ヒノキの棒と布の服

とめきち

文字の大きさ
171 / 207

第百四十一話 火祭りの日

しおりを挟む
 フィアと言われて、何を思うだろうか?
 バレンシア公国では、『フィア』と呼ばれる火祭りが三月にかけて行われる。
 ここでこんなことを持ち出したのは、そこに飾られた人形についてである。
 俗に言う張り子の人形である。
 町全体で一四〇〇体もの張り子の人形が飾られ、また練り歩く。
 一年を、この人形つくりに費やする者もいる。
 街を一周する間に、投票が行われて一番の人形が決まるのだ。

 この人形は、火祭りの最終日に火にかけて燃やされるのだが、一番の人形は市庁舎に飾られる。
 この市庁舎の前に飾られた人形が問題だ。
 なんと、王国のマリエナ伯爵の姿がそこにあった。
 たぶん、投票とは関係ない軍隊が作ったものらしい。

「こいつがわがバレンシア公国に仇名すイシュタール王国の悪人だ!」
「みんな石を当ててやれ!」
 …てなわけで、カズマはバレンシア公国の標的にされてしまった。

 それと言うのも、王都襲撃事件の中で、いちばん活躍したのだからしょうがない。
 バレンシア公国の情報網が凄腕なのか?エスパニャー王国がすごいのか?
 カズマの絵姿をどうやって手に入れたのだろうか?
 バレンシア公国の細作は、まことにいい腕をしている。
 どうやら、コピー能力という魔法のようだが、見たものを紙に写せる能力を持っているのだ。
 すごいな。

 だが、モンペリエ砦に居座るモンペリエ辺境伯については敵視していない。
 なんだか、その存在を認めているようで面白い。
 ま・長い付き合いだからな。

 市庁舎広場に集まった二千人あまりは、ばらばらと石を投げてカズマの人形に穴をあける。
「こんな地味な人形は初めてだよな。」
「なあ、魔法使いで敵王国の将軍らしい。」
「へえ、こんな地味なやつがねえ。」
「どっちにしろ、敵にはちがいあるめえ。」
「そうだな、よし俺も石投げるぞ。」
「おお!」

 バレンシア公国のアルシラ準男爵・アルビージャ騎士爵は、市庁舎の横にあるカフェにいた。
 アルビージャと言えば、サッカーチームで有名だが、どうも関係がある土地なのかな?
 公国でも勇敢で無双と言われるアルビージャ騎士爵は、人気も高い。
 双璧をなすアルシラ準男爵も、闘技大会での常連である。
 ともに市民からの絶大な支持がある。
 そんな二人がカフェで座っていたら、そりゃあ耳目を集める。

「あれが魔物一万匹か、とてもそうは見えんな。」
 アルシラ準男爵が口にすると、アルビージャ騎士爵もうなずく。
「まあ、人は見かけによらぬものと申しますしね。」
「それもそうか。」
「あのハンニバル二世のようなお方の方がめずらしいのでは?」
 アルビージャ騎士爵の言葉に、鼻を鳴らして笑う。
「あれは、暴虐が服を着ているようなものだな。」
「しかり。」

「あれほど外見と評判が一致している者もおるまいて。」
「そうはおっしゃいますが、あれでなかなかの手練れでもありますし、戦巧者でもありますぞ。」
「それはそうだが、うまくやれば罠にかけることも容易いのではないか?」
「それはいかがでしょうな、先日の中入りも敵の手にかかるかと思いましたが、うまく切り抜けてこられた。」
「ううむ、確かに。勢いだけで乗り切ってしまわれた。」
「それに比べると、『魔物一万匹』はあなどれぬわ。」
「しかし、本当なのでしょうかね?一万匹も…」
 アルビージャ騎士爵の声には逡巡があった。
「バルサローナの策をつぶしたのも奴であろう?」

 アルビージャ騎士爵は、吐き捨てるように言った。
「ああ、あの卑劣な作戦。」
 アルシラ準男爵は苦笑した、若い騎士爵にはあまり良い印象はないようだ。
 言ってみれば奇襲であり、宣戦布告すらない。
 卑怯の極みだな。
 わからんでもない。
 騎士としては最低だ、あくまで騎士としてはだ。
 魔術師には関係ないだろう。

「卑劣かは別にしても、イシュタールの王宮は半分が瓦礫になったそうだぞ。」
 準男爵はワインのグラスを持ち上げた。
「たった六匹のワイバーンで、よくもまあそんな被害を。」
 騎士爵は、エールのジョッキを持ったまま下を向く。
「せっかくの魔導士だったが、いい気になって呪いを重ねたら、返り討ちに会ったというのは本当か?」
「ええまあ、強力な『呪い返し』が当たったそうです。」
「呪い返しねえ。」

「問題は、一〇〇〇匹ものワイバーンを使役して見せた実力ですよ。」
「ああ、死んでしまっては、役に立たん。」
 アルビージャ騎士爵の思惑は、バルサローナ公国だけがそのような力を持った時の、勢力の均衡が崩れるところにあった。
 やはり、バレンシア公国は、勢力が弱い。
 グラナダ公国やイスパーニャ王国に比べると、人口も少ないので、当然兵力も少ない。
 あの平野で、他の勢力に吞み込まれるのはいただけない。
 バレンシア公も、悩みは尽きないなと、アルシラ準男爵は顔を曇らせた。

