おっさんは 勇者なんかにゃならねえよ‼

とめきち

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第三十八話 王様の食卓  ②

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 王宮の侍従に残ったパン一五〇個あまりを預け、謁見は終わった。
「カズマ、お前、吟遊詩人でも食って行けるんじゃないか?」
「だから、これはただの趣味ですよ。それと、呼び出しの主旨は、これで終わりですね。」
「いや、まだあるんだ。」
「ええ?まだあるんですか?」
「ああ、お前が本当にパンを持ってくるとは思わなかったのでな、かえって時間を取った。」
「…」
「ここに、金版が三〇〇枚ある、これを復興資金に持っていけ。」
「そんなに出して、国庫は大丈夫なんですか?」
「アホ、このくらいで国庫が傾くわけなかろうが、おまえ、王国をナメてるのか。」
「いえ。」
「ま・いい。これが今回の呼び出しの主旨だ。」
「わかりました、ありがとうございます。」

 俺は、改めて国王に礼を言った。
「まったく、あとからあとからいろんなもんを出しおって、かえって面食らったわ。」
「あはは、ダメでした?」
「いや、次のパーティが楽しみだ。お前の出し物で、退屈せずに済む。」
「それはちょっと…」
「来月、レジオに行ったとき、なにがしか楽しいものを頼むぞ。」
「はあ、わかりました。」
「聖女殿、今後ともよしなに頼むぞよ。」
「かしこまりましてございます。」
 アリスがお辞儀をすると、大きな胸がゆさりと揺れる。

 王さま、それを嬉しそうに眺めている。
 まだまだ現役だな。
「王妃の健康維持については、なにか書き付けをくれ。」
「わかりました。」
「では、下がってよいぞ、ことの性質上ワシがレジオに出向くわけにもいかず、だれかに任せるわけにもいかず、こうして呼びだすことになった。了解してくれ。」
「国王のおっしゃることです、私に否やはありませんとも。」
「うん。」

 俺たちは、国王の執務室を後にした。
 部屋を出ると、もう一人の侍従がいた。
「アロンソ=ポアソンでございます。」
「ああ、案内たのむ。」
「は、恐れながら男爵さまに申し上げます。」
「なんだ?」
「さきほどの、アンリ=デュポンでございますが、恐怖のあまり胃痛をおこし臥せっております。」
「なんだよ、神経の細かい野郎だな、よし、俺がヒールかけてやる、案内せい。」
「それは逆効果かと…」
「なんだよ、やつが臥せっていい気味だってか?」
「そうは申しませんが、彼は王妃様に報告をしてなにがしかの報酬を得ていたようですから。」
「それは不問にしてやったろう。その上で、王家に尽くせと言ったはずだが?」
「はい、私もそう伺いました。」
「ならばそれでよかろう、では、聖女を遣わす。ヒールをかけてもらえ。」

「よ、よろしいのですか?」
「ほかに良い方法があるなら教えてくれ。」
「いえ、これ以上のことはございません。」
「では、案内するがよい。」
「かしこまりました、こちらでございます。」
 俺たちは、アロンソに着いて、廊下を進んだ。
 宮殿の上層階には、侍従たちの起居する部屋が設けられている。
 その一室に、俺たちは来た。
「聖女だけ入ればよかろう、アロンソ、頼む。」
「は、かしこまりました。」
 ドアを軽くノックして、部屋の主に訪問を告げると、アロンソはアリスと共に中に入った。

「せ、聖女様!いてて」
 アンリ=デュポンは、聖女の訪問に驚いたが、胃の痛みに耐えかねて、うめき声をあげた。
「無理をなさってはいけません、さ、横になって。」
 アリスが手を添えて、アンリをベッドに寝かせる。
「アロンソ、これはどういうことだ。」
「男爵さまの好意だ、アンリが臥せっていると聞いて、聖女様の治癒魔法を受けるよう申された。」
「な、なんだと!」

「さ、そのまま心静かになさいませ。」
 アリスは、その場で膝をつき、オシリスに祈る。
 すると、その体から淡い光が生まれ、その光はアンリを包むのだった。
「痛みが…」
「今日一日は、お仕事に出てはいけません、明日の朝からお仕事をなさるように。ポアソンさま、よろしく見はってくださいませ。」
「かしこまりました。聖女様、このような場所によくお越しくださいました。」
 アロンソは深々と腰を折る。

「わたくしたち聖女は、カズマ様に望まれれば、どこにでもまいります。」
 いっそ清々しい様子で言いきるアリスに、アロンソは気圧されたような気分になった。
「そうですか、ありがとうございます。」

 アリスは、すぐに立ち上がると、部屋を出た。
「アンリ、よかったな。」
「すまないアロンソ。」
「男爵さまは、不問にふしたはずと申されたぞ、気にしすぎだ。」
「お前は、あの目を見ていないから、そんなことが言えるのだ。私は、もう死んだと思ったぞ。」
「そうか、それは良かったな。」
「よかった?」
「お前にも怖いものがあったと言うことに気が付いた。」

 そう言って、アロンソも、アンリの部屋を出た。
「男爵さま、感謝の申しようもございません。」
「なに、気にするな。それより、俺たちはすぐに城を出る。出口まで案内してくれ。」
「かしこまりました、ロフノールさまが出口でお待ちだそうです。」
「マリウス=ロフノールがか?何の用だ。」

「なんでも、レジオまで護衛の任にあたるのだそうです。」
「よせやい、俺を殺すなら、ドラゴンでも連れてくるんだな。」
「彼は、任務で来ておりますので。」
「ふん、まあいい。彼は気のいい友人だからな。」
「友人・でございますか。」
「そうだ、気の合う仲間と言うものは、来てよしまた帰ってよしの間柄なのだ。」
「うらやましいことです。」
「おまえも、アンリ=デュポンの心配をしているではないか。」
「まことに。」

 アリスは、俺の左手に巻きついて、その胸をぐいぐい押しつけている。
「なんだよ。」
「なんでもございません。」
「あーあー、お前は俺の大事な聖女さまだよ。」
「もう、そんな本当のことをおっしゃって!」

「だ~~~~~~」
 アロンソは口から砂糖を吐きそうな顔をしていた。
 廊下を行き交う人影は、一様に俺の顔を見てひそひそと言葉を交わしあっているが、近寄ってくる様子はない。
「おう、レジオ男爵どの!」
「ジョルジュ将軍。」
 こりゃまた、あいかわらずの貴公子さまだ。
 金髪のセミロングをばさりと広げて、黒い軍服を着ている。
「たまに王宮に来たなら、近衛騎士隊にも顔を出してくださいよ。」
「王さまの急なお召ですからね。」
「そうですか、もう謁見はお済みで?」
「はい、いま出てきたところです。」
「そうですか、では、街に出てイッパイやりましょう、いい店があるんですよ。マルメ将軍も呼んで。」
「そうか、じゃあお供しようかな。アリス、いいか?」
「私は、カズマ様の行く所ならどこへでもお供します。」
「よかった、マリーアンも呼ぶように言おう。」
「マルメ夫人か、ジョルジュ将軍の奥方は?」

「めんどくさいから。」
「なるほど。」
「あからさまに言うなって、ご婦人の前だぞ。」
「おっと、こりゃ失礼。」
 こちらはこちらで、妙に気持ちのいいやりとりだ。
 宮殿の大回廊で話す俺たちを遠巻きに見て、貴族たちはひそひそと言葉を交わす。
「ジョルジュ、サイレーンの卵は好きか?」
「好きか?だと、イシュタール王国で、あれの嫌いな人間に会ってみたいものだ。」
「へえ、それほどうまいものなのか。」
「食べたことがないのか?」
「寡聞にして知らぬな。」
「それは人生でほとんどを損しているぞ。」

「お主がそう言うのなら、それは本当なんだろうな。」
「なんだよ、サイレーンがどうした?」
「なんだ、うわさを聞いていないのか?おれが、ソンヌ川のサイレーンを一網打尽にしたことを。」
「なんだと?あの気性の荒い魚をどうやって捕まえた。」
「ああ、川から離れたところに大穴を掘って、そこに川の水ごと流しこんだのさ。」
「なんという大掛かりな罠を仕掛けたものだ。」
「魔法って便利だよな、俺一人でそんな大穴を掘れるんだから。」
「なるほど。土魔法が得意とは聞いていたが、そんなことを…」
 俺たちは、歩きながら話しているので、聞きたければ聞けというつもりだ。
「どうやら、王様にサイレーンの卵を献上する必要があるな。」
「そうなのか?おこぼれがくるといいな。」
「だって、卵って一〇〇キロくらい取れるんだろう?今回、三匹シメる予定だけど、そうすると三〇〇キロだぞ。」
「上層部が買い占めてしまって、僕たちには回ってこないよ。」
「そうか、じゃあお前たちは、別ルートで回そうか。」

「そんなことしていいのか?」
「なに、俺用のとっときで、形が悪かったやつとでも言えばいいじゃん。」
「あれに形の良し悪しがあるのかね?」
「まあそう言うな。」
 ジョルジュは、怪訝な顔をしている。
「来月、王様の御幸がある、レジオでサイレーンの競り市を行うからだ。」
「うわ、めんどくせ!」
「お前たち近衛隊は、着いてくるのか?」
「そりゃまあ、必然と言うやつだ。僕たち近衛隊が、国王の御幸に着いていかずに、なにを仕事にするんだ。」
「そりゃそうだな、そのための近衛だ。」

 出口付近には、マリウスとマルメ将軍が待っていた。
「マルメ将軍、一別以来だな、息災か?」

「ああ、おかげさまで。」
 俺は、将軍の手を握りしめた。
「いてえ。」
「あはは、その一言かよ。ま、ジョルジュお勧めの店でさわごうぜ。マリウスも。」
「ワシもですかの?」
「気の合った仲間が呑むのに、それ以上の理由が存在するか?」
「さよう、存じませんな。」
「なれば、そういうことだ。行こうぜ。」
 俺たちは、明るい日差しの中に歩きだした。
 めんどくさい宮廷遊戯にはつきあいきれん、こういうぞんざいな連中こそが、忠義の輩なのだ。

「ああ、カズマ、近衛の連中がお前とやりたがってたぞ。」
「やる?」
「これだよ。」
 ジョルジュは、剣を構えるしぐさをして見せた。
「ヤットウかよ、俺は棒きれしか使えんぞ。あとはトンカチ(メイス)だけだし。」

「この国には、メイス術というものもあるんだよ。剣を使わない戦いもあるからな。」
「へえ、そんなもんかい?」
 俺は、マルメ将軍に目を走らせる。
「そうだな、おれたち陸軍には、徒手空拳で戦う方法もある。」
「へえ、打撃?投げ?」
「打撃だな、投げは使わん、てか、使えん。」
「使えんってのは、やりかたがないのか?」
「体系的に、そう言うものは伝わっておらんのでござるよ。」
 マリウスは、シャドゥボクシングのように拳を繰り出す。
「へえ、俺の国では投げはあたりまえだったがな。」
「それはおもしろうござる、どうやりますかな?」
「こう、襟首をつかんで、相手を崩したら腰に乗せて、こうだ。」
 背負い投げは、基本でしょう。
 マリウスを軽く投げて、襟を引いて立たせる。
 石畳にたたきつけたら、下手すると骨折する。

「うお!びっくりした!」
「それは、人間相手には有効だな。」
 マルメ将軍も驚いている。ヨーロッパに柔道が伝わるのは、近代だからな。
 この時代設定だと、ぜんぜん知らんだろう。
「うん、俺の故郷では、警邏のものがよく使っていた。」
「そうだろうな、おい、近衛にも教えてくれよ。」
「え~、こんなもん一朝一夕で覚えられないぞ。」
「じゃあ、交代でレジオに派遣する。どうせ御幸があれば、レジオの地形の把握も必要だ。」
 ジョルジュは、顎をなでながら平気な顔をして言う。
 オルクス=マルメ将軍は、ぎょっとした。
「なんだ、国王の御幸があるのか?レジオに?」
「まだ、内密だがな。王様は乗り気だ。」
「なんでまた?」
「ああ、おれの町で、サイレーンの卵の競り市を開催するのだ。」

「なんだと!サイレーンの卵!」
 オルクス=マルメ将軍は、いかつい顔を赤くして叫んだ。
「大声を出すな、オルクス。」
「いやしかし、サイレーンの卵か、よだれが出るな。」
「そんなにうまいものかのう?」
 マリウスが、首をひねる。
「食ったことねーから、知らんよ。」
 王都の大通りをまっすぐ南に下り、三本目の東西の大通りを西に曲がると、チクトンヌ街である。
 …と、ジョルジュが言ってたんだもん。
 チクトンヌ街は、有名な飲食店が軒を並べる、いわゆる歓楽街である。
 当然、猥雑な店もそこここにならび、また大きなレストランなども並んでいる。
 さすがに、狭い地域に十五万人住んでいると、こんなものかの?
「赤い風車かよ?」
「なんだ知っているのか?」

「いや、ウチの故郷にもあったなと…」
「赤い風車は、歌も聞かせるいい店だぜ。お高いけど。」
「いいじゃん、行こうぜ行こうぜ、いい女も置いてるんだろう?」
「ばか、聖女がにらんでるじゃないか、それに昼間っから開いてる訳ないだろう。」
「ああ、そうか。」
 俺は、真夏の太陽を見上げた。
「健康的に、うまいものを出す店に行こう、酒もいいものが置いてあるんだ。」
「わかった、そうしよう、マリーアンも来るんだろう?」
 俺がジョルジュに顔を向けると、ジョルジュはにやにやして言った。
「僕が使いを出しておいた、馬車も手配した、。」
「おい、人の女房を呼びだすとはなにごとだ。」
「だって、おまえはいつもマリーアンを隠しているじゃないか。カズマが来た時ぐらい、けちけちせずに表に出せよ。」
「ちっ、もったいないわ。」

 少し暗い色のレンガ造り、一見そんな店には見えないような、重厚な造りの店に俺たちは落ち着いた。
 かけつけ三杯、みんなの前にグラスが並ぶ。
 グラスと言っても、ほんもののガラスはバカ高い、銅でできた手頃な大きさのコップだ。
「これだよ、遅くに若い嫁もらうもんだから、大事だいじで囲い込んでやがる。かわいくってしかたねーんだよ。」
「気持ちはわかるがな。」
 アリスが、俺の袖をつかんだ。
「お前も、カーミラを呼べばいいじゃないか、そしたら俺の気持ちもわかるだろう。」
「彼女はあまり出たがらないんだよ。」
 ぬるめのエールを口に運んで、ジョルジュに聞く。
「くわ~ぬるいなあ。えっと、こうやって…」
 俺は火魔法を逆に操作して、エールの温度を一〇度に設定した。
「うん、よく冷えてる。でも、貴族家の跡取り問題は深刻だろう?」
「僕のも冷やしてくれよ。ま、それも度が過ぎると、かえってよろしくない。」
 ジョルジュ将軍がそんなことを言うもんだから、マルメ将軍は、一気にグラスを空けて、ジョルジュに言った。
「そうは言うが、ジョルジュんとこは伯爵家だ、当然跡取りは作らねばならん。」
「ジョルジュ伯爵家は、近衛の名門ですからな。」

 マリウスは、意外と情報ツウだ。

「へえ、そうなんだ。早く生むように努めろよ。」
「おまえまで、そんなこと言うなよカズマ。」
「だって、なあ…」
 俺は、アリスを見た。
「さようでございますね、カズマ様も来年の春には父親におなりでございます。」
「「「なんだとー!」」」
「うわ!」
 おれは、両手で耳をふさいだ。

「なんだよ、それは。」
「もう一人の聖女、シスター=ティリスはご懐妊であらしゃいます。」
「か~、手の早いやつだなあ。」
「いや、だってあのときは、まだ聖女でもなくて還俗して一緒になろうってさぁ…」
「なんだよ、それで一発で当たり引いたのか?馬鹿だな~。」
「ばか言うなよ。」
「なんにせよ、それはめでたいじゃないか、乾杯しよう。」
 口数の少ないオルクス=マルメが、重い口を開いた。
「さようですな、おめでとうござる。」

 マリウスは、一も二もないようすで、テーブルのグラスを取った。
「新しい命に乾杯でござる。」
「おう、乾杯だ。」
「乾杯」
 ふえ~、返答にこまるわ。
「俺、十七なんだけどなあ。」

「立派に成人だぞ。」
 そこに、マリーアンが入ってくる。
「お待たせして申し訳ありません、殿。」
「おお、来たか、カズマが来たので皆で集まったのだ。」
「レジオ男爵さま聖女さま、お久しぶりでございます。ジョルジュ伯爵さま、ごきげんよう。」
「これなるは、マリウス=ロフノール準男爵どのです。私のよい友人ですよ。」
「レジオ男爵どの。」
「まあさようでございますか、よしなにお願いいたします、マルメの妻でございます。」
「なるほど、ジョルジュ将軍が騒ぐわけでござるな、たいした美人でござる。」
「おい、マリウス、おまえ意外と口が回るな。」
「カズマどの、本当のことは本当に言うのでござるよ。」
「ちぇ、しょうがねえなあ。さて、御一同注目でござる。」
 俺は、マリーアンが席に着くと、一同を見まわした。
「なんだ、カズマの芸でも見られるのか?」

「いや、そうじゃない。王都で評判のレジオのパンをご存じか?」
「ああ、レアンの町で売っているやつか?」
「そう、これが現物でござるよ。」
 俺は、そっとテーブルの上に人数分並べた。
「なんだと、これがそうなのか!」
「僕は食べたことがあるよ。」
「ワシは、レジオでたらふく食べましたぞ。」
「まあ!これが名高きレジオのパンでございますか?」
 それぞれ感想が入り混じる。
 プレーンなパン、ハムレタスを挟んだパン。
 マヨネーズをかけたパン。
 順次出していくと、またたく間に消えていった。

「カズマ!これはずるい。こんな隠し玉持っていたのか。」
 めずらしく、声を上げるマルメ将軍。
「これは…僕が食べたのとちがう。」
「おいしゅうございますね、殿。」
「実を言うと、レジオのパンは俺が教えた。これは、俺が焼いたパンだ。弟子のものではない。」
「それでか!こちらのほうがずっといい味だ。」
 ジョルジュは、うなずいて言った。
「うん、こちらには牛乳とはちみつがたっぷり使ってあってな、特別製だ。」
「ふむ、なるほどなあ、しかしこれには何かが塗ってあるな。」
「それは、バターだ、牛乳を分離して作ったもので、塩味にしてある。」
「なるほど、うまい。」

「この白いソースはなんでしょう?おいしいです。」
「それはマヨネーズです。鳥の卵と酢と油で作ってあります。」
「まあ、お手間がかかっておりますのね。」
「王さまには似たようなものを献上したが、パンは弟子が作った。」
「ほう、それは?」
「うん、ベーシックなものからと思ってな、牛乳も蜂蜜も使っていないパンだ。」
「ふむ、これより劣るのか?」
「ないしょだがな、次にこれを献上しようと思う。」
「策士だね。」
「姫さまも王妃さまも喜んでくれたぞ。」
「そりゃあ、これだけうまければそうだろう。」
「そこで、じゃじゃん、無花果のジャム~。」
「おわ!おまえ、これはなんだ。」

「森の無花果を蜂蜜で煮込んでジャムを作った、これをこう乗せて、マリーアンどの、どうぞ。」
「わたくしですか?」
「さあ。」
 マリーアンはこわごわ受け取って、口に運ぶ。
「まあ!甘くておいしゅうございますわ。」
 見守っていたアリスは、ほっと息をついた。
 これを煮たのは、アリスティアだからなあ。
「マリーアンさま、こちらもいかがですか?いちごのジャムですわ。」
 アリスの取りだした壺には、森で採れたいちごを煮たジャムが入っている。
「こちらも甘酸っぱくておいしいです。」
「おい、俺にもくれよ。」
 マルメ将軍は、大きな手のひらを出してきた。
 俺は、だまって壺を押し出してやった。

 ひとしきり、パンを堪能した一行は、ため息とともに深く椅子に沈んだ。
「これは暴力だ、食の暴力と言うものだよ、カズマ。」
 ジョルジュは、金髪をかき上げる仕草もサマになるなあ。
「うむ、ジョルジュの言うとおり、こんなに屈服させられるとは、思ってもみなかった。」
「おいしゅうございましたね、殿。」
「それはよかった、がんばって開発した甲斐があると言うものだ。」
「カズマ、君はこれを使って何をするつもりだ。」
「もちろん、レジオの復興だよ、わが領土を栄えさせて、人口を増やし製品を増やして、人民を豊かにするのさ。」
「いや、もちろん気持ちは十分に豊かになったよ。」

「あはは、これからこのいパン用の小麦も開発する。パンの中に入れる果物や、木の実も充実させる。」
「そりゃすごい、軍の携帯食料にならないかな?」
「それも研究だな。ただ、このパンに使う魔法の種だけは、門外不出でね、当分外には出さない。」
「残念だな。」
「そう言うなよ、魔法の革袋に入れて運べば、いつでも焼きたてが食べられるじゃないか。」
「そうだな、レジオで買い込んでくればいいのか。」
「魔法の袋と込みで売っても儲かるな。」

「おい、そんなものまで売るのか?金貨でないと買えないじゃないか。」
「いや、べつに革袋は買わなくてもいいじゃないか?自前があればいいんだもの。」
「そうは言うが、革袋は高くて僕たちの年金じゃ手が出ないんだよ。」
 ジョルジュは声を小さくして言う。
「へ?将軍なのに?」
「僕たちの年金なんて、年間金板八十枚(二千四百万円)程度なんだぜ。それで、メイドとか雇うし。」
「将軍ってあんま儲かってないのか?」
「まあそうだな、出ていく金が大きいから、生活自体は質素なもんだよ。」
「ふうん、じゃあサイレーンの卵なんて、いつも食べることができないんだ。」
「そのとおり。サイレーンの卵なんて、高根の花だよ。」
 俗に言うキャビアより高値らしいですよ。
 俺は、思わず自分の革袋に入っている十億円を見つめた。
「領主って、意外とおいしい商売?」
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