おっさんは 勇者なんかにゃならねえよ‼

とめきち

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第六十三話 新たなちから その①

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 アルザス子爵領での輜重運搬任務を終え、若干の支援もして帰還したカズマたちは、王都での晩さん会に呼ばれた。
 そりゃまあ、あんな無茶な任務を押しつけて、ねぎらいもなかったら、王国は見捨てられるよ。
 やってたり前なんて思っていやがりますのか?
 いい気なもんだよ陸軍大臣エマヌエル公爵。

 てめえ、そのうち「キャン」言わせたるからな。
 カズマは、怨むとまでは言わないが、若干ひっかりを持っていた。
 王宮の事務方、勘定方、軍務方など、それぞれにさまざまなかかりもあろうと思うが、ケチくさい。
 なんせ、アルザスまで往復三〇日の行程だ、その稼働費用はカズマたち貴族の持ち出しである。
 参勤交代もマッツァオな、ひどいシステムだよ。
 王家は、これで支出はたいそう抑えられたことだろう。

 その裏に、なにやら作為を感じる。
 どこやらの横やり、事務方、勘定方の忖度<そんたく>がにじみ出ていて、黒い黒い。
 限りなくクロに近いグレーってやつだな。
 国王は知らされていないのだろう、どいつが柳沢吉保だ?
 情報をせき止めているやつがいる。
 王様は、バカじゃないが、抜けている。
 良く言えば、鷹揚でおっとりしているのだ。
 悪く言えば、ヌケサクのスッカスカ。

 上昇激しいレジオに向けて、作為アリアリ。
 そのアオリを食って、マゼラン伯爵も支出が痛い。
 まあ、失策を責められてのことだから、仕方ないっちゃあ仕方ないんだが。
 こんなやりようも、各領地を疲弊させて、王国に反旗を翻さないようにさせるためらしいが。
 やりかたがエゲツない。
 貧乏なレジオが、なかなか浮かびあがれないじゃないか。

 アルザス子爵領も、あんなに魔物に攻められては、なかなか安定できないわな~。
 ご愁傷さま。
 広大な領地も、開発の手が出せないほど、軍費がかかるんだよ。
 金がありゃあ、全部外壁でかこって農地にできるのに。
 まったく同情を禁じ得ない。
 レジオでは、まだまだ開発の余地もあるし、魔物も少ないからな。



 アンジェラを産んだティリスは、まだレジオを動けないので、ホルストに送られてアリスが王都に滞在していた。
 聖女が来たと言うので、王都はわきかえっていた。
 まあ、アリスは物腰もやわらかで、一般受けがいいのでありがたい。
 王都の門から、中級貴族街まで、馬車を迎える人だかりができていた。
 みな、王国の旗や、花を振ってのお迎えだ。
 聖女はそれに、手を振って答える。
 民衆は、わあっと盛り上がった。
 やがて、宿の前に到着した聖女は、地面にひざまずき、王都への祝福を行った。
 もちろん、その後、民衆への祝福も忘れない。
 金色に輝く粉雪のようなエフェクトが広がって、民衆はわっとわき上がった。

「聖女さまの祝福をいただいたぞ!」
「これで商売繁盛まちがいなしだねあんた!」
「娘の縁談もいいとこが来るぞ。」
 いやちょっと、その現世利益はうすいような気がしますが…
「幸せがきますように。」
「聖女さまがお健やかでありますように。」
「レジオ男爵家のお姫様がお健やかにお育ちになりますように。」
「イシュタール王国が平和でありますように。」
 そうそう、そう言った漠然としたお祈りがいいんですよ。
 ま、オシリスさまは、現世利益も出しますけどね。


 聖女は、「金の籠亭」と言う、ちょっと贅沢な宿屋にやってきた。
 やっぱ、貴族さまご指定の宿だそうで、内外装が豪華で宿泊客もそれなりに上等だ。
 これは、凱旋後の晩餐会に出席すると言うことが、事前に知らされていたからだ。
 ウォルフの差配で、兵士一〇〇名と一緒に王都入りしている。
 第二の聖女さまで、男爵家の奥方なんだから、体裁も必要なんだってさ。
 めんどうだねえ。
 王都の一流の宿屋に陣取ったアリスには、ちょっと豪華なローブをおごった。
 総絹の黒をベースに、随所に白いレースをあしらった、神秘的なローブだ。
 ほかの貴族の奥方とは、一線を画す。
 なんせ、ドレスが着れるわけでもないしな。
 俺は、やはり全身黒。
 これは、流行とか考えなくてもいいから。
 基本、立て襟の軍服風にしていれば、目立たない。

 ごてごてした宮廷衣装にはついて行けないよ。

 レジオ男爵として、カズマは必要最低限の服でごまかしている。
 贅沢はしたくないし、ラメ入りのお衣装なんて、着たくもない。
 黒の軍服風なら、チャチャが入りづらいと言う理由である。
 うまくごまかしてるな。
 久しぶりの王城は、あいかわらずキラキラしている。
 豪華なシャンデリアに飾られた、鏡の回廊には宰相をはじめ、王弟殿下、内務大臣、陸軍大臣、海軍大臣、公爵閣下、侯爵閣下など、綺羅綺羅しい人々が列席している。
 みなすでに整列して、国王陛下のご臨席を待っている。
 いわゆる、文武百冠と言うやつだ。
 貴族は百二十家あるわけだし、文官武官に就いているものばかりではない。
 当然無冠のものも多いのだ。
 ただ、領地を維持管理して、年貢を上げることも貴族の正しい仕事である。
 だから、無冠と言っても、殿さまとしては立派な人も多いのだ。

 領地経営も、千差万別。
 うまく特産品に乗ったところは、栄えもするし、発展もする。
 そうでないところは、現状を必死になって維持している。
 少しでも農業生産を上げたいのは、どこの領地もいっしょだ。


 なんて考えていると、声の裏返った侍従が出てくる。

『国王陛下、王妃殿下ご臨席でございます。』

 なんか裏返ってかすれた声で、国王のご臨席が告げられた。
 侍従、のどあめなめろよ。
 こんど差し入れてやるよ。
 国王陛下は、お国柄に合わさず、珍しく側室をお持ちでない。
 王妃殿下が、王女二人を出産なされて、まだ元気なのもそれを後押ししている。
 それはいいんだけど、その後のカルシウム摂取や、軽運動などの推進で、今年王妃様はご懐妊の予定である。
 カズマの八卦には出ていたんだがな。
 めでたいことだ。

 さすがに質素倹約に努めているとは言え、王様の衣裳は豪華だ。
 なんでも、先代の衣裳や、先々代の衣裳が残っているから、それを使っているらしい。
 それを、倹約と言うんだけどね。
 王家自体の領地は二五〇万石程度だそうで、国家予算はそれ以外の税収から出るわけだ。
 ただ、ここの文官たちはこすっからくて、その予算からきっちり自分の懐に入る分は計算に入れている。
 それを抜いたうえでの予算措置なんだから恐れ入る。
 おまえら、古代中国じゃないんだぞ。
 この国の官僚は腐ってやがる!
 どっかの島国の厚生労働省みたいな感じだ。
 税金はあるから使ってしまえ、なくなっても後は知らん。



 そのうえ、バカ貴族とバカ官僚はつるんでやがる。
 この国は、食い物にされているんだ。



 王弟オルレアン公は、席の隅にいるカズマに粘つくような視線を投げている。
 ちっ、男に凝視されても嬉しくなんざねんだよ。
 オルレアン公は、赤地に金糸銀糸をふんだんに使った上着をまとい、下のドレスシャツもレースで飾られたモノを着ている。
 ホンマ金かかってまっせーと言う出で立ちだ。
 きっとこの日のために、あたらしく設えたんだぜ。
 げ、靴も金糸で飾ってあるじゃん。
 王の従兄弟のバロア公爵も、こっちに顔を向けている。
 こいつは濃い青地に、やはり金糸のふちどりで、胸元にレースで飾った上着を着ている。
 おっさんがレースって言うのも、この国の流行りなんだからしょうがないが、それで戦場に出るつもりかよ。
 お屋形さま貴族さまってやつは、どうしようもないな。

