オレだけが死ぬデスゲーム

ゴルゴンゾーラ三国

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 一億。
 オレの頭にはそれしかなかった。自分の右腕が飛び、血が噴き出し、バランスを崩して地面に伏せてしまっても、それしか頭になかった。
 今回の優勝者には1500万。命を賭けるにはあまり高いとは言えなかったが、それでもただの高校生であるオレが手っ取り早く金を手に入れるには、手を付けざるを得ない。上の世界でバイトをして小銭を稼ぐより、もっと早く、目標の一億に近づける。
 金が欲しい。どうしても。
 その意地だけで立ち上がる。

入間いるま選手、立ち上がった――ッ! しかし、これは厳しいか!? ベロウウルフの牙が、今、いやっ、これは――!?』

 熱狂を誘う実況者の声がかすんで聞こえる。音としては聞こえるのに、言葉を理解するほど余裕がない。
 状況を把握しようとするより先に、首に異物が通過していく痛みが脳に駆け上る。
 金が欲しい。
 こんなところで負けられない。
 ――妹のために、金が欲しい!

「『生命のやり直しレザレクションッ!』」

 オレは叫んでいた。
 一瞬、意識が暗転したのちに、無傷の体に戻る。思わず首を触った。大丈夫、つながっている。
 しかし、手首にはめられたバングルからはビービーとけたたましい音が鳴ってしまっていた。

『入間選手、脱落ッ!』

 人は首をはねられたら死ぬ。当然のことだ。死んだらこのデスゲームからは脱落。
 たとえ生き返れるような異能を持っていたとしても、それは変わらない。
 いや、でも。

「死なない奴がデスゲーム参加者なの、ずるいだろぉおおお!」

 死体回収係に引きずられながら、オレは思わず叫んでいた。

◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇

 敷島国S市の第2区画にある、利用者が非常に少ない無人駅。その駅に併設された多目的トイレが地下都市【強欲タウン】の入り口である。
 強欲タウンは様々な賭場がひしめき立つメインストリート、ひっそりと存在する売春宿の裏通り、従業員が住む住居区画を主に構成されている。治安はあまりよくないが、金を求める、裏の世界に生きる敷島国民なら一度は足を運んだことがある場所だ。
 賭場の中でも一番の目玉はデスゲームだ。誰が生き残るかに金を賭け、命で遊ぶ、趣味の悪い金持ちの遊び。
 ――が、ここ数年でそのデスゲームは大きな変化を見せていた。



「ずるい……絶対ずるい……」

 デスゲームが繰り広げられる中央ステージを、ぐるりと囲むように並ぶ観客席は、ほとんどが客でうまっていた。
 オレは観客席の一番後ろで、無料サービスの水を飲みながらぶつぶつと独り言ちた。かし、かし、と紙コップを噛んでしまうが、一向にいら立ちは収まらない。

「わたしとしては、唯一ただひとの異能力も十分ずるいと思いますが」

 席に座るオレの斜め後ろにひっそりと立つ少女は、先ほどオレを会場から引きずり出した死体回収係の少女。黒のショートボブに真っ黒な喪服、馬鹿みたいに黒い女だが、目だけはよく晴れた日の空みたいな、青い瞳をしていた。
 可愛らしい顔と華奢な体をしているが、男一人くらいならば平然と担ぎ上げることができる力を持つ。愛らしい皮をかぶったゴリラ女だ。

「仕事しなくていいのかよ」

「唯一が脱落してしまったのでもう今日の仕事はありません」

 淡々という彼女に、オレは思わず舌打ちをした。
 今日のデスゲームは『牢と狼』。大きな牢に入れられた参加者が、同じ空間に放り込まれたベロウウルフから逃げつつ、鍵を探し出し、牢から脱出する、というルール。成功者には1500万が支払われる。協力するもよし奪い合うもよし、どちらでも成立するゲームだが、成功者が増えるほど賞金は等分されていくので、協力する者はいないだろう。今日の参加者は特に。
 殺しが大好きな残虐魔女に腹を空かせたドラゴナイト、そして金にがめついゾンビ。
 三者三様ではあるが、協力からはかけ離れたメンツだ。
 一番後ろからでは、中央のステージはほとんど見えないが、代わりに会場上部に設置されたモニターがある。それに目をやれば、目をらんらんとさせた魔女がゾンビの首をはねていた。魔女の持つ杖が、魔法で大鎌に変形している。おそらく、オレもアレにやられたのだろう。
 しかし、ゾンビは死なない。人間であるオレと違って死なない。首が飛んでも慌てたように体が頭を追いかけるだけ。

