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第六十七話 お客さん困ります
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その日、ロワール伯爵領 領都ブロワの門番は、変わった一団を受け付けた。
そのキャラバンは、城門に現れた時から異彩を放っていた。
とにかく女性率が高い。
一対三くらいの割合で、女ばっかりだ。
先頭にロバの幌馬車、あとに二台の幌馬車、残りは歩きだったり、馬だったりするが。
着の身着のままかと思うと、妙に小ざっぱりしている。
たぶん、レジオ領を経由して来たんだろう。
あそこからは、三日くらいでここブロワに着く。
その間、農村が三つくらいあるから野宿の心配もないが、三〇人余りの止まれる宿があっただろうか?
しかも、子供が二〇人くらい居る。
子供たちは、みなよく肥えていて、貧相な様子はない。
ああ、ちゃんと食べさせているのだなと、よくわかる。
来ているものもちゃんとしていて、子供の前掛けも真っ白なところを見ると、着替えもあるんだ。
みな元気で、走っている子もいる。
先頭の馬車の荷台では、乳飲み子を抱いた若い女、教会のシスターのように、ベールをかけている女も居る。
みな、顔色もよく、疲れた様子もない。
城門の警備をして長いが、こんな裕福そうなキャラバンは、見たことがない。
また、屈強な兵士も何人か居るから、盗賊も寄ってこなかったんだろうな。
あ!幌馬車の後ろに、二十人以上も縛られた男がいるじゃないか!
なんとまあ、盗賊退治までしてきたのかよ!
「とまれー!」
警備兵のかけた声に、馬車は速度を落とした。
ブロワの城壁は、全長が三〇キロもある立派なもので、城門もそれに見合う堅固なものだ。
それが周囲に六つ開いている。
各城門の横には、さらに高い物見の塔が立っていて、そこから周囲を監視している。
城壁の周りには幅十メートルの堀がめぐらされ、ちょっとやそっとの魔物では入り込めない。
ここ、北の城門は王都からのキャラバンも多いため、城門も二つ開いていて、貴族用と商隊用に分かれている。
「このキャラバンの責任者は、だれか?」
「俺だよ。」
リュートを持った若者が、冒険者ギルドのギルドカードを出して見せた。
「B級?すごいな。このキャラバンは、みんなパーティなのか?」
「ああ、みんな家族だからな。」
「じゃあ、名簿を見せてくれ、身分証があれば入城税はいらない。」
「おっと、それはここにあるよ、全員の身分証もある。」
「ちょっと待ってくれ。」
三十七人分の身分証を照会するには手間がかかる。
少々待たされて、カズマ達はロワール伯爵領の主都、ブロワ城塞都市に入ったのだった。
「うわー、お屋形さま~、大きいまちだねー。」
「そうだな、みんな宿が決まるまで、その辺に行っちゃだめだぞ。迷子になったら大変だからな。」
「「「はーい。」」」
旅路の間は、緊張していたのか口数も少なかった子供たちだが、街に入って安心したのかきょろきょろと周りを見回している。
とりあえず、馬車の後ろに縛っている盗賊を、冒険者ギルドに引き渡しに行く。
「はあ?二十九人ですか?」
「そうだよ、冒険者崩れも居るかもしれんので、確認してくれるか?」
「ははい、わかりました。連絡はどうします?」
「宿が決まったら、使いを寄こす。」
「わかりました、ではこの預かり証をお持ちください。」
「ありがとう。」
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冒険者ギルドの若い職員は、B級のカードにビビって丁寧に対応している。
レジオを出て、すぐに襲って来た盗賊は、ゲオルグがなぎ倒してしまい、手足がポキポキになってしまった。
しょうがないので、適当にヒールをかけて、歩けるようにしてロープでつないできた。
街道に出るたんびに、盗賊が寄ってきたので、おもしろがって捕まえていたら、二十九人になったと言うわけだ。
途中の村では、引き取りに迷惑そうな顔をしたので、ここブロワまで引きずってきた。
しょうがないわな。
諸事情により、ウォルフはまだレジオに残っている。
いろいろと受け渡しが必要だ。
それが済めば、連絡が入るようになっている。
カズマたちは、街の北側にある商人宿を取った。
全員が入れる宿が、ここしかなかったんだ。
しょうがないわな、なにせい人数が多い。
子供も多い。
そう長く居るつもりもないので、大した問題じゃない。
ブロワの町は、黒っぽい青瓦で屋根を葺いて、白い壁の石造りの建物が多い。
ロワール川沿いに、段丘のように積み上げた感じだが、南に向かうにつれて平地になってゆく。
広々とした裾野を持つ、扇状地のようになっている。
道はすべてが石畳で舗装されていて、環境は良さそうだ。
繁茂に行き買う馬車が、領地の豊かさを伝えている。
なかなかやるな、ロワール伯爵。
段丘から見下ろすと、外壁の外にも農地が広がり、そのずっと向こうに深い森(幅二十キロくらいあるんだけど。)。
森の向こうは、ダイアナ峡谷で、すっぱり切れ落ちている。
ダイアナ峡谷は、ロワール領の近くで八十キロの幅がある。
カズマの見つけた五十キロの狭間は、もう少し東側になる。
つまり、ブロワの南東門から出ればいいわけだ。
南東門の向こうには、緑の丘陵地になっていて、農地の向こうは丘と森だ。
「お屋形さま、すばらしい眺めですね。」
横からティリスがアンジェラを抱いて声をかけて来た。
「そうだな、あそこで森が切れているだろう?あれがダイアナ峡谷だ。」
「まあ!早く見てみたいですわ!」
アリスは、俺の腕につかまるようにして、はるかかなたを見つめている。」
「ふぉふぉふぉ!この年になって、また冒険の旅ができるとは、人生捨てたものではないですな。」
「ゴルテス、この年ってほど枯れたもんでもないだろう。」
ユリウス=ゴルテスは今年四十一になる。
シブい武田鉄也と言った風貌だ。
「いやいや、お屋形さまの倍は生きておりますからな。」
「ちぇっ、ワカゾーですいませんね。」
「わははははは!お屋形さま、楽しい旅ではないですか。」
マリウス=ロフノールは、豪快に笑って見せた。
いぶし銀、前田吟。
「ま、ロフノールは盗賊ぶんなぐって楽しいだろうさ。」
「あれは、ゲオルグ=ベルンが暴れただけでしょうが。」
「あ!あ!ロフノールどの、それはひどいですぞ、拙者なでただけでござる。」
「なでただけで、骨折するかよ!」
まったくどいつもこいつも、剛の者なんてなまやさしいものじゃあない。
それでも、みんなを守れるので安心している。
ゲオルグ=ベルンは、流れ者で武者修行しながらレジオの復興に参加してくれた。
兵士の訓練や、町の警護などに多大な貢献があるが、あっさり捨てて着いてきた。
物好きなやつだ。
「お屋形さま、宿が決まったよって、市場を見てきてもええ?」
聖女・恵理子が、馬車の横から声をかけてきた。
「子供たちも行くのか?」
「へえ、そうです。」
「じゃあ、これ持っていけ、丸腰じゃ市場も楽しくない。」
俺は、銀貨の入った皮袋を差し出した。
「ええんですか?ウチも多少なら。」
「いいさ、それにこれなら、買ったものが入れてこられる。」
「なるほど、いただきます。」
恵理子は、子供たちをつれて、町の市場に向かう。
ゴルテスとロフノールも、後ろから着いて行った。
子供たちは、きゃーきゃー言いながら、市場を冷やかしている。
「お屋形さま、ここにはどのくらい居ます?」
アリスが、こちらを見上げて言う。
「そうだな、みんなを少し休ませたいから、三日くらいかな。」
「そうですか、ではその間に食べ物を少し買い込んでおきませんと、このあとは塩などにも困るかもしれません。」
「そうだな、その辺はメイドたちと頼めるか?」
「はい、かしこまりました。」
アリスは、俺の手を離すと、メイド三人を連れて町へ出た。
「ねえカズマ、アンジェラのものも少し欲しいわ。」
「そうだな、セバスチャン、頼めるか?」
カズマは、執事のセバスチャンに聞いた。
執事と言えば、セバスチャンである。
「はい、旦那さま。」
「ティリス、アリスと買い物に行って来るといい。」
「はい、行ってきます。」
ティリストアリスは、セバスチャンを連れて、街に買い物に出かけた。
カズマは、ぶらぶらと町を歩いて、町並みを眺めた。
街道はおよそ二十メートルほどか、馬車が悠々すれちがえる幅がある。
街角のカフェは、道にせりだしてテーブルがならび、石畳はきれいに整えられている。
ロワール伯爵は、なかなか治世が上手と見える。
召使二人を連れて、市場にさしかかると、恵理子が露天を覗き込んでいるのが見えた。
「恵理子。」
「お屋形さま!ここは品揃えがよろしゅうございますよ。」
「そうか、子供たちは?」
「はい、お小遣いを渡したら、屋台にお菓子を買いに向かいました。」
「そうか、迷子にならねば良いが。」
「大丈夫ですよ、二~三人組で歩くよう言いつけてあります。」
「…であるか。」
「まあ、ロワール伯爵領を楽しみましょう。」
「そうだな。」
二人で泉の広場に出た。
屋台がずらりと並んでいるが、なにやら人の寄りが悪い。
昼下がりに閑散としているのは、なにやら寂しい。
そう言うと、恵理子はにんまりと笑った。
「レジオ歌劇団!しゅうごう!」
手を上げて叫ぶと、市場の中からわらわらと孤児院の娘たちが駆け寄ってきた。
二十人きっちり居る。
「ワンツースリーフォー!」
ちょちょちょっとまて、おねさん!
なにその定番!
しかもバミってもないのに、全員のポジションがしっかり定まっていて、乱れもない。
アカペラであるくせに、リズムに狂いもない。
俺は、広場の吟遊詩人の持っていたリュートを奪うと、すぐに伴奏をつけた。
「ないす!お屋形さま」
孤児院の娘たちをバックに、恵理子は歌い踊る。
たちまち、泉の広場は歌劇団の舞台となった。
歌い踊る恵理子たちを、一目見ようと続々と市場の客が集まってくる。
広場は黒山の人だかりとなった。
「まあまあ、恵理子さんたちの人気は、ブロワに来ても確かなこと。」
アリス、落ち着いていないでなんとかして~。
「アリス、ついでに辻説法でもしたら?」
ティリスが、アンジェラを抱き上げながら言う。
「この喧騒では、無理です。」
「そうね~。」
見物客は、口々に歌劇団のうわさをしている。
曰く
「おれ、レジオの劇場で見たぞ、あの歌劇団だ。」
「ほえ~、うまいもんだねえ。」
「まるで聞いたこともない歌だな。」
「曲も、辛気臭い歌でないねえ、こんな明るい音楽は初めてじゃ。」
「あの真ん中の子、レジオでも見たよ。黒髪、黒目でこのへんにはあまりいない子だから。」
「ああ、俺も見た。」
「ホンモノのエリコさまだー!」
「ホンモノだー!」
レジオ歌劇団が本物だと知れて、オタクたちが騒ぎ始めた。
「は~い、レジオ歌劇団です。本日ブロワの町には初お目見え!みなさまお楽しみいただけましたか?」
「「「おおおー!」」」
「仮公演ではございますが、お楽しみいただければ幸いでございます。では、次の曲。」
え~!!!
