置していることだって珍しくない。だから、冒険者間の噂にはやや疎いところがあるのは事実だ。
そんなわけで、オレが知ったときにはもう手遅れで。
噂は噂。元よりオレの店を利用していた冒険者は噂を信じなかったし、冒険者以外の常連が来なくなったということもない。無駄に何代も続いている薬売りの家業。オレよりもよっぽど年上のじいさんやばあさんの常連が何人もいる。
薬売りの仕事に、支障はない。
――本業にだけ、は。
わざわざオレに話しかけるような奴は減った。前から仲良くしている奴は別だったが、こんな、カスみたいな噂が広まってしまえば新しく交友関係を広めることは不可能に近い。
だからこそ、そんなオレにわざわざ声をかけるなんて、しかも酒を誘うなんて、よほどオレに惚れているんだろう、と思ったのに!
「やー、いいっすよねえ、この国のお酒。種類が一杯、ご飯もおいしい。ここに流れ着いたときはどうなるかと思いましたけど、食生活が満たされていれば、なんかもう、全部許せる」
勢いよく冷やしシュワーをあおっていい音を立てながらコップをテーブルに叩きつけた女の姿は、たまに、今でも夢に見る。
さっきまで、心地よく話をしていたはずなのに、一気に血の気が引き、寒さすら感じた。
「あ、おねえさーん、おかわりお願いしまーす。今度は……んふふ、ビールにしちゃおー」と、オレの気も知らず、女は注文を重ねる。
すぐに言葉は出なかった。先ほどまで、普通に飯を食って、少しだけ酒も飲んで、口の中が乾燥しているなんてことはありえないはずなのに、喉が張り付いたようにうまく動かない。
「――……は、はぁ? お前……こ、ここの人間じゃないのか? 異国人? 本気で言っているのか?」
ようやく絞り出した言葉に、べろべろに酔っ払ったままの女は、元気よく答えた。オレが動揺していることには、みじんも気が付いていない。
「はい、そうです! 別の国から来たんですよぉ。えーっと……まあ、東の方の国かなぁ。うちの国も、ここと同じくらい、ご飯に気合が入っている国ですよぉ」
他国の人間であると教えられ、オレがどれだけプライドを傷つけられたか、この女は知らんのだ!
本当は、話かけられてちょっとうれしかったとか――そんなことは断じてない!
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「いただきまーす」
「ここで食うのか!?」
誰に食べさせるのか知らないが、惚れ薬を買った小娘は、まさかこの場で食べ始めた。誰にやるのかなんて気にしていないから、買いたければ買えばいい、なんて言ってしまったが、本当に買うとも、ましてやここで食べるとも思わなかった。
惚れ薬だぞ? 惚れ薬!
確かに、直接精神を操るような、そんな魔法のような効果はない。結局は気休め。多少の興奮剤のような効果はあるが。
だが、作ったオレが言うのもはばかられるが、『惚れ薬』としての効果は十二分にある。
これを渡された相手に好感を持たない男は不能だと言われるまでの惚れ薬を、今、ここで、自分で食うか!?
「んむ……あんまり甘くない……? あ、でもお酒効いてて好きです、これ」
お前はそうだろうな!
この惚れ薬は、『直接好きとも言えないし、酒の席に誘うこともできない奥手が、どうしても好意を伝えたくて勇気を振り絞るため』の薬だ。当然、酒は入っている。
もじもじと、いつもは主張の少ない少女が、これを渡して来たら、そのいじらしさにドキッとして、相手を意識すること間違いなし、という商品だ。そういうコンセプトなのだ。
少しだけ、娼館でも使うような媚薬の材料になるハーブも少し入っていて、それがさらに追い打ちをかける。
いくら一部の素材が同じとは言え、娼館で使うような本当のの媚薬に比べたら、ままごと程度の催淫効果しかないだろうが、気休めなのでちょっと効果が出れば十分なのだ。軽く心拍数が上がればそれでいい。
「これ、なんか……もぐ……もっとお酒が、もぐ、欲しくなりますね。ごくん。いや、水分が欲しくなる、ってわけじゃないんですけど。クッキーって口の中の水分を結構持っていくものだと、もぐ、思うんですけど、これはしっとりしてて、そのままでも、……もぐ、十分おいしいと言いますか……ごくっ」
そんな商品をそうパクパク食べるな! 手軽に食うべき商品じゃないんだよ、それは!
……しかし、今ここでそれを食べてしまう、ということは、こいつに惚れさせたい相手はいないということか……?
いや、断じて違う、気にしてなんかない!
「結構おいしいです! 薬師さんも食べますか?」
「――――っ、いら! ない! ふざけるなよお前!」
「あはは、まあ、そうですよねえ。作った本人なら、味、分かりますもんね」
なんでそれをオレに差し出すんだ! クソ、クソ! 今ちょっと一瞬期待――してない! 思い出せ、オレ! この小娘は他国出身! 酒を勧める意味を理解していない!
だが――それにしたって、半年はこの国にいるだろう、この女。それなのに、こんなにもこの国の文化に疎いなんてこと、あるか?
