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第六十五話 閑話 宰相をいじめると泡を吹く
しおりを挟むクレオパから、転位でひとっ跳びして、アリスと二人帰ってきた。
その晩、ティリスと膝づめ談判で、今後の方策を三人で練った。
むろん、恵理子もトラも、ラルだって連れての旅になる。
アンジェラは、すでに眠っているが。
「そうとうひどいことになっていたのね。」
ティリスはため息をつく。
「まあ、貴族が腐敗していることは、いままでの様子で理解していたがなあ。」
「そりゃあまあ、あからさまなレジオいじめが進んでいましたからね。」
「二週間後までに、ダイアナ峡谷の向こうまで、逃げる準備をしなくちゃならんのだ。」
「持って行くモノなど、そうたいしてありませんよ。アンジェラのおむつとかは必要ですけど。」
「まあそう言うな、革袋は余ってるんだ、なんでも詰めていけばいいさ。食料なんかは、こっちで詰めていくよ。」
物資の運搬任務で使った革袋は、使用目的がないので残っている。
恵理子や、孤児たちはどうすべきかが問題だ。
ラルは、自分で決めさせる。
孤児たちのうちでも、歌劇団の娘たちなどはどうするのか?
恵理子に任せよう。
カズマは、出た答えに沿って、運用を考えるさ。
そうでないと、際限なく人数が増えそうだ。
まずは、ダイアナ峡谷までの道を確認だ。
そこからかい!
カズマは、すぐにフライを発動して、南に向かった。
ロワール伯爵領を弾道軌道で飛び越えると、なるほど見えてきた。
ダイアナ峡谷だ。
最大幅員二百三十キロとは言え、一番狭いところでは二十キロほどに狭くなっている。
そこは、木々が茂って深さも五百メートルほどになっている。
たぶん、土壌の劣化によって崩落したためだろう。
岩石ごろごろの砂漠っぽいところかと思ったが、長い年月のうちに草木が茂って、森となったのだろう。
これならなんとか越えていける。
GOAAAAAAA!!!
魔獣!
やっぱこればかりは、逃げようもないな。
メイスを構える。
熊の魔獣は、身長五メートルもある大型の魔獣だ。
今夜は熊ナベだな。
「アイシクルランス!」
きゅみっと上空に打ち出すランス。
弾道軌道を描いて、上空に舞い上がる。
「マジックアロー!」
無詠唱のマジックアローは、その場で十本出せる。
牽制しながら、時計回りに熊の間合いをはかる。
ぐるるるる
熊も、こちらの出方を見ている。
熊の周囲にマジックアローが突き刺さる。
かかかかかかかかか!
蹈鞴<たたら>を踏まされて、怒りの形相を向ける熊。
「そう睨むなよ。もう少し待て。」
いいいいいいいいいんんんんんん
ソニックブームを撒き散らし、超音速で成層圏から飛来するアイシクルランス。
衝撃波でかなり削れているが、そのくらいで硬く硬く固めたランスは崩壊しない。
ちゅどおおおおおおんん!
立ち上がった熊の、右肩から股間にかけてアイシクルランスが突き通る。
「勝ったな。」
瞬時に熊は絶命して、その場に崩れた。
「よし、これでここのポイントは設定した。帰ろう。」
瞬間移動を発動させ、帰途に着いた。
「やっときたか」
『遅れてごめんねオマタセマン』ではないか。
そろそろ呼び出しがあるだろうと、わくわくしながら待っていた。
宰相からの呼び出しだ。
礼装に身を固めたお使者が、王国の御璽を持って、黒い馬車に乗ってやってきた。
トラたちネコ娘たちが集めてきた情報は、やはり王弟オルレアン公爵の横やりの噂である。
それも、溺愛している次男、ロイ=ピエールのお願いである。
彼は、出来上がった男爵亭や、サイレーンの養殖池、劇場、湯屋などがたいへんお気に入りで、自分のものにしたいと言ったそうだ。
ナメた話だ、自分では何一つ手を下さず、人の築き上げたものを取り上げる。
どう言う教育方針でそうなったものかはわからんが、どこかの星の半島にすむ者たちのようではないか。
自分にないものは、盗む脅すわめくすねる。
思い通りにならなければ、座りこんで泣きわめく。
そうして、すべてを奪おうとする。
度し難いものは貴族と言う生き物か?
なんか、こう言うのを聞くと、すべてがいやになる。
宰相とは言え、実は子爵でしかない。
先代からの継続で、宰相の地位にいる。
権力と言う立場からすれば、微妙なものだが、それでも宰相と言う地位は高い。
まあ、言ってみれば小物臭がプンプンするじじいだ。
ジジイとはいえ、実は四〇そこそこなんだけど。
俺だってよくは知らないが、領地も持ってないようなやつが、領地持ちの男爵に対して尊大なやつだ。
カズマは、御璽を受け取って使者に声をかけた。
「この呼びだしは、国王陛下からか?宰相殿か?」
使者は、この男爵亭を見て完全にビビってる。
「さ…詳細は、文書に記してございます。」
宰相と言いかけたな。
「確かに承った。」
使者は、明らかにほっとした顔をした。
もうちょっとポーカーフェイスを使えよ。
「男爵さま、いつお立ちになりますか?」
「そうだな、一両日中には出られるだろう、そう伝えてくれ。」
「かしこまりました。」
「まあ、そう急いで帰ることもない、一日休んでゆっくり帰ればよろしかろう。だれか、使者殿を部屋に案内せよ。」
「はは!」
おい!なんでゴルテスがくる!
