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第六十八話 フロンティア
しおりを挟むブロワの町でのんびり三日過ごして、東南の城門からダイアナ峡谷を目指して出発したところ、孤児が少し増えてしまった。
孤児院にいた、一〇~十二歳の子供が三人着いてきたのだ。
プルミエが面倒を見ていた女の子もそうだ、かなり恩義に感じてしまったらしい。
自分たちが居なくなれば、そのぶん小さい子が食べられると言うのが、ボルク(十歳)の意見である。
カリーナ(十二歳)は、踊り子たちの生き生きした姿に心を奪われたかららしいが…
どちらにせよ、カズマにはたいした負担ではない。
ロワール伯爵とは、情報のすり合わせを行い、ダイアナ峡谷への進路を決定した。
また、孤児院の運営に関して、余計なことをしたので謝った。
伯爵はかえって恐縮し、なんの返礼もできないがと言いながら、小麦を山盛りくれた。
おかげで、小麦粉には困らなくなったのはありがたい。
その勢いで、孤児院の孤児が三人着いていきたい旨伝えられたので、快諾したのだ。
「無理して着いてこなくてもよかったのにな。」
カズマがこぼすと、プルミエが笑う。
「カリーナのことかえ?まあよいではないか、ひとりやふたり増えたところで、たいしたことはあるまい。」
「そりゃまあ、たいしたことじゃないが。」
「おとこが細かいことを気にするでないわ。」
「へいへい。」
「カズマ、やられっぱなしね。」
ティリスは、となりのアリスにくすくす笑いながら声をかけた。
「そうですね、お師匠さまですから、しかたがありません。」
アリスは小規模ながら「樹木の祈り」を取得し、短距離の転位もモノにした。
それだけでも天才的と言えるものだ。
ずいぶん苦労したことだろう。
そのせいか、魔力もずっと伸びている。
アリスは、冷や汗をかきながら、ティリスに答えていた。
いつとばっちりが来るかわかったもんじゃない。
ティリスは、あれで意外と嫉妬深いことがわかっている。
豊かな農村の間を縫って、丘はずっとうねりながら続いている。
それだけを見ると、まるで果てしない大海原のようにも見える。
小高い丘に登ると、はるかな先にこんもりと黒い森が連なっているのが見える。
「ははあ、あれがロワール伯爵領の端か。かなりあるな。」
馬車に揺られて三~四日はかかりそうな様子だ。
「ここまでくると、金なんかまるで役に立たないな。」
「左様、この先は実力がモノを言い申す。」
ゴルテスが、厳しい目で前方を見据えている。
彼の手槍の矛先が、きらりと陽光をはじく。
「そうだなあ、まあ、これだけ開けていると、魔物も近寄っては来ないようだな。」
「御意、森が遠ぅござる。隠れて進むこともできますまい。」
「ウサギでもいないかな~?」
カズマは馬から回りを見回している。
「お屋形さま、ここでは無理です。」
ゲオルグ=ベルンも、馬から声をかけた。
「なんだよ、ゲオルグ。お前の実力が出せないじゃないか。」
「はは、おっしゃるとおり。」
広い農地の間を通る、土の道は埃っぽく、かなり幅も広く取ってあって、居住区もしっかりしている。
ブロワの町ほどではないが、魔物が寄ってこないので、かんたんな木の柵でも暮らせるそうだ。
それで言えば、ブロワの町は完全な要塞なんだがな。
二十年~三十年にいちど、魔物の暴走が起きるそうだ。
レジオの暴走と比べれば規模も小さくなって、魔物も百匹前後だそうだが、それでも大変だよな。
だから要塞化しなくてはならないんだ。
農民たちが駆けこめるように。
この世界で言えば、ブロワ、ロワール伯爵領は、国と言ってもいいレベルだしな。
農民は、よく晴れているのでみんな畑に出て、草取り作業に忙しい。
麦もよく実っているようだし、今年は豊作でいい感じだな。
季節はまた初夏を迎え、俺はもうじき二十歳を迎える。
ここに来て、すでに三年を過ごしてしまった。
勇者召喚に帰り途はない、これがプルミエのたどり着いた結論だ。
そして、転生者はここで死ぬしかない。
運命の流れと言うものは、人の動きに寄ってそのルートを変え、女神の思った方へは動かないんだそうだ。
俺とは別に、弾き飛ばされた恵理子は、やはり元の世界に帰ることはできない。
なぜなら、それこそイレギュラーだからだ。
「お屋形さま~、ぎぼぢわるい~。」
馬車に揺られていた恵理子が、弱音を吐いている。
ちょ!おま!
本当に吐くなよ!