そもそもこの国の変わった酒文化に関しては、そこそこ他国でも有名だ。たまにねじ曲がって伝わっていることもあるが。
どんな辺鄙な土地で育ったのか。教育がまだ済んでいない年齢なのか? オレよりかなり下そうだが、冒険者になっているということは、最低でも成人はしているだろう。未成年に課せられる試験をパスできるようには到底見えない。となると、成人したて……十八か十九? だとしても、こんなにも純真む……いや、能天気で世間知らずに生きてこられるもんなのか?
「めちゃくちゃおいしいな……。薬師さん、お菓子屋さんもいけるんじゃないですか? クッキー以外の導入も考えませんか? こういうお菓子なら、お酒我慢しても食べたくなると思います」
全部食べ切ったぞこいつ……。
流石に酒に弱いやつらばかりのこの国でも、菓子に入っているような酒だけでべろべろになるやつは早々いない。なるとしたらほろ酔い程度だ。
とはいえ、こんなハイペースで酒入りの菓子を食べるやつも、またいない。どんな舌と肝臓をしているんだこいつは。
「お土産に買ってこうかなー。クッキーの味って、このお酒の風味が効いてるやつの一種類だけですか?」
「――……は?」
思った以上に、オレの口から低い声が出て、自分でも驚きを隠せない。オレがこんなだからか、小娘の方は余計に驚いたようで、目を丸くしている。
「……誰かにやるのかよ」
「い、いいえ? 普通にわたし用です。知り合いは皆、自分で甘いもの買うでしょうし……。そもそも、甘いもの食べているところ見たことがないので、好きかも分からないですから」
何だよ、自分用か……。焦らせるなよ馬鹿が……。
い、いや、焦っていない! こいつが誰にこのクッキーを渡そうと、オレには関係ない!
「あ、もしかして、これも何か薬効がある、とかですか? 薬草が練り込んである的な……。一日に何枚までー、とか決まりがある、みたいな? 薬屋にあるクッキーですもんね。普通のとは違うか」
オレの気も知らず、小娘はへらへら笑いながら話を続ける。
「わたしの故郷にもありましたよ、そう言うお菓子。栄養剤みたいな飴っていうかグミっていうか、そんな感じのが。おいしいけど、栄養の取り過ぎは良くないからと一日の摂取個数を決められてたんですけど、子供の頃はそんなの知らないですから。こっそり食べようとしてたなあ……懐かしい」
いや知らん。こいつの過去には興味がない。いや、本当に。本当に!
というか、薬屋にあるクッキーが普通のじゃないかも、って分かっていて、酒の風味がすることにも気が付いて、それなのになんで『惚れ薬』という答えにたどり着かないんだこの女は!
「……別に一日何枚食ったってかまわねえよ。酒に酔っても知らねえけど」
「え、お菓子のアルコールで酔うとかあるんですか?」
食えるもんなら食ってみろ、と言ってみれば、まるで別世界の人間を見るような目で、小娘はこちらを見てくる。酒入りの菓子や料理で泥酔するような奴はいなくても、酔う奴はそこまで珍しくもないので、本当にこいつは異国人なのだなと思い知らされる。
これだけ酒が好きなのに、酒についての知識がないなんて、誰も注意しないのか?
――それとも、今までそういった相手がいなかったのか。
「――っ、クソ! お前もう帰れよ! 今日は休日だぞ、普通に商品の売買を求めんじゃねえ!」
「ええ!? 急に何ですか、酷いなあ! 欲しければ買えって言いだしたのはそっちなのに! しかもさっきは割と普通に売ってくれたのに……すでに商売が成立してるじゃないですかぁ……」
不満そうな顔をしていたが、休日、という言葉に思うところがあったのか、それ以上何を言うでもなく、「じゃあもう帰りますよ。依頼達成のサインをお願いします」と紙を渡してきた。
依頼書には、オレが先日、冒険者ギルドへと依頼した、セルファム草の採集と納品を依頼するむねが書かれていて、下の方に彼女の名前がサインとして書かれている。いつも変わらない、癖のある字のサイン。筆跡が常に一緒ということは、高確率でこいつが書いているのだろう。
……文字の読み書きができる程度には教育されているのなら、やっぱりこの国の酒文化について何も知らないのはおかしいんじゃ……。
ああ、クソ!
オレはやけくそになりながら雑に、受領の意味を込めて彼女の名前の隣に自分の名前を書く。早く帰って欲しい。無駄に疲れた。
「おら、サインしたぞ! 早く帰れ、オレはこれから調薬に忙しくなるんだからな!」
「えぇ……さっき休日って言ったばかりじゃないですか。休みなんだったら休まないと。だからあんな、木の影なんてひどいところで寝落ちするんですよ」
オレを心配するような言葉に、胃の底の奥が熱くなったような気がした。
いや、気のせい、気のせいだ!
こいつがそばにいると、ろくなことが思い浮かばない。こんな、気を持たせるだけ持たせて、実はそんな気はなかった、なんて無神経な女、好きなわけ――いや違う!
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