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第七十三話 フロンティア‐Ⅵ(6)

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 ぱお~!
 と言う、大きな声が響いた。

 カズマ達は、つづれ織りになった道を通って、峡谷の底に着いたのだ。
 そこに、いきなり長い毛の生えたゾウが飛び出してきた。
 まだ馬車は底に着いてもいないのだ。

「うわー!あんな魔物、見たことないよ!」
 ゲオルグ=ベルンは、各地を流れてきた冒険者だが、これには出会ったことがないらしい。
「マンモスか…どうしたものかな?プルミエ。」
「ゾウではないのか?」
「ああ、これはゾウの先祖だな。俺たちは、マンモスと呼んでいる。」
「なるほど、皮が厚そうじゃな。」
「そうだな、しかし生き物であれば、血が通っている。俺たちに何とかできない訳もあるまい。」
 カズマはにやりと笑って見せた。
「余裕があるのう。わかった、まかせる。こっちは、防御結界を張っておく。」

「頼む。」

 精霊魔法で、谷底にも幅三〇メートルの道を通したのだが、そこが通り道だったのか、高さ五メートルを越えるマンモスが木をなぎ倒して現れたのだ。
 めきめきと、生木を裂く音が響き渡る。
 子供たちの逃げ道がない。
「ゴルテス!ロフノール!ゲオルグ!みんなを守れ。こいつだけじゃないかもしれん。」
「「「御意!」」」
 ゲオルグは、長い手槍をしごいてうなずいた。
「よし!」
 カズマは一気に駆けだして、マンモスの前に出る。
 このまま道に沿って進まれては、子供たちの馬車を直撃されてしまう。

「あわわわわわ、あんなのがいるんですか!」
 勇気は、いきなり現れたマンモスに、腰が抜けている。
「なにやってるにゃ、子供たちを守るにゃ!」
 トラにケツを蹴りあげられた。
「ひいいい!」
「まったく!なにが勇者かにゃ!使い物にならないにゃ!」
「そんなあ~!」
 勇気にしてみれば、いいがかりも甚だしいのだが、トラには情けないとしか映らない。
 落ちてきたばっかりの勇気には、あれがマンモスと言う認識すら浮かばない。


 言うなれば、パニックだな。


 マンモスは、三メートルはありそうな、歪んだ牙を振りたてて、カズマに迫る。
「なんで、この世界の動物は、攻撃的なんだろうな!」
 くだらない感想である。(キートン山田風に。)
 牙の中心あたりを、メイスではじくとカキーンと、いい音がする。
「ダンナー!象牙は使い道があるから、大事にしてなー!」
 恵理子が見当違いの意見を述べる。
「ばかやろう、余裕がねえわ!」
 それを見て、チコはつぶやいた。
「すっごく余裕があるように見える。」


 一方、始めてみた獣がコレな勇気は、半場パニくっていた。
「なんすか!なんすか!これえ!あんな化け物がいるんすか!」
 プルミエはうるさそうに、顔をしかめている。
「小僧、わめくでないわ。カズマが居れば、九割以上安全じゃ。」
「きゅうわり?」
「そこで、カズマがこやつをどう料理するか見ておれ。」
「料理って!身の丈五メートル以上ありますよ!トンカチで勝てるような相手じゃありませんよ。」
「それも、戦い方があるものじゃ、経験則がそれを補ってくれるのじゃ。」
 プルミエは、長い錫杖を持ち上げて、地面をトンとたたいた。
 すると、その杖を中心に魔力が広がり、キャラバン全体を包み込む。
「こ、これは…」

 薄紫色のそれは、ふゆふゆと頼りなげにたゆたっている。

「格子力バリヤー!」
 恵理子はその中で、さらにバリアを張った。
 勇気は、同じ日本人の能力に、目を見張っている。
「さあ、カズマが仕掛けるぞ。」

 プルミエの声に沿うように、カズマはするするとマンモスに近づく。
 マンモスは、怒り狂っているように見える。
 その証拠に、長い五メートルはありそうな、太い鼻を振りまわして、地面を削りながら進んでいる。
 鼻の当たった地面は、大きく削れ、破片がカズマに向かって飛んでくるのだ。
 かきんかんきん!と、カズマのメイスが石を弾き飛ばす。
 が、土埃に隠れるように、長い鼻が付きだされてくる!
「どわ!冷静じゃねえかよ!」

 いや、なぜか怒っていますよ…

 ぱお~ん!と体に似せず高い声で威嚇しながら、無造作にその巨体を繰り出す。
 一〇トンははるかに超えて居そうな巨体は、はたから見ればスローモーなのに、近くに居ると超高速で動いている。
「なにこの現実とのブレは!」
 カズマはぼやきながら、その突進を右に飛んでかわす。
「あたりゃミンチですまんぞ。草加せんべいみたいになるわ!」
「ダンナ、お好み焼きでっせ!」
「余裕あんな!恵理子!」
「聖女さまは、子供たちを守っていはるさかい、ウチくらい応援せな!」
「あほう、お前こそ身重のくせに、出てくんな!」
「頼りにしてまっせ!」
 恵理子の応援の甲斐あってか、カズマはするりとマンモスの後ろに入った。

「おりゃ!」
 カズマが振るうメイスの、ハンマーが金色の光を引いて走る。
「ぎゃおおおおお~~~んん!」
 マンモスの悲鳴が響き渡る。
 なんと、マンモスの右後ろ脚のアキレス腱が、すっぱり切れている。
「切れている?トンカチで?」
 勇気は、それを見て首をぽきゅっと折った。
「カズマめ、メイスの先を真空にしおった!カマイタチじゃよ。」
 余裕があるなあ。
「あの戦闘のさなかに、そんな余裕があるんですか!」
「あるんじゃなあ、研鑽を積んだものには、生息スピードの領域と言うものがある。カズマは、それが極端に速いんじゃ。」
「…」
 勇者補正があるとはいえ、レベル1の勇気には、カズマの動きを追うことすらおぼつかない。
 ほとんど、手が消えたり、足が何本も増えたりして見えるのだ。
「あわわわわ」
 
 この時、気が付いていないが、カズマの動きをみることによって、勇気のレベルも上がって行くのだった。

 勇気が見守る中、カズマはもう一方の足にも斬撃をくらわせて、とうとうマンモスの足止めに成功した。

 ずん!という腹に響く音をさせて、マンモスの後ろ脚がゆっくりと折れ曲がる。
 さすがに、アキレス腱を切られては、前にも後ろにも進めない。
 ただ、鼻は健在なので、大きく振りまわして、さらに怒り狂っている。
「へ、こうなりゃただのギャートルズ肉だぜ。」
 カズマは、後ろからマンモスの背中に登り、メイスに超重力をまとわせた。
 この瞬間だけ、メイスの先には何万トンと言う重さが加えられたのだ。
「グラビティショック!」
 どがあんんん!

 よく訳はわからんが、マンモスの後頭部が見事に陥没し、一瞬にしてその命が狩られたことを、勇気は見ていた。

 マンモスは、顎から崩れ、ゆっくりと倒れた。

「すげえ…」
 それしか感想は出てこなかった。
「じゃから、言ったじゃろう?カズマに任せておけば、九割は安全じゃと。」
「後の一割は?」
「まあ、運かのう?」
「そんな無責任な。」
「そのために、ワシがおる。」
 プルミエのフォローなら、一割どころの話ではなかろうに。
「はあ…」
 勇気は、なぜか疲れたような顔をした。

 かわいい猫耳メイドにしか見えない、プルミエの言葉には、イマイチ説得力が感じられない。

 カズマは、晴れ晴れとした顔をして、呑気に戻ってきた。
「これで、原始人のマンモスステーキが食べられるぞ。あれ、いっぺん食べてみたかったんだ。」
「ダンナ、無茶苦茶食糧のストックができましたがな。」
 恵理子はにこにこしている。
「そうだな、おっとアンジェラ、もう大丈夫だぞ。」
 恵理子の横には、アンジェラを抱いたティリスがいた。
「あ~。」
 アンジェラは、両手を出してカズマに抱っこをせがんでいる。

 恐ろしい魔物や、獣も、この一行には食糧でしかないところが、ぶっ飛んでるよな。
 勇気は、冷や汗がほほを伝うのを感じた。
「何か来る!」
 勇気の声が響く。
 予感、
 第六感?
 勇気には「わかった」としか感じられないものがあった。

 弛緩した空気が一瞬にして緊張する。
「キキー!」
「イー!」
「ショッカーか!」
 あくまでカズマは古い人の脳みそなんだ。
 空中を舞うように草むらから飛びかかってきた影に、素早くメイスを振るう。
 もう一匹には、ゲオルグ=ベルンの大刀が突き刺さっていた。
「なんだよ、コボルトの亜種かな?顔が犬っぽくないな。」
「声も変でしたね。」
「まあ、峡谷自体が人が通ったことがないんだから、知らない魔物が居ても不思議じゃない。」
 カズマは、ガラパゴス現象と言う言葉を思い出していた。
「そうですね、ちょっと油断しました。」
 ゲオルグも、少し緊張している。

「今の内に、マンモスを解体しよう。」
 カズマが言うと、ゲオルグはマンモスに顔を向けた。
「マンモス?こいつのことですか?」
「そうだ、俺の国ではマンモスと言う。古代の生き物だ。」
「へえ、勉強になります。」
「一万年以上前に生きて居たそうだが、その子孫にはこんな硬い毛はない。」
「ほう、なるほど、硬いですな。」

「ゲオルグ、こいつを使え。」
 カズマは懐から金色のナイフを出した。
「こ、これはミスリルのナイフですか。」
「ああ、たぶん普通のナイフでは、歯が立たないさ。」
「どこからこんなものを?」
「ナイショ。」
「お屋形さま~。」
「俺の土魔法は、ものすごく細かいところまで探査できるんだよ。」
 それだけでわかる人は、現代日本人だけですよ。

 男手総出で、マンモスの解体を行い、お昼は分厚いマンモスステーキになった。

「けっこう赤身でうまいじゃん。」
「そうですね、筋も少なくて、食べやすいです。」
 アリスは、小食なたちなので、ちまちまと細かく切って食べている。
 それに比して、この二人は…
「奥方さま、これおいしいですね~!」
 恵理子は、もりもりとマンモスステーキをほおばっている。
「そうね、これはおいしいわ~。」
「ウチは二人分食べなアカンですから。」
「あたしも、おっぱい出ないとアカンです。」
 はいはい。
 おっぱいよりおなかのほうが育つぞ。

「つまりさ、この峡谷はずいぶん昔に平地と別れたんだと思うんだ。」
 ほとんど垂直に落ちた感じに沈んでいる。
「ふむ。」
 プルミエが、相槌を打ちながら次を促す。
「だから、平地の上とここでは、進化のスピードが狂った。簡単に言えば、こちらは進化の元ネタが少なくなった。」
「少ない?」
「つまり、進化するための刺激は、多いほど多様化するんだよ。」
「つまり、種類が多い方が、生き残る方向性が増えると言うことかの?」
「そうそう、平地では出会う相手が多いけど、ここでは限定された種しか出会えない。」
「だから、昔の形のまま残ったと…」
「そう言うことだな。」

「ああ!ガラパゴスでんな!」
 恵理子が横から声を上げた。
「ガラパゴス?」
 プルミエが、聞き返した。
「つまり、平地から切り離された島があって、そこには古代の生き物がそのまま生き残っていたのさ。」
「ほほう、興味深いのう。」
「とにかく、この峡谷には大昔に滅んだはずの、大型の生き物が生き残っていると言うことだな。」
「では、なるべく出会わぬように、道を倍に広げるか?」
「それが良さそうだ。道の両脇を広げよう。」
「うむ、今日は一本だけじゃのう。」
「そうだな、昼からやってみる。」

 マンモスの素材も含めて、すぐに革袋に収納して、カズマは子供たちと今夜の宿を作っていた。
「すごいな、こんなものも作れるんだ。」
「みんな練習したからな。土魔法も水魔法も、攻撃にだけ使うのはもったいないじゃないか。」
「なるほど。」
 子供の作った家は、どんどん進化しているので、かなりカズマの作る家に近づいてきた。
 まあ、お手本がそれだから、当り前か。
「おし、勇気!一緒に来て見てろ。」
「はい!」
 カズマは、勇気を連れて道の右端に寄った。
 カズマが魔力を込めると、それにつれて木々の隙間から、色とりどりの精霊が羽根を揺らして集まって来る。

「うわ、なんかすごいな。」
「お屋形さまの、計り知れない魔力に引かれて、精霊が寄ってくるにゃ。」
「トラは、知ってるの?」
「あたしも、お屋形さまの魔法にやられたクチにゃ。だから、こうしてお仕えしてるにゃ。」
「ふうん。」
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