恵理子は馬車の横から顔を出して、エロエロしている。
あーあ、路上に点々ともんじゃ焼きが…
「ねえアリス、あれ、アレだよね。」
ティリスは、アリスを捕まえてなにやらささやいている。
「そりゃまあ、いつかは出来るものと思っていましたし、驚きませんよ。」
「そりゃそうだね、あたしがお母さんになるくらいだもの。」
ティリスは、アンジェラをゆすりあげた。
「お屋形さま!休憩を!」
俺は、アリスの声にキャラバンを停止させた。
前の馬車からアリスがやってきて、恵理子の背をさすっている。
「恵理子さま、あなたつわりですね。」
「え”?」
恵理子は、自覚がなかったようだ。
「み、身に覚えがあるだけに、否定できません。」
「そうですか、旅は苛酷なので、できれば避けたかったですね。」
「デキてしまったものはしかたありません、我慢します。」
「できるだけ、フォローします。」
アリスは俺のそばに来て、その話をする。
「妊娠?」
「はい、恵理子さまはご懐妊です。」
「そうか。それはそれでいいんだが、本人にはきついなあ。ブロワに戻るか?」
「いえ、大丈夫!ウチは丈夫なんやから、このまま行きまひょ。」
「ホンマにええんか?」
カズマは心配そうに恵理子に話しかける。
「よろしおま。多少のことはがまんできます。」
恵理子は自信たっぷりに宣言している。
恵理子の言葉にしたがって好いものか、アリスに目を向けると、アリスはにっこり頷いた。
「まあ、本人もこう申しておりますし、少し様子を見てはいかがでしょう?」
「そうだな、クッションでも増やすか。」
「確かウサギの毛皮が革袋に入っていました。」
「じゃあそれを敷き詰めてくれ。」
「かしこまりました。」
アリスが答えると、横合いから手が出された。
「奥さま!それは私どもが!」
メイドのゾフィーが駆け寄ってきた。
「そう?じゃあゾフィー、お願いね。」
「はい!」
幌馬車は、魔物の腱を使って、サスペンション化しているので、通常のリジッドよりはかなりマシなんだ。
アンジェラも乗っているし、快適であってほしい。
「恵理子さまもご懐妊ですと?それはめでたいですな、急ぐ旅でもなし、ゆるりとまいりましょうぞ。」
ゴルテスは、愉快そうに笑って頷いている。
「お主、また孫が生まれるジジイのような顔をしておるぞ。」
ロフノールがくさすので、ゴルテスはちらっと俺を見た。
「まあまあ、ロフノールだって顔がにやけてるぞ。」
「ごほん、それは…」
「ご老体、顔に出て申す。」
「ゲオルグ!老体とはなんじゃ!」
「うひゃー!」
ゲオルグ=ベルンは、頭を抱えて逃げた。
「なにをやっとるんだ?」
みんなのんきな旅だと思って、遊び半分な気分が蔓延している。
まあいい。
昼ごはん休憩で、木陰に馬車を寄せた。
田園の中を貫く農道は、かなり広くて道の脇には退避所などもできているんだ。
緑あふれる農村を行くのは、とにかくいい気分なんだが、一人調子が悪いとみんなが心配する。
キャラバンは、子供たちの声であふれている。
ゲオルグ=ベルンは、子供たちが遠くへ行かないように気を配っているが、子供には関係ない。
花を見つけた、バッタが居た、なにがなんでも遊びに事欠かない。
それでも年上の子供たちは、小さな子供が離れないよう注意している。
こうして子供は育って行くのだな。
「お屋形さま~、お花~。」
子供たちの一人が、シロツメクサの花冠をもってやってきた。
名前は何だっけ?
アカンな、子供たちのことは恵理子に任せっきりだ。
「ありがとう。」
娘は、俺の頭に冠をのせてまた行ってしまった。
王国を離れれば、世間はこんなに平和なのだ。
道端の草むらにさえ、平和な空気が漂っているのに。
この豊かさを見ろ。
カズマは、ロワール伯爵領ののどかな雰囲気に、すっかり魅せられてしまった。
メイドたちは、ティリスたちといっしょに昼食を作っている。
俺は、ついつい木陰で寝っ転がって、うとうとしてしまった。
むこうでは、農民たちがやはり弁当を広げている。
「世界は平和だな。」
少し夢の世界に遊んでいると、アリスが呼びに来た。
「お屋形さま、お食事ですよ。」
「ああ、今行く。」
昼食後ものんびりと、旅は進み、今夜の宿に寄ったのはシュノーの村だった。
「宿がない?」
答えたのは、村長の中年男だった。
「はい、男爵さま、ここはブロワから少ししか離れていないので、あまり旅人もこなくて、宿屋がないんです。」
「そうか、それは困ったな、三〇人から泊まれるような建物もないのか。」
「はい…」
そこに、ティリスとアリスがやってきた。
「お屋形さま、この隅に教会を建ててはいかがでしょう?」
「それがいいわ、みなさんもお祈りしたり、集会したりできるでしょう?」
二人は、かんたんに言うなあ。
「こ、これは聖女さま!まさかそんなものを建てていただけるんで?」
「あなた、アンジェラがお風呂に入れません。」
ティリスは、ぷんすかしながら口にする。
「わかった、村長、ここに教会を作るが良いか?」
「へえ、それはよろしいですが、いまからですか?」
「うん、そこで見ていろ。」
俺は、魔力を練ると、周囲から土を集めて、縦一〇メートル横七メートルくらいの建物を起こした。
「カズマ、それでは小さい。」
黎明の魔女プルミエが、横から顔を出した。
フードをかぶって、ネコ耳を隠している。
「そうか?」
「もうちょっと大きくしよう。」
「ちょ!おま!」
みょみょみょ
プルミエが魔力を練ると、俺の作った横に同じような家がくっついて、屋根を一つにしてしまった。
「な~んか、バランスが悪いなあ。」
「そうじゃな、カズマ、こっちにもうひとつくっつけるがよい。」
「う~ん、こうかな?」
さらにもう一部屋できた。
「ああ、鐘つき堂もあったほうがよいな。」
入り口の横に、煙突のように鐘つき堂が増設された。
俺とプルミエによって、立ち上がった教会はちょっと異常なくらい大規模になってしまった。
「では、私は入り口にオシリスさまのレリーフを作ります。」
アリスも、参加した。
「あわわわわわわわ!」
村長は、口を開けたまま、茫然とした顔をしている。
騒ぎを聞いて、村人が何人も集まってきた。
「では、中の礼拝堂に、オシリスさまのお姿を作ろう。」
正面に祭壇を立てて、その上にオシリス像を立てた。
「これでどうだ?アリス。」
「はい、けっこうですわ。いすなどは、村で用意していただきましょう。」
「そうだな、とりあえずみんな入れ、これからオシリスさまに祈ろう。」
「「「「はい。」」」」
キャラバンの一行は、ぞろぞろと礼拝堂の中に入った。
村人たちも、三々五々集まってきて、中を覗いている。
祭壇の前に、果物だの酒だのを供えて、拝む。
「オシリスの使徒ジェシカよ、降臨したまえ。」
俺は、ジェシカの通信スイッチをぽちっとした。
すると、オシリス像の上に光が集まって、徐々に人の姿をかたどって行く。
それを見た村長は、地面に頭をこすりつけるように膝まづいた。
「へへええええ!」
村人たちも、てんでに膝をつき、両手を合わせて拝んでいる。
「カズマ、無事のようですね。」
「なんとか無事、ロワール伯爵領に着きました。」
「そうですか、シュノーの村も平和なようでなによりです。」
「これもオシリスさまの加護のおかげです。」
「今年も実り多い年でありますよう、豊穣の加護を持ってまいりました。」
カズマは、笑顔で答える。
「ぜひ村にお与えください。」
村長は、目を見開いてジェシカを見ている。
「村長、今年が豊作でありますように。みなさんも努力してください。」
「は、はは~!」
「では、この村に祝福を。」
村人たちは、一斉にひれふして感謝の祈りをささげた。
原始的な宗教のようだ…もうちょっと、文化的に…
げふんげふん!
「それでは、わたしは帰ります、みないっそう精進されますよう。」
ジェシカは、唐突に帰って行った。
村人たちは、みな感激して涙を流しながら、聖女を拝み始める始末。
アリスは冷静に、それぞれをさばいて行った。
「お屋形さま~、ちょっとお願いできるにゃ?」
「なんだ、トラ。」
「ちょっとここに井戸を掘りたいにゃ。」
「そうか、どれ水脈は…」
パッシブソナーで、土中を探査すると、七メートルくらい下に水脈を見つけた。
「あった、これか。」
みゅみゅみゅみゅ
直径一メートル半の穴を掘り込んで、その土は教会の間仕切りに利用した。
「はやいにゃ!」
「トラの頼みだからな。」
「そんなことを言うと、発情期が来てしまうにゃ。」
トラはほほを染めている。
「アホ。」
「いやいや、トラの言うとおりじゃぞ、お前の魔力は発情しやすい。」
プルミエも、なにか興奮してまくしたてる。
「ハイエルフが、しょっちゅう発情してどうする!」
「まあ、エルフは子供ができにくい体質だから、それでもよいのじゃ。」
そっすか?
床が土のままなんだが、全体に均して硬化をかけると、つるつるした床に変わった。
「風呂はここでいいかな?」
みんなが食事の準備を始めたので、その間に間仕切りの向こうに大小ふたつの風呂を作る。
今回は、焚口はなしで、そのまま水を温める仕様で行く。
弱いファイヤーボールで、水をお湯に変える方法だ。
「これ俺がやると、熱湯になるんだよな~。」
「修行が足りんわ。」
「うひゃ、お師匠さま~。」
「魔力の循環を意識して、もっと細く出すように調整するのじゃ。」
プルミエが杖を振って熱弁する。
カズマは、ちょっとげんなりしてきた。
「へいへい。」
「まったく、おおざっぱに覚えよって。」
「まあ、師匠がルイラだからな。」
「それもそうか、あ奴は説明が下手じゃ。」
「えっきし!」
ルイラの口が歪む。
「だれか、悪口言ってる…」
「どうした?ルイラ。」
「なんでもない…」
クレオパの食堂で、ルイラは派手なくしゃみを連発していた。
「師匠は、無事合流できたかな?」
「あの師匠だぜ、平気だよ。」
「それもそう。」
アリスは、知らないうちに裏に回って、馬小屋を建てていた。
さすがな気遣い。
プルミエの指導は、アリスの魔法力を確実に引き上げている。
ちなみに、ティリスはあんまり、クリエイティブな魔法は得意でないらしい。
俺は、精製の魔法を使って、大量のベッドを作り、やっと教会の体裁は整った。
これで、どこから旅人が来ても平気だぞ。
「こんなたくさんの旅人など、当分こんわ。」
プルミエは、ぼそりとつぶやいた。
村人たちは、立派な教会ができたことを喜んで、それぞれに料理や食材を差し入れてくれた。
村長は、恐縮しまくって、なんども頭を下げるので、明日腹筋が痛いぞとやめさせた。
「いや、村に一か所しかなかった井戸を、増やしていただいて、こんなありがたいことはありません。」
「まあ、それも必要なことだろう。だから、そう固くならないでくれ。」
不承不承、村長は頭を下げるのを止めた。
「ときに村長、このへんにはウサギとか、イノシシとかは出ないのか?」
「それは出ませんね。ずっと南の森の方に行かないと、ウサギも出ません。」
「それはもったいないなあ。じゃあ、この村では肉がないのか?」
「特別な時でないと、肉は少ないです。」
「そうか、まあその分平和なんだから、五分五分か。」
「そうですね。」
俺は、あとで革袋を一つ渡しておいた。
ゴブが一〇〇匹ぐらい入っている。
村長に、さらに恐縮されたことは、言うまでもない。
閑話休題
大きめに作った風呂場は、ティリスに好評だったことは、よかった。
翌日、惜しまれながら出発したが、なんか雲が重くなってきた。
「お屋形さま~、雲が重いねえ。」
ラルが、ロバの手綱を持ちながら空を見上げた。
「しょうがないさ、もうじき雨季だもの。」
「まだ一〇日は向こうだろうに。」
「徐々に気圧も下がってるんだろうな。」
「そうか~。ねえ、ウォルフは、どうしているかな?」
「ああ、まず引き継ぎに一カ月は見込んでいるからな、そうしたら迎えに行ってくるよ。」
「だね~、気の優しい人だから、心配だよ。」
「なんだよラル、大人になったな。」
「よせやい、ウォルフは一番長い仲間じゃないか。」
「そりゃそうだ。俺だって、大事な友達だからな。」
ラルは、また空を見上げた。
次の村まで、雨が降らなきゃいいがな。
シュノーの村でさえ、教会がなかったんだから、次の町にもあるとは限らない。
そうなったら、また、一から構築しなければならない。
魔力的には平気だけど、勝手に布教活動して、ロワール伯爵が気を悪くしなければいいんだけどな。
離れた村だから平気かな~?
