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第六十三話 新たなちから その①
しおりを挟むアルザス子爵領での輜重運搬任務を終え、若干の支援もして帰還したカズマたちは、王都での晩さん会に呼ばれた。
そりゃまあ、あんな無茶な任務を押しつけて、ねぎらいもなかったら、王国は見捨てられるよ。
やってたり前なんて思っていやがりますのか?
いい気なもんだよ陸軍大臣エマヌエル公爵。
てめえ、そのうち「キャン」言わせたるからな。
カズマは、怨むとまでは言わないが、若干ひっかりを持っていた。
王宮の事務方、勘定方、軍務方など、それぞれにさまざまなかかりもあろうと思うが、ケチくさい。
なんせ、アルザスまで往復三〇日の行程だ、その稼働費用はカズマたち貴族の持ち出しである。
参勤交代もマッツァオな、ひどいシステムだよ。
王家は、これで支出はたいそう抑えられたことだろう。
その裏に、なにやら作為を感じる。
どこやらの横やり、事務方、勘定方の忖度<そんたく>がにじみ出ていて、黒い黒い。
限りなくクロに近いグレーってやつだな。
国王は知らされていないのだろう、どいつが柳沢吉保だ?
情報をせき止めているやつがいる。
王様は、バカじゃないが、抜けている。
良く言えば、鷹揚でおっとりしているのだ。
悪く言えば、ヌケサクのスッカスカ。
上昇激しいレジオに向けて、作為アリアリ。
そのアオリを食って、マゼラン伯爵も支出が痛い。
まあ、失策を責められてのことだから、仕方ないっちゃあ仕方ないんだが。
こんなやりようも、各領地を疲弊させて、王国に反旗を翻さないようにさせるためらしいが。
やりかたがエゲツない。
貧乏なレジオが、なかなか浮かびあがれないじゃないか。
アルザス子爵領も、あんなに魔物に攻められては、なかなか安定できないわな~。
ご愁傷さま。
広大な領地も、開発の手が出せないほど、軍費がかかるんだよ。
金がありゃあ、全部外壁でかこって農地にできるのに。
まったく同情を禁じ得ない。
レジオでは、まだまだ開発の余地もあるし、魔物も少ないからな。
アンジェラを産んだティリスは、まだレジオを動けないので、ホルストに送られてアリスが王都に滞在していた。
聖女が来たと言うので、王都はわきかえっていた。
まあ、アリスは物腰もやわらかで、一般受けがいいのでありがたい。
王都の門から、中級貴族街まで、馬車を迎える人だかりができていた。
みな、王国の旗や、花を振ってのお迎えだ。
聖女はそれに、手を振って答える。
民衆は、わあっと盛り上がった。
やがて、宿の前に到着した聖女は、地面にひざまずき、王都への祝福を行った。
もちろん、その後、民衆への祝福も忘れない。
金色に輝く粉雪のようなエフェクトが広がって、民衆はわっとわき上がった。
「聖女さまの祝福をいただいたぞ!」
「これで商売繁盛まちがいなしだねあんた!」
「娘の縁談もいいとこが来るぞ。」
いやちょっと、その現世利益はうすいような気がしますが…
「幸せがきますように。」
「聖女さまがお健やかでありますように。」
「レジオ男爵家のお姫様がお健やかにお育ちになりますように。」
「イシュタール王国が平和でありますように。」
そうそう、そう言った漠然としたお祈りがいいんですよ。
ま、オシリスさまは、現世利益も出しますけどね。
聖女は、「金の籠亭」と言う、ちょっと贅沢な宿屋にやってきた。
やっぱ、貴族さまご指定の宿だそうで、内外装が豪華で宿泊客もそれなりに上等だ。
これは、凱旋後の晩餐会に出席すると言うことが、事前に知らされていたからだ。
ウォルフの差配で、兵士一〇〇名と一緒に王都入りしている。
第二の聖女さまで、男爵家の奥方なんだから、体裁も必要なんだってさ。
めんどうだねえ。
王都の一流の宿屋に陣取ったアリスには、ちょっと豪華なローブをおごった。
総絹の黒をベースに、随所に白いレースをあしらった、神秘的なローブだ。
ほかの貴族の奥方とは、一線を画す。
なんせ、ドレスが着れるわけでもないしな。
俺は、やはり全身黒。
これは、流行とか考えなくてもいいから。
基本、立て襟の軍服風にしていれば、目立たない。
ごてごてした宮廷衣装にはついて行けないよ。
レジオ男爵として、カズマは必要最低限の服でごまかしている。