お前、重臣じゃないかよ。
それみろ、使者が固まってやがる、おまえ、無駄に貫禄があるんだよ。
「ゴルテスか、重臣がこんなところでなにやってるのよ。」
「たまたまでござる、ささ使者殿こちらでござる。」
「か、かたじけない。」
二人は部屋を出て行った、まあ、ユリウス=ゴルテスにまかせておけば大丈夫だろう。
宰相の奴め、こんなことにもったいつけやがって。
カズマは、廊下に出てティリスの部屋に向かった。
日当たりのいい、明るい部屋だ。
ドアを開けると、ティリスは子供をあやしていた。
こういう光景は、ホンマ心が柔らかくなるし、明るくなるね。
「いま、王都から使者が来た。」
「お使者ですか、やっと来たと言うところですね。」
ティリスは、俺に赤ん坊を渡す。
「野郎、どうしても俺を排除したいらしい。」
カズマは、赤子をあやしながら、ティリスに目を向けた。
「排除ですか、いやらしいですね。」
ティリスは、形の好い眉をかたっぽう上げて、毒づく。
「そうだな、お前はこの生活を捨てることに、ためらいはないか?」
「ございません。もともと私には過ぎた生活ですもの。」
即答だ。
さすが、カズマのヨメだ。
もうちょっと躊躇いとか出るかと思ったが、ティリスもそれなりに成長しているんだな。
「子供が育つのであれば、どこだって平気ですよ。孤児院で育つことを思えば、両親がそろっているんですもの。」
たいしたものだ、カズマの想像のはるか上を行く。
「それに、子供なんて大事に大事に育てると、自立心のない子になりますよ。」
お見それしました。
したたかに、しなやかに、強い人間になっている。
部屋には、アリスもいる。
「アリスはどう思う?」
「殿、戦をなさいませ、負けてはなりませぬ。王国を打倒なさいませ。」
物騒だねこのヨメは。
凛とした顔つきで、まっすぐ意見を言うヨメは、やはり貴族の血を連想させる。
なよなよした外観とはちがい、しっかり者である。
「思い上がった宰相の顔に冷や水を。」
ティリスも怒っている。
あいもかわらず、この嫁たちはたいしたものだ。
「それも面白いな。」
「でしょう?私どもにかかれば、二万や三万の敵は、ひとひねりでございます。」
たしかに俺の攻撃力なら、歩兵の上に火の雨を降らすことも可能だ。
なめた真似しやがったら、全滅させてやる。
ラルも育ってきたし、カズマの周りには武人<もののふ>が多くいるぞ。
この時あるを予想して、個人の能力を底上げしてきた。
ティリスだって、ファイヤーボールのサイズが二メートルを超えた。
もはやフレアと言っても過言でないレベルだ。
アリスは、ホーミングレーザーを使えるようになった。
それも四本同時だ。
恵理子は、格子力バリアを半径一〇メートルで展開できる。
もう、ただの踊り子じゃあない、大切な戦力だ。
みんな集めれば、天衣無縫・質実剛健・天下無双で天下無敵だ。
その上、常設の兵士は二〇〇〇人を超え、常勤の冒険者も一〇〇〇人を上回る。
ホルスト=ヒターチ・マルス=リョービ・マルノ=マキタ、みんな来た時より一回り強くなっている。
それが、近衛兵、陸軍と一緒になって鍛えているのだ、弱いはずがない。
王国近衛兵にも後れは取らない自信がある。
もっとも、こちらに派遣されている近衛兵と陸軍歩兵は、めきめきとその実力を伸ばしていて、侮れない存在になってしまったが。
周辺の魔物や野獣を狩りまくって、身体的にも精神的にもマッチョメンになっているぞ。
あとの問題は、家臣たちがこのレジオと言う領地にこだわるかということだ。
だって、カズマにはメイス一本あれば、裸一貫どこでだって暮らせる。
ヨメや子供なんか、どうしたって喰うに困らない。
ま、雨風しのぐのに少しは時間がかかるが、それだってどうにでもなる。
レジオの住民が、慕ってくれるのはありがたいが、彼らをふたたび災難にあわすのは忍びない。
そう考えると、カズマたち家族が静かにどこかに雲隠れするのが一番かもしれん。
新しい領主が、横暴なやつならまた考えるが…。
ま、宰相の出方次第だな。
どちらにせよ、アンリ=デュポンにも言ったが、俺は柳沢吉保が大嫌いだ。
忠臣蔵でも、しっかり悪役だし。
将軍綱吉の威光を笠に着て、やりたい放題。
天海僧正も大嫌いだ。
リシュリューしかり、マザランしかり。
しかも、マザランなんかカトリックの聖職者のくせに、アンヌドートリッシュを妻にしている。
政治に私情・私欲を持ち込む奴、政治に宗教を持ち込む奴を、俺は許さない。
さて、宰相はどっちだろうな?
宗教で来たら、オシリスの加護のあるカズマに敵うわけもない。
もちろん、私情など斟酌の余地もない。
あの、人の好い王さまを私利私欲で自分のいいように扱うなら、その場でたたっ切ってくれるわ。
翌日カズマは、旅装に着替えてゴルテスを呼んだ。
「お屋形さま、お呼びで。」
「ああ、王都に行く、一緒に行ってくれるか?」
「は、御意のままに。」
「うむ、頼む。」
ゴルテスは、準備のため下がった。
気楽な独り身である、着替えも早い。
男爵ともなると、王都へ行くのにもなにかと格式ばったことが必要らしいが、そんなことはカズマには関係ない。
軽い旅装と、馬があればいい。
今回は、パリカールの馬車は置いてゆく。
何かあったとき、ティリスたちを乗せて逃げなければならないからな。
夕方には、レアンの町に着くだろう。
「お屋形さま、無茶はしないでくださいね。」
ティリスが、部屋に来て言う。
「ああ、せいぜい宰相をぶった切るくらいですませてやるさ。かかか!」
高笑いといっしょに、ティリスにキスをする。
「それでごまかしたつもりですか?まあいいです。遠慮はいりません、お好きなようになさいませ。」
子供が生まれて、肝っ玉が座ってきたのか、ティリスも堂々としたものだ。
「そうするつもりだ、お前にも苦労をかけるが、頼むぞ。」
「平気です。アリスも助けてくれます。なにより、オシリスさまが見捨てるはずもございません。」
「そうだな、これで変なことになったら、あのケツを揉みあげてやる。」
『ひいい!』
オシリスは、執務室で自分のお尻を押さえて、飛び上がった。
「そろそろカズマが動くようですね、オシリスさま。」
「ジェシカ…まずいわね、まだ早いわ。」
「今回は、宰相の先走りのようですが。」
「どうしましょう?」
「カズマが好いようにしてくれますよ。」
オシリスが、鷹揚に笑って言うと、ジェシカは心配そうな顔をした。
オカンじゃないんだからさー。
「そうでしょうか?」
「見守りましょう、動くのはそれからでも遅くはありません。」
「そうね、溜っている書類もあるし…」
机の上には山積みの書類、ひーふー三つの山がある。
「決裁はお早めにお願いします。」
「はああ…」
オシリスは、山と積まれた書類を見て、盛大なため息をついた。
かぽかぽと、二頭の馬は街道を行く。
レジオからレアンに向けての街道は、この数年のうちに改良して、馬車が通る部分を石畳に替えた。
これで、馬車の揺れもずいぶん解消されて、ティリスの馬車酔いも減った。
真ん中は、馬が歩くように土にしてある。
空は晴れてどこまでも青い。
たまに、白い雲がぽかりと浮かんでいる。
はるか北には、ポンヌ山塊がなだらかな稜線を見せている。
「平和だな。」
「さよう、この数年ほどは、魔物の跳梁もなく平和そのものですな。若干の盗賊は見られますが、レジオの周りには近寄りません。」
「ほう、アルマン=ボルドーの訓練に恐れをなしたかな?」
「御意。レジオ周辺できびしい訓練に明け暮れましたからな、あれを見ては盗賊など、そばにも寄れますまい。」
「だろうなあ。」
「また、オーケー峡谷の砦も効果を現わしておりますな。旅人が立ち寄って、安全を確保できるのは大きゅうござる。」
「それはよかった。」
「すべて、お屋形さまのなされた事ではございませんか。」
「実行してくれる者があってのことだ。」
「さてこそ、それがお屋形さまの良いところですなあ。」
「ほめても何も出んぞ。」
「わはははははは!」
ゴルテスの豪快な笑いも、青空に吸い込まれていった。
「男爵さま!」
モルテンが駆けよってきた。
モルテンは、普段なにやってるんだろうな?
カズマが来るたびに、一番に駆けよって来る、律儀な男だ。
「今日は二人だけだ、本陣を開けるまでもあるまい。」
「そんなわけにはいきませんよ、すぐに用意しますのでいましばらくお待ちください。」
そう言い残して走り出す。
まあ、レアンの町は、王都の東方面の玄関口だ。
いろいろな貴族もやって来る。
そのたびに、本陣を開けるのだから、慣れたものだな。
「気に入らないやつなんか、入れませんよ。横柄な貴族もいますからね。修理中とか言って、ぜんぜん無視です。」
「そりゃあ、毎回通用しまいが。」
「いちいち覚えちゃいませんよ、あんなやつら。」
「おいおい、俺もどっかで悪口言われてるのかね?」
「レジオ男爵の悪口言うやつなんかいませんよ。特に、冒険者のみなさんとか、レジオから来る商隊とかは、ほめてますよ。」
「そんなもんかねえ?」
「男爵さま、お茶をどうぞ。」
「おや、アイーダさん、ありがとう。」
「どうぞアイーダと呼び捨てでお願いします。あなたは男爵さまなんですから。」
「なかなかそうはいかないんだよな。」
レアンの入り口では笑い声が上がった。
誰が政治家であれ、国民がみなこうやって笑っていられるのが一番いい政治家だ。その点では、国王陛下はいい王さまなのかね?
王城は、相変わらず絢爛豪華で、農業国であるイシュタール王国の豊かさがよくわかる。
王国の面積も、近隣諸国の倍はあり、その勢力はバカにできない。
そりゃまあ、五〇〇年続いた王室なんて、日本の皇室くらいのもんだよ。(こっちは二〇〇〇年続いているんだけど。)
そう言う面から見ると、この王室の統治は好い感じだったんだろう。
衛兵もいかついだけでなく、折目も正しく、礼儀にかなっている。
威圧するだけでなく、近所のおばちゃんにも気軽にあいさつしている。
「レジオ男爵さま!」
居住まいを正して、敬礼する衛兵は、この前までレジオに駐屯していた兵隊だ。
王城の衛兵詰所に転属になったのか、すげえ出世したな。
ありがたいことだ、シモン=ジョルジュ将軍はちゃんと見ているってことだな。
「ああ、元気にしていたか?なにか不都合があったら言ってくれよ、すぐにジョルジュに改善させるから。」
「は!ありがたくありますが、不都合はございません!」
「そうか、遠慮するんじゃないぞ。いつでも言ってこい。」
「は!」
「あいかわらず、お屋形さまは兵士の隅々まで見ていらっしゃる。」
ユリウス=ゴルテス準男爵は、くつくつと笑いながら俺を見た。
クラムボンはカプカプ笑ったよ。
「なんだよユリウス。改まって。」
「いえ、気配りのできる領主は、好い領主です。」
「そういうもんかね?あ、侍従だ、伝言を頼む。」
見知った侍従が居たので、声をかけた。
「はい、男爵さま。」
「宰相殿に呼ばれたんだが、どこに行けば会える?」
「は、ご案内いたします。」
「いいのか?用事があったんじゃないのか?」
「いえ、用事の帰りですので、かまいません。」
「そうか、では案内を頼む。」
「かしこまりました。」
カズマはそっと数枚の銀貨をその手に握らせた。
侍従は、かしこまって俺を案内してくれた。
こう言う潤滑油が、のちのち効いてくるんだよ。
王宮の三階のあまり広くもない一室、ここが宰相の執務室だそうだ。
そう言えば、来たことないなあ。
「レジオ男爵を、ご案内しました。」
「入ってもらってくれ。」
「はい。」
侍従が開けてくれたドアをくぐって、執務室に入る。
「よく来てくれた、レジオ男爵。」
宰相は、読みかけの種類を横において、こっちに歩み寄ってきた。
差し出された手を、握り返す。
「宰相殿のおめしですからね、何があっても参じますよ。」
「そう言ってくれるような貴族は少ないんですよ、なにせい、私は子爵ですからね。侯爵、伯爵などの高貴なお方は…」
王さまと同級生と言うから四〇歳前後なんだけど、ずっと老けた印象だね。
気苦労の多い仕事のせいかな、姿勢も悪くて若干猫背気味だ。
腰でも悪くしたかな?
「そういうものですかね?」
俺は、そらっとぼけて聞き返した。
「そう言うものです、どうぞ掛けてください。」
三人掛けのソファに座るよう勧められるので、浅く腰掛けた。
宰相は、俺の向かいの三人掛けソファに座ると、すぐに話し始めた。
「今日お越し願ったのはほかでもありません、レジオ男爵領についてです。」
「さて?租税に関しては滞りなく収めているはずですが?」
「いえ、そう言うことではなく、領地替えの件です。」
宰相は、ずばりと言い始めた。
「領地替え?復興もしきっていないレジオ領を、どうなさると?」
「端的に言うと、オルレアン公爵さまからの依頼です。」
「なんだ、えらくはっきり言いますな。」
「隠してもしょうがないでしょう、王弟どのですから、わがままを言い始めるときりがありません。」
「それで?」
「次男、ロイ=ピエール殿に、レジオ領をいただきたいとおっしゃる。」
「ほう、復興を請け負いたいと?それはまあ、豪儀なことですね。」
「そうは言うが、貴殿のところは発展もめざましいものがあろう。」
「そりゃまあ、できる限りのアイデアを出しましたからね、他よりは伸びしろもある。」
「そこに目を付けたようでな。」
「勝手なことを。宰相殿は、それを呑んでらっしゃったのですか?」
「一応、説得という形だ。」
「かたち?なんと言う便利な言葉だ。私たちが、汗を流し、血を流して築き上げたものを、たった一言で取り上げると?」
冷静そうに見せるのも大変な苦労だ。
「それは大したものですな、王弟殿の意向とは。」
「そう言うな、私もいやな役なのだ。」
「ふうん、領地替えという以上、一応の領地は用意されているんだ。」
「ああ、王国の南、ロワール伯爵の領地の向こうだ。」
「はあ?人も住んでいないような、荒れた海岸沿いじゃないですか。」
「いや、人は住んでいるが…」
「そこへ行けと。」
「…」
「いままで家族、家来たちが一生懸命立て直したレジオを、ただでくれてやれと、あなたはそうおっしゃるのですな。」
「…」
カズマは、ソファから立ち上がった。
「話にならん。これから、陛下のところに伺いに参る。」
「ま、待て!男爵。」
宰相は、俺の上着の裾をつかんだ。
「まて?待ってなにかいいことがあるのか?王国に徳になるようななにが?」
カズマは、その手を邪険に振り払った。
「いや、それは、 ………………ただ王弟殿下に逆らうと言うのか!」
「それがどうした!人の努力を踏みにじるような真似しやがって、それが王弟たるもののすることか!嘆かわしい!」
カズマは激昂して、ぎろりと宰相をにらんだ。
「王弟だろうが王母だろうが、俺がへいへいと言うことを聞くと思ったか!」
「まて!まて!」
「おのれは、宰相の位にありながら、王弟の浅はかな望みをかなえるために、俺に無理を聞けという。」
さらに怒気を込めて、トルメス宰相を睨みつけた。
「宰相でありながら、王弟をいさめる言葉を持たぬと言うか!なめるなジジイ!」
「な、なんだと!」
くだらんジジイと言う言葉に反応しおって、底の浅い。
「あんたの立場もあろうかと、おとなしく話を聞けば、情けないを通り越して、あきれ返ったわ!」
「…」
「わかった、すべてくれてやろう、ただし俺の作ったものは、すべて破壊する。サイレーンの池も埋め戻す。城壁など全部覆してくれるわ!」
「な、なんと!」
「そうだな、船もすべて壊す、できないと思うか?ああ?すべて俺の作ったものだ。」
「屋形も、ただの土くれに戻してくれよう。」
カズマの怒りには、すでに歯止めが効かなくなってきている。
「もうあんたは引退しろ、大貴族に意見できる言葉をもたぬものなどに、宰相などできる器ではないわ。」
「なにを言い出すのだ!王国の人事に口を出すか!」
「地位と名誉が、それほど大事か?いいかげんにしろ、俺のうわさが本当かどうか、ここで試してみるか!」
カズマは、いきなり宰相の顔にアイアンクローをかました。
ぎりぎりと、音がするほど締め上げている。
「ぐぐぐ、ぐわあああ、痛い痛い!」
「当たり前だ、痛いようにしている。」
「は、反逆者になるつもりか!」
「べーつーにー、そんなつもりはないよ。あんたは宰相であって国王じゃない。それともおまえ、戦で俺に勝てるつもりか?」
ぎりぎり
「うううぎゃぎゃ」
めき!
嫌な音がして、骨が砕ける。
ぱきり!
指が、眼窩にめりこんだ。
ぷちゅりとかわいらしい音が聞こえた。
「ぎゃあ!」
あ、目がつぶれた。
「うぎゃぎゃぎゃぎゃー!」
宰相は顔をおさえてのた打ち回る。
そのへん、血だらけだ。
背中がひきつって、けいれんを始めた。
まあ、そりゃあ痛いだろうなあ、目ん玉つぶれてるし。
目には目ん玉・歯には歯んたまだよ。
「あああああ~~~~!!!!!」
痛そうだな、確かに目ん玉にちょっとゴミが入っただけで、すっげえ痛いもんな。
「痛いか?じゃあ治してやる。」
カズマは、治癒魔法をかけて、骨をくっつけてやった。
つぶれた目ん玉も、その形を戻して行く。
戻るときもけっこう痛いんだけどね、つぶすときほどじゃない。
宰相は荒い息を吐きながら、そこにひざまずく。
Orz…
まあ、痛みとショックで、ひざがガクガクしてるし。
息がはあはあと、上がっているものな。
「はあはあ!な、なんと言う。」
「もう痛くないだろう。」
「はあはあ。」
下から宰相が見上げる。
涙と鼻水で、ひどい顔だ。
カズマは、だまってハンカチを渡した。
宰相は、それで顔を拭いている。
「それで?まだ世迷いごとを言うか?」
「…」
「言っとくが、この部屋はサイレンスの結界を張ってある、中の声はどこにも漏れんぞ。」
宰相は絶望と、顔に書いてるように、Orzのまま俺を見上げた。
「ふむ、ミスリスのペーパーナイフか。高そうなものを持っているな。」
ふと、宰相の執務机を見ると、美しい金色のペーパーナイフが目についた。
華奢な、細くしなやかそうなペーパーナイフだ。
ミスリルだから、鉄の大剣よりも高いだろう。
贅沢な逸品だわ。
ゆっくりと宰相に振り返り、にやにやと笑ってみせると、『ひい!』と息を洩らしてずりさがる。
ペーパーナイフをひゅんと振ってやると、宰相の右手首が消えた。
消えたと言うか、ぽとりと床に落ちたんだ。
「あがががが!」
切られた手首からは、滝のように血が吹き出す。
宰相は、その手首をつかんで、声にならない悲鳴をあげている。
すでに、顔色は真っ白で、脂汗でぎらぎらしている。
そろそろ、人の顔じゃなくなってきたな。
「あはははは!」
カズマは高笑いを繰り返すが、消音結界のおかげで声は漏れない。
「かわいそうに、くっつけてやろう。」
カズマは、落ちた手首を持ち上げて、切れたところにあてがって、ヒーリングをかける。
「な!ななななんだこれは!」
手首は、上下逆につながっていた。
「どうしたらいいんだ~!」
「これでは治ったことにならんなあ。あはははははは!」
血は止まったじゃん。
「ひいいいい~!」
宰相は、腕を持ち上げて悲鳴を上げた。
「あれまあ、しょうがないなあ。」
ひゅん!
もう一度、同じところを切ってやる。
「うえうえ!痛い!痛い!」
もう、あまりのことに、宰相さま、ゲロリバースしてるよ、すげえ顔だし、ひどい衣装だね。
座りションベン洩らしちまって、床に染みができているし。
「あはははははははは!そいじゃ、もう一回くっつけてやるよ。」
カズマの顔は、きっと鬼のようにぎらぎらしているだろう。
カズマは、もう一回手首を拾うと、ちゃんとくっつけてやった。
「はあはあ…」
汚れてしまった服のまま、その場で座り込んでいる宰相は、すでに人の活動をしようという意思は感じられない。
ただ、荒い息が納まるのを待っているようだ。
「はあ~はあ~。」
四〇男のおもらしなんて、どうでもいいが、見ていて気持ちの好いもんでもない。
カズマは、宰相に浄化の魔法をかけて、すべてをきれいにしてやった。
衣服もちゃんと乾燥させてやったよ、もちろん。
このままじゃ、くっさいもんね。
「さて、宰相、どうするんだ?俺相手に戦争ぶつか?」
「ひ!」
宰相は引きつった顔で俺を見上げた。
「いいぞ、国軍二万、全部ぶつけてこい。オルレアン公爵の私設軍五千も一緒でいい。一瞬にしてあの世に送ってやる。」
カズマは、にやにや笑いながら、ヤンキー座りで宰相の顔を覗き込む。
「ひ!」
「おまえも一緒だ。この王宮、国王陛下、王妃殿下、アンリエット姫、スエレン姫、みんなこの世から消してやる。」
「まだできないだろうなんて思ってるな?俺は、やると言ったらやるぞ。覚悟してこい。」
カズマは、下品に右手の中指を立ててやった。
イシュタール王国で通じるかどうかは知らんがな。
「国の権威などと言うものは、そこに国民があって、その国民がその権威を認めるところにある。」
カズマは、宰相の顔をぐっとにらみつけた。
「自分から、国の権威を認めろなんて言っても、それは滑稽なひとり踊りでしかないぞ。」
「…」
「宰相の権限などと言っても、それは国の威信あってのことだろう。自分が偉いなどとは思いこまないことだ。」
「さあ、国王陛下に報告に行こうぜ、立てよ。」
腕をもって引っ張り上げるが、くねくねと力が入らない。
「どうしたんだよ、宰相閣下。」
「こ、腰が抜けた…」
青い顔をして、腕を伸ばしたままくたりとしている。
「ち!しょうがねえ、オルレアン公爵のところにでも行こうか?この喧嘩、買ってやるよ。」
「ほ、本当に戦をするつもりか。」
「そんなもん、相手次第さ。俺に買えと言うなら、銅貨一枚で買ってやると言っているだろう。」
カズマはポケットから、小さな銅貨を出して見せた。
約三〇円。
「安すぎる!」
そう言う問題じゃないだろう、なに、トチ狂ってるんだよ、オッサン。
「ち!オルレアン公爵の息子ってなあ、どんなやつだ?なかなか聞こえてこないぞ。」
「まあ、いいとこのボンボンだ。良くも悪くも。」
「ふん、殴ったら泣き出しそうだな。」
「や、やめてくれ!」
「やめん、俺と喧嘩する気なんだろう?殴られたぐらいであきらめるなら、あんたに迷惑をかけるなってことさ。」
突然変わった風向きに、宰相はぼそりと漏らした。
「立場が弱いんだよ。」
あら?ホンネが出た?
「ちっ、まあいい、で、野郎の部屋はどこなんだ?」
「本当に行くのか?」
「あんたがいやだっていうなら、侍従に案内させるが?」
「いや、ことがことだけに、下っ端に聞かれるのはまずい。」
「ふん、ついでに大僧正もいじめてやるか?」
「な、なにをする気だ。」
「あんたと同じことさ。なまぐさ坊主め。」
「なんと。」
「各大臣もそうだ、まじめにやってるのか?」
「いやまあ…」
「けっ、あんたを子爵だと言ってバカにするような輩だ、さぞやご立派な貴族なんだろうさ。」
「…」
「どいつもこいつも腐っていやがって、国王陛下がレジオのパンで感激するほど質素な生活をしているのに、やつらは贅沢三昧!気に入らん!」
「それは同感だ。」
あらら?まともな返事が返ってきたよ。
俺の眉がぴくりと上がった。
「ふむ、まだまともな神経はあるんだな。」
俺の言葉に、宰相は顔をあげた。
「あたりまえだ!私は、陛下の同級生だぞ。」
え~っと、どこに突っ込んでいいのかよくわからんが…
「なるほど。節約しないとアカンのだな。」
「そうだ。」
「まあいい、で?大僧正の部屋は?」
「ああ、そこだ。」
カズマは、重厚なオークの扉の前に立った。
やけに贅沢なドアだな、自分の部屋のドアは自分で改造するのか?
「レジオ男爵でござる、大僧正殿はおいでか?」
侍従が飛んできた。
「ははい、大僧正様は執務室においででございます。」
「ふむ、お会いできるのかな?」
「伺ってまいります。」
取次の部屋で、俺たちは待たされた。
やっちまった感はぬぐえない、昔はこれで農協も閑職に回された。
上役を殴りそうになったんだよ、眼前で思いとどまったから、首にはならなかったが。
襟首持って、締め上げてやった。
だからと言って、性格まで変わるか!
嫌なものはイヤだし、気にらんものは気に入らん。
宰相は、くっつけた右腕をさすりながら、カズマの顔を盗み見ている。
二十歳になるやならずの若造に、引きずり回されているわが身を呪っているのか?
「お待たせいたしました、大僧正さまがお入りいただくよう申されております。」
カズマは、にやりと笑った。
宰相から見たら、無茶苦茶悪者の顔だろうな。
「そうか、大義である。」
「は!」
慇懃に頭を下げているが、腹のうちはわかったものじゃない。
取りつぎの侍従が内心は、どう思っているかなんて、聞かなくてもわかるさ。
この成り上がりものが…とか思ってるんだろうな。
しかし、カズマの破壊力と、領地の勢いには身を引かざるをえまい。
カズマは、開けられたドアから中に入った。
宰相は、のそりとついてくる、どうせ、自分がされたことを大僧正もされればいいと思っているのさ。
人間、それほどいいひとなんて、いないもんだよ。
入って驚いた、真横の壁に、五〇号はありそうな裸婦の絵画!
天井からでっかいシャンデリア!
四隅には大きな花瓶が台付きで据え付けてあって、真っ赤なバラがこれでもかと生けてある。
床の絨毯は、毛足が足首まであって、真っ赤だ。
どこまで赤いのが好きなんだよ!
部屋の広さは、宰相の三倍はありそうで、執務机は平民の家なら三軒は立ちそうなくらい、金のかかった立派なものだ。
来ている衣装は、スパイダーシルクの最高級品か…
俗物め。
「突然おじゃまして申し訳ありません、大僧正殿。」
カズマは素直に頭を下げる、このへんは礼儀のうちだ。
「なんの、今をときめくレジオ男爵の来訪であれば、何をおいてもお迎えしますよ。」
大僧正は、机を回って応接セットの前にやってきた。
「それは感激ですな。」
「さて、宰相殿と御同道とは、なにか問題でも発生しましたかな?」
「また、おたわむれを。ご存じでしょう?」
「はて?」
「レジオ領の、譲渡についてですよ。」
「おお、そんな噂も聞こえて来ましたな。」
しらじらしく空っとぼけやがった!
てめえが関わってるのを、こっちが知らないとでも思っているのか?
おめでてぇ野郎だぜ。
おめぇの懐には、いくら舞い込むんだろうな?
「その件について、ただいま宰相殿からうかがったところですよ。」
その割には、にこにこしている俺に、怪訝な目を向ける。
「ほう、では円満解決ですかな?」
カズマは、にこにこと満面の笑みで答えてやった。
「とんでもない、戦争ですよ。」
「な、なに!」
「うふふふ、サイレンス。」
無詠唱で、部屋ごとサイレンスの結界を張る。
「なにをした!」
「うふふふふ、無音結界ですよ。ここでの会話は、どこにも漏れません。」
大僧正は、一歩あとじさった。
「さて、大僧正殿、そのお衣装はスパイダーシルクですね、それも最高級品だ。」
カズマは、さっさと切り込むことにした。
「そそ、それがどうかしましたか?」
急にそわそわと、左右に顔を振っている……逃げ道はないぜ。
「教会の運営費は、そのほとんどが信者からのお布施で賄われている。」
反面、こちらはずっと落ち着いた口調で話す。
「そのとおりですが。」
「そのお衣装は、いかほどしましたかな?」
「ここ、これは信者の方から、いただいたもので。」
安い言い訳だな。
「ほう、その奇特な方はオルレアン公爵さまでしょうか?」
びびく!
と、体全体を震わせる大僧正、どいつもこいつも肝っ玉が小さい。
「オシリスさまは、お嘆きです。」
「なに?」
「聖職者が、華美な生活を送ることをお嘆きです。」
「そ、そんなこと…」
「おや、お疑いですか?ではこうしましょう。」
カズマは、左手の聖痕を大僧正に見えるように目の高さに掲げた。
ぽちっとな。
ジェシカの呼び出しボタンを押した。
ジェシカは何を思ったのか、裸婦像から顔を出した。
あふれる金色の光をまとって、部屋の上から声をかける。
「呼びましたか?カズマ。」
すっげえエコーやエフェクトがかかって、神秘的な声がする。
声優で言うと、上田みゆきさん(古い!)のような…テレサのような…
部屋の左隅にふわりと舞い上がって、俺たちを見下ろす。
呼ばれて飛び出て、じゃじゃじゃじゃ~んとか言わないだけマシってもんだ。
「どこから出て来るんだよ、下を見ろよ。」
「え?あら~!どうして、大僧正の部屋にこんなものが?」
ジェシカはしげしげと裸婦画を見る。
げっこう下品な絵柄だよな。
「大僧正のシュミなんじゃないの?」
「いやいやいや、そんなことは!」
横から大僧正が悲鳴を上げる。
「で?どうだいジェシカ、オシリスさまは王国の教会をどう言っているんだ?」
カズマは、わざとぞんざいな口調で聞く。
「そうですね、大僧正、あなたはなにをなさっているのですか?」
ジェシカは大僧正に顔を向けた。
「王国の中で、争いが起こっているのはオシリスさまの教えを守っていないからではありませんか?」
「めっめめ!めっそうもない!われわれは、オシリスさまの教えを懸命に説いております。」
大僧正は床に座り込んで、Orz体勢である。
「まあ、ではどうして大僧正ともあろうお方が、こんな王宮の奥で座っていらっしゃるのかしら?街角で説法などされませんの?」
「ひ!か、かしこまりました!」
「ジェシカ、あんたが出て来た絵はどうする?」
「そうですね、こんな大きな絵は、虚栄心のもたらしたものではありませんか?」
ジェシカは、A4くらいの額縁を取りだした。
「よろしい、これを差し上げましょう、オシリスさまの絵姿です。」
ぜってー、楽しんでるだろう。
カズマは吹きだしそうになりながら、顔をそむけた。
アカン、見てたら笑う!
「この絵は、売り払って貧民街の炊き出しにでも使うか?」
「それはよろしいですわね、この大きな蜀台も。」
シャンデリアを指差す。
「そうだな、それがいい。」
「この大きなテーブルも。」
執務机を見る。
みかん箱でも置いてやりますかね?