それに、オシリス教はこの国の国教だしな、多少のことは許してもらおう。
まあいいや、情報が届くのはひと月くらい後だろう。
そのころには、俺たちはここにはいない。
ロワール伯爵領も、後にしているだろうしね。
アンボワーズの村は、夕方近くなって着いた。
ここも、二メートルくらいの木の柵で囲われた、簡素な村である。
ここでも、聖女である二人は大歓迎されている。
「村長殿、ここで宿泊できるところはありますか?」
「それが聖女さま、教会も小さなものしかなくて、とても皆さんをお泊めできるようなところは…」
「そうですか、お屋形さま?」
「わかった、村長、ここの教会を大きくしてもかまわんか?よければ、井戸も追加で掘ってやろう。」
「ほ、ほんとうですか?」
「ああ、シュノーの村でも、井戸を掘ってきた。」
「で、できれば二本!二本お願いできますか!」
村長は、勢いをつけて迫ってくる。
「かまわんよ、あとで希望の場所を教えてくれ。」
「ははい、お願いします!」
村長に案内されて、村の教会と言われる掘立小屋にやってきた。
「なんだこれは?馬小屋みたいだな。」
「お、お屋形さま、そんなはっきりとおっしゃっては…」
「は、ははは…」
「中に荷物はあるのか?」
「教本が少々ある程度です。」
「では、それは運び出そう。その後、壊しても問題はないな?」
「ええまあ、特に必要なものもありませんし。」
「では、頼む。雨が降りそうなので、早めに作業したいんだ。」
「わかりました。」
村長は、わずかばかりの教本を持って出て来た。
「では、あとはまかせてくれ。」
「はい。」
村長が下がったので、プルミエが出て来て、レビテーションをかけた。
さすがにハイエルフの魔法はすごいな、掘立小屋がするすると運び出される。
「カズマ、シュノーと同程度のモノでよかろう?」
「そうですね、では、まずは拝殿から行きますか。」
「うむ、わたしはその奥を。」
俺は、魔力を練ると、塀の向こうから土砂を呼び込んで、横十五メートル縦十メートルくらいの建物を立ち上げた。
見る間に建物が立ち上がると、屋根まで一気に積み上がった。
「お屋形さま、私たちは、裏で馬小屋を作ります。」
「ああ、頼む、パリカールも休ませてくれ。」
「かしこまりました。」
「チコ、アンジェラをお願いね。」
「はい、奥さま!」
ティリスは、土魔法って得意じゃなかったのにな。
「村長さま、病人がいましたら案内してくださいな、回復魔法をかけましょう。」
ああ、なるほど、そっちか。
ティリスは、白いローブをひるがえして、村長と村の中に入って行った。
ゴルテスが護衛に付く。
ゲオルグ=ベルンも後を追って行った。
「ちぇっ、過保護だっちゅうの。」
「聖女さまですからな、過剰でけっこうですな。」
ロフノールまで過保護なんだからな。
さて、プルミエの番だ。
みょみょみょ
見る間に土壁が立ち上がり、奥の部屋ができて行く。
中の祭壇やベンチや暖炉を作る。
プルミエが、玄関前に鐘つき堂を立ち上げて行く。
「か、かねつきどう…?」
バカヤロー、なんだこれは!
マゼランの、ノートルダム寺院じゃねえってのよ。
巨大な四角い塔が二本立ち上がって、その間に通路ができている。
入り口の上には、オシリスの聖母子像がででーん。
「おい、これはなんだ。」
プルミエに向き直って、頭を押さえる。
「か、鐘つき堂?」
「疑問符つけて言うんじゃねえよ、どう見ても、これじゃあ後ろが貧相じゃねえか!」
「まあまあ、後で立派にしてやるから。」
「だーかーらー、そう言う問題じゃねえよ、村の規模を考えろよ。」
すったもんだしたが、作っちまったもんはしょうがねえ。
俺たちは、改造に改造を重ね、マゼランのノートルダム寺院に似せて、聖堂を立ち上げるのだった。
「シュノーでも鐘つき堂を作ったけど、鐘がないんだよな。」
「ふむ、青銅でもあれば、鐘が作れるがな。」
チグリスは、鐘つき堂を見上げて独り言。
「あの、鐘ならあります。」
「村長?」
村長は、ティリスの案内を、彼の嫁さんに任せて戻ってきた。
「前に、領主さまからもらったやつがあるんですが、どこにも付けるところがなくて。」
「へえ~、ロワール伯爵は、そんなこともしてるのか。どれ、出してみろよ、俺が吊るしてやる。」
村長は、納屋から高さ五十センチくらいの小さな鐘をだしてきた。」
「ちっさ!まあ、ないよりましだ。」
レビテーションをかけて、鐘つき堂まで鐘を持ち上げて、真ん中に吊るした。
下からロープで引っ張ると、真ん中の槌が鐘を鳴らす。
「こ、これは立派になりました!」
「ああ、村の集会にも使えるだろう?」
「ありがとうございます!すばらしい!ブロワにもこんな立派な聖堂はありませんよ!」
「これも、オシリスさまのお導きってもんだぜ。そのうち、巡礼も来るようになるだろう。」
「まことに左様で。」
「お屋形さま、馬小屋できました。」
「おう、パリカールたちを入れてくれ。もうじき雨が来るぞ。」
初夏の夕暮れは遅いとはいえ、七時近くなれば薄暗くなってくる。
西の空に、少しずつ黒雲も湧いている。
村長に案内されて、井戸の候補地に来ると、パッシブソナーで水源を探す。
「あった、ここだな。」
シュノーの村より深い。
直径一メートル半の穴を、ぐりぐりと掘り込んで行くと、八メートル半ほどで水に当たった。
「ほら、水が出たぞ。」
「おおお!あの固い岩盤が!」
「ああ、あれ岩盤だったのか、やけに固いと思ったけど。」
「はい、あの岩のおかげで井戸が進まなかったのです。」
「その分、この村の地盤はしっかりしていると言うことで、めでたいことさ。」
「はあ、はい。」
井戸の周りに丸く囲いをほどこし、屋根も建てて井戸らしくなった。
「こんな立派な井戸にしていただいて…」
村長涙目で、鼻をかんでいる。
「まあいいじゃないか、もう一本は明日掘ってやるよ。」
「はい、ありがとうございます!」
今回は、プルミエの趣味で、風呂場がかわいらしい感じになっているが、多くは語るまい。
「師匠、水は頼めるか?」
「ああ、いいよ。」
大きい浴槽にたっぷり水を出すプルミエ。
そこに、出力を細く調整したファイヤーボールを放り込む。
じゅわっと湯気が出て、風呂の湯が出来上がる。
「お?こんどはうまく行ったか?」
プルミエが、湯船に手を突っ込むと…
「あちち!まだ熱いわ!」
スパーンと、ハリセンが飛んできた。
「とぅんまてん。」
プルミエは、水を足して水温を下げている。
「まあ、ぐらぐらに沸騰していないだけマシってものだな。」
「進歩してるじゃん。」
「ちょっちだけじゃ!ばかたれ。」
「へーへー。」
ちょうどよくなったんだから、細かいこと言うなよ。
「バカかあんたは!微妙な調整ができなければ、正確な狙撃もできないし、味方を傷つける可能性もあるんだよ!」
俺は、魔法を甘く見ていた。
確かに、味方を撃ってしまう可能性もあるんだ。
フレンドリーファイヤーは、いただけないし、後ろから当てられたらかなわん。
俺の魔法だけ、味方をすり抜けるような器用なマネもできないからな。
あ!
