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第六十二話 戦場にて
しおりを挟む砦に着いてみると、そこは一つの町のようになっていた。
木組みの壁の内側には、石や土嚢が積まれて強化され、そこそこ強力な壁ができている。
これなら、多少の魔物では突破できまい。
壁の上には矢来が設けられ、上からの攻撃も可能だ。
砦の前には市のようなものができあがり、串焼き肉やスープなどを売る店、武具を売る店など、けっこうな賑わいである。
人間ってたくましいなって思う瞬間だな。
もちろん、冒険者が泊る宿屋や、酒場なども完備されている。
う~ん、人間どこでも商売できるんだなあ。
人間ってたくましいなあ。
そんな中、俺たちは伯爵を先頭に、砦の中にはいった。
喧騒の中、隊列を組んで中央の施設に向かう。
石造りの堅牢な建物は、武骨な雰囲気を醸し出している。
どっちかって言うと、かなり凄惨な様子が繰り広げられているんだが。
砦のそこここには傷病兵がごろごろしている。
町の喧騒とは違い、こちら側は野戦病院の様相を呈している。
『しっかりしろ!いま、助けてやるから!』
横合いから声が聞こえる。
なんちゅうか、ショボいヒールしかかけられていない。
あれでは治るものも治らない。
「おい、魔術師たちで回復魔法が使えるものは、すぐに治療にかかれ!歩兵は傷病者を運ぶ手伝いをしろ!」
俺は、自分の兵士たちに声をかけた。
ウチの魔術師たちは、しっかり休息したので、魔力は充実している。
「「「ははっ!」」
数名が飛び出して、治療を始めた。
「伯爵、物資のことは任せてもいいか?俺は、傷病兵のところに行く。」
「まかせるでおじゃる。」
マゼラン伯爵は、力強くうなづいてくれた。
こう言う時、本当に頼りになるオッサンなんだよ。
「頼む。マルノ=マキタ、伯爵に随行しろ。袋は持っているな。」
「はは!ここに。」
「ロフノール、お主も行け。」
「御意!」
俺は、自分の袋も預けて、駆けだした。
「やれやれ、お屋形さまはお優しいのでなあ。」
「まことに。」
砦の横には、傷ついた兵士であふれた宿舎があった。
「なんだこれは?ぜんぜん治療が行きとどいてないぞ。」
まさしくその通り。
簡易にまかれた包帯や、添え木など、素人の治療にしか見えない者たちがあふれかえっていた。
「衛生兵!重い奴はどこに固まってる。」
「え?はあ、あっちです。」
やる気のなさそうな衛生兵が指差した方は、うめき声すら出せないような重症者が転がっていた。
もっともこの衛生兵も、腕に包帯を巻いている。
しかも、かなり血がにじんでいる。
「ばかやろうが!さっさと案内せんか!」
おれは、そちらに向かうと、思い切り魔力を込めてグローヒールを唱え始めた。
こうなりゃ象だって一気に回復するくらい強力なやつをブチかましてやる。
「おおおおおおおおお!」
突然湧いた声と、俺の周りに広がる魔力洸に、その場にいた一同が声をなくした。
「グローヒール!」
部屋全体に行きわたる魔力光に包まれて、臥せっていた兵士たちの傷を癒して行く。
「き!傷が!」
「骨がつながった!」
「い、息ができる!」
ざまあみろ、全員生き帰った。
「お屋形さま~、我われの出番がなくなりました。」
「なんだよ、まだ治療してなかったのか?」
「いえ、外で治療していたら、お屋形さまのヒールが漏れ出してきて、こっちまで治ってしまったんです。」
「あらま、そうだったのか。じゃあ、魔力は温存しておけ。」
「御意。」
魔術師たちは、だまって頭を下げた。
「こ、これはどちらさまでしょうか?」
「こちらは、レジオ男爵さまです!ただいま、このエリアのヒーリングは完了しました。」
魔術師の男が答えたのは、白衣を着た壮年の男である。
「男爵さま?それは…しかし、この建物全体を治してしまうなど、とんでもない魔法ですな。」
男は、アルザス子爵の家臣で、治癒師のトールと言った。
「義を見てせざるは勇無きなりと言う。初回サービスだ。」
「はは!かしこまってございます。」
「では、俺は将軍に会うとしよう。後は頼む。」
「御意!」
砦の中に入ると、中隊長の腕章を付けた騎士が駆け寄ってきた。
「レジオ男爵さま!」
「ああ、レジオだが、お主は?」