まだやるの?
エリコは、後ろ手で指を三本出している、アレか…
川…だな。
子供たちは、ひざをたたきながら前に出る。
三曲踊ったところで終了とした。
子供たちは、帽子をひっくり返して観衆の前に出る。
銀貨、銅貨がえらい勢いで放り投げられた。
「いてててて!こりゃかなわん。」
『これは、なんの騒ぎだ。』
突然、広場の入り口から、兵士の誰何する声がしてきた。
なにやら兵士の集団がやってきた。
いや、兵士ではない、上等の上着を着た壮年の男性。
「ロワール伯爵さま!」
民衆がさっと割れるのが見えた。
俺は、子供たちの前に進み出る。
ロワール伯爵は、馬を進めると俺と目が合った。
「レジオ男爵?レジオ男爵ではないか!こんなところでいかがした。」
「あはは、見つかってしもうた。一瞥以来ですな、ロワール伯爵様。」
ロワール伯爵は、ひらりと馬を下りると駆け寄ってきた。
「立ち話もなんだ、屋敷に寄ってはどうだ?」
伯爵は、カズマの手を握ると、もどかしげに声を上げた。
「うんまあ、今日は子供たちもいるし。」
「かまうものか、王国に名高いレジオ歌劇団のお嬢さんたちではないか、むしろ歓迎するぞ。」
俺が困っていると、ティリスとアリスティアが前に出た。
「おお、聖女様もいらっしゃるではないか、歓迎いたしますぞ。」
二人は優雅にひざを折った。
「みなのもの!名高いレジオの聖女殿だ!ありがたいではないか、このブロワにお立ち寄りくださったぞ!」
「「「「おおおー!」」」」
アリスが前に出て、頭を下げた。
「みなさまに、オシリスさまの祝福を。」
両手を広げて、祝福をまくと、その場のみながひざまずいて祈りをささげた。
金色のエフェクトが、あたりに広がる。
「なんとありがたいお姿ではないか。レジオ男爵、よく来てくれた。」
「しょうがないなあ、旅の途中でな、そこのカフェでお茶でもいかがですか?」
「うむ、よかろう子供たちに菓子でも出そうか。」
「いや、お気遣いなく。」
俺は、リュートを吟遊詩人に返すと、カフェに向かった。
ティリスとアリスも着いてくるし、エリコたちも一緒に来るので、群集も一緒になって移動しているようだ。
カフェに入った俺たちを遠巻きに見ている。
あ、エリコのやつカフェの外席で、握手会始めやがった。
ゴルテスとロフノールが、さりげなく子供たちを守り、召使とメイドも囲むように配置している。
これなら良かろう。
「旅の途中とは、どう言うことだ?」
「なに、レジオを追い出されたので、出てきたのだ。」
「なんだと!穏やかでないな。」
「聞いているだろう?オルレアン公爵と、戦をしたのだ。コテンパンにのしてやったので、責任を取って領地を返した。」
「返した?」
「今は、唯人のカズマだよ。」
「なんと!それならブロワに住めば良いではないか。」
「それではお主に迷惑がかかる。俺は南の樹海に向かう。」
「はあ?迷惑などと思うわけがなかろうが。だいたい、あっちにはダイアナ峡谷しかないぞ。」
「そのダイアナ峡谷を越えるのさ。オシリス女神はそうお望みだ。」
ロワール伯爵は、軽く眉をあげた。
「神託があったのか?」
俺は、重々しく頷いた。
「そのとおり。なにしろ二人の聖女がついているからな。」
「なんと!」
「黎明の魔女、プルミエにも言われた。古<いにしえ>の都を探せと。」
「そんなもの、伝説に残るだけではないか。いや、しかし黎明の魔女が言うのか…」
ロワール伯爵は、腕を組んで上を見上げる。
「そうなんだ、あの樹海の中には黎明の魔女の言う、古代の都が眠っているらしい。だから、俺たちはそこに向かう。」
「いや、向かうって、女子供を連れての旅など、無理だ。」
「しかし、みな俺の家族でな、捨てていくわけにもいかんのよ。みな行く当てもない身の上でなあ。」
「そうか、まあ無理は言うまいよ。ここに居る間は不自由させんので、なんなりと言うがいい。」
「かたじけない。ブロワの民たちは、みな気前がいいのう。子供たちにやんやの喝采をくれた。」
「そりゃあお前、レジオ歌劇団をナマで見せられたんだから喜ぶわい。」
「ははは、そりゃよかった。明日も公演してやろう。」
「うわさを聞いて、どんどん人が来るじゃないか。」
「ブロワが栄えてうれしい限りだな。」
「まったくだ。」
「ロワール伯爵様、お気遣いありがとうございます。」
ティリスがアンジェラを抱いて頭を下げた。
「おお、聖女どの。これは男爵のお子か?」
「は、アンジェラと申します。」
「なんとなんと、かわいいお子ではないか。」
「抱いてみます?」
「む、だいじょうぶかのう?」
ロワ-ル伯爵は、四十六歳。ほとんど孫を見る、爺様の気分だな。
おっかなびっくりアンジェラを抱き上げると、アンジェラがむずかって泣き始めた。
「わははは、伯爵殿、嫌われましたな。」
「なんじゃ、ゴルテス殿。お主、外の警備でないのか?」
「ひと段落でござるよ。どれ、こちらへお渡しくだされ。」
ゴルテスが抱き上げると、アンジェラはぴたりと泣き止み、きゃっきゃと笑い始めた。
「むむう…!」
「ユリウス殿は、抱きなれているのでございますよ。いつも、用もないのにアンジェラをかまいにまいりますの。」
ティリスは、にこにこと笑って、ロワール伯爵に話かけた。
「暇なやつめ。自分の孫とでも思っているのだろう。」
ロワール伯爵は、ちょっと顔をゆがめてゴルテスを見た。
ゴルテスは、アンジェラを抱いたまま、高笑いをした。
アンジェラは、それにも慣れているのか、きゃっきゃと笑う。
「わははははは!なにせい、レジオは平和でござるからのう。」
笑うゴルテスに、伯爵は難しい顔をした。
「オルレアン公爵軍五千、国軍二千が攻めてきて、平和かのう?」
「一日で全滅でござるよ。たいしたこたぁござらん。」
ゴルテスが、澄まして言うと、伯爵は目を光らせた。
「本当のことなのか?」
「昨日の今日でござるよ。こちらさまの喇叭<らっぱ>は報告が遅うござるな。」
ロワール伯爵は、ちょっと悔しそうに顔をゆがめた。
「で、どうだった?」
「訓練不足の上、いやいや来たような軍隊など、ものの役には立ち申さず。」
ゴルテスは、ますます高笑い。
若干、耳に響く。
うるさい。
「士気は低かったな。こちらは事前の準備にかなり時間をかけたし。」
カズマは、あまり乗り気ではないような話題である。
アリスが付け足す。
「なにより、わが方に死者が一人も出なかったのは、ありがたかったですわ。」
「ひとりもか!」
「はい、ひとりもでございます。」
ロワール伯爵は、あきれたような顔になった。
カズマは、作戦を説明した。
どうせ隠すようなものでもないしな。
「遠距離攻撃中心に、魔法部隊も攻撃距離を倍になるまで訓練したんだ。その上で、馬防柵と落とし穴でやっつけた。」
「お、おとしあな~?」
「ああ、ついでに穴の中に水入れてやったら、鎧が重くて上がれなくなった。」
「わははははは!オルレアン公爵自慢の重装騎兵が来たら、ひとたまりもないな。」
「さよう、全員泥団子でござった。」
「わはははは!オルレアン公爵の泣きっ面が目に浮かぶわい。」
ロワール伯爵は豪快に笑った。
このおっさんは、広大な森からの魔物の侵攻を阻止し続けていることからも、かなりの実力者だと知れる。
その上で、王国の支配に関して、あまり気にしたところもない。
自領の安全と、住民の生活を第一に考えているからだ。
ま、自給自足できる環境を持っている。
農業に力を入れている証拠だ。
貴族として、指導者として、信頼に足る人物と言える。
「ま、わが方は魔物との戦いがメインだからな、気を抜いていればやられることがわかっている。訓練も気が抜けん。」
「そうでしょうね。街中の兵士もきびきびしている。」
「よく見ているな。ウチには攻め込むなよ。」
「いまや、俺の手勢はヨメと孤児二〇人だぜ。ゴルテス・ロフノールは別だが。」
「わはは!それでもレジオ男爵は侮れんよ。」
「まあ、大僧正みたいにいじめてやればいいけど。」
「なにやったんだ?」
「聞いてないのか?王都の本部教会をドラゴンがぶっ壊した件。」
「へえ~、そんなことがあったのか。」
ひとしきり情報交換したのち、ロワール伯爵とは分かれた。
変に屋敷に滞在などしたら、彼に迷惑がかかる。
剛毅な彼は、そんなことは気にしないだろうが、肝っ玉の小さい宮廷スズメにはそんな機微はわからない。
いやみと陰口が飛び交うのは目に見えている。
まったく、王国の未来が心配だ。
かと言って、カズマがどうこう出来るものでもない、自分の王国だったら処刑してやるが。
だから捨てて来たと言うのもあるな、あはは。
付き合いきれんよ。
出来る限り、小麦粉だの塩だの砂糖だのと買い込んで、時間経過しない袋に詰め込んだ。
それを小分けにして、アリスとティリスに持たせる。
もちろん、恵理子にもラルにもだ。
これは、多少はぐれても食いっぱぐれがないようにと、気配りしたのだ。
これから向かうのは、人跡未踏の森林で、ダイアナ峡谷から向こうは、行った人も居ないくらいヤバげなところだ。
攻略本もないのに、クソゲーさせられる感覚だな。
自分のレベル以上に魔物が出たら、逃げるの選択があればマシなほうだが、アンジェラが居る手前、逃げられないのも事実だ。
願わくば、ゴブリン程度の弱キャラがいいんだけどな。
ブロワの宿は、商人宿なのでかなり狭い。
ツインの部屋でも、ほとんどベッドで、窓際に少し五〇センチ程度のテーブルがあり、丸椅子がある程度だ。
「カズマ、お茶でもいかが?」
「そうだな、もらおうかな。」
アンジェラをベッドに寝かせて、ティリスは魔法で湯を沸かした。
「宿にお風呂があって良かったわね。」
「それは一番に確認したさ。子供たちも居るし、少しでも快適でないとな。」
「でも、森に入ったらそれも難しいんでしょう?」
「まあな、水場でもあれば、なんとかしてやるさ。」
「そう?よかった~、お風呂ないと大変だもの。アンジェラのおむつとか。」
「そのくらいなら、俺のクリーンできれいにしてやるさ。」
「あたしも?」
「お前は面積がな~。」
「なによ、太いとでも言うつもり?」
「いえいえ、そんなことは。」
防音の魔法は、こんな宿にはかなり有効なんだよな。
夜は更けて行った。
翌日、また屋台を回ろうと市場に向かったところ、数馬たちは市場の客に一斉に囲まれてしまった。
「な、なんだ?」
「ダンナ!歌劇団は今日もやるのかい?」
「子供たちはどこだ?」
「エリコさまー!」
勝手なことを言いやがる。
「ああ?こんな早くからやらないよ。子供たちはまだ寝てるよ。やるのはお昼からだ。」
「「「え~!」」」
俺たちは旅の途中なんだからと、言い聞かせて人垣を解散させた。
市場の串焼き屋に寄ると、感謝された。
「いや~、子供たちのおかげで、昨日は売り切れだったよ。今日もやってくれるとうれしいな。」
「ああ、昼からやるよ。」
「ほんとか?じゃあ、もう少し仕入れておかないとな、すっげえ大儲け!」
「はは、そりゃ良かった。」
串焼き屋の午前の分は、全部買い込んだ。
袋から大鍋を出して、隣のスープ屋のスープも全部買い込んだ。
三〇人分となると、甘いことは言ってられない。
どこまで時間がかかるかもわからんしな。
まあ、喰い物無くなっても、転位でここまで来れば、食糧は確保できるが。
用心に越したことはない。
空間魔法を教えてくれたルイラには、感謝しきりだ。
「あたしには感謝をささげないのかい?」
「プルミエ!」
「師匠とお呼び!」