贅沢はしたくないし、ラメ入りのお衣装なんて、着たくもない。
黒の軍服風なら、チャチャが入りづらいと言う理由である。
うまくごまかしてるな。
久しぶりの王城は、あいかわらずキラキラしている。
豪華なシャンデリアに飾られた、鏡の回廊には宰相をはじめ、王弟殿下、内務大臣、陸軍大臣、海軍大臣、公爵閣下、侯爵閣下など、綺羅綺羅しい人々が列席している。
みなすでに整列して、国王陛下のご臨席を待っている。
いわゆる、文武百冠と言うやつだ。
貴族は百二十家あるわけだし、文官武官に就いているものばかりではない。
当然無冠のものも多いのだ。
ただ、領地を維持管理して、年貢を上げることも貴族の正しい仕事である。
だから、無冠と言っても、殿さまとしては立派な人も多いのだ。
領地経営も、千差万別。
うまく特産品に乗ったところは、栄えもするし、発展もする。
そうでないところは、現状を必死になって維持している。
少しでも農業生産を上げたいのは、どこの領地もいっしょだ。
なんて考えていると、声の裏返った侍従が出てくる。
『国王陛下、王妃殿下ご臨席でございます。』
なんか裏返ってかすれた声で、国王のご臨席が告げられた。
侍従、のどあめなめろよ。
こんど差し入れてやるよ。
国王陛下は、お国柄に合わさず、珍しく側室をお持ちでない。
王妃殿下が、王女二人を出産なされて、まだ元気なのもそれを後押ししている。
それはいいんだけど、その後のカルシウム摂取や、軽運動などの推進で、今年王妃様はご懐妊の予定である。
カズマの八卦には出ていたんだがな。
めでたいことだ。
さすがに質素倹約に努めているとは言え、王様の衣裳は豪華だ。
なんでも、先代の衣裳や、先々代の衣裳が残っているから、それを使っているらしい。
それを、倹約と言うんだけどね。
王家自体の領地は二五〇万石程度だそうで、国家予算はそれ以外の税収から出るわけだ。
ただ、ここの文官たちはこすっからくて、その予算からきっちり自分の懐に入る分は計算に入れている。
それを抜いたうえでの予算措置なんだから恐れ入る。
おまえら、古代中国じゃないんだぞ。
この国の官僚は腐ってやがる!
どっかの島国の厚生労働省みたいな感じだ。
税金はあるから使ってしまえ、なくなっても後は知らん。
そのうえ、バカ貴族とバカ官僚はつるんでやがる。
この国は、食い物にされているんだ。
王弟オルレアン公は、席の隅にいるカズマに粘つくような視線を投げている。
ちっ、男に凝視されても嬉しくなんざねんだよ。
オルレアン公は、赤地に金糸銀糸をふんだんに使った上着をまとい、下のドレスシャツもレースで飾られたモノを着ている。
ホンマ金かかってまっせーと言う出で立ちだ。
きっとこの日のために、あたらしく設えたんだぜ。
げ、靴も金糸で飾ってあるじゃん。
王の従兄弟のバロア公爵も、こっちに顔を向けている。
こいつは濃い青地に、やはり金糸のふちどりで、胸元にレースで飾った上着を着ている。
おっさんがレースって言うのも、この国の流行りなんだからしょうがないが、それで戦場に出るつもりかよ。
お屋形さま貴族さまってやつは、どうしようもないな。
おめーら、国王陛下の方を向けよ。
なんかしゃべってるんだからよ。
どちらも、絢爛豪華を絵にかいたような、ごてごてした飾りの好きな、ゴシック風だ。
まったく、どこがいいのか?こまったおっさんたちだが。
あれで、権力は絶大なものがある。
ちょっとした男爵、子爵なんか屁でもねえ。
クワバラ・クワバラ。
「…かような訳で、アルザス子爵領での魔物との戦闘は、全軍を追い返すと言う誉れとなった。マゼラン伯爵、レジオ男爵、ご苦労であった。」
「「ははっ!」」
カズマとマゼラン伯爵二人は、その場で膝をついてその言葉を受けた。
ヨメ達も、それに倣う。
マゼラン伯爵の嫁さんは、三七~八のちょっとトウは立ってるが美人で、ふくよかな女性だ。
こちらは、深いグリーンのちょっと古臭いデザインのドレスをまとっている。
オーソドックスと言うのか、派手さを嫌ったようなデザインで、言うなれば地味なんだが、上品さを損なっていない。
このカミさん、できるな。
聞いたら、今は亡くなったがリオン公爵の末娘だとのことだ。
現リオン公爵は、この人の兄にあたる。
「二人には、双頭白鷲章を授与する。前へ。」
宰相の声に、マゼラン伯爵は優雅な仕草で前に出る。
