32 / 115
第三十二話 レジオに帰還した
しおりを挟む二日を経て、マゼラン伯爵の馬車はレジオに着いた。
「伯爵、休んで行ってよ。」
荒廃したレジオの町は、伯爵にはショックなんだろうな、顔色が悪い。
「いや、ワシはすぐにマゼランに戻るでおじゃる。あんまり留守にしすぎたからのう。」
「たいへんだったな、今回は俺のために手数をかけてしまったし。」
「なに、お隣さんじゃもの、心配には及ばんよ。」
「伯爵さま、いろいろお骨折りいただき、ありがとうございました。」
こういう時、アリスは如才ない。
「うむ、聖女殿もいろいろかかりもあろうが、おすこやかで。」
おじゃる伯爵は、手を振りながら去って行った。
「いい人ですね。」
「いい人ねえ、あれでけっこう計算してるよ。」
「利害関係が良好なうちは、こちらにもいい顔してくれますよ。」
「ティリスはぶっちゃけすぎだ。」
俺たちは互いに笑い合って、前に住んでいた商人の屋敷に入った。
「なんだか、ここが家だって気がするわね。」
「そうか?ティリス、アリス、自分の部屋決めろよ。着替えてゆっくりしよう。」
「そうですね。」
二人は、二階に上がっていった。
「チコは、どうする?二階にするか?」
「そうねー、ちょっと見てくる。」
俺は、一階の奥まった部屋に進んだ。
ここの亭主の部屋らしい、広い部屋があるんだ。
「ラル、風呂の準備をするぞ。」
「がってんだ。」
最近はめんどくさがって、水魔法で水を入れている。
どうせ、ほかしておいても魔力は減らないしな。
「生活魔法って便利だよなー。」
「そりゃ兄ちゃんは使えるからそう言うけどさ、それも使えない俺たちは大変なんだぜ。」
「なんだよ、ラルは魔法が使えないのか?」
「いや、習ったこともないし、親は着火ぐらいなら使ってたけど。」
「ふうん、親がそれだけ仕えたのなら、お前だって使えるさ。」
井戸から風呂までは、約三メートルくらいだけど、風呂桶がでかいから運ぶのが難儀だ。
自然と、水魔法で入れたほうが早いことになる。
「着火くらい使えたほうがいい、やってみろよ。」
「ど、どうするんだ?」
「いいか、指先に自分の体の中から魔力を集中させるんだ、火の着いたところを想像しながら、それを前に出す感じで…」
ラルは、うんうんうなりながら、汗を流している。
「そうすると、こうやって火が出る。」
ぼはあ!っと俺の指先から火柱が立ち上ったので、ラルがのけぞった。
「やりすぎだっちゅうの!でも、出方はわかった。」
「そうか?ラルの魔力はどのくらいかな?」
俺は、ラルの手を握ってみた、おれの手からラルに向かって魔力が侵入する気がする。
なるほど、魔力の循環か、こいつは使えるかもしれない。
魔力の増量とか、魔術の伝達とか。
肉体的接触は、容易にその障壁を崩すのだ。
「な、なんかくるよ!やめろよ。」
ラルはあわてて手を離した。
「あ!」
おれの手先からふよふよと、魔力が空間に浮遊していった。
あ~あ、もったいねえ。
「なんだよ、たいしたことないだろ?」
「わかんねえ、すっげえ怖かった。」
「ふうん、でも魔力のイメージはわかったろう?」
ラルの魔力は意外にある、俺ほどではないが十分魔術師として立てるほどだ。
もっと知識を植え付ければ、大成するに違いない。
「うん!わかった、こうだろ?」
ぽっと指先に火が点った。
「うん、それでいい、基本さえわかれば、生活魔法なんざ簡単だ。」
ラルは、焚口に座り込んで、マキに火をつける。
「なるほど、これは苦労しないわー。」
「よかったな。」
俺は、マキ小屋から太い薪を運んできた。
少し太いやつは、斧で割る。
こいつはけっこう面白い。背筋も鍛えられるしな。
「兄ちゃん、割りすぎだよ、山になってる。」
「おっといけねえ、面白くてついな。」
「カズマー、ごはんはどうします?」
ティリスが呼びに来た。
「風呂を先にしようかと思って、焚きに来た。」
「そうなの?じゃあ、お風呂のあとね。」
「ああ。部屋は決めたか?」
「ええ、アリスもいま着替えてるわ。」
ティリスは、普段の黒いローブに白いベール姿だ。
「じゃあ、台所にパンのタネが置いてあるから、作りかけてくれ。」
ティリスは、うれしそうに目を輝かせた。
「作ってもいいの?」
「ああ、ティリスも覚えただろう?」
「う~ん、自信ないなあ。」
「じゃあ、あとで教える。アリスも呼んでくれ。」
「わかったわ。」