「ずるい」

 もう、何度呟いたかわからない言葉をまたこぼす。
 強欲タウンの目玉であるデスゲームは、数年前までは、アンデットの参加は不可能だった。そりゃそうだ。命をもて遊びたい連中からすれば、死なぬ者同士が争っても面白くはない。高い観戦料を払わずとも、別の賭場でやっているキャットファイトやら違法格闘技場へやら足を運べばいい。
 けれども、あまりにも人が死にすぎて、政府から目を付けられるようになった。強欲タウンはもとよりアンダーグラウンド。政府からお目こぼしの黙認をもらってはいるが、本格的に取り締まられれば一瞬で街は消える。
 そうして、数年前にアンデットの参加が認められ、必然的にアンデットの参加者が増え――今では、人間の参加者はオレ一人しかいない。
 それはそうだ。
 命を賭けるゲームにおいて死なないというは決定的な違いを生む。脱落しないからライバルを減らせないし、死の概念がないから恐れから行動がひるむ、ということもない。そんな相手に勝てるわけがない。

「諦めて違法格闘技に移ればいいのでは? あちらは人間ばかりですよ」

「馬鹿言えよ、あっちはあっちでバケモンの集まりだろ」

 違法格闘技の参加者は、生まれ持つ異能が戦闘に特化したものが多い。死んだら生き返ることができる『生命のやり直しレザレクション』というオレの異能も強い部類には入るだろうが、違法格闘技場では通用しない。

「……死なないのは、よいことです」

 数々の死体を見てきたであろう死体回収係が言うと、その重みは全然違う。――が。
 魔女が高笑いしながら、ゾンビの頭を蹴っている。その光景を見てもなお、死なないことがいいことであると言えるのは、ちょっとした狂気を感じた。さっきまで魔女を食おうとしていた小型ドラゴンの騎士、ドラゴナイトすらドン引いた顔をしているのがモニターにちらりと映った。
 アンデット同士のレベル高い遊びを見せつけられ、乾いた笑いしか出ない。何度でも生き返れるとしても、オレは死ぬ。あそこには混ざれない。

『おーっと! アルドリー選手、鍵を手に入れた! 走る、走るゥ――!』

 鍵を握ったドラゴナイトが走る映像が映し出される。漁夫の利、とでもいうのだろうか。魔女とゾンビがやりあっているうちに鍵を手に入れたらしい。ゾンビのほうは体だけでもドラゴナイトを追いかけるが、到底間に合わないだろう。金よりも命のやり取りにひかれてやってきている魔女は勝敗に興味がない。ドラゴナイトの勝利を邪魔するより、ゾンビを痛めつけるほうにご執心だ。そんな魔女から逃れられるほど、ゾンビも強くはない。
 あのゾンビより、単純な腕っぷしならオレのほうが上だろう。けれども、オレは負けてここにいる。なぜならオレが人で、殺されれば死ぬから。

『決まった――ァ! 脱出! アルドリー選手、勝利!』

 実況と共に客席が一気に沸き立つ。
 モニターは選手の名前と勝利の文字を表示する。それを見て、オレは立ち上がった。

「唯一、どこへ?」

「受付」

 空になった紙コップをくしゃりと握りしめた。
 次こそは負けない、金を手に入れて見せる、と気合を入れて。

「……そういうところ、ある意味『不死身』だとは思いますが。ただの人間が……狂ってます」

 死にすぎておかしくなったか。そう言いたげな表情を、死体回収係はしていた。
 なんとでも言え、オレは金が欲しいんだ。
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