2 / 4
02
しおりを挟む
とん、とん、と苛立ちながら、デスゲーム受付端末をいじる。デスゲーム会場施設の入り口ホールにある、一見するとATMにも似た機体である受付機は、今から参加できるデスゲームの一覧を表示していた。
しかし。
「チッ」
思わず舌打ちをしてしまう。本日開催のデスゲームの中で、まだ参加を受け付けているものはいくつもある。けれど、どれもこれも人間では参加できないようなものばかり。平たく言えば、アンデットが参加することが前提のものばかりで、アンデットならば足かせになるであろう程度のルールも、人間のオレでは即死してしまう。勝敗以前にゲーム開始前に死んでしまう。
アンデットが参加するようになってから、こういったデスゲームが増えた。当然と言えば当然だ。
いつか、アンデットしか参加できないようなデスゲームで埋め尽くされるだろうか。
その前に一億稼いでしまわないと。
諦めて明日開催のものから参加するデスゲームを探そう、と思ったとき。
「あーっ、唯一みっけ!」
妙にハイトーンな声が背後から聞こえてくる。あまりに唐突な大声に、思わずびくりと肩が揺れた。
ハイトーンボイスの持ち主は、なんの遠慮もなくオレの腰回りにタックルし、そのまま抱き着いてくる。
見下ろせば、ふわふわな黒髪を持つ、華ロリドレスに身を包んだ美少女がいる。
「ボクってばラッキー! ちょうどお腹すいてたの!」
見上げる彼女の瞳はくりくりとしているが、金色に光っているようで、うすら寒い恐怖のようなものを感じる。
にやりと薄く開いた口からは、鋭い牙が見える。
「ごはんちょーだい!」
ぐりぐりと頭をオレの腹に擦り付けてくる。可愛らしくご飯をおねだりしているが、彼女が要求しているのはオレの血である。
吸血鬼。
それが彼女だった。
死んでも『生命のやり直し』で元に戻るオレは、彼女にとって最高の餌である。好きなときに好きなだけ、それこそ永遠に補給される食事。にこにこと笑いながら接してくる彼女とのやりとりは、はたから見れば友人くらいには見えるだろうが、彼女はオレのことを便利なドリンクバーとしか思っていないだろう。
とはいえ、最高の血を飲みたい、という彼女の欲求の元、強欲タウンにいる間の衣食住は彼女が賄ってくれているため、あまり抵抗もできない。金が欲しいオレにとって、生活費のほとんどを負担してくれる雇い主みたいなものだ。
「ちょっと待っててくれ。明日の参加申請だけ済ませたい」
「ええ~、どうせ勝てないんだから諦めなよ~。ほらほら、一生ボクと結婚してくれたら一億でも二億でもあげるよ~?」
「断る」
受付機を操作しながら、吸血鬼少女の誘いを断る。
結婚、と言っても恋愛感情はそこにない。一生餌として飼っておくために、都合がよくてそれなりに拘束力のある関係に持ち込みたいだけだ。これは当の本人から言われてしまっているので勘違いのしようもない。
「ちゃんとした金じゃないとダメだ」
「デスゲームで手に入れた金がちゃんとしてるのかよ」
おかしそうにけらけらと少女は笑う。まあ、ちゃんとしてる金ではない。
ここでいう、『ちゃんとしてる』とは、綺麗か汚いかではなく、後腐れの有無である。オレの自由が失われることで手に入れた金を使っても、今度は妹がオレを助けるために金を稼ぎ出すだけだ。似たもの兄妹のことだから、あいつも時期にここへたどり着いてしまうだろう。
そうしたとき、オレと違って彼女は死んだらそこで終わりなのだ。
それは駄目だ。
「まあちゃんとしてるかどうかは置いておいて、どのくらい貯まったの?」
「……五百万」
「あっは、マジ? ウケる」
心底馬鹿にしたような表情で少女は言葉を吐き捨てた。デスゲームには、もう数えきれないほど参加してきたが、勝ったのはたった一回だけだった。しかも、まだ人間がまばらに参加していて、今ほど不利な状況でなかった時代に。協力プレイで今日と同じ『牢と狼』をクリアしたのだ。
「唯一はさあ、殺す気がないから負けんだよ」
なんてことないように、彼女は受付機をいじる。少女の身長では少し見えにくいのか、軽く背伸びをしていた。
ポチポチと受付機を操作する手には迷いがない。慣れた手つきだ。彼女は吸血鬼。吸血鬼もまた、アンデットと言ってもおかしくない種族。もちろん、殺す方法がない訳ではないが、そういったエキスパートは強欲タウンに来ない。もしかしたら、存在すら知らない可能性だって十分にある。強欲タウンに来るような連中では、彼女を殺すことができないのだ。