 おめーら、国王陛下の方を向けよ。
 なんかしゃべってるんだからよ。

 どちらも、絢爛豪華を絵にかいたような、ごてごてした飾りの好きな、ゴシック風だ。
 まったく、どこがいいのか?こまったおっさんたちだが。
 あれで、権力は絶大なものがある。
 ちょっとした男爵、子爵なんか屁でもねえ。
 クワバラ・クワバラ。

「…かような訳で、アルザス子爵領での魔物との戦闘は、全軍を追い返すと言う誉れとなった。マゼラン伯爵、レジオ男爵、ご苦労であった。」
「「ははっ!」」
 カズマとマゼラン伯爵二人は、その場で膝をついてその言葉を受けた。
 ヨメ達も、それに倣う。
 マゼラン伯爵の嫁さんは、三七~八のちょっとトウは立ってるが美人で、ふくよかな女性だ。
 こちらは、深いグリーンのちょっと古臭いデザインのドレスをまとっている。
 オーソドックスと言うのか、派手さを嫌ったようなデザインで、言うなれば地味なんだが、上品さを損なっていない。
 このカミさん、できるな。
 聞いたら、今は亡くなったがリオン公爵の末娘だとのことだ。
 現リオン公爵は、この人の兄にあたる。


「二人には、双頭白鷲章を授与する。前へ。」
 宰相の声に、マゼラン伯爵は優雅な仕草で前に出る。
 カズマは、それに続いて、消防団風に歩いて出て行った。

 壇上に立つ国王陛下を前に、しっかりと膝をついて二人は並んだ。

「両名、前へ。」
 国王の声に、ひと膝前に出る。
「もそっと近こう。それでは首にかけられぬ。」
「「はは!」」
 カズマたちは、ヒナ壇のすぐ前まで進んで立ち上がった。
 金のメダルは、直径が一〇センチもあって、堂々としたデザインだ。
 上に、緑と白のリボンが、複雑に結んであって、それを両手で持ってマゼラン伯爵の首にかけている。
 次はカズマだ。
 カズマは、ゆっくり首を下げた。
 かけられたメダルは、ずっしりと首にくいこんだ。
 責任の重さか。


「両名、よくぞアルザス子爵の苦難を救ってくれた、大義であったぞ。特に、レジオ男爵は外壁の強化まで行ったそうではないか。」
 カズマは素直に頭を垂れた。
「いえ、出過ぎたことをしました。」
「なに、懸念であったものを、よくぞ治してくれたと、子爵も喜んでおった。今日、ここにこれなくて残念がっておったぞ。」
「恐れ多いことでございます。陛下のご威光のたまものでございます。」
「遠慮深いことだ。では、みなのもの作戦の成功を祝おうではないか。」
 カズマたちは、御前を辞し、末席に戻った。
 この勲章には、年間金貨三百枚の年金付きである。
 儲かった気はしないがな。(出費は、それ以上だし。)

「お屋形さま、ごりっぱでございましたわ。」
 アリスは、こっそりとカズマに耳打ちした。
 こころなしか、耳が赤い。
「なんだよ、ひとから見えないからって、いちゃいちゃしてさ。」
 ジョルジュ将軍である。
「モテモテの将軍様にはかないませんよ。」
「ちぇっ、どんな美女だって聖女さまには負けるよ。」
 そう言うところがモテるって言ってるんだよ。

 みな酒を持って、そこらで固まっている。

「おお、近衛の将軍殿ではないか、久しいのう。」
 マゼラン伯爵は、上機嫌でジョルジュ将軍に笑顔を向けた。
「これはマゼラン伯爵どの、今回はご活躍でした。」
 さすがにジョルジュは如才がない。
 情報もたくさん持ってるんだろうな。
「ほほほ、カズマにいいところを持って行かれたわい。」
「ははは、伯爵どのあってのカズマでございますよ。」
 二人は、にこやかに談笑している、どうも裏を読み合う必要のない相手なのが楽なようだ。
「おや、お主たちは中がよさそうでおじゃる。」
 カズマとジョルジュを見比べて、マゼランはふんふんと鼻を鳴らした。
「ええまあ、レジオ駐留兵たちは、近衛からも出ておりますからね。レジオ男爵には世話になりっぱなしです。」
 ジョルジュ将軍は、長い金髪を揺らして笑う。
「おいおい、世話になってるのはレジオの方だ。近衛が訓練をしてくれるので、レジオの周りには盗賊が居なくなった。」
 カズマは、ジョルジュに手柄を預けようとしているようだ。
「それは、副産物にすぎんよ。」
 そう仕向けてくれたのは、ジョルジュ将軍だろうに、気の利く男だ。
 ジョルジュは軽く会釈してその場を離れて行った。

「あいかわらず、気持ちの良い男でおじゃる。あれで、敵も多かろうにのう。」
「それを上回る味方を付けているんでしょうよ。」
「お主も、そのうちの一人でおじゃろう?」
「俺など、末席もいいところですよ。」
「よう、カズマ。」
 マルメ将軍が来た。
 ヨメ一筋の、頑固な男だが、いいやつだ。
「おう、陸軍の歩兵部隊には助けられてるよ。」
「そうか。」
 無口を絵にかいたような男だが、好感が持てる。
 武人をそのまま絵にしたような、いかつい風貌に似合わぬ細かい心づかいが泣ける。
「これはマルメ将軍、魔物退治では世話になったのう。」
「いえ、職務ですから。」

 これだよ、まったく黙々と仕事をこなす姿勢には頭が下がる。
 男は黙ってサッ●ロビールだよ。
「ほほほ、カズマの周りには、なぜか武人が集まりおる。」
「なにをおっしゃる、武人と言えば伯爵もそのうちでしょうに。」
「ほほほ、雅なことのほうが好みでおじゃる。今度の歌会にはぜひカズマもくるでおじゃる。」
「ちぇっ、それであの剣筋ってのは、反則だぜ。」
「ほほほ、精進が足りんよ、カズマもまだまだじゃのう。」
 伯爵は、扇をひらひらさせながら、別の集まりに向かっていった。

「聖女どの、もう一人の聖女殿はいかがお過ごしですかな?」
 ジジイ!直接接触を図ってきやがった!
 オルレアン公爵は、いきなり本丸に攻め込んできたのだ。
 固太りのあなかをゆらして、カズマたちの前に立った。
「はい、レジオの屋敷で和子のお世話をしております。」
 オルレアン公爵は、あからさまに驚いた顔をした。
 なんだよ、情報入ってるんじゃないのか?
 あんがい、そちらのシノビは、手が遅いな。
「なんとのう、健やかなのかな?」
「はい、おかげさまを持ちまして、健やかにお育ちでございます。」

「これはオルレアン公爵さま、ご挨拶に伺おうと思っておりましたのに、格上の閣下からお声をいただき、恐縮至極。」
 カズマは、大仰にへりくだって見せた。
「なに、気にするな。今回ご活躍ではないか、そういう臣下を褒めるのも、王族のたしなみと言うものだ。」
 王族ねえ…自分がとって替わるつもりじゃないだろうな?
 カズマは、探るような目で、オルレアンの顎ひげを見た。
「かたじけのう存じます。おかげさまを持ちまして、無事任務を完遂してございます。」
「ごくろうであったのう、レジオは復興の最中であるというのに、兄上も酷なことをなさる。」
「いえ、陛下には遠大な思惑がございますのでしょう。」
「言うわ言うわ、なかなか口が回るやつよ。臣下の礼儀をわきまえておるのう、わはははは。」
「恐縮でございます。」
 ハラワタ煮えくりかえるわ!
 仕向けたのはテメーだと、調べは付いているんだよ!
 オルレアン公爵の視線は、豊かなアリスの胸に注がれている。
 カズマのことなんか眼中ないようだ。