「は、ははあ!全部売り払います!」
「そうですか、それは結構ですね。本山教会の方も、妙に立派な身なりの者が多いようですが…」
「はは!それも早急に改善を!」
「そうですね、オシリスさまにそうお知らせしますわ。」
「はは!」
「教会は、清貧を持って良しとなす。」
「ははー!」
「ジェシカ、あんまいじめてやるなよ、これでも教会のトップなんだからさ。」
「そうはおっしゃいますが、カズマ、教会が堕落してはオシリスさまが悲しみます。」
「そうかい?じゃあ、よく言ってきかせようかね?」
「そうしてください、できるだけ教会は壊さないでくださいね。」
「できるだけな、庶民の教会は守るさ。本山は、その限りでもない。マートモンスのブルードラゴンが、退屈だって言ってきたし。」
「あら、彼女は、虫歯が治って喜んで帰ったのに。」
「それがまずかった、虫歯が治ったら、退屈の虫が騒ぎだしたらしい。」
「あらまあ…」
大僧正は、真っ青な顔をして、俺を見上げている。
「使徒ってのはな、伊達じゃないんだぜ、いつでもこうしてオシリスさまと通信できるんだ。暗殺するなら、やってみろ。」
「あ、あわわわわ」
大僧正は、泡を吹いてぶっ倒れた。
「けっ、小心者が、じゃあなジェシカ。」
「はい、カズマもあまり無理をしないでね。」
「戦は、できるだけ避けるさ。」
カズマは、にやりと笑って、一言。
「装着!」
ブルーアルマイト色の鎧が、全身にまとわりつく。
カズマは、おもむろに片手のメイスを持ち上げた。
ミスリルのハンマーがきらりと光る。
「いいか、なぜ俺がドラゴン砕きと呼ばれるか、その、本当の意味を知るがいい。
ミスリルのハンマーを、ゆっくりと鎧の胸当てにぶつける。
『かきぃ~~~~~~んんんん』
澄んだ美しい音色が、宰相の部屋から城中に、そして国中に響き渡った。
「「「あれはなんだ!」」」
城のあちこちから衛兵の驚く声が聞こえてくる。
それもそのはず、マートモンスの方向からおびただしい影が、空を渡って来るのだ。
その先頭には、美しい青い光をまとった、ブルードラゴンがその巨体を浮かび上がらせていた。
前に見たときより大きい!
全長五〇メートルを超えるような巨体が、ゆらりゆらりと空を飛んでくる姿は、現実感がまるでない。
ブルーアルマイトのような輝きをまとって、いっそ神秘的ですらある破壊の化身。
ふわりと広げた羽根は、さしわたし二〇〇メートルはありそうだ。
ゆらりゆらりと羽ばたくさまは、優雅で美しい。
マートモンスの主として、従えるドラゴンの数は一万とも言われ、いま空を飛んでつき従っているのは、二千頭も居るであろうか。
それが、赤や青に輝く鱗をうねらせて、空を渡って来るのだ。
一瞬ののち、王宮の上には暗雲が立ち込めたように暗くなった。
『この世の終わりだ!』
『もうおしまいだ』
王都の住民たちは、なすすべもなくその場で地面にひれ伏した。
もう神に祈るしか、方法はないように思われたのだ。
『神よ!オシリスの神よ!』
みな天に向かって手を合わせる。
あたりは、陽の光も届かず、黄昏時のようだ。
そうだ、神々の黄昏のようだ!
ブルードラゴンは、王都の教会前広場にその巨体を露わにした。
「カズマ、呼んだか?」
ドラゴンの声は、澄んで美しい女性の声に聞こえた。
言うなれば、榊原良子さんのような。
もちろんブルードラゴンは女性なんだけど。
「呼んださ。メルミリアス・よく来たな。」
「まあ、約束だからね。」
ブルードラゴンは、その美しいうろこを、若干揺らしたように見えた。
まるで、くつくつと笑っているようだ。
「その建物だ、中の生臭坊主ごと崩してしまえ。」
「わかった。」
言うなり、その優美な腕が振られると、教会の重厚な尖塔が卵の殻のように脆く崩れていくのだった。
ちゃ~、ちゃちゃちゃちゃっちゃちゃ~。
どっかで聞いたような、金管楽器の音が聞こえてくるぜ。
シン・ドラゴン。
「ひいいいいい!!!!」
その場で、よく悲鳴が出たものだと、カズマは感心した。
声の主は、大僧正だった。
宰相は、泡を吹いて失神している。
教会からは、赤い衣を着た老人を始め、さまざまな衣装のものたちが逃げ出してきた。
ドラゴンは、そんなものが居ることなど考えても居ないように、優雅にそしてゆっくりと破壊の限りを尽くす。
気がつけば、瓦礫の山と腰を抜かした人々が並んで、ドラゴンにひれ伏していた。
「くははははははは!」
つい、悪者わらいがもれてしまったじゃん。
「?」
「メルミリアス、わざわざの降臨まことに済まなかった。」
「まあ、お主の言うことじゃ、たまには素直に聞いてやろうよ。今度、酒でも持参してたも。」
「承知。」
来た時と同様、唐突にドラゴンはマートモンスに帰って行った。
再び、王都に陽がさしてきた。
明るくなった目抜き通りには、人がぞろぞろと家から出てくる。
中には、呆然とドラゴンたちを見送っているものもいる。
「教会など虚栄心の塊に過ぎん。」
カズマの独断と偏見が叩きつけられただけかもしれない。
が、だれがドラゴンを呼ぶなどと言う荒唐無稽なことをしてのける人間がいるなどと思うだろう?
「おい、宰相殿、起きろ。」
軽くゆすってやると、宰相は目を覚ました。
「次は、オルレアン公爵の部屋だな、行こうぜ。」
「あわわわわ!」
大僧正はもはや出るものは全部出てしまって、汚物の海に沈んでいる。
助け起こす義理はないよな。
おれは、その場に捨てて来た。
オオカミは生きろ、豚は死ね!
コギタねえ豚になんか、触りたくもねえよ。
しぶしぶ案内する宰相に連れられて、王宮の三階、日当たりのいい場所に公爵の部屋はあった。
「ここかい?」
こくこく
その前の廊下は幅が一〇メートル近くあって、ものすごい広さだ。
入り口の扉も重厚で、一辺が三メートルもあるような、めちゃくちゃ豪華なドアである。
もちろん、その周りも美しく飾ってあって、王さまの執務室とは雲泥の差である。
王さま、質素を通りこしてビンボくさいぞ。
入り口の両脇には、腰に剣を履いて長い槍をもった衛兵が左右に二名ずつ配置されている。
カズマは、部屋の前にいる衛兵に声をかけた。
「レジオ男爵だ、オルレアン公爵閣下にお目通り願いたい。」
「は、お待ちください。」
衛兵は、槍をそこにいる同僚に持たせると、すぐに中に入って行った。
あの騒ぎが、こちらには届いていないのだろうか? 情報が遅いな。
あ、横にくぐり戸があるんだ。
すぐに戻って、くぐり戸から顔を出す。
「公爵さまはお会いになるそうです、どうぞお通りください。」
そう言って、大きなドアを開けてくれる。
中に入ると、学校の教室くらいの広さがあった。
壁にはタペストリが張り巡らされ、大僧正のモノより大きな裸婦の絵がかかっている。
流行<はやり>なのか?
それともこのおっさんが贈り主だからか?
下品な裸婦が笑っている。
四隅には、オシリス女神の銅像が立てられて、ろうそくが飾られている。
床材は黒々としていて、磨いたばかりのようにぴかぴかしている。
真ん中の応接セットの下には、白いサーベルタイガーの毛皮が何枚も敷いてある。
おいおい、こっちのほうが王さまの部屋っぽいぞ。
「外の騒ぎはなんだったのだ?」
「ど、ドラゴンが群れで現れて、教会を破壊したのち去りました。」
宰相は、つまりながらも答えた。
「なんと!それで?それだけで帰ってくれたのか。」
で?はなしはできるのかよ?