できたらいいな!
「わかった、まじめにやる。」
「それでいい。」
プルミエの説明は、めんどくさくてアカンのだ。
「それはいいから、あんたは子供たちのベッドを作りなさい。」
「ああそうだ、忘れてた。かまどとかはできてるのか?」
「だいじょうぶじゃ。食堂のテーブルとか椅子もできてる。」
「りょーかい。」
一度経験すると、リピートは容易い。
回数を重ねると、速度は半分になる。
夕食の準備になると、村のおかみさんたちも集まってきて、なんだかんだで宴会になってしまうんだ。
「ほえ~!聖女さまなのに、お子様がいらっしゃる!」
「アンジェラです。よろしくお願いします。」
「なんとまあ、聖女さまって結婚しないと思ってましたよ。」
「そんな非人道的なことなら、聖女なんてやりませんよ。私たちは、回復魔法や治癒魔法が使えるだけです。」
「そんなもんですか?」
「ええ、お屋形さまは優しい方ですからね、女性もどんどん寄って来るんですよ。それを捌くのも聖女の仕事です。」
アリス、それはちがうだろう。
聖女は使徒の補佐をするんだろうが。
まあいい。(いいのか?)
なんだかんだで、夜更けまでわいわいと宴会は続いたが、そのうちに雨が降り始めた。
篠突く雨に、村はしんと静まり返ってゆく。
庭の植木も雨にぬれて、嬉しそうだ。
子供たちは、早々にベッドに入って寝てしまったが、三々五々散っていく村人を見送って、キャラバンも眠りに付いた。
「アリス、恵理子のようすはどうだ?」
「ええ、今日は馬車に酔うこともなく、順調に来られたようです。」
「そうか、よかった。」
「お風呂にはずいぶん満足されていたようですよ。」
「そうか、アリスは入ったのか?」
「いえ、これからです。ティリスがアンジェラを入れていたので。」
「そうか。」
俺がくるりと向きを変えると、アリスは腕を掴んできた。
「誘いに来て下さったの?」
「ああ、まあ…」
雨は、夜明けまで降って、止んだようで、陽が昇るころにはすっかり晴れていた。
「おひさまがまぶしいですー。」
恵理子は、外を見て嬉しそうに伸びをしている。
「恵理子、気分はどうだ?」
「へえ、大丈夫です。ウチは、丈夫にできてますよって。」
「それはよかった。」
「ごはんがおいしいですし、先々でお風呂を用意してもらって、衛生面でも満足です。」
「そりゃよかった、苦労のし甲斐があるってもんだ。」
「くろうなんですか?」
「苦労じゃない。」
「よかった。」
「おねえちゃん、今日のレッスンはどうしますか?」
子供たちが、恵理子のそばにやってきた。
「ジャンヌ、お姉ちゃんじゃないって、昨日言ったじゃない。もうお母さんになるんだから、恵理子さまって言うのよ。」
ポーラは、ちょっとお姉さんぶって、子供たちに言う。
「あー、忘れてた。エリコサマ?今日のレッスンはどうしますか?」
「ポーラ、そんなに堅苦しいことしなくてもええのに。」
「こう言うことは、けじめが大事ですよ、恵理子さま。」
「そんなもんですかねえ?」
十二歳になったポーラは、なにかと言うとお姉さんっぽいことを言って、子供たちをしつけようとする。
「あなたはまだまだ子供なんですからね、そんなに気追い込むこともないの。」
「だって、来年は十三歳ですよ。そしたら、お嫁にも行けるんですよ。」
「なんだとー、ポーラをヨメになどやらんぞ!」
「そこで、気合い入れてるお屋形さま、なにをお父さんしてるんですか。」
あはは。
前世の娘は、そりゃあひどかったからな。
「おとーさんのパンツと、あたしのショーツを一緒に洗わないで!」
ってやつ。
俺が五〇歳を超えたころから、ヨメなんて俺より先に起きたこともない。
早起きするのは、歌舞伎を見に行く時ぐらいのものだ。
だから、弁当だって作ってもらったことはない。
自分で詰めて出て行ったさ。
俺も、世間ではATMだったのかねえ?
せめて、今生の娘たちは、優しく優雅に育ってほしいと思ってもいいじゃないか。
「まあいい、朝飯食ったら出かけるか。」
子供たちは、広場で踊りのレッスンを始めた。
ああ、後から入った子供たちが、口あけてびっくりしている。
まあしょうがない、こんな歌も踊りも見たことがなかろう。
特に熱で寝込んでいたカリーナは、熱心に見ている。
ゆっくり見ていると好い。
「お屋形さま、もう一日だけここに居てもいい?」
珍しくポーラが、俺に声をかけて来た。
「どうしたんだ?」
「はい、恵理子さま、強がっていますけど、やっぱり疲れているみたいなんです。」
「そうか?じゃあ、ゆっくりさせてやろうか、ティリスとアリスに聞いてごらん。」
「はい!」
ポーラは、教会に向かってかけていった。
「どうしたんです?」
トラとチコが、近寄ってきた。
「ああ、ポーラが恵理子が疲れているんじゃないかって言うのさ。」
「へえ~、あの子もしっかりしてきましたね。」
「まあ、あの子の言うこともうなずけるにゃ。恵理子さまは、体調がよくないにゃ。」
野生の本能でわかるらしい。
「そうか?どうしたものかな?」
「この際なので、少し落ち着くまで、休んではいかがです?」
「う~ん、でもこの村で数日過ごすのは、どうかな?」
「どこでもいっしょにゃ、お屋形さま、お家建てるにゃ。そこで、しばらく生活するにゃ。」
「じゃあ、村長に相談してくる。」
「はいにゃ、いってらっしゃいませにゃ。」
俺は、その足で村長の家を訪ねた。
「御滞在ですか?」
「ああ、頼めるかな?」
「特に問題はございませんが、食糧などはどうされます?」
「ああ、それは大丈夫だ、多少の蓄えもあるし。なければ、シュノーやブロワに買いに行ってもいい。」
「そう言うことであれば、私どもに否やはございません、男爵さま。」
どうも、備蓄に不安があるらしい、大丈夫か?この村。
「そうかい?じゃあ、しばらく頼むよ。」
俺は、村の周りにある木の囲いに沿って、高さ一メートルの土塀を立ち上げた。
厚みは五〇センチ。
全体で、三.五キロ程度の、かわいいものだ。
上に木柵を立てれば、ホーンラビットやシャドウ=ウルフ程度は防げる。
その作業には、孤児の中から土魔法ができるようになった、ジャッキーやジルバなど、五人が参加している。
この子たちも、鍛えればけっこうな戦力だ。
馬や牛を使わなくても、耕作地を開発できるようになる。
「ぶも~う」
ティリスは、村の外に出て野生のバッファローを集めて来てくれた。
雨期を前にして、妊娠中の牛も多く、ミルクが期待できる。
「たくさん居たわ~。」
バッファローは、全部で三〇頭を越える。
西の湿地帯に居たそうだ。
俺は、追加で柵を作って、放牧場を確保した。
「お屋形さま、あたしがやります。」
ジャッキー(一〇歳)が手を挙げた。
「大丈夫か?」
「厚みはこのくらいですね、任せてください!」
ジャッキーが立ち上げた土塀は、若干ゆがみながらもするすると立ち上がって、二〇メートルほど進んだ。
「おお、うまいうまい!」
「あたしだって!」
ジルバ(十一歳)も走り出して、ジャッキーの作った塀の終点に着いた。
「う~ん!」
にゅにゅにゅにょにょ~ん
さらに二十メートルほど、迷走しながら伸びた。
「うまいうまい!よしよし、みんな上手になったな!」
「あ~ん、なんだか曲がっちゃったよう。」
「大丈夫、明日もう一度外を固めればいいんだ。」
「「はい!」」
土魔法隊は、試行錯誤を繰り返して、牛の放牧場を作っていた。
「おお!なんと、バッファローが!」
村長は、村民に呼ばれて見に来た。
「ああ、これだけいれば、畑の開墾にも使えるぞ。おとなしいのを選んだからな。」
「うっそ~~~ん。」
こらティリス!正直に言うな!
さらに、おばちゃんたちを集めて、瓶を振りまわして作る、バターと生クリームの実演をしてみた。
わずかに、乳絞りでは尻ごみもあったが、さすがにおばちゃんは強い!
すぐにマスターして、牛乳の効力、バターの使い方、生クリームの使い方を覚えて行った。
「お屋形さま!生クリームは嬉しいです!」
アリスが、にこにこしてやってきた。
「なに、やってくれたのはティリスさ、お礼はティリスに言ってやれよ。」
「ありがとうございます、ティリスさま。」
「いえいえ、あたしは恵理子さんの栄養改善が目的ですから。」
「なるほど!それはいいお考えですね。」
「ほわ~!バターの素がいっぱいいる~!」
恵理子は嬉しそうにバッファローを眺めた。
「恵理子さま、恵理子さまの栄養のために、ティリスさまが集めてくださったんですよ。」
「ありがとうございます、ティリスさま。」
「なにをおっしゃいますやら、牛乳を飲んで、良い子を産んでくださいな。」
「御配慮痛み入ります。」
村人に依頼して、草原から草を刈り集めてもらい、牛のえさとした。
これは、そのうち堆肥に変換できるから、すっげえ重要だ、農地の安定化にかなり寄与できそうだ。
ジャッキーたちのおかげで、水飲み場なども作ることができた。
えさ場も必要だな。
村人たちで、手の空いているものは、牛小屋を建てている。
雨降りに、外で乳絞りはかなわんからな。
子供たちの活躍で、大量に作られた生クリームは、今夜のクリームシチューに回された。
恵理子は、大きなケーキを何個も焼いている。
少ない人口で、助け合って暮らすなら、こういうことも可能なのだ。
その点、この村は理想的な場所にあるな。
ロワール伯爵領なところがネックだが、まあ、それも長居する訳じゃないからな。
農業の改善などは、できるだけ指導して行くが、あとは自分で考えろ。
ラルは、馬に乗ってゲオルグ=ベルンと一緒にウサギ狩りに出かけたそうだ。
バッファローのいた湿地帯のそばの草原に向かった。
ゴルテス、ロフノールのおっさんたちも、着いて行っている。
まあ、気晴らしだ。
獲れても獲れなくてもかまいやしない。
ブロワから着いてきた、カリーナとボルク、ライナは、牛に草を食べさせては笑っている。
トラウマが消えるわけではないだろうが、自分たちの存在意義と言うものが確かめられれば、改善もされるだろう。
カリーナは、熱の後遺症もないようだ。
「お屋形さま、牛って大きいですね!」
「カリーナ、牛は利用価値が高いぞ。牛乳は栄養が高いから、お前たちが育つのに十分な栄養がとれる。」
「へえ~。」
「畑を耕したりするのに使えるし、肉はおいしい。」
「そうなんだ。」
おいおい教えていかなければな。
俺は、少し乱暴にカリーナの頭をぐりぐりした。
ボルクがうらやましそうにしているので、呼び寄せてぐりぐりする。
二本目の井戸は、村の反対側に設置した。
プルミエが面白がって、風呂場と洗濯場を増設したりするもんだから、えらい騒ぎになった。
しょうがないから、前に拾って来た青銅の盾を風呂の隅に埋め込んで、焚口を追加したさ。
だって、ここの村には、魔法使いが居ないからさ。
水をお湯にするには、マキが必要なんだ。
もっとも、その焚きかたもレクチャーしないと、だれもわからんしな。
アンボワーズの村のおかみさんたちは、モノ覚えがいいので助かる。
あとは、地域で相談して、利用方法を考えてくれ。
「男爵さま、洗濯場はうれしいですよ。」
「そうか?プルミエは伊達に年とってないからな。」
「伊達とはなんじゃ。」
「え?ハイエルフでごひゃくねん…」
「うるしゃい。」
プルミエは、俺の口を物理的に閉じようとして、杖が俺の額に当たった。
「うぎゃ~!」
「あ、ごめん。」
昼を過ぎて、もう一仕事。
教会の横に、住居を建てることにした。
この際だから、ちょっと凝った建物で、二階建ての洋風アパート。
子供たちが喜びそうな、メルヘン調。
元が土ばっかりなので、あんまきれいにはならんが、まあまあ可愛い感じに仕上がった。
もちろん、風呂も食堂もちゃんとしてあるよ。
だいたい二〇部屋くらいある学校みたいなものになってしまったが。
まあいいだろう。
「お屋形さま、すげえなあ。」
シュノーから着いてきたボルク(十二歳男子)は、アパートを見上げて驚いた。
「なに、お前も修行すれば、このくらいはできるようになるさ。」
「ほんとかい?」
「まあ、やれるだけやってみろ。ラルだって、最初は着火だけしかできなかったんだ。」
「ラルさん?へえ~。」
ラルも、今ではマジックアロー五本同時発射など、芸が多彩になってきた。
(芸なのか?)
それを思えば、土魔法の適性などは、育ててみないとわからんからな。
「ほわ~!お屋形さま、これはええですねえ。」
「そうだろ?みんなが快適でないとな。」
「ほなウチは、一階の部屋をもらいましょ~。」
「おいおい、いつまで住むつもりだよ。」
「えへへ~、ほんでも休むにはええですよ。」
「まあな、ティリス、アリス、子供たちを割り振ってくれ。」
「かしこまりました。」
そのうち、これも学校として使うといいがな。
村の子供たちにも、ここに滞在している間に読み書きくらいは教えると好いな。
それこそ、聖女の仕事だ。
カリーナやボルクは、まだ何も覚えていないしな。
みんなで教会の中からベッドなどを運び込んだ。
いや~、新しく作ればいいんだけど、さすがに魔力が限界。
ちょっちやりすぎたわ。
「お屋形さま、少しは加減と言うものをですね…」
ティリスにまでしかられた。
ぐっすし…
「だあ。」
アンジェラだけがなぐさめてくれた。
狩りに出かけていたラルは、前方に気配を感じた。
「んん、なにかいる。」
「どっちじゃ?」
「あっちだ、数は三、たぶんホーンラビット。」
頭に一本白い角がついているウサギ、好戦的でなににでもケンカを売っている。
自分より強い相手にも平気で襲いかかる性質がある、迷惑な奴。
オオカミみたいに、群れで襲ってくるときもある。
いつも一匹で居る普通のウサギより厄介な存在。
「そいつはおあつらえむきだな、恵理子さまに毛皮を用意できる。」
ゲオルグ=ベルンがにやりと笑う。
「あ、それ、賛成。」
ラルも、親指をあげてサムズアップした。
「じゃあ、俺がおびき出すよ。」
ラルは、右手をのばして、ウサギの居る方向へマジックアローを打ち出した。
おいおい、なんだその本数は。
十本くらい出てるじゃないか、成長したな。
「俺だって、いちゅまでも子供じゃないやい。」
いや、おまえ、噛んでるし。
すぱぱぱぱぱ
攻撃に敏感に反応したボーンラビットは、攻撃目標を見つけて走り出す。
「来たようじゃの。」
ロフノールが、手槍をぎりりと握りしめた。
「獲物は三羽しかおらん、お主の分はないぞ。」
ゴルテスが、すすっと前に出た。
「なにおう、お主が遠慮すればよかろう。」
「おっさんたち、来るぞ!」
ラルは、正確な照準で、ホーンラビットの眉間を一撃し、マジックアローで仕留めた。
「なんと!やるではないか。」
ロフノールが驚いている間に、ゲオルグが一羽の喉を切り裂いた。
一撃である。
「そりゃ!」
ゴルテスの槍が、最後の一羽の喉をえぐった。
「あ、コンチキショウ!わしの分がないではないか!」
「早い者勝ちじゃ。」
「よし、次じゃ!ラル、次を探すのじゃ。」
「へいへい。」
ウサギを素早く革袋に収納して、ラルはアクティブソナーを展開した。
この辺、カズマと行動をしてきて、徐々に覚えたらしい。
見て覚えるなんて、ある種の天才だな。
「ねえ、あそこで怖い顔してこっちをにらんでるの、オオイノシシじゃね?」
見れば、森の入り口付近に三頭のイノシシが、こちらを睨んで前足をがしがしと動かしている。
あれは、すぐに飛び出して、こちらを攻撃しようと言う意思が、ありありと見える。
「さすがにあれは、一撃ではむずかしいの。」
ゴルテスの声に、ゲオルグが答える。
「あれを一撃で倒す、お屋形さまのほうが異常なんです。」
「「「確かに。」」」
「なんとか、牽制しながら、一頭ずつやりましょう。」
「じゃあ、右のは俺が誘導する。」
「わかった、ラル、頼む。俺は左だ。」
「では、我らで真ん中をやろう、よいかユリウス。」
「心得たり、マリウス。」
こう言うときは、兄弟のように連携する、ゴルテスとロフノールである。
「そーれ、くらえー!」
ラルは、マジックアローを連射しながら、オオイノシシの進路を誘導し、仲間から引き離している。
「どわー!」
その横を激しく地面を揺らして、オオイノシシが突進していく。
なにしろ、全長三メートル、体重一・五トンはありそうな巨体である。
かすっただけでも大けがをしそうだ。
空中で一回転して着地したラルは、弾道軌道でマジックアローを打ち出す。
方向転換をしようとするオオイノシシの後方から、背中に向かってマジックアローが突き刺さる。
背中から盛大に血を噴き出しながら、方向を変えたオオイノシシが、再びラルに迫る。
大迫力のオオイノシシの顔を見ながら、魔力を練ったラルは、落ち着いてファイヤーアローを眉間に撃ちこむ。
がぼお!っという派手な音と共に、オオイノシシの眉間が割れた。
大量の血を噴き出し、その目を塞ぐが、怒り狂ったオオイノシシは構わない。
「ちくしょう!これでもだめかよ!」
ラルは、ハンドソードをしっかりと握りしめる。
オオイノシシは、かすかに見えるラルを標的として、一気に迫ってきた。
「うう!」
恐れと、意地が交錯するラルの思考の中で、目に映っているのはファイヤーアローがえぐった傷跡。
ラルは、その傷跡目がけて、ショートソードを突き出した。
ごきい!
鈍い音がして、ラルのショートソードはオオイノシシの眉間に吸い込まれた。
土煙を上げながら、ラルの前をスライディングするオオイノシシ。
ぴくぴくと、痙攣をしながら、それでも立ち上がろうとあがく。
ラルは、落ち着いて風と水の魔法を組み合わせて、雷を作りだした。
ばしい!と青白い光が走って、オオイノシシの眉間に刺さったショートソードに落雷する。
びくりと体を緊張させて、そののちぐったりと四肢を投げ出すオオイノシシ。
「勝った…」
ゲオルグ=ベルンに至っては、これもかなりの苦戦である。
それと言うのも、ラルに向かったオオイノシシよりも一回り大きいのだ。
身長三メートル半、体重も二トンに迫ろうと言う大きさで、地響きを立てて迫る様子は重戦車。
旧ドイツ軍のエレファント戦車もかくやと言ういでたちだ。
ビビらないように構えるだけでも、精神力をゴリゴリ消費する。
それでも、腰が引けなかっただけマシってもので。
すれ違いざまに、首筋のみを攻撃している。
これで何度目だろうか、だんだん疲労の色が濃くなってきた。
対して、オオイノシシも必死だ。
体のあちこちに切り傷を付けられ、出血量もハンパでない。
少しずつ低下する体力とライフに、思考はどんどん鈍化する。
もはや、敵を認識するだけで、精一杯の状態だ。
「ファイヤーアロー!」
後方からもの凄い勢いで飛んできた火魔法が、オオイノシシの眉間に刺さった。
よろよろと力なく迫るオオイノシシの首に、深々と槍を差し入れて、ゲオルグは止めを刺した。
「ごめん、よけいなことしたかな。」
「いや、よくやった。助かったよ。」
「おのれえい!」
ぐさりと前足の付け根をえぐる、ゴルテスの槍。
「そい!」
横合いから、ロフノールが首筋に一撃を加えたので、大量に血が噴き出した。
そのせいで、前足が上げられないため、オオイノシシは前足で空を切る。
「もういっちょう!」
今度は上からぐさりと首に槍をえぐり込まれて、とうとう息絶えた。
「手間を取らせおって。」
「ふえ~、さすがにこれだけ手数をかけては疲れるわい。」
ゴルテスは、地面に尻餅をついた。
「御老体、だいじょうぶか?」
「こりゃ!ゲオルグ、ワシはまだ四〇ぢゃ!」
「そうじゃそうじゃ、まだ年寄りではないわい。」
おじさん二人組は、威勢がいい。
「あ~、ショートソードがぼろぼろになった。」
ラルは、しょげた顔でオオイノシシに刺さったショートソードを抜き取った。
「そりゃあしょうがない、いきなりサンダー喰らったら、鉄の剣などひとたまりもあるまい。」
「まあ、そうなんだけど、いままではこんなことなかったんだ。」
そこへ、ゴルテスとロフノールがやってきた。
「なに、ラルの魔力がそれだけ上がったということじゃ。めでたいの。」
「さようじゃ、お主も日々成長しとるのう。」
二人は、オオイノシシを確認している。
「それにしても、このサイズを子供一人で倒すとは、先々楽しみじゃのう。」
「まったくじゃ、しかも、毛皮の損傷も我々より少ないではないか。」
「これは、お屋形さまのためにも、いい兵士になるぞい。」
「楽しみじゃのう。」
二人は顔を見合わせて笑った。
「おっさんたち、すでに孫を見る爺さんの目だぞ。」
「なにを言う!お主のオオイノシシは、傷が多すぎる。」
「そうじゃ、毛皮が使えんではないか。」
「そ、そんなことあるか!ちゃんと首に攻撃を集中してだなあ!」
ぎゃいぎゃいとわめきあう大人たちをしり目に、ラルは、己の手を見つめていた。
「俺の魔力が上がっている?そうか、もっともっと強くなれるんだ。」
自分の成長に、身震いをするほど嬉しいラルであった。
「今日の獲物は、このくらいでどうです?」
ゲオルグは、ゴルテスとロフノールに聞いた。
「おお、みんなで喰うには十分じゃろう。」
「喰いきれんよ。」
四人は、馬を返して帰路についた。
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