「時にレジオ男爵。」
 オルレアンは、酒の入ったグラスを、目の高さに持って行った。
「なんでしょう?」
「王城の堀だがな、やけに汚れていると思わんか?」
「さあ?私は昔を知りませんので、そう言うものとしかわかりません。」
「そうか、昔はよく澄んでいてなあ、魚の泳ぐさまがよく見えたものだ。小さい頃は、兄上とよく魚を数えたものだ。」
「はあ、左様ですか。」
 恐竜でも歩いていたのかよ!
「どうじゃ、お主、堀をきれいにしてはくれんかの?」
「はあ?」
「堀をきれいにする方法を考えてくれんか。」
「はあ、そうですね。水魔法の得意な魔術師を大量に投入して、浄化魔法をかけるとかですか?」
「いやいや、それでは底にたまったごみが処分できんだろう。」
「では、水を抜いて掃除をするんですか?」
「そうじゃな、それが一番かのう?お主、できるか?」

「無理です。水の量が多すぎます。」
「なんじゃ、陛下のお役に立とうとは思わんのか?」
「いえ、それは無理難題と言うもの。私には、それを成し遂げる財がございません。」
 ギリギリと、歯ぎしりの音が聞こえそうだ。
「オルレアン公爵さま、レジオは貧しいのでございます。」
 アリスティアは、胸の前で手を合わせて、オルレアン公爵を見た。
「これは、聖女殿にそこまで言われては、引かざるを得ませんな。いや、失敬。」
 オルレアン公爵は、そう言って俺たちから離れて行った。
「なんだあれは?カズマにドブさらいをやれと言うのか?」
 マルメ将軍は、グラスを持ったまま、渋く声を上げた。
「そうだろうな、王弟の立場を強調して、命令を聞かそうと言うのが見え見えだ。」
「そんなことで、貴族間に軋轢を起こしてどうするつもりか。」
「さてねえ?俺が貧乏になるなら嬉しいんだろうさ。」
「ゆがんでいるな。」

 まったくだ。
 魔物との領土のせめぎあいと言うものは、意外と手間がかかるものなんだ。
 魔物は、森を占拠して自分の領土拡大を図ろうとする。
 人間は、魔物が侵攻してこないように、塀で囲んで領土を増やす。
 イタチごっこなんだよ。
 そんな中で、人間が意地だの虚栄心だのと、くだらないことにこだわっているのは、滑稽でしかない。
 まったく、いまは戦争中なんだよ?
 あと一〇年は戦えるんだよ。
 なにが一番大事か、よく考えてくれよ。
 本当は、こんな夜会などしている場合か?
 ここにいるやつらは、なんなんだ。
 などと、どこぞの金髪の儒子<こぞう>のようなことを考えていると、国王陛下の退出が告げられて、夜会はお開きになった。




 カズマたちは、「金の籠亭」に戻って、部屋着に着替えた。
 さすがに貴族御用達の宿だ、ふんだんにお湯の張ってある湯船がある。
「アリス、風呂に行くぞ。」
「あい。」
 ふたり連れだって、浴場に向かうと、やっぱ貴族用のたっかい宿屋だけあるね。
 お湯も豊富で、湯船がでかい。
 かけ湯をして、中につかるとアルコールが抜けて行くような気がする。
 と思ったら、アリスが浄化の魔法を使っていた。
 カズマは、歯ぎしりをして肩に力が入っていたものが、ゆっくりと溶けて行くようだった。
「お屋形さま、明日はどうなさいます?」
「そうだな、みんなの土産でも買って、ゆっくり帰ろう。アリスもなにか欲しいモノはないかな?」
「特にはございません、けど、アンジェラの肌着などがあるといいですね。」
「そうか、じゃあ買い求めてこようかな。」
「はい。」
 まった欲がないなあ、ウチの聖女さまは。