「ん?おう、レジオ男爵、よく参ったな、さあそこへ座れ。」
横柄に席に着けと言う。
「はい、失礼します。」
公爵は、優雅な物腰でソファに腰を据える。
提灯ブルマーと白いタイツなんだよ。
キャプテン=ドレークかよ、あんたわ。
「今日は何用かな?突然王宮に現れるとは。」
「はい、宰相殿に呼ばれまして、お話を伺うのと合わせて、公爵閣下にご挨拶をと思いまして。」
「さようか、大義であったな。」
時候の挨拶もそこそこに、俺はすぐに話を切り出した。
「で?公爵閣下は、私にレジオを出て行けとおっしゃるわけですな。」
公爵は、不快そうに眉を寄せた。
「出て行けなどと、下世話なことは申しておらんよ。」
「では、どういう意味でしょうな、領地替えとは。御子息ロイ=ピエール殿に、レジオをよこせとの御意<ぎょい>とか。」
「あからさまに申すでない、下品であろう。」
「では、どう言えばよろしいので?あいにく、下賤の身でございますので、言葉を知りません。」
「…」
オルレアン公爵は、だまって俺をにらみつけた。
ぜんぜん迫力がない、オークキングの方がよっぽどこえーよ。
「レジオ男爵殿は、とまどっておいでなのです。見たこともない領地の話を聞かれて。」
場の空気に耐えられなくなったのか、宰相が口を開いた。
「そうであるか、まあ、無理もない。悪いところではあるまい?」
公爵はにやにやと笑いを含んで、俺を見た。
「鳥も通わぬ、密林と海に挟まれた、遠い場所が悪いところでない?」
俺は、呆れた声で継ぐ。
公爵は、わずらわしいと言わんばかりに手を振って行った。
「黙って、王国の意向に従えばよい。」
「…」
カズマは、テーブルの上に黙って銅貨を一枚放りだした。
チャリンと、軽い音がする。
それを見て、宰相が真っ青になった。
「ひいいい」
宰相の様子を見て、オルレアン公爵は怪訝な顔をする。
「おい、公爵。おまえの売ったケンカ、銅貨一枚で買ってやる。」
カズマは、目の前のテーブルに脚をかけて、オルレアン公爵をにらみつけた。
「なにを言っているのだ、この無礼者め。」
公爵は、顔を赤くしてどなった。
「無礼者で結構だ、てめぇなんかにはらう礼儀など、持ち合わせてないわ!喧嘩を売るのか売らんのか、はっきりしろ。」
カズマは、公爵の顔の前までせまって、怒鳴り返してやった。
「では、売ってやろうではないか。わが精鋭五〇〇〇、レジオの前に並べてやろう。」
まだ、尊大な態度は変わってないな。
「たかが五〇〇〇でいいのか?五〇〇〇〇人くらい必要じゃないのか?」
カズマは余裕を持って、すましてやった。
「なんだと!」
「さっさと攻めてくるがいい、オークキングやトロールに比べて、手ごたえはあるんだろうな。」
オルレアン公爵は、完全に読み違えていた。
カズマは、質素な王さまが大好きなのであって、王国の権威に頭を下げていた訳ではないのだ。
当然、公爵だろうが、お公家さんだろうが気にも止めていない。
オルレアン公爵は、自分の権勢に膝まづかないものなど居ないと、多寡をくくっていた自分に気がついた。
「あんたの首を、ソンヌ川の河原にさらしてやろう。首を洗って待っているがいい。」
カズマは、ますます凄惨な笑いを顔に浮かべていた。
まるで、オルレアン公爵の首がさらされているのを、うっとりと見ているように。
「公爵さま、いけません!すぐに和解を!」
カズマの闘気を受けて、公爵はソファの上で真っ白な顔をしている。
「俺の言いたいことはそれだけだ。あんたの息子の初陣が、葬式になるかも知れんがな。」
カズマは、公爵に指を突きつけて、すごんでやった。
「逃げるんじゃねえぞ。」
カズマは、宰相の首根っこをつかんで、立ちあがった。
堂々とドアから出る。
「あんたには、案内すまなかったな。俺は、王さまに挨拶してくる。」
言い残して、王宮の奥に向かう。
宰相は、その場にへたり込んでいた。
「王さま~、パン喰うかい?」
国王の執務室に、ノックもなしに入ると、書類の山に埋もれて国王陛下が顔を上げた。
「んあ?カズマではないか、なんじゃ急に。取次ぎの執事はどうした?」
「邪魔したので、寝てもらったYO。ほれ、宰相、しっかりしろ。」
侍従長は、そのへんで気持ち良く眠っている。
腰の砕けた宰相は、陛下の前でOrz。
「いや~、今さあ、レジオをオルレアン公爵のバカ息子に寄越せって言うから、オルレアン公爵のケンカ買ってきた。」
「はあ?カズマ~、無茶するなよ。」
「いいじゃん、今の騒ぎ、聞かなかったのかい?」
俺は、ソファに腰掛けると、宰相を横に座らせた。
「騒ぎ?」
「ドラゴンが二〇〇〇匹飛んで来たろう?」
「へえ、知らなかったな。」
「なんと言う、怠慢な王宮だ。国王のところにご注進も来ないのかよ?」
俺は宰相を見た。
「…」
「まあな、なかなか権力の集中ができんのだよ。」
「俺が、王様に権力を集めるさ。」
「できるのか?」
「俺が悪者になって、王様を持ち上げればいいんだろう?」
「そう簡単なものでもないがなあ。」
「宰相が、あんま動いてないもの、俺が手助けしてもいいだろう?」
「…」
ドラゴン騒動は、王国に深刻なトラウマを植えつけたようだ、王都はまだざわめいている。
「とにかく、オルレアン公爵は、俺に喧嘩を売った、俺は喧嘩を買った。それは事実だ、王国は無関係でいてもらおう。」
「そうはいくまいよ、あれは余の弟だぞ。」
「臣下に違いはあるまいよ。王位継承権があるとはいえ、性を賜って臣下になった、ちがうか?」
「まあ、そうだがのう。」
「じゃあ、臣下同士のかわいい喧嘩だ、王さまはで~んと構えていればいいじゃないか。」
「おいおい…」
「野郎が、おれに謝るってんなら、引いてもいいが、そうもいくまい。オルレアン公爵領を焦土に変えてくれる。」
「ぶっそうなこと言うなよ。」
「しゃあないじゃん、野郎が言うこと聞かないんだもん。」
もんじゃないんだよ、モンじゃ!
「ちょっとはお灸をすえてやらんと、王さますら軽んじてしまう。それでは、王国の権威がかすむよ。」
「…」
「おっと、そうそう。王さま、レジオのパンの新しい奴を持ってきたよ。干し葡萄の入ったパン!うまいよ~。」
「おお!どれどれ?これか?いいにおいだ。」
王さまは、目の前に並べられたパンに、目を輝かせた。
「なあ~、レジオの職人を一人くれよ~、ウチの厨房の作ったパンはまずいよ~。」
王様は、めったにしないおねだりを繰りだした。
「そうかい?ちゃんと強力粉使ってるのか?レシピどおりに作らないと、ちゃんと膨らまないぞ。」
「わからん~。」
「じゃあ、だれか一人修行に寄こしなよ、俺んとこで鍛えてやるよ。」
「助かる。頼むよ。」
「王妃様や、姫さまたちは?おいしいケーキを持ってきたよ。」
カズマが、実に優しい目をして言うものだから、宰相は変な顔になっている。
そんなもん相手によるもんだよ。
「宰相、だれかをやって王妃と姫たちを呼んでくれ。」
「かしこまりました。」
ほどなく、王妃と姫たちがやってきた。
「カズマ、おいしいものがあるんですって?」
「王妃様、もちろんですよ。」
「だんしゃく~、いらっしゃい!」
「姫さま!いい子にしてらっしゃいましたか?」
「ちゃんとお勉強もしているわ。もう一〇歳だもの。」
「ほほう、それはけっこうですね。では、お土産を開きましょう。」
俺は、オシリスマスで使ったケーキを、革袋から出した。
「うわあ!きれい!」
「うちの奥さんたちが作った、オシリスマスのお祝いのケーキです。年賀の時には出せなかったので。」
時空魔法の革袋では、時間が動かない。
だから、いつも出来立て新鮮なものになるんだ。
「カズマは、いつも珍しいモノを作りますね。」
「もちろん、新しいパンも…ああ!王さま!それ最後の一個!」
「ええ?」
王さまは、パンを口に入れるところだった。
「な~んてね、うそ~ん。まだありますよ。」
「はああ~~~~、カズマ~心臓に悪いぞ。」
「姫さまたち、さ、切れましたよ。どうぞお上がり下さい。」
侍女の持ってきたお茶と合わせて、白いケーキを前に出してやると、アンリエット王女は目を輝かせた。
「わあ!男爵、ありがとう。」
素直なよいお子様だ。
「だんしゃく~!」
遅れてやってきたスエレン姫は、いきなり俺の首にかじりついた。
「おお!スエレンさま、ケーキがこぼれますよ。」
「それはいけません!わたしのはどれ?」
「はい、どうぞ。」
スエレン姫は、俺の膝の上から下りない。
「ちゃいちょー、食べる?」
スエレン姫が、小さいフォークの先にケーキを刺して、宰相の前に出した。
宰相は一瞬止まったが、おずおずと口を開けた。
「はい、どうぞー。」
口の中にケーキを入れられて、目を白黒させている。
「おいしい?」
「…はい…」
「宰相、子供に好かれるとは、お主やるではないか。」
カズマは、改めて宰相に向き直った。
「ふむ、お主ほどでもないよ。」
「いろいろあって、腹が減ったろう。こいつでどうだ?」
カズマは、レジオのパンにタレで焼いたドードー鳥を挟んだやつを出した。
「むむ!カズマ!それはなんだ!」
「ドードー鳥のサンドイッチですよ。」
「俺も欲しいぞ。」
「ああ、はいはい。王さまの食生活って、どうなってるの?そんな不味いものしか出ないのか?」
カズマの声に、宰相も首をひねった。
「ふむ、厨房のシェフは一流と言う触れ込みだったが…」
「首にしろよ。王さまの好みに合わせられないへたくそなんか。」
「そうしよう。オルレアン公に比べて、国王の方がやせているなんて、おかしい。」
「不味いものしか作れないなら、それはそいつが悪いんだ。向上心がないのか、研究心がないのかは知らんが。」
「おお!これはうまい!」
宰相は、パンにかじりついてびっくりしている。
「そんなもん、俺が獲ってきたドードー鳥を、ヨメが焼いたやつだぜ。薄く切ってならべて、レタスとバターとカラシと…」
「ねえ!男爵!マヨネーズのサンドイッチは?」
「ございますよ~。そうそう、この鳥のサンドイッチにマヨネーズのバリアシオンがございます。」
「じゃあそれちょうだい。」
「アンリエットが、このように自分の希望を口にするなど、珍しいことですわ。」
王妃が、そっと打ち明けた。
「そうですか、我慢なさいませんよう。姫さま。」
「ええ、ありがとう男爵。」
「だんしゃく、わたくしも!」
スエレン姫も手を出す。
「はい、どうぞ。」
「王妃様もいかがですか?」
「もちろんいただくわ。男爵のお家はにぎやかなんですってね?」
「誰に聞いたんですか?」
「ジョルジュ将軍よ、レジオのお宅に訪問なさったんですって?」
「ええ、競り市の前ですね。」
「男爵!くまさんのお歌を歌って!」
「そうですね、あれから六本弦のリュートを作りましてね、今、レジオで量産中です。」
カズマは、胴の湾曲したリュートを、懐から出した。
「ある~ひ、もりのなか~」
「おお?それは競り市のとき出て来た子供たちの…」
宰相は、ちゃんと全部見たのか。
「はい、出所はレジオ男爵家ですよ。」
スエレン姫は、手を叩いて喜んでいる。
「こんなささやかなお茶会で、申し訳ありません、王さま。」
「なにを言う、うまいモノがあって、気の置けない仲間がいる、こんな楽しいお茶会があるか?」
「そう言っていただけると、ありがたいです。」
「陛下…」
「オルクス=トルメス、ひさしぶりにお主と、こうして仕事以外で話せて、余はうれしいぞ。」
「もったいのうございます。」
「じゃあ、昼間だからちょっとだけ、やります?」
カズマは、懐からカルヴァドスの瓶を引っ張りだした。
陶器ではない、ガラスの瓶だ。
透き通って、中の琥珀色の液体がよく見える。
「なんじゃそれは?」
「レジオの乙女に踏ませた、リンゴのカルヴァドスです。昼間なので、一杯だけ。」
「おお!なにやら由緒いやらしいものがでてきたではないか!」
「お子様の前ですよ。」
「げふんげふん、一杯だけじゃな。」
「はい、どうぞ。」
「おとと!」
「宰相どのも、一杯だけ。」
「かたじけない。」
「「うまい!」」
ふたりは、声を合わせて笑った。
「王妃様もいかがです?」
「では、一口だけ。」
いたずらっぽく笑って、王妃はグラスをあげた。
「おいしい!リンゴ酒がこんなに深い味わいになりますの?」
「うふふ、レジオの秘密です。コツは、乙女の足にあります。」
「まあ!」
「カズマは、こんないいものを作っていたのか!」
「あはは、私たちは酒精に干渉する魔法を持っているんですよ。ですから、他よりいいワインもできます。」
「なんとのう。」
「どちらにせよ、オルレアン公との喧嘩が終わったら、私はレジオを出ます。」
「おい!カズマ!そんなことは、王として許さんぞ。」
「王さまー、波風立てたのは俺ですよ。」
カズマは、ため息交じりに口を開いた。
「もちろん、オルレアン公爵には痛い目を見てもらいますが、王弟と喧嘩してそのままってわけにも行きますまい。」
「…」
宰相は、俺を見つめた。
「王国の権威を守るために、俺は、領地替えに従いますよ。」
「殊勝なことを言いおって。」
「俺が膝を折るのは、王さまだからです。王さまが王さまでないイシュタール王国に、興味はないです。」
「おいおい、そう持ち上げるなよ。」
「いえ、これは本気です。この人のために何かをしたいと言うのは、男の本懐でありましょう。」
「カズマ…」
「ですから、陛下がお困りのときは、文字通りすぐに飛んでまいります。」
「うむ、ありがたくある。カズマ、頼むぞ。」
「はっ」
そんなカズマを見て、宰相はほほを赤く染めていた。
「王弟どのとのいさかいは、せいぜい怪我程度でとどめます。」
宰相は顔を上げて、カズマの顔を見つめた。
「どうせ、言っても聞かないでしょうから、一当たりはしますよ。なに、死人は出しませんよう気をつけます。」
「おいおい、あいつはけっこう強いぞ。」
「なにほどやある。オークキングほどもありましょうや?」
「それもそうか、適当に手を抜いてやってくれ。」
「御意!」
「レジオ男爵どの、公爵の横暴をいさめることができない私を許してくれ!」
宰相は、カズマの膝にすがりついて泣いた。
「なにを言うんだよ、大丈夫だよ。この国の腐ったところは、俺が治して行くさ。宰相殿は、国王陛下を守ってくれ。」
「承知した!出来る限りの力を出す。」
「そうであれば、ありがたい。共に、陛下の御ために。」
「うむ!陛下の御ために!」
「なんだか、盛り上がってるなあ。」
「陛下がそこでチャチャ入れてどうすんだ!」
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