「あいつは、見も知らぬ騎士たちを使って、ワイバーンを撃退して見せた。」
「魔物一万匹ですか…」
「ああ、一度顔を見てみたいものだ。」
「戦場でですか?ぞっとしませんね。」
「おおいに楽しみじゃないか。」
「男として?」
「ああ、ぞくぞくする。」
 アルシラ準男爵は、騎士としても脂ののっている時期である。
 強敵に対峙してみたいと言う欲求に目をぎらぎらさせた。

 敵の多いヤロウだね。
 また、見知らぬ敵が増えてる。
 血の気の多いやつらにとっては、一度は手合わせしてみたい相手でもある。
 さて、東側の帝国は、しばらくはおとなしいだろうが、西側はいかにもきな臭くなってきた。

「マイプ?あのラプトルの倍もでかいやつか?」
「左様でございますよ。」
「そのマイプをどうした?」
「捕まえました。」
「つ!捕まえたあ?」
「はい、身長は五.五メ-トルのかなりでかいやつです。」
「そ、それは…

「兵士も冒険者も費やして、死人が三人ケガ人が二十五人出ましたが、なんとか捕まえてございます。」
「それで?マイプラプトルをどうするのだ?」
「くくく、あのヘルメットをかぶせるのでございますよ。」
「まて、あれはあの男でなくては使えぬだろう?」
「いえ、書物や資料から、我々が使い方を確立しました。」
「本当か?死んだりしないのか?」
「まず、十中八九は大丈夫です。」
「それでも二割は死ぬか。」

「まさか!八割は生き残り、我らの使役を受けまする。」
 バルサローナの一角で、また暗い計画が暗躍しようとしていた。
 しかし、王国も災難だなあ。
 狡猾で残忍な性格のマイプは、森の捕食者の中で頂点に近い。
 もちろん、ティラノサウルス=レックスはさらに頂点であるが、個体数はそう多くなはい。
 まさに、出会ったら死を覚悟するのは、ラプトルの方だろう。
 五頭以上で群れを作り、確実に人間を食らう。

 そんなマイプとラプトルに、あのヘルメットをかぶらせる。
 鬼のような、悪魔のような計画が、バルサローナの一角で起こっている。
 ハンニバルが聞いたら怒りそうな計画だなあ。
 彼は、奇策は面白がるが、こういった汚い手には賛同しない。
 しかし、バルサローナの国王は、いたって平気でこう言う手も認めるのだ。
 性格的には、マイプラプトルのように狡猾で残忍なのだ。
しおりを挟む
感想 167

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

特技は有効利用しよう。

庭にハニワ
ファンタジー
血の繋がらない義妹が、ボンクラ息子どもとはしゃいでる。 …………。 どうしてくれよう……。 婚約破棄、になるのかイマイチ自信が無いという事実。 この作者に色恋沙汰の話は、どーにもムリっポい。

さよなら聖女様

やなぎ怜
ファンタジー
聖女さまは「かわいそうな死にかた」をしたので神様から「転生特典」を貰ったらしい。真偽のほどは定かではないものの、事実として聖女さまはだれからも愛される存在。私の幼馴染も、義弟も――婚約者も、みんな聖女さまを愛している。けれども私はどうしても聖女さまを愛せない。そんなわたしの本音を見透かしているのか、聖女さまは私にはとても冷淡だ。でもそんな聖女さまの態度をみんなは当たり前のものとして受け入れている。……ただひとり、聖騎士さまを除いて。 ※あっさり展開し、さくっと終わります。 ※他投稿サイトにも掲載。

ある国立学院内の生徒指導室にて

よもぎ
ファンタジー
とある王国にある国立学院、その指導室に呼び出しを受けた生徒が数人。男女それぞれの指導担当が「指導」するお話。 生徒指導の担当目線で話が進みます。

勇者辞めます

緑川
ファンタジー
俺勇者だけど、今日で辞めるわ。幼馴染から手紙も来たし、せっかくなんで懐かしの故郷に必ず帰省します。探さないでください。 追伸、路銀の仕送りは忘れずに。

【短編】追放した仲間が行方不明!?

mimiaizu
ファンタジー
Aランク冒険者パーティー『強欲の翼』。そこで支援術師として仲間たちを支援し続けていたアリクは、リーダーのウーバの悪意で追補された。だが、その追放は間違っていた。これをきっかけとしてウーバと『強欲の翼』は失敗が続き、落ちぶれていくのであった。 ※「行方不明」の「追放系」を思いついて投稿しました。短編で終わらせるつもりなのでよろしくお願いします。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

剣と魔法の世界で俺だけロボット

神無月 紅
ファンタジー
東北の田舎町に住んでいたロボット好きの宮本荒人は、交通事故に巻き込まれたことにより異世界に転生する。 転生した先は、古代魔法文明の遺跡を探索する探索者の集団……クランに所属する夫婦の子供、アラン。 ただし、アランには武器や魔法の才能はほとんどなく、努力に努力を重ねてもどうにか平均に届くかどうかといった程度でしかなかった。 だがそんな中、古代魔法文明の遺跡に潜った時に強制的に転移させられた先にあったのは、心核。 使用者の根源とも言うべきものをその身に纏うマジックアイテム。 この世界においては稀少で、同時に極めて強力な武器の一つとして知られているそれを、アランは生き延びるために使う。……だが、何故か身に纏ったのはファンタジー世界なのにロボット!? 剣と魔法のファンタジー世界において、何故か全高十八メートルもある人型機動兵器を手に入れた主人公。 当然そのような特別な存在が放っておかれるはずもなく……? 小説家になろう、カクヨムでも公開しています。

処理中です...