カズマは、それに続いて、消防団風に歩いて出て行った。
壇上に立つ国王陛下を前に、しっかりと膝をついて二人は並んだ。
「両名、前へ。」
国王の声に、ひと膝前に出る。
「もそっと近こう。それでは首にかけられぬ。」
「「はは!」」
カズマたちは、ヒナ壇のすぐ前まで進んで立ち上がった。
金のメダルは、直径が一〇センチもあって、堂々としたデザインだ。
上に、緑と白のリボンが、複雑に結んであって、それを両手で持ってマゼラン伯爵の首にかけている。
次はカズマだ。
カズマは、ゆっくり首を下げた。
かけられたメダルは、ずっしりと首にくいこんだ。
責任の重さか。
「両名、よくぞアルザス子爵の苦難を救ってくれた、大義であったぞ。特に、レジオ男爵は外壁の強化まで行ったそうではないか。」
カズマは素直に頭を垂れた。
「いえ、出過ぎたことをしました。」
「なに、懸念であったものを、よくぞ治してくれたと、子爵も喜んでおった。今日、ここにこれなくて残念がっておったぞ。」
「恐れ多いことでございます。陛下のご威光のたまものでございます。」
「遠慮深いことだ。では、みなのもの作戦の成功を祝おうではないか。」
カズマたちは、御前を辞し、末席に戻った。
この勲章には、年間金貨三百枚の年金付きである。
儲かった気はしないがな。(出費は、それ以上だし。)
「お屋形さま、ごりっぱでございましたわ。」
アリスは、こっそりとカズマに耳打ちした。
こころなしか、耳が赤い。
「なんだよ、ひとから見えないからって、いちゃいちゃしてさ。」
ジョルジュ将軍である。
「モテモテの将軍様にはかないませんよ。」
「ちぇっ、どんな美女だって聖女さまには負けるよ。」
そう言うところがモテるって言ってるんだよ。
みな酒を持って、そこらで固まっている。
「おお、近衛の将軍殿ではないか、久しいのう。」
マゼラン伯爵は、上機嫌でジョルジュ将軍に笑顔を向けた。
「これはマゼラン伯爵どの、今回はご活躍でした。」
さすがにジョルジュは如才がない。
情報もたくさん持ってるんだろうな。
「ほほほ、カズマにいいところを持って行かれたわい。」
「ははは、伯爵どのあってのカズマでございますよ。」
二人は、にこやかに談笑している、どうも裏を読み合う必要のない相手なのが楽なようだ。
「おや、お主たちは中がよさそうでおじゃる。」
カズマとジョルジュを見比べて、マゼランはふんふんと鼻を鳴らした。
「ええまあ、レジオ駐留兵たちは、近衛からも出ておりますからね。レジオ男爵には世話になりっぱなしです。」
ジョルジュ将軍は、長い金髪を揺らして笑う。
「おいおい、世話になってるのはレジオの方だ。近衛が訓練をしてくれるので、レジオの周りには盗賊が居なくなった。」
カズマは、ジョルジュに手柄を預けようとしているようだ。
「それは、副産物にすぎんよ。」
そう仕向けてくれたのは、ジョルジュ将軍だろうに、気の利く男だ。
ジョルジュは軽く会釈してその場を離れて行った。
「あいかわらず、気持ちの良い男でおじゃる。あれで、敵も多かろうにのう。」
「それを上回る味方を付けているんでしょうよ。」
「お主も、そのうちの一人でおじゃろう?」
「俺など、末席もいいところですよ。」
「よう、カズマ。」
マルメ将軍が来た。
ヨメ一筋の、頑固な男だが、いいやつだ。
「おう、陸軍の歩兵部隊には助けられてるよ。」
「そうか。」
無口を絵にかいたような男だが、好感が持てる。
武人をそのまま絵にしたような、いかつい風貌に似合わぬ細かい心づかいが泣ける。
「これはマルメ将軍、魔物退治では世話になったのう。」
「いえ、職務ですから。」
これだよ、まったく黙々と仕事をこなす姿勢には頭が下がる。
男は黙ってサッ●ロビールだよ。
「ほほほ、カズマの周りには、なぜか武人が集まりおる。」
「なにをおっしゃる、武人と言えば伯爵もそのうちでしょうに。」
「ほほほ、雅なことのほうが好みでおじゃる。今度の歌会にはぜひカズマもくるでおじゃる。」
「ちぇっ、それであの剣筋ってのは、反則だぜ。」
「ほほほ、精進が足りんよ、カズマもまだまだじゃのう。」
伯爵は、扇をひらひらさせながら、別の集まりに向かっていった。
「聖女どの、もう一人の聖女殿はいかがお過ごしですかな?」
ジジイ!直接接触を図ってきやがった!