だからこそ、デスゲームに参加したこともあるのだろう。
「今日のだって、魔女とかドラゴナイトはまだしも、ゾンビだったら勝てそうだったじゃん。でも結局逃げ回るだけ。殺られる前に殺れよ」
「……見てたのか」
「ドラゴナイトに賭けて、一万が百万に化けました~。ボクってばラッキー!」
ぽんぽんと彼女は腰のあたりをたたく。そこにあるポケットは、少し膨らんでいるように見えた。その中に、百万があるのだろう。
「デスゲームなんだから、殺してなんぼでしょ」
まあ唯一と違ってボクらは死なないけど。
ケタケタと笑う彼女は、一つのデスゲームに参加申請をしていた。
『鍵ありきの部屋』。鍵が入っているかもしれない球体を飲み込み、ゲームスタート。他の参加者の腹から球体を取り出し、外へ出るための鍵を探し出す。そんなルールのデスゲームだ。
このゲームの恐ろしいところは、他の全員を殺したとしても外に出られる保証はない。なぜなら、自分が飲み込んだ球体の中に鍵があるかもしれないから。
そうなると自ら腹を引き裂かねばならない。
広い水槽のようなステージを『部屋』とし、注水が常に行われる。まごまごしていても溺死する、という仕組みだ。ちなみに脱出用の扉は上部にのみあるので、ある程度ゲームが進行しないと脱出はできない。
「……吸血鬼なのに水、平気なのか」
「聖地にあるような川は駄目だけどね~。デスゲームに使われるような汚い水道水に穢れを払う力なんてないよ」
まあ、確かにデスゲームに使われる水はお世辞でも綺麗とは言えない。特に『鍵ありきの部屋』の水なんて、後半になれば死体と臓物、血で染まる。まあ、最近は死体が浮くことはなくなったが。それでも、赤く濁る水は、清浄とは真逆にあるだろう。
「唯一、ボクに賭けなよ」
にんまりと、少女が笑う。きらり、と牙が光った。
「ボクが本当のデスゲームを見せてあげる」
しかし。
「チッ」
思わず舌打ちをしてしまう。本日開催のデスゲームの中で、まだ参加を受け付けているものはいくつもある。けれど、どれもこれも人間では参加できないようなものばかり。平たく言えば、アンデットが参加することが前提のものばかりで、アンデットならば足かせになるであろう程度のルールも、人間のオレでは即死してしまう。勝敗以前にゲーム開始前に死んでしまう。
アンデットが参加するようになってから、こういったデスゲームが増えた。当然と言えば当然だ。
いつか、アンデットしか参加できないようなデスゲームで埋め尽くされるだろうか。
その前に一億稼いでしまわないと。
諦めて明日開催のものから参加するデスゲームを探そう、と思ったとき。
「あーっ、唯一みっけ!」
妙にハイトーンな声が背後から聞こえてくる。あまりに唐突な大声に、思わずびくりと肩が揺れた。
ハイトーンボイスの持ち主は、なんの遠慮もなくオレの腰回りにタックルし、そのまま抱き着いてくる。
見下ろせば、ふわふわな黒髪を持つ、華ロリドレスに身を包んだ美少女がいる。
「ボクってばラッキー! ちょうどお腹すいてたの!」
見上げる彼女の瞳はくりくりとしているが、金色に光っているようで、うすら寒い恐怖のようなものを感じる。
にやりと薄く開いた口からは、鋭い牙が見える。
「ごはんちょーだい!」
ぐりぐりと頭をオレの腹に擦り付けてくる。可愛らしくご飯をおねだりしているが、彼女が要求しているのはオレの血である。
吸血鬼。
それが彼女だった。
死んでも『生命のやり直し』で元に戻るオレは、彼女にとって最高の餌である。好きなときに好きなだけ、それこそ永遠に補給される食事。にこにこと笑いながら接してくる彼女とのやりとりは、はたから見れば友人くらいには見えるだろうが、彼女はオレのことを便利なドリンクバーとしか思っていないだろう。
とはいえ、最高の血を飲みたい、という彼女の欲求の元、強欲タウンにいる間の衣食住は彼女が賄ってくれているため、あまり抵抗もできない。金が欲しいオレにとって、生活費のほとんどを負担してくれる雇い主みたいなものだ。
「ちょっと待っててくれ。明日の参加申請だけ済ませたい」
「ええ~、どうせ勝てないんだから諦めなよ~。ほらほら、一生ボクと結婚してくれたら一億でも二億でもあげるよ~?」