 なんだか疲れてしまって、眠くなった。
 まったく慣れない社交界などで、揉まれると言うのは気疲れしてしょうがない。
 そんなわけで、カズマはふらふらと、ベッドに倒れこんでしまったのだ。

 横合いからアリスティアが、布団に入る気配がする。
 しかし、なかなか潜りこんでは来ない。
 気になって片目をあけて、こっそりと盗み見ると、アリスティアはぽろぽろと涙をこぼしていた。
 びっくりしたが、そのままそっと見守る。
「お屋形さま、こんなにお疲れになって、無理をさせてしまいました。」
 優しい指が、肩から腕に駆けてゆっくり動く。
 ゆっくりとヒーリングの波動が、腕を舐めていく。
「すき…好き…」
「涙が出るほど好き…」
 左手のこわばりも取れて行く。
「あなたを見ていると、泣けるほど好き…」
 背中に、足に、癒しの波動が広がって行く。

「どうかどうか、無理をなさいませんよう…」

 なんというか、やはり平成日本とは、精神構造がちがうようだ。
 命の危険と隣り合わせということは、こんなに深く人を愛せるものなのか。
 アリスティアの、愛情の深さに、不覚にもカズマも涙ぐんでしまった。
 カズマは、あらためて、家族の平和を守りぬくことを誓うのだった。




 翌日の王都は、少しぐずり気味の雲の厚い日になった。
「降るかな?」
「わかりませんが、かなり空が重うございますね。」
 カズマは、ためらいもなくアリスティアの手を握った。
 ぴくりと、アリスの手が反応する。
 かまわず、強く握って一歩踏み出した。
「まあいい、アンジェラのものを買ったら、さっさと宿に戻るとしよう。出発は、明日にしてもいいからな。」
「さようでございますね。」
 王都の赤ちゃん本舗は、品ぞろえに定評があり、近隣の町からも買い物にやってくるそうだ。
 店の中は、けっこうな広さで、所狭しと商品が並んでいる。
「これなんかいかがでしょう?」
 ピンクの、かわいらしいおくるみを見つけて、アリスは顔をほころばせる。
 こういうところは女の子だな。
 赤ちゃんのものは、なんでもかわいいらしい。

 かなりの買い物をして、店を出たところでぽつりぽつりと雨が落ちて来た。

「あら、お屋形さま雨が…」
 アリスティアは、カズマの左手に腕をからめて、手のひらを上に向けた。
「春雨じゃ、濡れてまいろう。」

 なんだそりゃ~!(月形半平太ですね。)

 宿に帰って、様子を見るが雨はますます強くなって、これは動いてもしょうがない。
 急ぐ旅でもなし、今日はもうここでフテ寝するつもりだ。

 風呂に行こうと廊下に出ると、その真ん中に黒い渦が巻き始めた。

 これは知っている。
 第七話で体験済みだ、レイラの瞬間移動の魔法だ。
 全国でも十本の指に入る、高度な魔法である。
 空間魔法は、使い手も少ない。
 通信できる(手紙を飛ばすとか。)魔術師だって、王国でも数百人いるかいないかで、有事には従軍依頼が来る。
 ていの好い連絡係だが居ると居ないとでは、ぜんぜん違うよね。
 情報は、すべてに優先するよ。

 はたして、黒い渦はすぐにレイラの黒いローブへと変わり、その裾をくるくる回して顕現した。
 魔法の余波のように、ルイラの裾がはためく。
 白い足が、太ももまで見えるぞ。
 うひひ。
「久しぶりだな、レイラ。」
「カズマも元気そうね。」
 相変わらずのアニメ声だ。
 低めの林原風。
「どうしたんだ?アランになにか危険が迫っているのか?」
「いえ、そうじゃないの。ちょっと話せる?」