オルレアン公爵は、いきなり本丸に攻め込んできたのだ。
固太りのあなかをゆらして、カズマたちの前に立った。
「はい、レジオの屋敷で和子のお世話をしております。」
オルレアン公爵は、あからさまに驚いた顔をした。
なんだよ、情報入ってるんじゃないのか?
あんがい、そちらのシノビは、手が遅いな。
「なんとのう、健やかなのかな?」
「はい、おかげさまを持ちまして、健やかにお育ちでございます。」
「これはオルレアン公爵さま、ご挨拶に伺おうと思っておりましたのに、格上の閣下からお声をいただき、恐縮至極。」
カズマは、大仰にへりくだって見せた。
「なに、気にするな。今回ご活躍ではないか、そういう臣下を褒めるのも、王族のたしなみと言うものだ。」
王族ねえ…自分がとって替わるつもりじゃないだろうな?
カズマは、探るような目で、オルレアンの顎ひげを見た。
「かたじけのう存じます。おかげさまを持ちまして、無事任務を完遂してございます。」
「ごくろうであったのう、レジオは復興の最中であるというのに、兄上も酷なことをなさる。」
「いえ、陛下には遠大な思惑がございますのでしょう。」
「言うわ言うわ、なかなか口が回るやつよ。臣下の礼儀をわきまえておるのう、わはははは。」
「恐縮でございます。」
ハラワタ煮えくりかえるわ!
仕向けたのはテメーだと、調べは付いているんだよ!
オルレアン公爵の視線は、豊かなアリスの胸に注がれている。
カズマのことなんか眼中ないようだ。
「時にレジオ男爵。」
オルレアンは、酒の入ったグラスを、目の高さに持って行った。
「なんでしょう?」
「王城の堀だがな、やけに汚れていると思わんか?」
「さあ?私は昔を知りませんので、そう言うものとしかわかりません。」
「そうか、昔はよく澄んでいてなあ、魚の泳ぐさまがよく見えたものだ。小さい頃は、兄上とよく魚を数えたものだ。」
「はあ、左様ですか。」
恐竜でも歩いていたのかよ!
「どうじゃ、お主、堀をきれいにしてはくれんかの?」
「はあ?」
「堀をきれいにする方法を考えてくれんか。」
「はあ、そうですね。水魔法の得意な魔術師を大量に投入して、浄化魔法をかけるとかですか?」
「いやいや、それでは底にたまったごみが処分できんだろう。」
「では、水を抜いて掃除をするんですか?」
「そうじゃな、それが一番かのう?お主、できるか?」
「無理です。水の量が多すぎます。」
「なんじゃ、陛下のお役に立とうとは思わんのか?」
「いえ、それは無理難題と言うもの。私には、それを成し遂げる財がございません。」
ギリギリと、歯ぎしりの音が聞こえそうだ。
「オルレアン公爵さま、レジオは貧しいのでございます。」
アリスティアは、胸の前で手を合わせて、オルレアン公爵を見た。
「これは、聖女殿にそこまで言われては、引かざるを得ませんな。いや、失敬。」
オルレアン公爵は、そう言って俺たちから離れて行った。
「なんだあれは?カズマにドブさらいをやれと言うのか?」
マルメ将軍は、グラスを持ったまま、渋く声を上げた。
「そうだろうな、王弟の立場を強調して、命令を聞かそうと言うのが見え見えだ。」
「そんなことで、貴族間に軋轢を起こしてどうするつもりか。」
「さてねえ?俺が貧乏になるなら嬉しいんだろうさ。」
「ゆがんでいるな。」
まったくだ。
魔物との領土のせめぎあいと言うものは、意外と手間がかかるものなんだ。
魔物は、森を占拠して自分の領土拡大を図ろうとする。
人間は、魔物が侵攻してこないように、塀で囲んで領土を増やす。
イタチごっこなんだよ。
そんな中で、人間が意地だの虚栄心だのと、くだらないことにこだわっているのは、滑稽でしかない。
まったく、いまは戦争中なんだよ?
あと一〇年は戦えるんだよ。
なにが一番大事か、よく考えてくれよ。
本当は、こんな夜会などしている場合か?
ここにいるやつらは、なんなんだ。
などと、どこぞの金髪の儒子<こぞう>のようなことを考えていると、国王陛下の退出が告げられて、夜会はお開きになった。
カズマたちは、「金の籠亭」に戻って、部屋着に着替えた。
さすがに貴族御用達の宿だ、ふんだんにお湯の張ってある湯船がある。
「アリス、風呂に行くぞ。」
「あい。」
ふたり連れだって、浴場に向かうと、やっぱ貴族用のたっかい宿屋だけあるね。
お湯も豊富で、湯船がでかい。
かけ湯をして、中につかるとアルコールが抜けて行くような気がする。
と思ったら、アリスが浄化の魔法を使っていた。
カズマは、歯ぎしりをして肩に力が入っていたものが、ゆっくりと溶けて行くようだった。
「お屋形さま、明日はどうなさいます?」
「そうだな、みんなの土産でも買って、ゆっくり帰ろう。アリスもなにか欲しいモノはないかな?」
「特にはございません、けど、アンジェラの肌着などがあるといいですね。」
「そうか、じゃあ買い求めてこようかな。」
「はい。」
まった欲がないなあ、ウチの聖女さまは。
なんだか疲れてしまって、眠くなった。
まったく慣れない社交界などで、揉まれると言うのは気疲れしてしょうがない。
そんなわけで、カズマはふらふらと、ベッドに倒れこんでしまったのだ。
横合いからアリスティアが、布団に入る気配がする。
しかし、なかなか潜りこんでは来ない。
気になって片目をあけて、こっそりと盗み見ると、アリスティアはぽろぽろと涙をこぼしていた。
びっくりしたが、そのままそっと見守る。
「お屋形さま、こんなにお疲れになって、無理をさせてしまいました。」
優しい指が、肩から腕に駆けてゆっくり動く。
ゆっくりとヒーリングの波動が、腕を舐めていく。
「すき…好き…」
「涙が出るほど好き…」
左手のこわばりも取れて行く。
「あなたを見ていると、泣けるほど好き…」
背中に、足に、癒しの波動が広がって行く。
「どうかどうか、無理をなさいませんよう…」
なんというか、やはり平成日本とは、精神構造がちがうようだ。
命の危険と隣り合わせということは、こんなに深く人を愛せるものなのか。
アリスティアの、愛情の深さに、不覚にもカズマも涙ぐんでしまった。
カズマは、あらためて、家族の平和を守りぬくことを誓うのだった。
翌日の王都は、少しぐずり気味の雲の厚い日になった。
「降るかな?」
「わかりませんが、かなり空が重うございますね。」
カズマは、ためらいもなくアリスティアの手を握った。
ぴくりと、アリスの手が反応する。
かまわず、強く握って一歩踏み出した。
「まあいい、アンジェラのものを買ったら、さっさと宿に戻るとしよう。出発は、明日にしてもいいからな。」
「さようでございますね。」
王都の赤ちゃん本舗は、品ぞろえに定評があり、近隣の町からも買い物にやってくるそうだ。
店の中は、けっこうな広さで、所狭しと商品が並んでいる。
「これなんかいかがでしょう?」
ピンクの、かわいらしいおくるみを見つけて、アリスは顔をほころばせる。
こういうところは女の子だな。
赤ちゃんのものは、なんでもかわいいらしい。
かなりの買い物をして、店を出たところでぽつりぽつりと雨が落ちて来た。
「あら、お屋形さま雨が…」
アリスティアは、カズマの左手に腕をからめて、手のひらを上に向けた。
「春雨じゃ、濡れてまいろう。」
なんだそりゃ~!(月形半平太ですね。)
宿に帰って、様子を見るが雨はますます強くなって、これは動いてもしょうがない。
急ぐ旅でもなし、今日はもうここでフテ寝するつもりだ。
風呂に行こうと廊下に出ると、その真ん中に黒い渦が巻き始めた。
これは知っている。
第七話で体験済みだ、レイラの瞬間移動の魔法だ。
全国でも十本の指に入る、高度な魔法である。
空間魔法は、使い手も少ない。
通信できる(手紙を飛ばすとか。)魔術師だって、王国でも数百人いるかいないかで、有事には従軍依頼が来る。
ていの好い連絡係だが居ると居ないとでは、ぜんぜん違うよね。
情報は、すべてに優先するよ。
はたして、黒い渦はすぐにレイラの黒いローブへと変わり、その裾をくるくる回して顕現した。
魔法の余波のように、ルイラの裾がはためく。
白い足が、太ももまで見えるぞ。
うひひ。
「久しぶりだな、レイラ。」
「カズマも元気そうね。」
相変わらずのアニメ声だ。
低めの林原風。
「どうしたんだ?アランになにか危険が迫っているのか?」
「いえ、そうじゃないの。ちょっと話せる?」