「断る」
受付機を操作しながら、吸血鬼少女の誘いを断る。
結婚、と言っても恋愛感情はそこにない。一生餌として飼っておくために、都合がよくてそれなりに拘束力のある関係に持ち込みたいだけだ。これは当の本人から言われてしまっているので勘違いのしようもない。
「ちゃんとした金じゃないとダメだ」
「デスゲームで手に入れた金がちゃんとしてるのかよ」
おかしそうにけらけらと少女は笑う。まあ、ちゃんとしてる金ではない。
ここでいう、『ちゃんとしてる』とは、綺麗か汚いかではなく、後腐れの有無である。オレの自由が失われることで手に入れた金を使っても、今度は妹がオレを助けるために金を稼ぎ出すだけだ。似たもの兄妹のことだから、あいつも時期にここへたどり着いてしまうだろう。
そうしたとき、オレと違って彼女は死んだらそこで終わりなのだ。
それは駄目だ。
「まあちゃんとしてるかどうかは置いておいて、どのくらい貯まったの?」
「……五百万」
「あっは、マジ? ウケる」
心底馬鹿にしたような表情で少女は言葉を吐き捨てた。デスゲームには、もう数えきれないほど参加してきたが、勝ったのはたった一回だけだった。しかも、まだ人間がまばらに参加していて、今ほど不利な状況でなかった時代に。協力プレイで今日と同じ『牢と狼』をクリアしたのだ。
「唯一はさあ、殺す気がないから負けんだよ」
なんてことないように、彼女は受付機をいじる。少女の身長では少し見えにくいのか、軽く背伸びをしていた。
ポチポチと受付機を操作する手には迷いがない。慣れた手つきだ。彼女は吸血鬼。吸血鬼もまた、アンデットと言ってもおかしくない種族。もちろん、殺す方法がない訳ではないが、そういったエキスパートは強欲タウンに来ない。もしかしたら、存在すら知らない可能性だって十分にある。強欲タウンに来るような連中では、彼女を殺すことができないのだ。
だからこそ、デスゲームに参加したこともあるのだろう。
「今日のだって、魔女とかドラゴナイトはまだしも、ゾンビだったら勝てそうだったじゃん。でも結局逃げ回るだけ。殺られる前に殺れよ」
「……見てたのか」
「ドラゴナイトに賭けて、一万が百万に化けました~。ボクってばラッキー!」
ぽんぽんと彼女は腰のあたりをたたく。そこにあるポケットは、少し膨らんでいるように見えた。その中に、百万があるのだろう。
「デスゲームなんだから、殺してなんぼでしょ」
まあ唯一と違ってボクらは死なないけど。
ケタケタと笑う彼女は、一つのデスゲームに参加申請をしていた。
『鍵ありきの部屋』。鍵が入っているかもしれない球体を飲み込み、ゲームスタート。他の参加者の腹から球体を取り出し、外へ出るための鍵を探し出す。そんなルールのデスゲームだ。
このゲームの恐ろしいところは、他の全員を殺したとしても外に出られる保証はない。なぜなら、自分が飲み込んだ球体の中に鍵があるかもしれないから。
そうなると自ら腹を引き裂かねばならない。
広い水槽のようなステージを『部屋』とし、注水が常に行われる。まごまごしていても溺死する、という仕組みだ。ちなみに脱出用の扉は上部にのみあるので、ある程度ゲームが進行しないと脱出はできない。
「……吸血鬼なのに水、平気なのか」
「聖地にあるような川は駄目だけどね~。デスゲームに使われるような汚い水道水に穢れを払う力なんてないよ」
まあ、確かにデスゲームに使われる水はお世辞でも綺麗とは言えない。特に『鍵ありきの部屋』の水なんて、後半になれば死体と臓物、血で染まる。まあ、最近は死体が浮くことはなくなったが。それでも、赤く濁る水は、清浄とは真逆にあるだろう。
「唯一、ボクに賭けなよ」
にんまりと、少女が笑う。きらり、と牙が光った。
「ボクが本当のデスゲームを見せてあげる」
5
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
ダンジョンに行くことができるようになったが、職業が強すぎた
ひまなひと
ファンタジー
主人公がダンジョンに潜り、ステータスを強化し、強くなることを目指す物語である。
今の所、170話近くあります。
(修正していないものは1600です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる