おっさんは 勇者なんかにゃならねえよ‼

とめきち

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第七十八話 あたらしい国

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 馬車はまる一日をかけて、ようよう坂を登りきり、新たな大地に到着した。
 なにしろ、坂がゆるくて何度も折り返しているのだ、しかも両脇が壁であまり外が見えない。
 そんな道を、延々進んで登ってきたのだ、感慨もひとしおである。

「「「やったあああああ!」」」
 子供たちは喜びを爆発させたが、目の前には今までと変わらないような森また森。
 木と木の間は、けっこうはなれているが、木の高さは二十メートル以上あり、葉の隙間から差し込む日差しは弱弱しい。
 地面は若干しっとりとして、下草も少なく藪も少ない。
「お屋形さま、これからどうなさいます?」
 ティリスは、馬車の荷台から声をかけた。
「そうだな、ここからずっと道を広げて、海まで行きたいんだが、まずはここに軽く町を作ろうか。」
「町?」
「ああ、せっかく長い旅をしてきたんだ、ゆっくりできる街を造って、後から来る人たちを歓迎しよう。」
「それはいいですね。」
「ティリスも手伝ってくれ。」
「はい。」

 ブロワを出てから、三ヵ月あまり。
 ようやっと峡谷を越えることができた。
 カズマは、あらかじめ整えてあった広場に立ち、精霊を集め始める。
 今回は、木に移動してもらうのではない、みんな一箇所に集めて集積するのだ。
「うはあ!すごい、こんな山になるんだ。」
 広場を広げるにあたって、一辺が五〇〇メートルの四方形に場所を広げた。
 勇気はのんきに出来上がった木の山を見上げて、うんうん頷いている。
 根っこも一緒に抜けているので、すごい体積だ。
 これを、レーザーの使えるモノで、切り払い製材する。
 球のかかる作業だ。
「勇気さん、これから木の枝をはらいますわ。」
 アリスが、木材の山にやってきた。

「枝を?」
「はい。」
 聖女とは言え、かっこうは普通のシスターと変わらない。
 黒いローブに、白いベール。
 美しい金髪は、一本の長い三つ編みにしてたらしています。

 りっぱなお胸が、ゆったりしたローブをこれでもかと持ち上げている。
 勇気の目は、ついそちらに向かってしまうのは、思春期として当たり前である。

「見せてもらってもいいかな?」
「ええまあ、危ないですから近寄らないようにしてくださいませ。」
 そう言って、材木のそばによると、指先から五十センチほどのレーザーを出して、すぱすぱと枝を切り落とす。
「うえあ?」
「ホーミングレーザーの応用です。短いと、魔力の消費が百分の一くらいになるんですわ。」
 アリスティアは、こともなげに言ってのけるが、魔法制御のうまさが言わせる言葉である。
「へ~、百分の一…」
 そう言いながら、アリスティアは枝を切り払う。
 ある程度切り払うと、子供たちが太さごとに、別の場所に積み上げていく。
 あとで、薪になるのだ。

 ある程度枝を切ると、三~四メートルに切って、これも別の場所に運ぶ。
「レビテーションって便利ですね。」
 勇気は、これも珍しそうに見ている。
「そうですね、これはオシリス女神の使徒、ジェシカ様にいただきました。」
「へえ~、女神様ってそう言うこともしてくれるんだ。」
「これは、お屋形さまがジェシカ様のチャンネルを持っているからできたんです。」
 勇者である勇気には、ナイア女神へのチャンネルはない。
「カズマさんは、それでも勇者じゃないんですかねえ?」
「本人はかたくなに嫌がっていますわ。」
 勇気にはまだカズマの心境は理解できなかった。
 勇気が首をひねっている間にも、アリスは製材作業を続けている。
 出来上がった角材を、子供たちに混じってゲオルグが運んでいた。

「まだ水気が多いから板でも重いな。」
 一緒に作業しているホルストも頷く。
「しょうがない、黙って運ぼう。子供たちが見ている。」
「まったくだ。」
 二人は、汗をかきながら黙々と作業を続けた。

 井桁に組まれた材木は、この状態で乾燥される。
 乾燥も、魔法使いたちの風魔法で、ゆっくりと乾かし、水分を調節される。
「しかし、聖女様のレーザーで切ると、ぴかぴかのカンナかけたみたいになるんだな。」
 勇気は、材木を触りながら、ぼそっと言う。

「そりゃまあ、レーザーと言いながら、高速振動してますからね。」
 アルマは、材木を乾燥させながら答える。
「高速振動?」
「小刻みに前後しているんです、一秒当たり、三百回くらい。」
「うえ!なんすかそれ。」
「つまり、食らったら、ぜったいに逃げられないんです。」
「こわ~!」
「しかも、もし体にくっつくと、切れるまではなれない。」
「極悪ですね。」
「だから平和利用しているんじゃないですか!」
 アリスティアは、悲鳴を上げた。


 カリーナたちは、木のなくなった場所に土魔法を利用して、上下をひっくり返している。
 次々と、茶色い土が掘り返されて、草が地面にめり込んでいく。
「はたけ~。」
 ポーラは、テニスコートほどの畑をひっくり返していた。
「おいも~」
 ジャンヌも同じく、畑を作っている。
「とうもころし~」
 その畑を囲うように、土壁が立つ。
 ボルクは、差し渡し二十メートル、高さ一メートルの土壁を作った。
「これだけ見ると、とんでもない光景だな。」
 勇気は改めて、カズマのキャラバンの実力に冷や汗をかいた。
 一〇歳前後の子供たちが、鼻歌交じりに土魔法を駆使している。


「じゃあ、ちょっと大きな屋形を作るぞ。」
 そう言って、カズマは少し高い丘のうえに、魔力を練る。
 徐々に高まる魔力は、周囲の土を集め始める。
「そい!」
 声と同時に、ぎゅんっと土がせり上がり、巨大な建物へと変貌する。
「うわあ~。」
 子供たちも大喜びだ。
「お屋形さまー、ガラスの作り方を教えて~。」
 ジルバ(一〇)がカズマのそばに来た。
 ジルバも、土魔法を中心に練習しているのだ。
「精錬の魔法か?よしよし、見てろよ~。」
 石ころのごろごろしている場所から、白い石を拾う。

 なるほど、花崗岩だから石英や雲母が中にたくさん混じっている。
「この中から、石英だけを引っ張り出す。」
 みょみょみょ。
 その上で、精錬の魔法を使うと、きれいな石英ガラスが出来上がるという寸法だ。
 厚みは三ミリほど、向こうが少しゆがんで見えるのが、石英ガラスの特徴だ。
 実際には、ゆがみもなしに生成できるのだが、カズマはそれをしない。
「そのほうが味があるじゃん。」
 実に田舎ものらしい考え方である。
 また、その方が、魔力の消費が少ないことも、理由のひとつである。
 実際には、ゆがみのないガラスは、魔力の消費量が一.五倍くらい多いのだ。
「あ~ん、まだらになっちゃった。」

「それは、雲母も引っ張ってしまったからだが、なに、それでも十分使えるさ。」
 カズマは、ジルバの作った縦横三〇センチほどの板ガラスを持ち上げた。
「うん、これならまあ、使えるな。」
 カズマは、それを入り口横の小窓にはめた。
「ほら、いい感じじゃないか。」
「ふふっ。」
 ジルバはうれしそうに微笑んだ。
 ひょろりとやせ気味のジルバだが、元気な笑顔が魅力的だ。
 一棟に二〇部屋はあろうかという二階建ての館に、エントランスホールや食堂、風呂も装備である。
 あ、勇気が焚く、風呂の焚口もあるやん。


「なんでや!」(勇気)


 明るい食堂に集まって、村の出来具合を見る。
 領主の館を中心に、小さな家が数軒建った。
 森林は静かで、獣の気配がない。
 往々にして、こう言うときは獣の嫌う、強い獣や魔物が近くにいるものだが…
 子供たちと、アリスティアが外で作業を行っていると、森の南方向から獣の咆哮が聞こえてきた。
 そちらには、開いた道ができている。
 アリスは、あわてて子供たちを連れて、館へと避難を始める。
「落ち着いて、みんな静かに逃げるのよ!」
 アリスは、小さな子供たちの手を引いている。
「声を出しちゃだめよ。」
 悲鳴を上げるような子供は、一人もいない。

 屋形に駆けこんだボルクが、カズマを呼びに来た。
「お屋形さまー!」
 カズマは、急いで外に出た。

 咆哮の主は、身の丈七メートルはあるフクイラプトルである。
 いやそう見えるだけで、そうではないかもしれないけど。
 短い口角、鋭い目、全体に暗いグリーンで、尻尾には赤い横縞が先に向かって並んでいる。
 それって、もはやティラノサウルスって言わんか?
 いや、顔がラプトルなんだよ!
 あ、そう。

「あの顔は、当然肉食か。においを追って出てきたか?」
「カズマ!気をつけるのじゃ!周りに仲間がおるはずじゃ!」
「承知!」
 愛用の剣は腰に、メイスは右手にある。
 おっとり刀でかけてきたのは、チグリス。
 肩には、愛用のハルバートが光る。
 館の横からは、ゲオルグ=ベルンがバスタードソードをかついで走ってきた。
「でかいな。」
「ああ、ぬかるなよ、カズマ。」
「おう、まかしとけ。」

 がああああああ!
 ラプトルののどが震える。

「ちっ!なまぐせえな!口臭に気をつけろい!」
 ベロもみがいてね!
「余裕ありますね、お屋形さま。」
 ゲオルグ=ベルンは、冷や汗をたらした。
「まあな、怖がってもいられまい。」
 実際怖いよ、顔でかいし。
 だって、七メートルだよ。
 デカさは、ゾウ以上なんだよ。
 パワーも並じゃあない。
 振り回すアゴの力は、バックホウの一番大きいやつ(0.9立方メートル)くらいあるんだぜ。
 一発で、空のかなたまで飛んできそうだよ。

 GAAAAAAA!!!!!

 また吼えやがった、すっげえうるせえ。
 鼓膜が震えてくすぐったい。

「こんちくしょう!」
 ゲオルグが、バスタードソードで足元に切り付けるが、分厚いうろこが跳ね返す。
 がきん!と音がする。
「ちくしょう!硬い!」
 何度も切り付けるが、歯が立たない。
「どうなってるんだよ!すっげえかてぇぞ!。」
「ばか、ラプトルは、外側は石みてえに硬いんだよ!狙うのは腹だハラ!」
 カズマに言われて、ゲオルグははっとする。
「いやしかし、ハラって…」

 ラプトルは、頭を振ってカズマに攻撃をしてきた。
「んだとゴラア!」
 カズマは、そのアゴに思い切りパンチを繰り出した。
 ラプトルは、その場でアゴが止められ、目が見開かれた。
 カズマの足は、深く地面をえぐっているが、そこから動いてはいない。
 明らかに驚いている。
 しかも、パンチの衝撃で脳髄が揺らされて、ラプトルはふらふらしている。
 カズマは、横からメイスを叩き込んで、さらに脳幹を揺らした。
「GUAAAAA!」
 訳もわからず、ラプトルは吼える。
「うるせえんだよ!」
 がきん!

 どおん!
 もう一丁揺らされて、ラプトルは横向きに倒れた。
 短い手が、空間を引っかいている。


「うおおおおおお!」
 チグリスが、ハルバートを水平に構えて、突っ込んできた。
「GYAAAAAA!」
 ハルバートの先端が、ほんの少しうろこの隙間に刺さった。
「まだ硬てえぞ!」
「うおおおおおおお!」
 ゲオルグも、バスタードソードを突き立てた。
 一〇センチも入るかどうかの硬さである。
「は、入らない!」
 カズマは、横から声をかけた。
「だったら!同じところを何度も突けば、穴は広がる!」

 痛みで吼えるラプトルは、怒りで少しずつ体が動き始めていた。
 腕が、ゲオルグを払おうと、振り回される。
「うお!」
「サンダー!」
 詠唱時間がないため、短い魔法しか打てない。
 カズマは咄嗟に、サンダーの魔法をラプトルの頭に打ち込んだ。
「ぎゃう!」
 またしびれて動けなくなる。

 チグリスは、上段から一気にハルバートを突きたてた。
「がああああ!」
「まだだ!」
 チグリスは、二回三回とハルバートを振るう。
「こんちくしょうが!」
 ゲオルグも、同じところを狙って、剣を突きたてた。
 おびただしい血が撒き散らされて、あたりは血の海。
 それでもラプトルは、暴れまわる。
「GYAAAA!」

「こんちくしょう!」
 カズマは、メイスを眉間に打ち込んだ。
「GYAAAA!」
「まだ足りねえか!」
 がきい!
 まだ吼える。
「チグリス!」
「おう!」
 足を魔法で強化して、三メートルほど飛び上がって、ハルバートと共に急降下してきた。
 ぐさあ!
「ぎゃあああああ!」

 ハルバートが、心臓付近に突き立って、やっとラプトルは沈黙した。

「はあはあ、やっべえ。足ががくがくしてる。」
 ゲオルグが、剣を鞘に収めると、尻から崩れた。
 チグリスも、ハルバートを担いだまま、座り込んでいる。
 カズマは、ラプトルをのぞきこんで、生死を確認した。
 完全に息の根は止まっている。

「なんだよこのデカさは。」
「こんなドラゴンは、みたこともないぞい。」
「チグリスでも、出会ったことがないのか。」
「まあ、全部を知っておるわけでもないからの。」
「そうだな、こいつは俺の国では、フクイラプトルと呼ばれる賢いドラゴンだ。」
「ほう、お屋形さまのところでは、こんなのが出るんですか?」
「いやまあ、それでも一億年前には絶滅したはずだがなあ。」

「いちおくねん…」
「しかし、でかいなあ。まあ、フクイラプトルは、成熟していなかったと言うから、これが本来の大きさなのか。」

※ フクイラプトルは、発掘された固体は四.二メートルだったそうです。この固体は成熟していなかったと言われています。

「カズマ、ご苦労じゃったのう。」
「お師匠、かなり固いやつでした。」
「見ただけでも硬そうじゃ。皮が防具に使えそうじゃの。」
「なるほど、みんなではぎましょう。」
「それがよいのう。」
 館で、子供たちを守っていた、ゴルテスとロフノールが、玄関に子供と出てきた。
「お屋形さま、ドラゴンは死んでござるか?」
「ああ、大丈夫だ。」
「えらく梃子摺っておいででしたな。」
 ゴルテスは、剣の束に手を置きながら近寄ってきた。
「ああ、初めて見る個体だしな、こんなドラゴンは見たことあるか?」
「いや、ござらん。」
「だろうなあ、やはり一万年も人が来ていない場所だ、わからんもんが居ても不思議じゃない。」

 ラプトルは、道路をたどって現れたので、カズマはまず城壁から作ることにした。
 一辺五〇〇メートルの、高さは五メートル。
 厚みはまず一メートルと言ったところか。
「追々、厚みは増して行けばいい。」
 そう言うことですね。
 裏から岩を積み上げたりすると、強化されるし。
 城壁には、南に向かう街道の入り口に向けて、城門を築いた。
 五メートル間隔で、通過できる門があり、前後を柵で遮蔽する。
 これで、ラプトルが侵入することができなくなる。
 小型の魔物程度なら、ここで阻止できる。
 五百メートル四方の囲いの中にできる小さな町だが、これからこの土地を開発するための橋頭保となるのだから、堅固に作るのは当たり前だ。

「カズマ!」
「なんだいお師匠。」
「おぬし、雷をメイスにまとわせる魔法を使ってはどうじゃ。」
「ほう、そんな使い方があるのか?」
「うむ、さきほどのラプトルとの戦いで、固い相手にあれでは苦戦するばかりじゃろう。複数出てきたら、犠牲が出るぞ。」
「それもそうだな、どうやるんだ?」
「うむ、こんな感じでのう…」
 プルミエは、杖でカズマをつついた。
 ビリリ
「うわ!いて~!」
「どうじゃ、わかるか?」
「わかんねえよ!」

 いきなりびりっとやられては、カズマも不機嫌になりそうだ。
「いいか、まずはやりかたじゃ、魔力を練るのは一緒じゃが、それをこうしてこうしてこうするんじゃ。」
「ほほう、するとなにか、こうすると魔力の粘性が上がるってことか?」
「まあ、ありていに言えばのう。」
「ふむふむ、なるほどなあ。えっと、こうしてこうして…近くにだれか…」
 ぐうぜんすぐ近くには勇気が居て、餌食にされた。
 ずばばば
「うひい~!」
 素っ頓狂な声をあげて、勇気がひっくり返る。
「おお!これはなかなか使えるな。」
「それで、出力を通常に上げると、たたいた途端に黒焦げじゃ。」
「なるほどな!」

「なるほどなじゃねえです!」
 勇気は思い切り怒っている。
「あ、悪い悪い、出力はうんと下げてあったんだが、痛かったか?」
「心臓が止まるかとおもったわ!」
「ごめん、まあそう怒るなよ。」
「怒るわ!」
 勇気は、くるりと向きを変えると、ずんずん歩いて行ってしまった。

 本当は、プルミエの講釈を聞きに来たのだが、話は半分もわからなかったのだ。

「あ~あ、怒っちゃった。」
「そりゃお前、あいつはお主の家来ではないからのう、勝手をしてはいかんよ。」
「そう言えばそうだな、しっぱいしっぱい。」

 カズマの作った城壁は、向こう側が深く掘られて、空堀になっている。
 また、城門には両サイドに監視塔が高く作られていて、遠くまで見はらすことができた。
 これが、南北に作られていて、東西は今のところ無視だ。
 出入り口はない。
 北から後続の者が来た時に入ることができる城門を設置して、また、魔物の遡上も防ぐことができる。
 狭いとはいえ、五百メートル四方もあれば、少数のキャラバンには広すぎると言える。
 盛り上がった丘の上の館には、ほぼすべての人間が入ることができた。
 裾野に広がる平地には、南北を縦断するメインストリートが通っているが、それだけだ。
 大量に出て来た材木は、そこかしこに積んであるが、さてこれでどんな家ができるのか…
 ま、仮の住処にすぎない、あまり気にしないことにした。
「畑?」
「ええ、まだ土地が使っていないから、少し畑にしたいの。レタスとか、野菜がほしいわ。」
 ティリスとアリスが、お願いにやってきた。
 まあ、広場に取った土地は五百メートル四方で、それ以外は城壁のあたりはまだ木が生えている。
 考えれば、野菜が少ないとビタミンが足りなくなる。

 そこで、土魔法の得意な子供たちと一緒に、奥方たちは畑づくりを始めたのだ。

「ま、いいんじゃないか?暇つぶしにもなるし。」
「それもありますが、恵理子さんのこともあります。少し、安定したところで、ゆっくり出産してほしいんですわ。」
 アリスは、恵理子の体をかなり気遣っていた。
 ティリスは順調とは言えず、かなりつわりで苦労していたからだ。
 設備の整ったレジオでの生活では、不自由を感じなかった。
 旅の空の下では、栄養も偏りがちだし、もしおなかになにかの衝撃があれば、母体の命にもかかわる。
 そう思って、出産までの五か月余りを、ここで暮らしたいと切望した。
「アリスのしたいようにすればいい。」
 カズマは、あっさりとここで暮らすことを承知した。

 チグリスは、館の下に家を建てることにした。
 なんでも、鍛冶の作業をしていないと、腕が鈍っては困ると言うことだったが、作業場つきのけっこう大きな家になった。
 ラルや、ウォルフが建築に参加し、土壁と木材を組み合わせて、なかなか風情のある家になった。
「やはり木組みの家は落ち着く。」
「とうちゃん、こっちに台所とお風呂と作ろう。」
「わかった。」
「俺に任せろよ。」
 ラルは、ちょっぴり土魔法が上達したので、カマドや浴槽などをひょいひょいと形成する。
 これが、カズマものを真似しているので、意外と出来がいいのだ。
 チグリスのおっさん、ここに鉄板を入れたいんだけどさあ。」
「おお、なんだ、風呂の焚口か?」
「そうそう、やっぱマキで焚けるといいじゃん。」
「よしわかった、これを使え。」

 チグリスは、魔法の袋から五〇センチ四方の鉄板を出して、ラルに渡した。
「ひょ~、これはけっこう。」
 ラルは、さっそく鉄板を仕込んでいる。
 カマドも、三口ある立派なモノができて、チコはほくほくしている。
「台所も広くてうれしい~。」
 チコは、水魔法でバケツを満たして、木でできたテーブルを拭いている。
「アリスさまが切ってくれた板は、つるつるだから、すぐテーブルとして使えるね。」
「このレーザーと言う魔法は、なかなか難しいんだけど、よく使いこなしてますね。」
 ホルストは、不器用に椅子を作りながら、チコに答えた。
「ちょっと~ホルストさん、それなにができるの?」
 チコは、驚いて聞いた。
「え?ベンチですけど。」
「どう見ても、残骸にしか見えない…」
「うう…」

 また、その向かいではゲオルグ=ベルンが家を建て始めた。
 幼馴染の娘と暮らすためである。
 リア充め、もげろ!

 …である。

 幼馴染の娘の名前が決まっていないのである。
 どうしよう…
 あんま適当に付けると、今後に関わってきそうだしなあ…
 まあ、あとで考えます。

 メイドたち三人は、館の二階に自分たちの部屋をせしめた。
 ゾフィー(十八)ライラ(十七)ノルン(十七)である。
「わ~い、一人部屋もらったわ!」

 …まあいい。

 館の中には、しっかりと井戸を掘って、水源を確保。
 井戸は、街中に何本か掘るつもりだ。
 みんな風呂に慣れてしまったからな。

 みんな、ここに定住するような勢いで、楽しそうにしている。
 子供たちも、それぞれに部屋を決めたようだ。
「自分たちのベッドは、自分たちで作れ!」
 カズマに言われて、板材の積まれたところから、少しずつ材料を運び込んでいる。
 さてさて、どんなものが出来上がるやら。
 ここで、ボルクが意外な才能を発揮する。
 手先が器用なため、板をうまく組んで、あっさりとしたベッドを組み上げたのだ。
「背板をどう付けるんだろう?」
 板材は幅が決まっているので、それ以上は上に行かないし…
「ボルク、柱に挟むんだよ。」
 カズマは、つい答えを教えてしまった。
「ああ!お屋形さま!言っちゃだめじゃん。」

「あはは、ごめんごめん。そのかわり、干し草を取ってきてやるよ。」
「あ、お願い!」
 カズマは、フライで上に上がると、草原を見つけて草を刈り取ってきた。
 そのままでは使えないので、木の枝に吊るして、風魔法で乾燥と消毒をする。
 少し高温の風を送ることで、虫なども駆除できる。
 軽く束ねた干草は、いいにおいがして、ベッドの箱の中に収められた。
 上からシーツをかければいいのである。
 ハイジのベッドの出来上がり。
 ファンタジーの定番、魔法の皮袋には、いろいろなものを詰めてきた。

「アリスはすごいのよ、お屋形さまに強引に、お布団や着替えなんかを入れる専門の袋を要求するんだもの。」
 ティリス談


 まあ、そのお陰でみんなは、きれいなお布団で寝ることができたのだ。

 また、ランドリー専門の袋や、タオル類、下着など、多岐にわたる。

「タンスがいらなくて、部屋が広くなりますね。」
 アリスティアは、部屋を見回して言った。
「そんなもんかねえ?」
 カズマは、ベッドの位置をなおしている。
「タンスも、部屋の彩りですよ、アリス。」
 ティリスは、椅子を出して座っている。
 アンジェラがおねむのようだ。

「そうですか?私は、お部屋は広く使ったほうが好きです。」
「まあ、好きなように使えばいい。」
 カズマは、ここが仮の宿だと認識しているが、みんなはそうでもないようだ。
 そりゃまあ、ここまでくれば王国の手は伸びてこないだろう。
 たぶん、今頃はクーデターの準備で、オルレアン公爵などは大忙しだしな。
 あの、人のいい王様は、どうしているだろう?
 幼い姫たちも、王妃も、なんとかして助けてやりたいが…

 カズマは館のリビングで、適当に作ったソファに腰掛けて、遥かな王国に思いをはせた。
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