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第六十九話 フロンティア‐Ⅱ
しおりを挟むアンボワーズの村では、広場でひどい騒ぎになっていた。
なにしろ、この辺では見たこともないようなオオイノシシが三頭、ガン首並べているのである。
村人一〇〇人あまりが押しかけて、押すな押すなの大騒ぎである。
さすがにこのサイズは、なかなかお目にかかれない。
なかには舌なめずりしている者もいる。
(おばちゃんだったりするが。)
「ほう、こいつぁすごいな、特にこの眉間の一撃は、度胸がないと無理だぞ。」
カズマが、見分<けんぶん>していると、ゴルテスが前に出て口を開いた。
「お屋形さま、それはラルの仕留めたものでござる。毛皮の傷も少なく、極上の獲物でござる。」
「…で、あるか。うむ、そうか!ラル!よくやった!えらいぞ。」
カズマは大声でラルをほめた。
人をほめるときは大声で、ののしる時はもっと大声でと言う、どっかの銀河で英雄な帝国貴族のようなことを考えていた。
「へへ…」
ラルは、鼻の下をこすって照れている。
「そうか、ラルは成長しているんだな。気が付かないうちに、立派になったもんだ。」
カズマは、感慨深くラルを見つめた。
「お屋形さま、まだまだでござる、あんまり褒めては増長し申す。」
「ロフノールさん、それはひどいよー。」
「「「わはははははは!」」」
村民は遠巻きにオオイノシシを囲んでいる。
「村長、一頭もってけ、村の衆にふるまいじゃ。これがワシらの仕留めた分じゃ、これをやろう。」
ラルのオオイノシシに負けない大きさの一匹を、ゴルテスとロフノールは提供すると言う。
「いいのか?ユリウス、マリウス。」
カズマが、心配して聞くと、ゴルテスが代表して言う。
「もちろんでござる、我らのキャラバンが安心して逗留できるのも、村の衆のおかげでござる。」
「わかった、こいつは村の衆で食べてくれ。」
「ほ、ほんとによろしいんで?」
「ああ、心配するな。」
村人は、わあっと歓声を上げた。
なにしろ、なかなか肉にありつく機会がない。
森は離れているし、そうそう腕のいい猟師も居ない。
(農民ばかりなので。)
せいぜい数人で、ウサギを獲るくらいのものである。
ゴルテスとロフノールは、すぐにラルの獲ったオオイノシシの解体にかかった。
「ラル、まずは電撃を頼む。」
「了解。」
イノシシに電撃をかけて、ノミダニなどを焼き切る。
そののち、一気に首から血抜きをするのだ。
ラルの電撃も、威力はまだまだだが、よく制御されてきた。
たまにやりすぎもアルが…
執事のセバスチャンも参加して、五人で解体している。
こう言う時、男手がもっと欲しいと思うところだ。
ボルクがやってきた。
「お、お屋形さま!俺も覚えたい、教えてください!」
「おお!やる気だなボルク、よしよし、このナイフをやろう、教えてやるからやってみろ。」
「はい!」
孤児の中から、何人か女の子も出て来た。
「なんだ、カリーナもやるのか?」
「はい、できることはなんでも覚えます。」
「偉い偉い、よしよしみんなに一本ずつ、ナイフをやろう。いっぱい練習しなきゃな。」
子供たちに、解体ナイフを出してやった。
「お屋形さま、子供にオオイノシシは荷が重いにゃ、ウサギがいいにゃ。」
「おおそうか、じゃあ、トラ、教えてやってくれ。」
オオイノシシの横に積まれたウサギは、ホーンラビット五羽、普通のウサギ六羽だ。
「みんにゃこっちに来るにゃ、ウサギの解体を教えるにゃ。」
トラは、アウトドアが長かったので、こう言うことには慣れている。
「では、こっちは俺が手伝おう。」
チグリスが、ヤマガタナを持って参加してきた。
「ちったあ登場しないと、忘れられてしまうからな。」
「ちげぇねえ。」
二人で顔を見合わせて笑った。
一方、こちらはアパートの厨房である。
「チコ、一次発酵の済んだのから、バターを練り込んでね。」
「はい!奥さま。」
「ティリスさま、粉の篩<ふるい>終わりました。」
「はい、アリスさま、牛乳とイースト加えて練ってください。」
「わかりましたわ。」
「こちら一次発酵終わりました。」
「恵理子さま、大丈夫ですか?」
メイドのゾフィー(十八)が声をかける。
「病気ではないんですから、平気ですよ。」
恵理子は朗らかに返事をしていた。
「これは毎回楽しいねえ。」
メイドのノルン(十七)が、隣のライラ(十七)に声をかけた。
「そうかなあ?けっこう重労働じゃない?」
「はーい、今回はたたむよ~。一次発酵済んだものから、バターを挟んでたたむ、バターを挟んでたたむ!」
「「「は~い!」」」
どうやら、クロワッサンができるようです。
今どきのパンつくりではないんだけど、やはり手作りはそれなりにおいしい。
村のおばちゃん連中(六人)は、目の前でおこっていることに、戸惑ってまだ参加できない。
アパートの厨房は、かなり広くて(広くしろと言われた。)二〇畳ぐらいあるんだよ。
どうも、奥方たちはここで、料理教室などを開きたかったようだ。
ためしに、村のおばちゃんを呼んで、パンつくりを見せているんだが、彼女たちは「パン」と言えば、あのかったいビスケットしか知らない。
「レジオのパン」と言うウワサすら、ここには届いていないのだ。
だからまあ、始めて見る発酵現象に、目を丸くしているし、口も「O」の字のままだ。
プルミエの作った、オーブンは薪で温めるストーブタイプ。
チグリスに頼めば、鉄製のやつができるんだが、ここには鍛冶場がない。
しょうがないので、土を硬化させて作った。
そのプルミエは、部屋の隅でお茶を飲みながら、作業を見守っている。
「奥様、こちら練り込みできました。」
ノルン(十七)が、ティリスに声をかけると、ティリスはそのボウルに魔法をかける。
一次発酵の促進魔法である。
ティリスは、微生物に働きかける魔法が得意になって、ワインの醸造にもかなり便利だ。
一次発酵が促進されると、しばらく放置して自分で発酵させる。
「これは、バターを練りこんだら、二次発酵後ロールパンにしてね。」
「「かしこまりました。」」
ノルン(十七)とライラ(十七)は、いい笑顔で答えた。
二人とも生活魔法ぐらいは扱えるので、一次発酵が済み、バターを練り込んだタネに保温の魔法をかける。
すると、もこもことボウルの中で二次発酵が促進されて、倍ぐらいに膨らむのだ。
「これは、どうするのですか?」
おばちゃんの中で、かっぷくのいい一人がライラ(十七)に声をかけた。
「はい、これは小分けにして、ロールパンに形成します。ちょっとやってみますね。」
ライラ(十七)は、板の上に軽く打ち粉をして、棒状にのばしたタネをのせ、のし棒で伸ばした。
それをくるくると捲いて、はいできあがり。
「こんな感じです、やってみますか?」
「ははい。」
おばちゃん(マルクと言う。以下同じ。)は、おずおずと手を出すと、軽くちぎって伸ばした。
「そうそう、いい感じですよ。」
ライラ(十七)に褒められて、マルクはにこにこと喜んだ。
これを見て、残りのおばちゃんも徐々に参加し始める。
その間に、バターの焦げる香ばしい香りが漂ってきた。
「なにこれ!いい香り!」
おばちゃんの一人が、オーブンのほうを向いた。
オーブンからは、クロワッサンが出てきたところだ。
ゾフィー【十八】が、鉄板を持ち上げている。
「奥様、確認をお願いします。」
恵理子は、一個を取り上げて、二つに割った。
とたんに、ふわっと湯気が上がり、クロワッサン特有の甘い香りが広がる。
これだけで、成功したことは言うまでもないが、さらにそれを口にすると、口の中いっぱいに新鮮なバターの香りが広がる。
「うん、いい出来ですよ。みんな、食べてごらんなさい。」
その場の全員が手を出して、試食をすると、みな幸せそうな顔をして、うっとりとした。
「あ、ハチミツ塗るの忘れた。」
恵理子が言うと、ゾフィー(十八)は満足げに答えた。
「奥様、これだけでもおいしいのに、まだ手を加えるのですか?」
「そうよ、焼きあがったら、それに薄くハチミツを塗っておくと、さらにおいしくなるわ。」
おばちゃんたちは、高価な(百グラム銀貨一枚くらい。)ハチミツを、平気で使う恵理子に驚愕した。
しかも、恵理子が取り出したのは、ヒトの頭ほどの壺に、あふれるほど入ったハチミツ。
(もちろん、魔法の皮袋から出しました。)
これだけで、どれほどの財産か、彼女らは失神しそうだ。
軽くボウルに出して、水を加え、クロワッサンの背中に刷毛で塗り始める。
それを見ただけで、みな、口の中に甘いよだれが溜まるのを感じた。
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