「は、アルザス子爵領第二中隊長、モルトであります。」
「そうか、ここの指揮官はどこにいる?」
「は、アルザス子爵様の弟ぎみが就任なさっております、ただいま輜重倉庫におります。」
「案内頼む。」
「かしこまって候。」
モルトは先に立って案内を始めた。
砦の中には、隅でへたり込んでいる兵士も散見される。
薄暗い廊下は、魔力光さえケチっているようだ。
「なかなか苦戦しているようだな、食糧は足りているのか?」
俺は、そんな兵士たちを観察しながら、モルトに聞いた。
「は、ただいま兵士は三〇〇〇人ほどでありますが、魔物のおかげで肉自体は余るほどあります。しかし、野菜や調味料などが不足気味で。」
「そうか、そう言うものも大量に持ってきた、安心しろ。」
「は、かたじけなくあります。」
輜重倉庫は、かなりな大きさで、マゼラン伯爵が干し肉などを出しているところだった。
「おおカズマ、どうじゃった?」
「さくっと治してきた、伯爵。」
「そうか、それはよかったでおじゃる。さて、ウチの分はこれで全部でおじゃる。」
伯爵の前に山積みされた物資は、兵士たちによって運ばれて行く。
「カズマ、アルザス子爵の弟の、オルフェス殿でおじゃる。」
「オルフェスでござる。」
栗色の髪をした、細おもての中年が前に出て来た。
「レジオ男爵カズマでござる。このたびは、大変なご苦労でござるな。」
「さよう、いきなりの侵攻で、あわてて兵士をかき集めてござる。」
「なるほど、森の調査などはいかがでござる?」
「うむ、それがなかなか進まないのでござるよ。兵士は傷つき、魔物は後から後から湧いてくると言う様子で。」
「なるほど、詳しいお話をお聞かせ願えますか?」
「もちろん、では、上に参りましょうか。伯爵さまも御同道ください。」
「わかったでおじゃる。」
「ロフノール、マルノ、あとは頼んだ。」
「「御意」」
にわか作りかと思ったら、毎年少しずつ侵攻があるので、ここで食い止めるためしっかりと砦を作ったそうだ。
崖に挟まれて、ここだけ森が狭くなっていて、喰いとめ易いらしい。
「それで砦なのに町のようになっているのか。」
「左様、しかし今年の侵攻は予想外の時期に、予想外の物量で攻めて来たので、常駐の一〇〇〇名では太刀打ちできなかったのだ。」
「ふむ、それで領内から兵士を集めたわけですか。」
「そうです。しかし、練度の点で不足のものも多く、予備役の老人も混じっているしまつ。」
「義勇軍ですか、老人までとは勇ましいですな。」
「そうは言っても、老人ですからな。」
「彼らの知恵と経験は、馬鹿にはできんですよ。ものは使いようではないですか?」
「うむ…」
オルフェスは、無精ひげをなでながら考え込んだ。
「さきほどのワイバーンは、どうして砦の上を飛んでいるのですか?」
「あれは、毎日やってきてはぐるりと回って帰って行くのです。」
「やはり偵察ですか…いやなやつが混じっているように思いますね。」
「いやなやつですか。」
「…と言うか、森の中に魔物が嫌うような、巨大なものが居るのかもしれません。そいつが、魔物をトレインしてきたとか。」
「トレインですか、ダンジョンのように?」
「ええ、レジオ崩壊の噂はお聞き及びと思いますが、これも、ブルードラゴンに驚いた魔物の暴走でござって、ドラゴンが帰った後は落ち着いています。」
「ほう、そう言うこともあるのですか。」
「そうです、またはオークキング、オーガカイザーなどの、強力な魔物が引っ張っているか。」
「キング!カイザー!それは恐ろしいですな。」
「はっきり言って、一般の兵士ではなかなか難しい相手です。」
「さよう、オークジェネラルと戦ったことがござるが、兵士五〇人でようよう仕留めましたわい。」
「ほう、それでも仕留められたとは、なかなか優秀ですな。」
「いやもう、必死でござるが。」
魔物の妨害がきつくて、森の調査も進んでいないようだ。
これでは、魔物が攻めてくる原因もわからないな。
「そうですか?さて、前面の防壁の前に堀がないですね。」
「ええまあ、どうしても防衛が先になって、堀までは手が回らんです。」
「わかりました、ここへ来たのも何かの縁、少しお手伝いいたします。」
「はあ?」
「まあ、少しだけですよ。私は土魔法が得意なんです。」
オルフェスどのは、怪訝な顔をして俺を見ていたが、俺は軽く会釈をして部屋を後にした。