俺は、レイラを部屋に招き入れて、椅子をすすめた。
宿に頼んだお茶が来ると、レイラはゆっくりと口を開いた。
「実は、クレオパに住んでいる私のお師匠様のことは話したわよね。」
「ああ、聞いてる。俺も鍛えてもらえって言ってたな。」
「ええ、それでカズマのことを話したら、それは危ないからすぐに連れてくるようにと言われたの。」
ほへ?
危ないってなに?
「お師匠さまは、占いもなさるのね。そしたら、カズマはこのままでは命にかかわることに巻き込まれると言うの。」
「もう巻き込まれているがなあ。」
「そうなの?だったらやはり、お師匠さまの言うとおり、クレオパに行きましょう。」
「クレオパに行ってどうするんだ?」
「カズマの魔法力を上げるわ。そして、だれにも負けない力を…」
ちょっと~、これ以上の魔力はいらんのだけど…
「それは大事ですわ!お屋形さま、ぜひクレオパへ参りましょう。ここからなら、馬車で三~四日で着きます。」
「そうか、じゃあ行ってみようか。」
「よかった、早く決まって。」
「すまんなレイラ。アランは元気か?」
「ええもう、あのとおりよ。クレオパで次のダンジョンを吟味しているわ。」
「ダンジョンねえ。いいなあ、俺なんか遊ぶ暇もない。」
「あはは!男爵さまなんかになるからよ。冒険者でいればいいのに。」
「まったくだ、成り行きとはいえ、受けるんじゃなかった。今思えば、マゼランの殿さまに手柄全部くれてやればよかった。」
「お屋形さま!」
「いいじゃん、文無しの冒険者でいたほうが、ずっと気楽だよ。アリスはそう思わないか?」
「そりゃまあ…」
没落貴族のアリスとしては、貴族に返り咲いた現在は、大変満足なことかもしれん。
騎士爵から男爵にステップアップしているし。
「ただまあ、俺が居ることで助かった者も多いもんだから、しょうがなく男爵やってるんだ。」
「カズマもたいへんねー。まじめすぎるんじゃない?」
レイラの言葉には、苦笑で返す。
「しかたがない、これは乗りかかった船だ。」
「そう、じゃあ明日出発でいいわね。」
「ああうん、わかったよ、頼む。」
「そう言えば、あんたたちお風呂に入るところだったの?」
「そう言えばそうだな。」
「じゃあ行こう、あたしも入ってないし。」
「じゃあ、アリスと行ってくればいい。」
「そうするわ。行こう。」
アリスとレイラは、そそくさと部屋を出て行った。
カズマは、女将にもう一部屋必要なことを告げに、フロントに足を運ぶ。
「まあ、Cクラスパーティのメンバーですか?」
「ああうん、すまんな。貴族じゃないが。」
「いいえ、Cクラス以上であれば、こちらにご宿泊いただいてもかまいませんよ。」
「そうか、女将、迷惑をかけるがこれで頼む。明日は早めに出る。」
カズマは、女将に金貨を持たせた。
「かしこまりました、ごゆっくりどうぞ。」
「今夜の食事は部屋で取るので、三人分届けてくれ。」
女将は深く頭を下げて、俺を見送った。
「金の籠亭」は、ひと部屋がかなり大きくて、ベッドのほかに応接セットなども置いてあり、かなり広い。
カズマは、ソファに座ると、ストレージからシードルを出して一口含んだ。
「また、なんの厄介ごとを持ってきたものだか。」
ルイラが急に跳んでくるなんて、ロクなことはない。
第七話で魔物の暴走に巻き込まれた。
それでレジオの崩壊を知り、一万匹の魔物と対峙することになった。
生きて帰れたからよかったが、オークキング、オークジェネラル、トロールなどと戦い、死にそうになった。
しかし、その師匠の占いってのも気になる。
縁起を担ぐ方ではないが、この世界の魔法による占いは、予言レベルだ。
命にかかわることに巻き込まれるのか。
もう一度、褌締めなおす必要があるか。
ティリスの護衛も考えないとな。
ラルが使えるようになるのはもう少し先だ。
信頼の置ける護衛が必要だな。
「トラ。」
しゅたっと黒い影が現れた。
「ここに。」
「もう少し普通に現れないかなあ。」
「趣味ですにゃ。」
「まあいい、トラ、お前の仲間をもう少しほしいな。」
「そうですかにゃ?カルカン族は、数が少ないですにゃ。」
「お前は信頼がおける。」
「うれしいですにゃ。」
「ティリスの護衛がほしい。」
「わかりましたにゃ、私も付きますにゃ。」
「たのむし。男のカルカン族も、早急に集めてくれ。」
翌朝、早くに馬車を出すことにした。
たいした荷物もないし、箱馬車には俺とアリス以外にはいない。
もちろん、ルイラは乗っているさ。
ほかの家来は、ホルスト=ヒターチに任せて、すべてレジオに戻した。
復興に従事させたほうが、こちらとしてはありがたい。