 俺は、レイラを部屋に招き入れて、椅子をすすめた。

 宿に頼んだお茶が来ると、レイラはゆっくりと口を開いた。
「実は、クレオパに住んでいる私のお師匠様のことは話したわよね。」
「ああ、聞いてる。俺も鍛えてもらえって言ってたな。」
「ええ、それでカズマのことを話したら、それは危ないからすぐに連れてくるようにと言われたの。」

 ほへ?
 危ないってなに?
「お師匠さまは、占いもなさるのね。そしたら、カズマはこのままでは命にかかわることに巻き込まれると言うの。」
「もう巻き込まれているがなあ。」
「そうなの?だったらやはり、お師匠さまの言うとおり、クレオパに行きましょう。」
「クレオパに行ってどうするんだ?」
「カズマの魔法力を上げるわ。そして、だれにも負けない力を…」
 ちょっと~、これ以上の魔力はいらんのだけど…
「それは大事ですわ!お屋形さま、ぜひクレオパへ参りましょう。ここからなら、馬車で三~四日で着きます。」

「そうか、じゃあ行ってみようか。」
「よかった、早く決まって。」
「すまんなレイラ。アランは元気か?」
「ええもう、あのとおりよ。クレオパで次のダンジョンを吟味しているわ。」
「ダンジョンねえ。いいなあ、俺なんか遊ぶ暇もない。」
「あはは!男爵さまなんかになるからよ。冒険者でいればいいのに。」
「まったくだ、成り行きとはいえ、受けるんじゃなかった。今思えば、マゼランの殿さまに手柄全部くれてやればよかった。」
「お屋形さま!」
「いいじゃん、文無しの冒険者でいたほうが、ずっと気楽だよ。アリスはそう思わないか?」
「そりゃまあ…」
 没落貴族のアリスとしては、貴族に返り咲いた現在は、大変満足なことかもしれん。
 騎士爵から男爵にステップアップしているし。


「ただまあ、俺が居ることで助かった者も多いもんだから、しょうがなく男爵やってるんだ。」
「カズマもたいへんねー。まじめすぎるんじゃない?」
 レイラの言葉には、苦笑で返す。
「しかたがない、これは乗りかかった船だ。」
「そう、じゃあ明日出発でいいわね。」
「ああうん、わかったよ、頼む。」
「そう言えば、あんたたちお風呂に入るところだったの?」
「そう言えばそうだな。」
「じゃあ行こう、あたしも入ってないし。」
「じゃあ、アリスと行ってくればいい。」
「そうするわ。行こう。」
 アリスとレイラは、そそくさと部屋を出て行った。

 カズマは、女将にもう一部屋必要なことを告げに、フロントに足を運ぶ。

「まあ、Cクラスパーティのメンバーですか?」
「ああうん、すまんな。貴族じゃないが。」
「いいえ、Cクラス以上であれば、こちらにご宿泊いただいてもかまいませんよ。」
「そうか、女将、迷惑をかけるがこれで頼む。明日は早めに出る。」
 カズマは、女将に金貨を持たせた。
「かしこまりました、ごゆっくりどうぞ。」
「今夜の食事は部屋で取るので、三人分届けてくれ。」
 女将は深く頭を下げて、俺を見送った。
 「金の籠亭」は、ひと部屋がかなり大きくて、ベッドのほかに応接セットなども置いてあり、かなり広い。
 カズマは、ソファに座ると、ストレージからシードルを出して一口含んだ。