俺は、すぐに外に出て、魔物の森に正面する防壁の上に来た。
「なるほどねえ、ここは少しずつ防壁を厚くしてきたのか、なかなか堅固じゃないか。」
毎年少しずつ土嚢を運んで、防壁を厚くしてきたんだろう。
防壁のこちら側は、斜めになって土を積みやすくしてある。
兵士たちの苦労の跡が見て取れる。
俺は、レビテーションで向こう側に降りる。
見張りの兵士が「なんだなんだ」と見に来た。
俺は、無詠唱で魔力を練り込み、防壁の前一〇メートルくらいに穴を掘る。
「おおおおお!」
掘った土は、固めて防壁に張り付けて、カサを増す。
一辺が二メートルタテヨコ一メートルくらいのレンガ状に、組み上げられた防壁が、徐々に増えて行く。
それに伴って、幅五メートル深さ三メートルくらいの堀が増えて行く。
やがて、全長二〇〇メートルほどの堀が、防壁の前に現れたところで、兵士たちの歓声がわきあがった。
「すっげー!」
「だれだあれ!」
わははははは、褒め称えるがいい。
これで、陸上の魔物など物の数ではないわ。
上から派手に攻撃することもできる。
防壁から森を見ると、まあ、森までは約二キロほど平原が続く。
魔物に踏み固められたのか、草一本生えてないのが寒々している。
亜熱帯で雪も降らないので、気にもならなかったが、まだ冬なんだよ?
俺たちは、物資の輸送のみを請け負って来たんだが、砦の様子があまりにも悲惨なので、どうしたものかと思案六法である。
「う~む、カズマよ、この状況はどうしたものかのう?」
「まあ、傷病兵はすべて治してきたので、全員が正常な状態になっているんだけどな。」
「PSTDはどうじゃ?」
「まず、居てもひとりふたりだな。」
「そうでおじゃるか。では、当分持ちこたえそうじゃの。」
「俺は、しばらくここにいて、森の調査をしようと思う。」
「そんなもの、アルザス子爵に任せておけばよいでおじゃる。」
「そうだろうか?」
「わからんが、無茶をすると余計に魔物が押し寄せてくるでおじゃる。」
「そう言うもんかな?」
「魔物は刺激せず、うまく付き合うのがいいのでおじゃる。」
「そうなのか?」
「うむ、慌てず騒がず、魔物とて無闇に殺されに来る訳ではないのでおじゃる。」
「へ~、わかんねえもんだな。」
「そもそも、魔物と言うものも、また神の作られたものじゃろうよ。それならば、世界の則<のり>と言うものに縛られておるのじゃ。」
「ふむふむ。」
「世界の生き物は、すべからく増えもせず、減りもせんのが理想なのじゃ。」
「へ~、こんな世界で、総量制限とエントロピーの保存なんて概念があるのか。」
「えん?いやまあ、それが世界の理<ことわり>と言うものじゃよ。だから、殺し過ぎるのはいかんのじゃ。」
「なるほどね。世の中はバランスってことかい?」
「そうでおじゃる。」
思いもよらず、マゼラン伯爵の博識に触れて、俺たちの世界との差を感じた。
種の絶滅、可住エリアの破壊。
人間はやりたい放題だ。
それに比べて、この世界のバランス感覚はどうだ。
魔王が居なくても、そこそこ種の保存に帰依している。
すべてがバランスだ。
そこでは、俺みたいなチートが割り込む隙間はない。
なるほどね、勇者が本来の仕事<まおうのまっさつ>の後<のち>殺されるのは、こう言うわけか。
やっと納得した。
勇者などのチートは、世間のバランスを壊しつくす、ある種の魔王なのだ。
だから生存が許されない。
俺も、世界に殺されないように、隅っこで生きなきゃな。
魔物にだって秩序はあるってことさ。
「そうとわかれば、俺たちは王都に戻らなければならないってことだな。」
「そう言うことでおじゃる。」
「了解した。すげえな殿さまは、そんなことまで考えているんだ。」
「貴族と言うものは、そう言う伝承も義務の内でおじゃる。」
「奥が深いのな。」
「いずれお主にも、伝承の重要さをもっと話して聞かせようほどに。」
「よろしく頼むよ。」
下っ端たちは、俺たち輜重部隊の去るのを、情けない顔で見ていたが、俺たちはオルフェス殿に挨拶して、早々に戦場を去ることにした。
ただし、ワイバーンだけはぶっ飛ばしてきたことは、蛇足ながら伝えておく。
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