褒章ももらったことだし、そいつもユリウスに持ち帰らせた。
カズマたちを乗せた濃い茶色の箱馬車は、かぽかぽとのんびり進む。
春は目の前だ。
クレオパまでは、意外と道の整備も進んでいる。
まあ、王国第二の都市なんだから、それも推して知るべしだ。
道の両脇には、整えられた石畳が延々と続いている。
道の真ん中は、馬が蹄を痛めないように、土の道になっている。
森からは一〇メートル以上の距離を開け、街道の安全を保持している。
これならウサギなどが現れても、対応が可能だ。
そう言っている間に、ホーンラビットが現れた。
いつものウサギに、十センチくらいの角が生えている。
「ホーミングレーザー」
カズマの一撃で、ウサギがぶっ倒れる。
「なに?今のは。」
「ああ、自動追尾方のマジックアローだよ。」
「繋がって見えたんだけど。」
「だからレーザーさ。」
カズマは、ウサギを収納しながら言う。
「ふうん、あんたもただ生活してきた訳じゃないのね。」
「まあそうだな、マジックアローの直進性は悪くないが、森などでは無駄玉が多いからな。」
「それだけで、こんな曲がった軌道を設定できるの?」
「それは、イメージで補正するんだ。ゴブリンなんかは、かなりこれでやれるぜ。」
「わかるわ。ウサギの毛皮も傷つかないわね。」
「アリスも使うぞ。」
「聖女どのも?」
アリスは頷いて見せた。
「お屋形さまからかなり厳しい訓練を受けましたが、三本までは出せます。」
「まあ、驚かされるわね。」
「ルイラの教えてくれたことだろう。魔法はイメージをいかにしっかり形にするかって。」
「そのとおりよ。結果が予想できない魔法なんか、使い物にならない。」
「丁度いい、あそこにもう一匹ウサギがいる。アリス、打てるか?」
「はい。」
茶色のぶち模様のホーンラビットが、こちらをめがけて走り寄ってくる。
「ホーミングレーザー。」
アリスの伸ばした指先から一本のレーザーが走る。
「ほらね、簡単でしょう?」
アリスティアの声に、ルイラも微笑んで頷いた。
「そうね。」
さらに、アリスティアは説明する。
「連続で出せるから、照準もいらない。動いていても、照準補正を勝手にかけてくれるんですよ。」
「すごいわね、私にもできる?」
「ルイラならすぐじゃないか?あとで理論を説明するよ。」
「そう。」
その後は、盗賊が出ることもなく、順調に進んだ。
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パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
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勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
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加藤あいは高校2年生。
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皆さん勘違いしてません?
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相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
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戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに
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こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。
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ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
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※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
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