ティリスは、廊下を抜けて行った。
風呂場は屋敷の北のはずれにあって、洗濯場と隣り合わせになっている。
やはり、水回りは井戸のそばがいいらしい。
台所はその隣にある。
この屋敷は、採光に広い窓がいっぱいあって、どこも明るいのが特徴で、俺も気に入っているところだ。
やはり、窓って言うのは重要だな。
明るい部屋と言うものは、気分まで明るくなってくる。
まだガラスは高いので、細かい枠に分かれている。そのほうが風情があって俺は好きなんだがね。
台所には日の光が入って、まだまだ明るい。
「粉は用意できてるか?」
「はい、ここに。」
アリスは、木のボウルに粉を入れて持ってきた。
「じゃあ、これをざるでゆする。」
目の細かいざるがなくって、若干目が粗い。
これは技術の問題だからしょうがない。
「なんでざるを通すの?」
ティリスが、ボウルを覗き込んだ。
「こうすると、ムラがなくなって、ダマができにくいんだ。
「へえ、なるほどね。」
ザルでゆすって細かくなった小麦粉に、天然酵母を足してミルクを加えてよく練る。
「ミルクはなんで足すの?」
「ああ、風味がよくなる。舌触りも良くなるしな。」
「ふうん。」
「しゃべってないで、よく混ぜろよ。」
「は~い。」
そう言っている横で、黙々と練っているチコとアリス。
チコは、こう言った作業に向いているらしい、さすがドワーフ娘。
アリスはまじめにやるタイプ。
ティリスはフィーリングで左右される。
しかし、四人分のパン生地か…多くねえ?
まあいい、余ったら教会にでも持っていくか。
ラルは、石窯の前で火をおこしている。
「で、こうしてまとまったら、ボウルの上に濡れ布巾をかけて、半時間ぐらい寝かせる。」
「ふむふむ。」
「ラル、窯をもっと温めてくれ。」
「了解。」
夏場に窯の前はきびしいが、ラルは文句も言わない。
「じゃあ、待ってる間にお茶いれるね。」
チコは、手を洗って石窯の横のカマドで、お湯を沸かした。
「や~、家はいいなあ。」
「のんびりしますね。」
「あ、ゴルテス準男爵に会うの忘れてる。」
「ダメダメですね!」
「まあいいや、パンが焼けてからで。」
「そうですね。」
窓の外は、緑濃い木々の葉が、風に揺れている。
夏本番だな。
夕方、日が赤くなって、ゴルテス準男爵が顔を出した。
「レジオ男爵、お帰りなさい。」
「あ、ゴルテスさん、お手数掛けます。」
「なにをおっしゃる、私は職務を全うしているだけですよ。」
「それが難しいと思いますけどね、まあ、お座りくださいよ、そろそろ夕食と思っていたんです、ご一緒にどうぞ。」
「いや、それは。」
「変わり映えのしないメニューですが、今後のことも相談したいですしね。」
「そうですか?では、遠慮なく。」
夕飯に出したパンは、準男爵にはカルチャーショックだったようだ。
「なんと!これがパンですと!?柔らかい、口当たりが良い、歯ごたえがたまらん!」
はむはむと、ものすごい勢いでパンをかじるゴルテス。
「ちょっと手間をかけたパンです、これ、売れると思いませんか?」
「これを売り物に?そりゃあすごい、これで大儲けですな。」
準男爵は、目を丸くしている。
やはり、ビスケットではパンと言うには無理がある。
まあ、文化的なもんだからな、これ以上は言っても詮無い話さ。
「まあね、これをうまく売り出して、復興費用を稼ぎだすのは無理があるかな?」
「無理と言うか、時間がかかりますな。」
「だよなあ、かならず食べるものではあるけど、利益が少ないもの。」
「薄利多売と言うよりも、作る職人の養成からですから。」
「やっぱそう?じゃあ、これは町の名物に据え置きだな。」
「ですな、しかしこれが毎日食べられるなら、望外の幸せと言うものですわ。」
ゴルテスは、さらにもう一個手を出した。
「ふうん、まあ、それなら寡婦の仕事にできるかな。よし、あしたから崩れた家屋の整理を始めよう。崩れた城門もなおさないとな。」
「そうですな、まずは城門。それから家屋と行きましょう。」
ゴルテスは、軽く打ち合わせると、帰って行った。
彼も、その辺の商人の家に居るらしい。
部下の何人かが、彼の食事や身の回りの世話をしている。
そのほかの兵隊さんは、城門近くの兵舎に入っている。
まあ、三〇〇人そこそこしかいないので、兵舎に余裕はある。ありすぎる…
完全に町としては崩壊してしまったな。
これは、本当にマイナスからの出発じゃないのか?