「へへ~!」
アホな遊びはこんくらいにして。
「どうしてここに?」
「ああ、あたしの用事を片して、ようやっと出て来たんだ。少し付き合わせてもらうよ。古代の遺跡って言うのが、すっごく気になってね。」
「それはなによ?単なる考古学?」
「まあそう。古代の都なんて、一度でいいから見てみたいじゃない。」
「俺もそう思う。だいたいの目星もついてるし。」
「そうなの?」
「川沿いでないと、人は生きられないだろう?川に沿って移動すればいいんじゃないか?」
「そういうことかい?まあ、間違っちゃいないだろうけど、ザッパすぎるよ。」
「空から見てもわからんかったぞ。」
「そう?万年単位のハナシだからね、森の木も万年単位で生えているんだろう。川だってそのころもままとは限らないよ。」
カズマたちは、カフェに移動して、テーブルに付いた。
「プルミエ、これ食べる?」
カズマは、革袋からオシリスマスのケーキの残りを出してやった。
「なんじゃこれは?」
「オシリスに飾ったケーキ。あまいぞ。」
「ほう、そうかえ?」
小さなフォークを手に持って、ケーキをさくりと切りとる。
「ほう!なるほどうまいな。こんなものを隠し持っていたとはな。」
「まあ、ただの残りだよ。気にいればよかった。」
「うん。」
プルミエは、夢中でケーキを食べている。
カズマは、お茶を持ち上げて、ゆっくりその香りを楽しんだ。
残念女神のオシリスマスを、盛大にやってやったが、残念なままだな。
『それは、ひどいわ、カズマ。』
『勝手に人の頭の中を覗くな。よ~し、こうなったらほれほれ、オシリスのお尻をイメージするぞ~。』
『やめて!やーめーて~!』
『なんだよ、急に。』
『残念女神なんて言うから。』
『残念じゃん。用はそれだけか?』
『それだけ…』
女神は引っ込んで行った。
「まったく、オシリス女神をぞんざいに扱いおって、とんでもないやつだな。」
「いいんだよ、俺がこっちに来たのもあいつのせいなんだから。」
「そうなのか?」
「詳しくは、女神の規制が入っていて話せない。」
「へ~、そうなんだ。」
「まあいいさ、プルミエと話している時に、横入りしてきたということは、遺跡があると言うことだろう。」
「そうかもね、探してみればいいことがあるよ。」
「そうか、いい感じだな。」
「まったく、その余裕はどこから来るかなあ?」
「家臣に対する信頼だな。」
「オッサン二人と、むさくるしい兄ちゃん?」
「あははは!そうそう。なあに、プルミエに習った精霊魔法もあるし、ラクショーだって。」
「はあ、まあいいわ。あたしも着いて行くからね。」
「いいよ。食いブチは自分でなんとかするんだろう?」
「ちぇっ、ケツの穴の小さいこと言うなよ。」
「あらまあ、オネエサマがケツの穴ですって。」
カズマは片手を口に当てて、くすくすと笑った。
プルミエは、急に顔を赤くしてにらんだ。
ネコ耳で、チビネコがにらんでも可愛いだけさ。
盛況な泉の広場では、子供たちが歌い踊っている。
「今日も盛況だね~。」
「なんじゃ、おぬしらこんなことをしておったのか?」
プルミエは、昼食をとると、広場をのんびりと眺めていた。
「孤児たちを、レジオに残してくるのは忍びなかったのでござるよ。」
ゴルテスが、プルミエに説明している。
プルミエは、黒いローブのフードをかぶって、顔が見えないようにしながら、カフェの椅子に座っている。
「大きい子が見えないようだが?」
「年頃の子は、縁がついたので嫁入りさせたり、王都の歌劇団に入ったりと、事前に対処してござる。」
「なるほどね、だから十二歳より小さいのか。」
赤い衣装を着て踊る子供たちは、とても楽しそうだ。
広場の隅には、ぼろをまとった同じような年頃の子供たちが、見物に来ていた。
「ロワールにも貧民街はあるようですな。」
「どこにだって行政の歪は現れるさ。あの子達もそのひとつだ。」
プルミエは厳しい声で、ゴルテスに言った。
「さよう、そのすべてを吸い上げることは、どんな為政者にもでき申さん。」
「そうだな、難しいものだ。」
「ですが、ワシらにはそれができ申す。」
ゴルテスは、ロフノールを伴って、ぼろを着た集団に近寄った。
「お主ら、親はどうした?」
「魔物にやられて死んじまった。」
「親なんていないよ。」
「では、毎日どうやって喰っておる?」
「いろいろだよ…」
「いろいろのう、どれ、串焼きでも食わんか?ちょうど、あそこで店が出ておる。」
「なんだよおっさん、人買いか?俺たち奴隷に売られるのか?」
ぶっそうな話をさらっと出すなよ。
「そんなわけなかろう。こんな人のいい顔をした人買いが居るか?」
「確かに間が抜けてるな。」
遠慮のない言葉に、ゴルテスは苦笑をもらす。
「そうか、間が抜けておるか。」
それでも、子供たちはゴルテスに着いて、移動した。
「ほれ、熱いぞ。やけどするな。」
子供たちは、一本ずつ受け取って、スミで周りを伺いながら、串焼きにかぶりつく。
「だれも取りゃせんて。ゆっくり食べるがよい。」
「はふはふ!」
「あちちちち」
ゴルテスの言うことなど、てんで耳には入っていないようだ。
ゴルテスを警戒して、元いた場所に残っていた二人も、そばまでやってきた。
「ほれ、遠慮することはない、毒など入っておらんぞ。」
ゴルテスの差し出した串焼きを、争って手にすると、二人は急いで口の中に入れた。
「あちちちち!」
「ほれ、あわてるからじゃ、ロフノール・水を。」
「おお、ここじゃ。」
ロフノールの差し出した水のカップを受け取ると、ぐいっと飲み干す。
子供は、全部で六人いた。
「お前たちの仲間は?これだけか?」
「孤児院には、二十人いる。俺たちは、孤児院から逃げ出したんだ。」
「なんでじゃ?孤児院にいれば飯ぐらい食えるだろう?」
「あそこの院長はオニだ。子供に働かせて、自分は飲んだくれているんだ。」
「なんとまあ、ロワールの行政庁はなにをしとるんじゃ?」
「あいつら、俺たちのメシ代をピンはねしてるんだ!」
「ほう、聞き捨てならんな。」
「お屋形さま!」
カズマは、姿勢を低くして、ぼろを着た小僧の顔を覗き込んだ。
「ぼうず、それは本当か?」
「おれ、見たんだ。伯爵様からもらった金袋には、金貨が五枚入ってた!」
そこで、下を見る。
「でも、俺たちのメシは、やっぱ味の薄いスープと、硬いパンだ。」
ああ、あれか。
パンとは名ばかりの、硬いビスケット。
「そうか、どれ俺が見に行こう、孤児院はどこだ?」
「こっちだけど…」
ぼうずは、不安そうに俺を見上げる。
そりゃまあ、あんま正体もわからんやつに、なにかされると自分がひどい目にあう。
「悪いやつには、相応のばつをやらにゃならん。」
小僧の目がきらきらしてきた。
「おまえらは、もっとまともな服も着なきゃならん。」
俺は、小僧の後について、孤児院に向かった。
後ろから、孤児たちとゴルテス、ロフノールが続く。
なるほど、貧民外のはずれに壊れそうな建物が建っていた。
ウチの馬小屋くらいだな。
「ここか?」
「ああ、昼間に俺たちが近寄ると、えれえぶん殴られる。」
「なるほど、お前はここに居ろ。」
そう言って、ひとりで建物に入る。
中はすえたような匂いが充満している、はっきり言ってくさい。
およそ人の住むような環境ではないな。
部屋の隅に、なにやら布の塊のような、黒いものがある。
ごみかと思って近寄ると、なにやら小さな子供が荒い息で寝ている。
明らかに熱がある。
「まずいな…」
とりあえず、ヒールをかける。
まだ、顔色が熱を持って、赤い。
「もっと強いのがいるか…」
後から入ってきたプルミエが、声をかけて来た。
プルミエがヒーリングに切り替えてかけたため、体力もアップする。
ようやく、息も落ち着いて、顔色も良くなってきた。
「ち!ここは臭っさ過ぎる。」
俺は、魔力をこめてクリーンの魔法を発動させると、やっと部屋がきれいになった。
子供のくるまっているものも、小汚いのでクリーンをかけて、きれいにした。
軽い電撃をかけると、くっついていた虫も死んで落ちる。
「もう一度クリーンだ。」
「どうだ、きれいになったか?」
プルミエは、建物の中を見回した。
「よかろうのう。」
子供は、こちらを見上げている。
「うん…」
「いまは眠れ。」
「うん…カルは?」
「どこだ?」
「あっち…」
指差す方向には、もうひとつの塊があった。
俺が見に行くと、足の骨が折れた死体があった。
プルミエが首を振る。
「死んでる…ナンマンダブ。」
「だれだあ?ひっく!」
ドアを開けて、院長らしき男が顔を出した。
カズマは、急ぎ駆け寄り、手加減して顔面にこぶしを繰り出した。
「ぷぎゃ!ひ~!いててててて」
男は鼻から血を流しながら座り込んだ。
「お前がこの孤児院の院長か!」
「だ、だれだ!ひっく!」
「昼酒とは、いいご身分だな。」
「なんだとう?おまえはだれだ!」
「だれでもいい!子供を食いモンにしやがって、お前はクビだ!」
「な、なにい!俺は、サイモンの旦那の身内だぞ!」
「だれだそれ?連れて来い!一緒にあの世に送ってやる!」
「ひ、ひえええええ!」
院長は、風を食らって逃げ出した。
カズマは、カルの体をぼろでくるんで、院の裏庭に穴を掘って埋めた。
「しかし、これは不潔を絵に描いたような建物だな、根本的にアカンわ。」
カズマの後をついて、建物に入ってきたプルミエは、残念そうな顔をした。
「そうじゃのう、いっそ立て替えるかのう?」
「プルミエもそう思うか?」
プルミエは、軽く頷いて見せた。
「お屋形さま!院長が逃げていきましたぞ。」
ゴルテスが駆け寄ってきた。
「ゴルテス、あそこの子供を頼む、クリーンをかけたのできれいになってる。」
「かしこまりました。お屋形さまは?」
「この建物をぶっ壊す!」
「御意!」
ゴルテスは、子供を抱き上げて駆け出した。
「ふぁあああいいやああああぼおおおおおおおる!」
俺は、三メートルのファイヤーボールを作って、一気に孤児院をぶっ飛ばした。
粉みじんになった孤児院は、土台すら残っていない。
ロフノールも、俺のそばに寄ってきた。
なんかさ~、ダニー君とかノミーちゃんとか住んでいそうで、見ただけでかゆくなるんだよ。
だから、全部焼いちまうんだ。
消毒消毒。
地面まで熱を帯びて、いやな虫はこれで退治できたろう。
本当は、その辺全部消毒したいんだけどな~。
「いくぞ!おおおおおおおお」
カズマは、地面に手をつけて、土魔法を練る。
ごごごごごごごご
その辺の廃墟を巻き込んで、建材が組み合わさり、ひとつの建物へと変貌していく。
「新品とは言えんが、これなら清潔な生活ができるだろう。」
「さすがお屋形さま。見事な出来でござる。」
プルミエもぱちぱちと拍手している。
おい、なんだそのかわいそうな子を見るような目は。
ほかほかと湯気を出しながら、孤児院の建物は新しくなった。
そこへ、院長が変な集団を連れて戻ってきた。
「ほぇあ?孤児院がない!俺の金が~!」
「ああ?なんだお前は。」
ブルドッグみたいな顔をした、よく太った親父が野太い声を出す。
「なんだと言うお前はなんだ?」
「なんだと言うお前は何だと言うお前は何だ!」
きりがねえって。
「胆のふてえ小僧だな、俺はこの街の顔役のサイモンだ。」
さすがにその後ろに、三〇~四〇人のゴロツキが並んでいる。
どいつもこいつも、五人は殺してるような、どうしようもねぇ顔つきだ。
だいたい、目が死んでる。
けっこうな親分さんですかね?
「へ~、なかなか立派な名前だな、俺はカズマだ。そこの院長が、子供を虐待していたので、追い出した。」
「なんだとう!ここは伯爵さまの施設だぞ。」
「伯爵さまの施設を、修理もせずにボロボロにしていたのはだれだ?」
カズマは、横目で流して見せた。
「うぐぐぐぐぐぐ」
「子供の金で酒を飲んでいたのはだれだ?」
院長がびくびくしている。
「うるせえ!やっちまえ!」
短絡なやつだ、子分どもも欲どしい顔してやがる。
どいつもこいつも、ケンガドスみたいな大振りなナイフを持って、襲いかかってきやがる。
カズマは、腰からメイスを取り出した。
「おらああ!」
子分の一人が、物騒な片手剣を振りまわして跳びかかって来る。
「おう!」
それを避けざまに、メイスをこめかみに叩き込む。
「ぶふお!」
めっきりへこんだアタマをさらし、耳から血を拭いて倒れ込む。
もう一人は、膝がしらに一撃くらわして、めっきりヘチ割ってやる。
「ぐわわわわわわわ!」
さらに、横から来たやつの手の甲に一撃加えて、たたき折る。
「うぎゃああああ!」
「ふふふ、やくざのゴロツキにかける手加減なんざ、持ち合わせていないぞ。」
ざわり…ざわざわ ざわざわ ざわざわ…
サイモンが、声を震わせて命令した。
「なにしてる!全員でかかれ!」
「「「「うおおおおお」」」」
残りも剣だのナイフだの振りまわして襲いかかって来るが、ゴブリンの方がずっと早い。
あくびが出るぜ。
ごきい!
「お屋形さま、ここはワシが!」
ゴルテスは、その辺の角材を振り回してゴロツキを叩き伏せる。
「なんの、ワシがやる!」
ロフノールも、角材を持って仁王立ち。
プルミエは、面白がって傍らで見てやがる。
「やんや!やんや!」
「好きだねえ、まあ、任せるけどさ。」
カズマは、深く踏み込んで、院長の頭を捕えた。
かきいいいいんんと、いい音がしてどさりと倒れ込む。
「いい音しすぎだろ、中身はいってるのか?」
「ふぇふぇふぇ!わしらに突っかかるところで、空っぽなのはわかり申す。」
ロフノールが高笑いをもらした。
「ちげぇねえ!」
ものの一〇分もしないで、その場には死屍累々。
カズマは、ゴルテスを使者に出して、伯爵を呼びに行かせた。
ゴルテスがその場を去ると、サイモンは逃げ出そうとはいずって動き出した。
「うひゃああああ!」
「逃げるんじゃねぇ!」
カズマは、素早くサイモンを捕えて、その場に縛り上げた。
「どうなんだろうなあ?これ、警備隊の中にも裏切りもんがいるぜ。」
「御意。」
ロフノールも同じ考えなんだろう。
腐敗の根は、どこにでもある。
どうしようかな?拷問すっか?
「なにをしておる!ここでのもめごとは許さんぞ!」
いきなり横合いから声をかけてくる男。
警備兵の格好をしている、どうやら伯爵のとこの衛士らしい。
「おう、いいところに来たな…」
「おまえたち、見ない顔だな。」
「へ?俺?」
衛士はやくざ者でなく、俺に声をかけている。」
「そうだ、お前だ。」
「はあ、まあ俺は旅にものですが。」
「そうか、ブロワの街でのもめごとはいかんな。ちょっと来てもらおう。」
「おいおい、このやくざはどうするんだ。」
衛士は、意外そうに言った。
「やくざ?サイモンさんは、商人だぞ。」
「はあ?商人だと?」
「やや!モローさん!どうしたんですか?」
ちょっと~、ダイコンなの?その棒読み。
衛士は、孤児院の院長にも声をかけた。
「その男に、いきなり殴られたんだ。」
「きさま~、強盗だな!」
「いきなり決めつけですかー、スゲー。」
カズマは呆れて衛士を見た。
「黙れ暴漢め!おとなしくお縄にツケ!」
「うわー、すっげーテンプレ!お前少しはオリジナリティってものをだなあ…」
俺は、いきなり槍を突きつけられて、両手を上げた。
「よし、いい覚悟だ、動くなよ。」
「動くなと言われて動かないやつがいたら、そいつはヘンタイだ!」
俺は、その兵士のコメカミに向かって、メイスを繰り出した。
そいつは、避けるそぶりもなく、あっさり喰らって昏倒した。
「鋼鉄のヘルムかぶってるのに、一撃で寝るか?」
兵士の練度の問題なのか、こいつが弱すぎるのか…
まあいい、寝ちまったもんはしょうがあんめえ、とりあえず寝てろ。
「ロフノール、こいつも縛っちまえ。」
「御意。」
「さて、サイモン。」
「な、なんだ!」
「お主、この孤児院だけでなく、かなりあくどくやっているようだな。」
「ななな、なにをしょしょ…証拠に!」
「そうだな、そこでころがってる院長の懐にでも聞いてみるか?」
俺は、院長の懐から財布を取り出した。
「ひのふの…なんだよ、えれえ持ってるな。おいサイモン、お前ンとこの賭場で儲けたのか?」
「ああ、昨日はツイてたみたいだな。」
「ふん、子供の金ネコババして、博打と酒か?いい御身分だな。」
「ま、小物だからな。」
「あんたも言うね。」
「ここまできたらしょうがあんめえ。」
「そりゃそうだ。俺が、伯爵に口きいてやるから、孤児院ぐらい真面目にやれよ。」
「わかった、子分がここまでやられたんだ、勝てようもねえしな。」
「それでいい、この小物兵士はやり玉にする。」
「ま、潮時だな。そいつはやりすぎた。」
「わかってるんなら何も言わん。侠客ってやつは、潔くなきゃな。」
「へい、ダンナのおっしゃるとおりで。」
「カズマ=ド=レジオだ。」
「げえ!魔物一万匹!勝てるわけがねえ!」
カズマの横で、ロフノールがうんうんと頷いている。
「お主、よく生き残ったな。なかなか見所がある。」
「ダンナー、早くおっしゃって下さいよ。」
「言う暇もなく襲いかかってきたのはお前らだ。」
「面目ねえ。」
ほどなく、ロワール伯爵がやってきた。
「待たせたなカズマ。」
「おう、伯爵さま、御覧の通りだ。とりあえず、悪徳兵士と院長は縛り上げた。こいつは協力者のサイモンだ。」
「サイモン?なんだ、お前が噛んでいたのか?」
「へえ、面目ねえ。」
「まあいい、で?孤児院もお前の差し金か?」
「いえあのう…」
「この兵士と、院長の共謀だな。博打と酒で金はない。」
「そうか、ではこいつらはひっ立てる。サイモン、後始末をしろ。」
「へ、へえ!」
「カズマ、それはなんだ?」
ロワール伯爵は、出来上がった孤児院を顎で示した。
「ああ、孤児院がぼろかったので建て直してやった。」
「なんとまあ、土魔法が得意とは聞いていたが、いきなりだな。」
「よかろう?あんたの金は使ってないぞ。」
「くっ!わははははははは!さすがに魔物一万匹!伊達ではないな!」
「勝手なことして悪かった。」
「なに、手間をかけてすまん。礼はいずれ。」
そう言って、ロワール伯爵は、馬の首を返して城に向かった。
兵士たちは、罪人を引き立てて行った。
「さて、サイモン。」
「へえ。」
「この金はやるから、孤児のことは頼むぜ。」
院長の懐から出た財布は、そのままサイモンに渡す。
「へい、かしこまりやした。」
「それから、これは孤児院の管理費だ。」
カズマは、懐から金貨を二〇枚出して、サイモンに握らせた。
「こ、これは!こんなことしちゃあいけねえよ、ダンナ!」
サイモンは、自分の懐から金を出すつもりだったようだ。
「いいからとっとけ。たのむぞ、子供を犯罪に巻き込むな、侠客。」
「へへ!かならず!」
カズマは、子分にヒールをかけて、全員を回復させてやった。
そのキャラバンは、城門に現れた時から異彩を放っていた。
とにかく女性率が高い。
一対三くらいの割合で、女ばっかりだ。
先頭にロバの幌馬車、あとに二台の幌馬車、残りは歩きだったり、馬だったりするが。
着の身着のままかと思うと、妙に小ざっぱりしている。
たぶん、レジオ領を経由して来たんだろう。
あそこからは、三日くらいでここブロワに着く。
その間、農村が三つくらいあるから野宿の心配もないが、三〇人余りの止まれる宿があっただろうか?
しかも、子供が二〇人くらい居る。
子供たちは、みなよく肥えていて、貧相な様子はない。
ああ、ちゃんと食べさせているのだなと、よくわかる。
来ているものもちゃんとしていて、子供の前掛けも真っ白なところを見ると、着替えもあるんだ。
みな元気で、走っている子もいる。
先頭の馬車の荷台では、乳飲み子を抱いた若い女、教会のシスターのように、ベールをかけている女も居る。
みな、顔色もよく、疲れた様子もない。
城門の警備をして長いが、こんな裕福そうなキャラバンは、見たことがない。
また、屈強な兵士も何人か居るから、盗賊も寄ってこなかったんだろうな。
あ!幌馬車の後ろに、二十人以上も縛られた男がいるじゃないか!
なんとまあ、盗賊退治までしてきたのかよ!
「とまれー!」
警備兵のかけた声に、馬車は速度を落とした。
ブロワの城壁は、全長が三〇キロもある立派なもので、城門もそれに見合う堅固なものだ。
それが周囲に六つ開いている。
各城門の横には、さらに高い物見の塔が立っていて、そこから周囲を監視している。
城壁の周りには幅十メートルの堀がめぐらされ、ちょっとやそっとの魔物では入り込めない。
ここ、北の城門は王都からのキャラバンも多いため、城門も二つ開いていて、貴族用と商隊用に分かれている。
「このキャラバンの責任者は、だれか?」
「俺だよ。」
リュートを持った若者が、冒険者ギルドのギルドカードを出して見せた。
「B級?すごいな。このキャラバンは、みんなパーティなのか?」
「ああ、みんな家族だからな。」
「じゃあ、名簿を見せてくれ、身分証があれば入城税はいらない。」
「おっと、それはここにあるよ、全員の身分証もある。」
「ちょっと待ってくれ。」
三十七人分の身分証を照会するには手間がかかる。
少々待たされて、カズマ達はロワール伯爵領の主都、ブロワ城塞都市に入ったのだった。
「うわー、お屋形さま~、大きいまちだねー。」
「そうだな、みんな宿が決まるまで、その辺に行っちゃだめだぞ。迷子になったら大変だからな。」
「「「はーい。」」」
旅路の間は、緊張していたのか口数も少なかった子供たちだが、街に入って安心したのかきょろきょろと周りを見回している。
とりあえず、馬車の後ろに縛っている盗賊を、冒険者ギルドに引き渡しに行く。
「はあ?二十九人ですか?」
「そうだよ、冒険者崩れも居るかもしれんので、確認してくれるか?」
「ははい、わかりました。連絡はどうします?」
「宿が決まったら、使いを寄こす。」
「わかりました、ではこの預かり証をお持ちください。」
「ありがとう。」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
冒険者ギルドの若い職員は、B級のカードにビビって丁寧に対応している。
レジオを出て、すぐに襲って来た盗賊は、ゲオルグがなぎ倒してしまい、手足がポキポキになってしまった。
しょうがないので、適当にヒールをかけて、歩けるようにしてロープでつないできた。
街道に出るたんびに、盗賊が寄ってきたので、おもしろがって捕まえていたら、二十九人になったと言うわけだ。
途中の村では、引き取りに迷惑そうな顔をしたので、ここブロワまで引きずってきた。
しょうがないわな。
諸事情により、ウォルフはまだレジオに残っている。
いろいろと受け渡しが必要だ。
それが済めば、連絡が入るようになっている。
カズマたちは、街の北側にある商人宿を取った。
全員が入れる宿が、ここしかなかったんだ。
しょうがないわな、なにせい人数が多い。
子供も多い。
そう長く居るつもりもないので、大した問題じゃない。
ブロワの町は、黒っぽい青瓦で屋根を葺いて、白い壁の石造りの建物が多い。
ロワール川沿いに、段丘のように積み上げた感じだが、南に向かうにつれて平地になってゆく。
広々とした裾野を持つ、扇状地のようになっている。
道はすべてが石畳で舗装されていて、環境は良さそうだ。
繁茂に行き買う馬車が、領地の豊かさを伝えている。
なかなかやるな、ロワール伯爵。
段丘から見下ろすと、外壁の外にも農地が広がり、そのずっと向こうに深い森(幅二十キロくらいあるんだけど。)。
森の向こうは、ダイアナ峡谷で、すっぱり切れ落ちている。
ダイアナ峡谷は、ロワール領の近くで八十キロの幅がある。
カズマの見つけた五十キロの狭間は、もう少し東側になる。
つまり、ブロワの南東門から出ればいいわけだ。
南東門の向こうには、緑の丘陵地になっていて、農地の向こうは丘と森だ。
「お屋形さま、すばらしい眺めですね。」
横からティリスがアンジェラを抱いて声をかけて来た。
「そうだな、あそこで森が切れているだろう?あれがダイアナ峡谷だ。」
「まあ!早く見てみたいですわ!」
アリスは、俺の腕につかまるようにして、はるかかなたを見つめている。」
「ふぉふぉふぉ!この年になって、また冒険の旅ができるとは、人生捨てたものではないですな。」
「ゴルテス、この年ってほど枯れたもんでもないだろう。」
ユリウス=ゴルテスは今年四十一になる。
シブい武田鉄也と言った風貌だ。
「いやいや、お屋形さまの倍は生きておりますからな。」
「ちぇっ、ワカゾーですいませんね。」
「わははははは!お屋形さま、楽しい旅ではないですか。」
マリウス=ロフノールは、豪快に笑って見せた。
いぶし銀、前田吟。
「ま、ロフノールは盗賊ぶんなぐって楽しいだろうさ。」
「あれは、ゲオルグ=ベルンが暴れただけでしょうが。」
「あ!あ!ロフノールどの、それはひどいですぞ、拙者なでただけでござる。」
「なでただけで、骨折するかよ!」
まったくどいつもこいつも、剛の者なんてなまやさしいものじゃあない。
それでも、みんなを守れるので安心している。
ゲオルグ=ベルンは、流れ者で武者修行しながらレジオの復興に参加してくれた。
兵士の訓練や、町の警護などに多大な貢献があるが、あっさり捨てて着いてきた。
物好きなやつだ。
「お屋形さま、宿が決まったよって、市場を見てきてもええ?」
聖女・恵理子が、馬車の横から声をかけてきた。
「子供たちも行くのか?」
「へえ、そうです。」
「じゃあ、これ持っていけ、丸腰じゃ市場も楽しくない。」
俺は、銀貨の入った皮袋を差し出した。
「ええんですか?ウチも多少なら。」
「いいさ、それにこれなら、買ったものが入れてこられる。」
「なるほど、いただきます。」
恵理子は、子供たちをつれて、町の市場に向かう。
ゴルテスとロフノールも、後ろから着いて行った。
子供たちは、きゃーきゃー言いながら、市場を冷やかしている。
「お屋形さま、ここにはどのくらい居ます?」
アリスが、こちらを見上げて言う。
「そうだな、みんなを少し休ませたいから、三日くらいかな。」
「そうですか、ではその間に食べ物を少し買い込んでおきませんと、このあとは塩などにも困るかもしれません。」
「そうだな、その辺はメイドたちと頼めるか?」
「はい、かしこまりました。」
アリスは、俺の手を離すと、メイド三人を連れて町へ出た。
「ねえカズマ、アンジェラのものも少し欲しいわ。」
「そうだな、セバスチャン、頼めるか?」
カズマは、執事のセバスチャンに聞いた。
執事と言えば、セバスチャンである。
「はい、旦那さま。」
「ティリス、アリスと買い物に行って来るといい。」
「はい、行ってきます。」
ティリストアリスは、セバスチャンを連れて、街に買い物に出かけた。
カズマは、ぶらぶらと町を歩いて、町並みを眺めた。
街道はおよそ二十メートルほどか、馬車が悠々すれちがえる幅がある。
街角のカフェは、道にせりだしてテーブルがならび、石畳はきれいに整えられている。
ロワール伯爵は、なかなか治世が上手と見える。
召使二人を連れて、市場にさしかかると、恵理子が露天を覗き込んでいるのが見えた。
「恵理子。」
「お屋形さま!ここは品揃えがよろしゅうございますよ。」
「そうか、子供たちは?」
「はい、お小遣いを渡したら、屋台にお菓子を買いに向かいました。」
「そうか、迷子にならねば良いが。」
「大丈夫ですよ、二~三人組で歩くよう言いつけてあります。」
「…であるか。」
「まあ、ロワール伯爵領を楽しみましょう。」
「そうだな。」
二人で泉の広場に出た。
屋台がずらりと並んでいるが、なにやら人の寄りが悪い。
昼下がりに閑散としているのは、なにやら寂しい。
そう言うと、恵理子はにんまりと笑った。
「レジオ歌劇団!しゅうごう!」
手を上げて叫ぶと、市場の中からわらわらと孤児院の娘たちが駆け寄ってきた。
二十人きっちり居る。
「ワンツースリーフォー!」
ちょちょちょっとまて、おねさん!
なにその定番!
しかもバミってもないのに、全員のポジションがしっかり定まっていて、乱れもない。
アカペラであるくせに、リズムに狂いもない。
俺は、広場の吟遊詩人の持っていたリュートを奪うと、すぐに伴奏をつけた。
「ないす!お屋形さま」
孤児院の娘たちをバックに、恵理子は歌い踊る。
たちまち、泉の広場は歌劇団の舞台となった。
歌い踊る恵理子たちを、一目見ようと続々と市場の客が集まってくる。
広場は黒山の人だかりとなった。
「まあまあ、恵理子さんたちの人気は、ブロワに来ても確かなこと。」
アリス、落ち着いていないでなんとかして~。
「アリス、ついでに辻説法でもしたら?」
ティリスが、アンジェラを抱き上げながら言う。
「この喧騒では、無理です。」
「そうね~。」
見物客は、口々に歌劇団のうわさをしている。
曰く
「おれ、レジオの劇場で見たぞ、あの歌劇団だ。」
「ほえ~、うまいもんだねえ。」
「まるで聞いたこともない歌だな。」
「曲も、辛気臭い歌でないねえ、こんな明るい音楽は初めてじゃ。」
「あの真ん中の子、レジオでも見たよ。黒髪、黒目でこのへんにはあまりいない子だから。」
「ああ、俺も見た。」
「ホンモノのエリコさまだー!」
「ホンモノだー!」
レジオ歌劇団が本物だと知れて、オタクたちが騒ぎ始めた。
「は~い、レジオ歌劇団です。本日ブロワの町には初お目見え!みなさまお楽しみいただけましたか?」
「「「おおおー!」」」
「仮公演ではございますが、お楽しみいただければ幸いでございます。では、次の曲。」
え~!!!
まだやるの?
エリコは、後ろ手で指を三本出している、アレか…
川…だな。
子供たちは、ひざをたたきながら前に出る。
三曲踊ったところで終了とした。
子供たちは、帽子をひっくり返して観衆の前に出る。
銀貨、銅貨がえらい勢いで放り投げられた。
「いてててて!こりゃかなわん。」
『これは、なんの騒ぎだ。』
突然、広場の入り口から、兵士の誰何する声がしてきた。
なにやら兵士の集団がやってきた。
いや、兵士ではない、上等の上着を着た壮年の男性。
「ロワール伯爵さま!」
民衆がさっと割れるのが見えた。
俺は、子供たちの前に進み出る。
ロワール伯爵は、馬を進めると俺と目が合った。
「レジオ男爵?レジオ男爵ではないか!こんなところでいかがした。」
「あはは、見つかってしもうた。一瞥以来ですな、ロワール伯爵様。」
ロワール伯爵は、ひらりと馬を下りると駆け寄ってきた。
「立ち話もなんだ、屋敷に寄ってはどうだ?」
伯爵は、カズマの手を握ると、もどかしげに声を上げた。
「うんまあ、今日は子供たちもいるし。」
「かまうものか、王国に名高いレジオ歌劇団のお嬢さんたちではないか、むしろ歓迎するぞ。」
俺が困っていると、ティリスとアリスティアが前に出た。
「おお、聖女様もいらっしゃるではないか、歓迎いたしますぞ。」
二人は優雅にひざを折った。
「みなのもの!名高いレジオの聖女殿だ!ありがたいではないか、このブロワにお立ち寄りくださったぞ!」
「「「「おおおー!」」」」
アリスが前に出て、頭を下げた。
「みなさまに、オシリスさまの祝福を。」
両手を広げて、祝福をまくと、その場のみながひざまずいて祈りをささげた。
金色のエフェクトが、あたりに広がる。
「なんとありがたいお姿ではないか。レジオ男爵、よく来てくれた。」
「しょうがないなあ、旅の途中でな、そこのカフェでお茶でもいかがですか?」
「うむ、よかろう子供たちに菓子でも出そうか。」
「いや、お気遣いなく。」
俺は、リュートを吟遊詩人に返すと、カフェに向かった。
ティリスとアリスも着いてくるし、エリコたちも一緒に来るので、群集も一緒になって移動しているようだ。
カフェに入った俺たちを遠巻きに見ている。
あ、エリコのやつカフェの外席で、握手会始めやがった。
ゴルテスとロフノールが、さりげなく子供たちを守り、召使とメイドも囲むように配置している。
これなら良かろう。
「旅の途中とは、どう言うことだ?」
「なに、レジオを追い出されたので、出てきたのだ。」
「なんだと!穏やかでないな。」
「聞いているだろう?オルレアン公爵と、戦をしたのだ。コテンパンにのしてやったので、責任を取って領地を返した。」
「返した?」
「今は、唯人のカズマだよ。」
「なんと!それならブロワに住めば良いではないか。」
「それではお主に迷惑がかかる。俺は南の樹海に向かう。」
「はあ?迷惑などと思うわけがなかろうが。だいたい、あっちにはダイアナ峡谷しかないぞ。」
「そのダイアナ峡谷を越えるのさ。オシリス女神はそうお望みだ。」
ロワール伯爵は、軽く眉をあげた。
「神託があったのか?」
俺は、重々しく頷いた。
「そのとおり。なにしろ二人の聖女がついているからな。」
「なんと!」
「黎明の魔女、プルミエにも言われた。古<いにしえ>の都を探せと。」
「そんなもの、伝説に残るだけではないか。いや、しかし黎明の魔女が言うのか…」
ロワール伯爵は、腕を組んで上を見上げる。
「そうなんだ、あの樹海の中には黎明の魔女の言う、古代の都が眠っているらしい。だから、俺たちはそこに向かう。」
「いや、向かうって、女子供を連れての旅など、無理だ。」
「しかし、みな俺の家族でな、捨てていくわけにもいかんのよ。みな行く当てもない身の上でなあ。」
「そうか、まあ無理は言うまいよ。ここに居る間は不自由させんので、なんなりと言うがいい。」
「かたじけない。ブロワの民たちは、みな気前がいいのう。子供たちにやんやの喝采をくれた。」
「そりゃあお前、レジオ歌劇団をナマで見せられたんだから喜ぶわい。」
「ははは、そりゃよかった。明日も公演してやろう。」
「うわさを聞いて、どんどん人が来るじゃないか。」
「ブロワが栄えてうれしい限りだな。」
「まったくだ。」
「ロワール伯爵様、お気遣いありがとうございます。」
ティリスがアンジェラを抱いて頭を下げた。
「おお、聖女どの。これは男爵のお子か?」
「は、アンジェラと申します。」
「なんとなんと、かわいいお子ではないか。」
「抱いてみます?」
「む、だいじょうぶかのう?」
ロワ-ル伯爵は、四十六歳。ほとんど孫を見る、爺様の気分だな。
おっかなびっくりアンジェラを抱き上げると、アンジェラがむずかって泣き始めた。
「わははは、伯爵殿、嫌われましたな。」
「なんじゃ、ゴルテス殿。お主、外の警備でないのか?」
「ひと段落でござるよ。どれ、こちらへお渡しくだされ。」
ゴルテスが抱き上げると、アンジェラはぴたりと泣き止み、きゃっきゃと笑い始めた。
「むむう…!」
「ユリウス殿は、抱きなれているのでございますよ。いつも、用もないのにアンジェラをかまいにまいりますの。」
ティリスは、にこにこと笑って、ロワール伯爵に話かけた。
「暇なやつめ。自分の孫とでも思っているのだろう。」
ロワール伯爵は、ちょっと顔をゆがめてゴルテスを見た。
ゴルテスは、アンジェラを抱いたまま、高笑いをした。
アンジェラは、それにも慣れているのか、きゃっきゃと笑う。
「わははははは!なにせい、レジオは平和でござるからのう。」
笑うゴルテスに、伯爵は難しい顔をした。
「オルレアン公爵軍五千、国軍二千が攻めてきて、平和かのう?」
「一日で全滅でござるよ。たいしたこたぁござらん。」
ゴルテスが、澄まして言うと、伯爵は目を光らせた。
「本当のことなのか?」
「昨日の今日でござるよ。こちらさまの喇叭<らっぱ>は報告が遅うござるな。」
ロワール伯爵は、ちょっと悔しそうに顔をゆがめた。
「で、どうだった?」
「訓練不足の上、いやいや来たような軍隊など、ものの役には立ち申さず。」
ゴルテスは、ますます高笑い。
若干、耳に響く。
うるさい。
「士気は低かったな。こちらは事前の準備にかなり時間をかけたし。」
カズマは、あまり乗り気ではないような話題である。
アリスが付け足す。
「なにより、わが方に死者が一人も出なかったのは、ありがたかったですわ。」
「ひとりもか!」
「はい、ひとりもでございます。」
ロワール伯爵は、あきれたような顔になった。
カズマは、作戦を説明した。
どうせ隠すようなものでもないしな。
「遠距離攻撃中心に、魔法部隊も攻撃距離を倍になるまで訓練したんだ。その上で、馬防柵と落とし穴でやっつけた。」
「お、おとしあな~?」
「ああ、ついでに穴の中に水入れてやったら、鎧が重くて上がれなくなった。」
「わははははは!オルレアン公爵自慢の重装騎兵が来たら、ひとたまりもないな。」
「さよう、全員泥団子でござった。」
「わはははは!オルレアン公爵の泣きっ面が目に浮かぶわい。」
ロワール伯爵は豪快に笑った。
このおっさんは、広大な森からの魔物の侵攻を阻止し続けていることからも、かなりの実力者だと知れる。
その上で、王国の支配に関して、あまり気にしたところもない。
自領の安全と、住民の生活を第一に考えているからだ。
ま、自給自足できる環境を持っている。
農業に力を入れている証拠だ。
貴族として、指導者として、信頼に足る人物と言える。
「ま、わが方は魔物との戦いがメインだからな、気を抜いていればやられることがわかっている。訓練も気が抜けん。」
「そうでしょうね。街中の兵士もきびきびしている。」
「よく見ているな。ウチには攻め込むなよ。」
「いまや、俺の手勢はヨメと孤児二〇人だぜ。ゴルテス・ロフノールは別だが。」
「わはは!それでもレジオ男爵は侮れんよ。」
「まあ、大僧正みたいにいじめてやればいいけど。」
「なにやったんだ?」
「聞いてないのか?王都の本部教会をドラゴンがぶっ壊した件。」
「へえ~、そんなことがあったのか。」
ひとしきり情報交換したのち、ロワール伯爵とは分かれた。
変に屋敷に滞在などしたら、彼に迷惑がかかる。
剛毅な彼は、そんなことは気にしないだろうが、肝っ玉の小さい宮廷スズメにはそんな機微はわからない。
いやみと陰口が飛び交うのは目に見えている。
まったく、王国の未来が心配だ。
かと言って、カズマがどうこう出来るものでもない、自分の王国だったら処刑してやるが。
だから捨てて来たと言うのもあるな、あはは。
付き合いきれんよ。
出来る限り、小麦粉だの塩だの砂糖だのと買い込んで、時間経過しない袋に詰め込んだ。
それを小分けにして、アリスとティリスに持たせる。
もちろん、恵理子にもラルにもだ。
これは、多少はぐれても食いっぱぐれがないようにと、気配りしたのだ。
これから向かうのは、人跡未踏の森林で、ダイアナ峡谷から向こうは、行った人も居ないくらいヤバげなところだ。
攻略本もないのに、クソゲーさせられる感覚だな。
自分のレベル以上に魔物が出たら、逃げるの選択があればマシなほうだが、アンジェラが居る手前、逃げられないのも事実だ。
願わくば、ゴブリン程度の弱キャラがいいんだけどな。
ブロワの宿は、商人宿なのでかなり狭い。
ツインの部屋でも、ほとんどベッドで、窓際に少し五〇センチ程度のテーブルがあり、丸椅子がある程度だ。
「カズマ、お茶でもいかが?」
「そうだな、もらおうかな。」
アンジェラをベッドに寝かせて、ティリスは魔法で湯を沸かした。
「宿にお風呂があって良かったわね。」
「それは一番に確認したさ。子供たちも居るし、少しでも快適でないとな。」
「でも、森に入ったらそれも難しいんでしょう?」
「まあな、水場でもあれば、なんとかしてやるさ。」
「そう?よかった~、お風呂ないと大変だもの。アンジェラのおむつとか。」
「そのくらいなら、俺のクリーンできれいにしてやるさ。」
「あたしも?」
「お前は面積がな~。」
「なによ、太いとでも言うつもり?」
「いえいえ、そんなことは。」
防音の魔法は、こんな宿にはかなり有効なんだよな。
夜は更けて行った。
翌日、また屋台を回ろうと市場に向かったところ、数馬たちは市場の客に一斉に囲まれてしまった。
「な、なんだ?」
「ダンナ!歌劇団は今日もやるのかい?」
「子供たちはどこだ?」
「エリコさまー!」
勝手なことを言いやがる。
「ああ?こんな早くからやらないよ。子供たちはまだ寝てるよ。やるのはお昼からだ。」
「「「え~!」」」
俺たちは旅の途中なんだからと、言い聞かせて人垣を解散させた。
市場の串焼き屋に寄ると、感謝された。
「いや~、子供たちのおかげで、昨日は売り切れだったよ。今日もやってくれるとうれしいな。」
「ああ、昼からやるよ。」
「ほんとか?じゃあ、もう少し仕入れておかないとな、すっげえ大儲け!」
「はは、そりゃ良かった。」
串焼き屋の午前の分は、全部買い込んだ。
袋から大鍋を出して、隣のスープ屋のスープも全部買い込んだ。
三〇人分となると、甘いことは言ってられない。
どこまで時間がかかるかもわからんしな。
まあ、喰い物無くなっても、転位でここまで来れば、食糧は確保できるが。
用心に越したことはない。
空間魔法を教えてくれたルイラには、感謝しきりだ。
「あたしには感謝をささげないのかい?」
「プルミエ!」
「師匠とお呼び!」
「へへ~!」
アホな遊びはこんくらいにして。
「どうしてここに?」
「ああ、あたしの用事を片して、ようやっと出て来たんだ。少し付き合わせてもらうよ。古代の遺跡って言うのが、すっごく気になってね。」
「それはなによ?単なる考古学?」
「まあそう。古代の都なんて、一度でいいから見てみたいじゃない。」
「俺もそう思う。だいたいの目星もついてるし。」
「そうなの?」
「川沿いでないと、人は生きられないだろう?川に沿って移動すればいいんじゃないか?」
「そういうことかい?まあ、間違っちゃいないだろうけど、ザッパすぎるよ。」
「空から見てもわからんかったぞ。」
「そう?万年単位のハナシだからね、森の木も万年単位で生えているんだろう。川だってそのころもままとは限らないよ。」
カズマたちは、カフェに移動して、テーブルに付いた。
「プルミエ、これ食べる?」
カズマは、革袋からオシリスマスのケーキの残りを出してやった。
「なんじゃこれは?」
「オシリスに飾ったケーキ。あまいぞ。」
「ほう、そうかえ?」
小さなフォークを手に持って、ケーキをさくりと切りとる。
「ほう!なるほどうまいな。こんなものを隠し持っていたとはな。」
「まあ、ただの残りだよ。気にいればよかった。」
「うん。」
プルミエは、夢中でケーキを食べている。
カズマは、お茶を持ち上げて、ゆっくりその香りを楽しんだ。
残念女神のオシリスマスを、盛大にやってやったが、残念なままだな。
『それは、ひどいわ、カズマ。』
『勝手に人の頭の中を覗くな。よ~し、こうなったらほれほれ、オシリスのお尻をイメージするぞ~。』
『やめて!やーめーて~!』
『なんだよ、急に。』
『残念女神なんて言うから。』
『残念じゃん。用はそれだけか?』
『それだけ…』
女神は引っ込んで行った。
「まったく、オシリス女神をぞんざいに扱いおって、とんでもないやつだな。」
「いいんだよ、俺がこっちに来たのもあいつのせいなんだから。」
「そうなのか?」
「詳しくは、女神の規制が入っていて話せない。」
「へ~、そうなんだ。」
「まあいいさ、プルミエと話している時に、横入りしてきたということは、遺跡があると言うことだろう。」
「そうかもね、探してみればいいことがあるよ。」
「そうか、いい感じだな。」
「まったく、その余裕はどこから来るかなあ?」
「家臣に対する信頼だな。」
「オッサン二人と、むさくるしい兄ちゃん?」
「あははは!そうそう。なあに、プルミエに習った精霊魔法もあるし、ラクショーだって。」
「はあ、まあいいわ。あたしも着いて行くからね。」
「いいよ。食いブチは自分でなんとかするんだろう?」
「ちぇっ、ケツの穴の小さいこと言うなよ。」
「あらまあ、オネエサマがケツの穴ですって。」
カズマは片手を口に当てて、くすくすと笑った。
プルミエは、急に顔を赤くしてにらんだ。
ネコ耳で、チビネコがにらんでも可愛いだけさ。
盛況な泉の広場では、子供たちが歌い踊っている。
「今日も盛況だね~。」
「なんじゃ、おぬしらこんなことをしておったのか?」
プルミエは、昼食をとると、広場をのんびりと眺めていた。
「孤児たちを、レジオに残してくるのは忍びなかったのでござるよ。」
ゴルテスが、プルミエに説明している。
プルミエは、黒いローブのフードをかぶって、顔が見えないようにしながら、カフェの椅子に座っている。
「大きい子が見えないようだが?」
「年頃の子は、縁がついたので嫁入りさせたり、王都の歌劇団に入ったりと、事前に対処してござる。」
「なるほどね、だから十二歳より小さいのか。」
赤い衣装を着て踊る子供たちは、とても楽しそうだ。
広場の隅には、ぼろをまとった同じような年頃の子供たちが、見物に来ていた。
「ロワールにも貧民街はあるようですな。」
「どこにだって行政の歪は現れるさ。あの子達もそのひとつだ。」
プルミエは厳しい声で、ゴルテスに言った。
「さよう、そのすべてを吸い上げることは、どんな為政者にもでき申さん。」
「そうだな、難しいものだ。」
「ですが、ワシらにはそれができ申す。」
ゴルテスは、ロフノールを伴って、ぼろを着た集団に近寄った。
「お主ら、親はどうした?」
「魔物にやられて死んじまった。」
「親なんていないよ。」
「では、毎日どうやって喰っておる?」
「いろいろだよ…」
「いろいろのう、どれ、串焼きでも食わんか?ちょうど、あそこで店が出ておる。」
「なんだよおっさん、人買いか?俺たち奴隷に売られるのか?」
ぶっそうな話をさらっと出すなよ。
「そんなわけなかろう。こんな人のいい顔をした人買いが居るか?」
「確かに間が抜けてるな。」
遠慮のない言葉に、ゴルテスは苦笑をもらす。
「そうか、間が抜けておるか。」
それでも、子供たちはゴルテスに着いて、移動した。
「ほれ、熱いぞ。やけどするな。」
子供たちは、一本ずつ受け取って、スミで周りを伺いながら、串焼きにかぶりつく。
「だれも取りゃせんて。ゆっくり食べるがよい。」
「はふはふ!」
「あちちちち」
ゴルテスの言うことなど、てんで耳には入っていないようだ。
ゴルテスを警戒して、元いた場所に残っていた二人も、そばまでやってきた。
「ほれ、遠慮することはない、毒など入っておらんぞ。」
ゴルテスの差し出した串焼きを、争って手にすると、二人は急いで口の中に入れた。
「あちちちち!」
「ほれ、あわてるからじゃ、ロフノール・水を。」
「おお、ここじゃ。」
ロフノールの差し出した水のカップを受け取ると、ぐいっと飲み干す。
子供は、全部で六人いた。
「お前たちの仲間は?これだけか?」
「孤児院には、二十人いる。俺たちは、孤児院から逃げ出したんだ。」
「なんでじゃ?孤児院にいれば飯ぐらい食えるだろう?」
「あそこの院長はオニだ。子供に働かせて、自分は飲んだくれているんだ。」
「なんとまあ、ロワールの行政庁はなにをしとるんじゃ?」
「あいつら、俺たちのメシ代をピンはねしてるんだ!」
「ほう、聞き捨てならんな。」
「お屋形さま!」
カズマは、姿勢を低くして、ぼろを着た小僧の顔を覗き込んだ。
「ぼうず、それは本当か?」
「おれ、見たんだ。伯爵様からもらった金袋には、金貨が五枚入ってた!」
そこで、下を見る。
「でも、俺たちのメシは、やっぱ味の薄いスープと、硬いパンだ。」
ああ、あれか。
パンとは名ばかりの、硬いビスケット。
「そうか、どれ俺が見に行こう、孤児院はどこだ?」
「こっちだけど…」
ぼうずは、不安そうに俺を見上げる。
そりゃまあ、あんま正体もわからんやつに、なにかされると自分がひどい目にあう。
「悪いやつには、相応のばつをやらにゃならん。」
小僧の目がきらきらしてきた。
「おまえらは、もっとまともな服も着なきゃならん。」
俺は、小僧の後について、孤児院に向かった。
後ろから、孤児たちとゴルテス、ロフノールが続く。
なるほど、貧民外のはずれに壊れそうな建物が建っていた。
ウチの馬小屋くらいだな。
「ここか?」
「ああ、昼間に俺たちが近寄ると、えれえぶん殴られる。」
「なるほど、お前はここに居ろ。」
そう言って、ひとりで建物に入る。
中はすえたような匂いが充満している、はっきり言ってくさい。
およそ人の住むような環境ではないな。
部屋の隅に、なにやら布の塊のような、黒いものがある。
ごみかと思って近寄ると、なにやら小さな子供が荒い息で寝ている。
明らかに熱がある。
「まずいな…」
とりあえず、ヒールをかける。
まだ、顔色が熱を持って、赤い。
「もっと強いのがいるか…」
後から入ってきたプルミエが、声をかけて来た。
プルミエがヒーリングに切り替えてかけたため、体力もアップする。
ようやく、息も落ち着いて、顔色も良くなってきた。
「ち!ここは臭っさ過ぎる。」
俺は、魔力をこめてクリーンの魔法を発動させると、やっと部屋がきれいになった。
子供のくるまっているものも、小汚いのでクリーンをかけて、きれいにした。
軽い電撃をかけると、くっついていた虫も死んで落ちる。
「もう一度クリーンだ。」
「どうだ、きれいになったか?」
プルミエは、建物の中を見回した。
「よかろうのう。」
子供は、こちらを見上げている。
「うん…」
「いまは眠れ。」
「うん…カルは?」
「どこだ?」
「あっち…」
指差す方向には、もうひとつの塊があった。
俺が見に行くと、足の骨が折れた死体があった。
プルミエが首を振る。
「死んでる…ナンマンダブ。」
「だれだあ?ひっく!」
ドアを開けて、院長らしき男が顔を出した。
カズマは、急ぎ駆け寄り、手加減して顔面にこぶしを繰り出した。
「ぷぎゃ!ひ~!いててててて」
男は鼻から血を流しながら座り込んだ。
「お前がこの孤児院の院長か!」
「だ、だれだ!ひっく!」
「昼酒とは、いいご身分だな。」
「なんだとう?おまえはだれだ!」
「だれでもいい!子供を食いモンにしやがって、お前はクビだ!」
「な、なにい!俺は、サイモンの旦那の身内だぞ!」
「だれだそれ?連れて来い!一緒にあの世に送ってやる!」
「ひ、ひえええええ!」
院長は、風を食らって逃げ出した。
カズマは、カルの体をぼろでくるんで、院の裏庭に穴を掘って埋めた。
「しかし、これは不潔を絵に描いたような建物だな、根本的にアカンわ。」
カズマの後をついて、建物に入ってきたプルミエは、残念そうな顔をした。
「そうじゃのう、いっそ立て替えるかのう?」
「プルミエもそう思うか?」
プルミエは、軽く頷いて見せた。
「お屋形さま!院長が逃げていきましたぞ。」
ゴルテスが駆け寄ってきた。
「ゴルテス、あそこの子供を頼む、クリーンをかけたのできれいになってる。」
「かしこまりました。お屋形さまは?」
「この建物をぶっ壊す!」
「御意!」
ゴルテスは、子供を抱き上げて駆け出した。
「ふぁあああいいやああああぼおおおおおおおる!」
俺は、三メートルのファイヤーボールを作って、一気に孤児院をぶっ飛ばした。
粉みじんになった孤児院は、土台すら残っていない。
ロフノールも、俺のそばに寄ってきた。
なんかさ~、ダニー君とかノミーちゃんとか住んでいそうで、見ただけでかゆくなるんだよ。
だから、全部焼いちまうんだ。
消毒消毒。
地面まで熱を帯びて、いやな虫はこれで退治できたろう。
本当は、その辺全部消毒したいんだけどな~。
「いくぞ!おおおおおおおお」
カズマは、地面に手をつけて、土魔法を練る。
ごごごごごごごご
その辺の廃墟を巻き込んで、建材が組み合わさり、ひとつの建物へと変貌していく。
「新品とは言えんが、これなら清潔な生活ができるだろう。」
「さすがお屋形さま。見事な出来でござる。」
プルミエもぱちぱちと拍手している。
おい、なんだそのかわいそうな子を見るような目は。
ほかほかと湯気を出しながら、孤児院の建物は新しくなった。
そこへ、院長が変な集団を連れて戻ってきた。
「ほぇあ?孤児院がない!俺の金が~!」
「ああ?なんだお前は。」
ブルドッグみたいな顔をした、よく太った親父が野太い声を出す。
「なんだと言うお前はなんだ?」
「なんだと言うお前は何だと言うお前は何だ!」
きりがねえって。
「胆のふてえ小僧だな、俺はこの街の顔役のサイモンだ。」
さすがにその後ろに、三〇~四〇人のゴロツキが並んでいる。
どいつもこいつも、五人は殺してるような、どうしようもねぇ顔つきだ。
だいたい、目が死んでる。
けっこうな親分さんですかね?
「へ~、なかなか立派な名前だな、俺はカズマだ。そこの院長が、子供を虐待していたので、追い出した。」
「なんだとう!ここは伯爵さまの施設だぞ。」
「伯爵さまの施設を、修理もせずにボロボロにしていたのはだれだ?」
カズマは、横目で流して見せた。
「うぐぐぐぐぐぐ」
「子供の金で酒を飲んでいたのはだれだ?」
院長がびくびくしている。
「うるせえ!やっちまえ!」
短絡なやつだ、子分どもも欲どしい顔してやがる。
どいつもこいつも、ケンガドスみたいな大振りなナイフを持って、襲いかかってきやがる。
カズマは、腰からメイスを取り出した。
「おらああ!」
子分の一人が、物騒な片手剣を振りまわして跳びかかって来る。
「おう!」
それを避けざまに、メイスをこめかみに叩き込む。
「ぶふお!」
めっきりへこんだアタマをさらし、耳から血を拭いて倒れ込む。
もう一人は、膝がしらに一撃くらわして、めっきりヘチ割ってやる。
「ぐわわわわわわわ!」
さらに、横から来たやつの手の甲に一撃加えて、たたき折る。
「うぎゃああああ!」
「ふふふ、やくざのゴロツキにかける手加減なんざ、持ち合わせていないぞ。」
ざわり…ざわざわ ざわざわ ざわざわ…
サイモンが、声を震わせて命令した。
「なにしてる!全員でかかれ!」
「「「「うおおおおお」」」」
残りも剣だのナイフだの振りまわして襲いかかって来るが、ゴブリンの方がずっと早い。
あくびが出るぜ。
ごきい!
「お屋形さま、ここはワシが!」
ゴルテスは、その辺の角材を振り回してゴロツキを叩き伏せる。
「なんの、ワシがやる!」
ロフノールも、角材を持って仁王立ち。
プルミエは、面白がって傍らで見てやがる。
「やんや!やんや!」
「好きだねえ、まあ、任せるけどさ。」
カズマは、深く踏み込んで、院長の頭を捕えた。
かきいいいいんんと、いい音がしてどさりと倒れ込む。
「いい音しすぎだろ、中身はいってるのか?」
「ふぇふぇふぇ!わしらに突っかかるところで、空っぽなのはわかり申す。」
ロフノールが高笑いをもらした。
「ちげぇねえ!」
ものの一〇分もしないで、その場には死屍累々。
カズマは、ゴルテスを使者に出して、伯爵を呼びに行かせた。
ゴルテスがその場を去ると、サイモンは逃げ出そうとはいずって動き出した。
「うひゃああああ!」
「逃げるんじゃねぇ!」
カズマは、素早くサイモンを捕えて、その場に縛り上げた。
「どうなんだろうなあ?これ、警備隊の中にも裏切りもんがいるぜ。」
「御意。」
ロフノールも同じ考えなんだろう。
腐敗の根は、どこにでもある。
どうしようかな?拷問すっか?
「なにをしておる!ここでのもめごとは許さんぞ!」
いきなり横合いから声をかけてくる男。
警備兵の格好をしている、どうやら伯爵のとこの衛士らしい。
「おう、いいところに来たな…」
「おまえたち、見ない顔だな。」
「へ?俺?」
衛士はやくざ者でなく、俺に声をかけている。」
「そうだ、お前だ。」
「はあ、まあ俺は旅にものですが。」
「そうか、ブロワの街でのもめごとはいかんな。ちょっと来てもらおう。」
「おいおい、このやくざはどうするんだ。」
衛士は、意外そうに言った。
「やくざ?サイモンさんは、商人だぞ。」
「はあ?商人だと?」
「やや!モローさん!どうしたんですか?」
ちょっと~、ダイコンなの?その棒読み。
衛士は、孤児院の院長にも声をかけた。
「その男に、いきなり殴られたんだ。」
「きさま~、強盗だな!」
「いきなり決めつけですかー、スゲー。」
カズマは呆れて衛士を見た。
「黙れ暴漢め!おとなしくお縄にツケ!」
「うわー、すっげーテンプレ!お前少しはオリジナリティってものをだなあ…」
俺は、いきなり槍を突きつけられて、両手を上げた。
「よし、いい覚悟だ、動くなよ。」
「動くなと言われて動かないやつがいたら、そいつはヘンタイだ!」
俺は、その兵士のコメカミに向かって、メイスを繰り出した。
そいつは、避けるそぶりもなく、あっさり喰らって昏倒した。
「鋼鉄のヘルムかぶってるのに、一撃で寝るか?」
兵士の練度の問題なのか、こいつが弱すぎるのか…
まあいい、寝ちまったもんはしょうがあんめえ、とりあえず寝てろ。
「ロフノール、こいつも縛っちまえ。」
「御意。」
「さて、サイモン。」
「な、なんだ!」
「お主、この孤児院だけでなく、かなりあくどくやっているようだな。」
「ななな、なにをしょしょ…証拠に!」
「そうだな、そこでころがってる院長の懐にでも聞いてみるか?」
俺は、院長の懐から財布を取り出した。
「ひのふの…なんだよ、えれえ持ってるな。おいサイモン、お前ンとこの賭場で儲けたのか?」
「ああ、昨日はツイてたみたいだな。」
「ふん、子供の金ネコババして、博打と酒か?いい御身分だな。」
「ま、小物だからな。」
「あんたも言うね。」
「ここまできたらしょうがあんめえ。」
「そりゃそうだ。俺が、伯爵に口きいてやるから、孤児院ぐらい真面目にやれよ。」
「わかった、子分がここまでやられたんだ、勝てようもねえしな。」
「それでいい、この小物兵士はやり玉にする。」
「ま、潮時だな。そいつはやりすぎた。」
「わかってるんなら何も言わん。侠客ってやつは、潔くなきゃな。」
「へい、ダンナのおっしゃるとおりで。」
「カズマ=ド=レジオだ。」
「げえ!魔物一万匹!勝てるわけがねえ!」
カズマの横で、ロフノールがうんうんと頷いている。
「お主、よく生き残ったな。なかなか見所がある。」
「ダンナー、早くおっしゃって下さいよ。」
「言う暇もなく襲いかかってきたのはお前らだ。」
「面目ねえ。」
ほどなく、ロワール伯爵がやってきた。
「待たせたなカズマ。」
「おう、伯爵さま、御覧の通りだ。とりあえず、悪徳兵士と院長は縛り上げた。こいつは協力者のサイモンだ。」
「サイモン?なんだ、お前が噛んでいたのか?」
「へえ、面目ねえ。」
「まあいい、で?孤児院もお前の差し金か?」
「いえあのう…」
「この兵士と、院長の共謀だな。博打と酒で金はない。」
「そうか、ではこいつらはひっ立てる。サイモン、後始末をしろ。」
「へ、へえ!」
「カズマ、それはなんだ?」
ロワール伯爵は、出来上がった孤児院を顎で示した。
「ああ、孤児院がぼろかったので建て直してやった。」
「なんとまあ、土魔法が得意とは聞いていたが、いきなりだな。」
「よかろう?あんたの金は使ってないぞ。」
「くっ!わははははははは!さすがに魔物一万匹!伊達ではないな!」
「勝手なことして悪かった。」
「なに、手間をかけてすまん。礼はいずれ。」
そう言って、ロワール伯爵は、馬の首を返して城に向かった。
兵士たちは、罪人を引き立てて行った。
「さて、サイモン。」
「へえ。」
「この金はやるから、孤児のことは頼むぜ。」
院長の懐から出た財布は、そのままサイモンに渡す。
「へい、かしこまりやした。」
「それから、これは孤児院の管理費だ。」
カズマは、懐から金貨を二〇枚出して、サイモンに握らせた。
「こ、これは!こんなことしちゃあいけねえよ、ダンナ!」
サイモンは、自分の懐から金を出すつもりだったようだ。
「いいからとっとけ。たのむぞ、子供を犯罪に巻き込むな、侠客。」
「へへ!かならず!」
カズマは、子分にヒールをかけて、全員を回復させてやった。
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☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
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