「また、なんの厄介ごとを持ってきたものだか。」
 ルイラが急に跳んでくるなんて、ロクなことはない。
 第七話で魔物の暴走に巻き込まれた。
 それでレジオの崩壊を知り、一万匹の魔物と対峙することになった。
 生きて帰れたからよかったが、オークキング、オークジェネラル、トロールなどと戦い、死にそうになった。
 しかし、その師匠の占いってのも気になる。
 縁起を担ぐ方ではないが、この世界の魔法による占いは、予言レベルだ。
 命にかかわることに巻き込まれるのか。
 もう一度、褌締めなおす必要があるか。

 ティリスの護衛も考えないとな。
 ラルが使えるようになるのはもう少し先だ。
 信頼の置ける護衛が必要だな。
「トラ。」
 しゅたっと黒い影が現れた。
「ここに。」
「もう少し普通に現れないかなあ。」
「趣味ですにゃ。」
「まあいい、トラ、お前の仲間をもう少しほしいな。」
「そうですかにゃ?カルカン族は、数が少ないですにゃ。」
「お前は信頼がおける。」
「うれしいですにゃ。」
「ティリスの護衛がほしい。」
「わかりましたにゃ、私も付きますにゃ。」
「たのむし。男のカルカン族も、早急に集めてくれ。」

 翌朝、早くに馬車を出すことにした。
 たいした荷物もないし、箱馬車には俺とアリス以外にはいない。
 もちろん、ルイラは乗っているさ。
 ほかの家来は、ホルスト=ヒターチに任せて、すべてレジオに戻した。
 復興に従事させたほうが、こちらとしてはありがたい。
 褒章ももらったことだし、そいつもユリウスに持ち帰らせた。

 カズマたちを乗せた濃い茶色の箱馬車は、かぽかぽとのんびり進む。
 春は目の前だ。

 クレオパまでは、意外と道の整備も進んでいる。
 まあ、王国第二の都市なんだから、それも推して知るべしだ。
 道の両脇には、整えられた石畳が延々と続いている。
 道の真ん中は、馬が蹄を痛めないように、土の道になっている。
 森からは一〇メートル以上の距離を開け、街道の安全を保持している。
 これならウサギなどが現れても、対応が可能だ。
 そう言っている間に、ホーンラビットが現れた。
 いつものウサギに、十センチくらいの角が生えている。
「ホーミングレーザー」
 カズマの一撃で、ウサギがぶっ倒れる。

「なに?今のは。」
「ああ、自動追尾方のマジックアローだよ。」
「繋がって見えたんだけど。」
「だからレーザーさ。」
 カズマは、ウサギを収納しながら言う。
「ふうん、あんたもただ生活してきた訳じゃないのね。」
「まあそうだな、マジックアローの直進性は悪くないが、森などでは無駄玉が多いからな。」
「それだけで、こんな曲がった軌道を設定できるの?」
「それは、イメージで補正するんだ。ゴブリンなんかは、かなりこれでやれるぜ。」
「わかるわ。ウサギの毛皮も傷つかないわね。」
「アリスも使うぞ。」

「聖女どのも?」
 アリスは頷いて見せた。
「お屋形さまからかなり厳しい訓練を受けましたが、三本までは出せます。」
「まあ、驚かされるわね。」
「ルイラの教えてくれたことだろう。魔法はイメージをいかにしっかり形にするかって。」
「そのとおりよ。結果が予想できない魔法なんか、使い物にならない。」
「丁度いい、あそこにもう一匹ウサギがいる。アリス、打てるか?」
「はい。」
 茶色のぶち模様のホーンラビットが、こちらをめがけて走り寄ってくる。
「ホーミングレーザー。」
 アリスの伸ばした指先から一本のレーザーが走る。

「ほらね、簡単でしょう?」
 アリスティアの声に、ルイラも微笑んで頷いた。
「そうね。」
 さらに、アリスティアは説明する。
「連続で出せるから、照準もいらない。動いていても、照準補正を勝手にかけてくれるんですよ。」
「すごいわね、私にもできる?」
「ルイラならすぐじゃないか?あとで理論を説明するよ。」
「そう。」

 その後は、盗賊が出ることもなく、順調に進んだ。

 
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