俺は、目の前が暗くなるような錯覚を覚えたよ。
「なに暗い顔してるのよ、大丈夫よカズマ、みんながあなた一人に何とかしろと言うわけじゃないわ。それぞれに、できることで町をなおそうと思っているんだから。」
「そうかなあ?」
「そうよ、壊れたとはいえここはみんなの町なんだもの。捨てたりなんかできないわ。」
「それならいいけどさ。」
「しっかりしなさい、男爵さま!さ、お背中流してあげるわ、いらっしゃい。」
ティリスは、俺の手を引いて奥に向かった。
翌日からぼつぼつと陣借り者がレジオを訪れるようになった。
人別を取って、みんな東門に送る。
東門では、ホルスト=ヒターチが待っていて、瓦礫の撤去を指示する。
これで、やる気のある奴は、すぐに作業に入るし、楽しようと思ったやつはなんだかんだ言い訳をしていなくなる。
だからと言って、瓦礫の片づけはするんだけどね。
ゲオルグ=ベルンは、現場を回ってハッパをかける。
なかなか使えるやつらだ。
さすがに、東門周辺は小型の地竜がつっこんでいるので、城門自体が吹っ飛んでいるし、建物もばらばらだ。
「男爵さま、この地竜の死骸はどうしますか?」
「そいつは食えねえだろう?燃やして埋めてしまおう。俺がやるよ。」
寝っ転がってるのは、ヴェロキ=ラプトルにそっくりな小型の(でも二メートルくらいあるけど。)地竜。
こいつをレビテーションで持ち上げて、外の穴に運ぶ。
「ファイアーボール。」
ものぐさな仕草で、軽く火魔法を放つと、一気に燃え上がった。
「あいかわらず、お館さまの魔法は派手だね。」
傍らに来た、おばちゃんがスコップ持ってひとり言のように言った。
細川ふみえみたいな丸顔で、目が大きい。
もっと大きいのはおムネだけど。
「ああ?なまじ残ると、ゾンビ化するじゃん。」
「そりゃそうだ、穴が浅かったかと思ったんだけど。」
「なんだよ、おばちゃんが掘ってくれたのかい?」
「おばちゃん言うな。あたしは、ベスだよ。」
ベスは、ふんと鼻息をはいて、俺に向かって笑った。
「そうか、ベス。ありがとう、ここで穴掘ってるってことは、あんたひとりかい?」
「ああ、息子はいるけど、まだ八つだしね。」
「そうか、特技は?」
「宿屋で料理人やってたんだけど、宿屋の主人は死んじまった。」
「その宿屋は残ってるのか?」
「ああ、半分壊れてるけど。」
「よしわかった、ベス、悪いが東地区に行って、アルとテオって言う大工がいるから連れてきてくれ。村長のヘルム爺さんに会えば、呼んでくれる。」
「アルとテオだね。」
「ああ、俺が呼んでるって言えばわかる。」
「あいよ、がってんだい。」
ベスは、じゃっかん横幅の増えた体をひるがえして、西に向かって駆けて行った。
「すげー、レジオのおばちゃんは体力あるなあ。」
俺の目の前で、地竜は灰になった。
「男爵!」
アルとテオが、ベスに連れられてやってきた。
「おう、アル、テオ、すまんな。」
「なんの、それで何の用だい?」
「さしずめ俺は、天使のよう…」
「帰るぞ。」
「わかったわかった、ベスの宿屋の修理を優先してやりたい、お前ら頼めるか?」
「ああ、あと少しで今の仕事が終わるから、できるよ。」
「悪い、頼まぁ。」
「男爵の頼みじゃなあ、やらざあなるめぇ。」
「ベスの宿屋って、あそこをかい?」
「ああ、そこはベスに任せる。なおして、すぐに宿屋を始めろ。客なんざ掃いて捨てるほど来るさ。」
「お館さまが言うんなら、やるよ。」
「その辺でお茶ひいてるやつを使ってもいい、できるな。」
「ああ、できるよ。」
ベスは、避難している寡婦を集めに出て行った。
「アル、手間賃だ。」
俺は銀貨を五枚出した。
「へい、確かに。」
多いか少ないかはわからんが、アルはあっさり受け取った。
「材料がなかったら、その辺の家を壊せ。」
「すでにばらばらの物もあるから、平気ですよ。」
「わかった、任せる。」
俺は、また東門に向った。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに
千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」
「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」
許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。
許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。
上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。
言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。
絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、
「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」
何故か求婚されることに。
困りながらも巻き込まれる騒動を通じて
ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。
こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる